束の間の安堵
お盆前で仕事が集中。わたわたしてます。
更新遅れてますorz
微笑みすら浮かべ、二人と対峙する直時。そこには殺気も闘気も無く、場違いな喜びが溢れていた。
(フィア。タダトキさんは、見た魔術や精霊術を再現できる等ということは?)
(数回見た魔法陣を憶えることはあったわ。でも精霊術は・・・)
ミケからの念話にフィアが答えに詰まる。言いたいことはミケにも理解できる。精霊術は精霊を視認でき、且つ、自分の意思を伝達できてはじめて使えるようになる。精霊毎の相性差も大きい。見えたから、教えられたから使えるというものではない。
ミケとて、師匠であるリタにはひたすら闇の精霊を感じられるような状況に置かれていたに過ぎない(監禁ともいう)。闇の精霊術師としての素養を認められていたからだそうだが、会得するには相応の時間が必要だった。
リタ曰く『自分の闇と正面から向き合い、受け入れる事ができれば、闇の優しさに気付くことができる。闇の精霊に触れることが出来る』であったが、ミケにとってはリタの闇の深さに、己の浅い闇を受け止めることが出来たようなものだと思っていた。
(でもミケが闇の精霊術師だったとはね)
(タダトキさんには御披露してましたから、どうせフィアさんにも伝わることですし。それよりここは協力してタダトキさんを追い詰めた方が、私の調査報告の内容が濃くなると判断しました)
リタへの恩はあるが、過去の恐怖で心的外傷に引きずられそうになる意識をフィアの念話が引き戻した。
(思うように攻撃してください。わたしは不意を突きます)
(了解)
ミケの提案に了承するフィア。二人の周囲に精霊が集まる。
「風よ・・・」「闇よ・・・」
フィアが風を纏って宙へ浮かび、ミケが姿はそのままに気配を完全に断つ。
準備を終えた二人へ直時は直径10メートルはあるだろう空気の渦を水平に放つ。直時から伸びた暴風の塊は二人に届く手前で斜め上方へと逸れた。フィアは力任せに打ち消すようなことはせず、横からの風で向きを変えただけだった。
(流石はフィア。簡単に弾かれた!じゃあ、カマイタチにはどう対応する?)
少し躊躇ったが、直撃させないよう風の刃を放つ。
フィアは正確にカマイタチの軌跡を読んだ。この期に及んで自分達に当たらないよう配慮する直時に苦笑を浮かべる。
瞬時に気圧が下がる。ほぼ真空となった空気の断層が風の刃を吸い込んで、消し去った。
(さっきは簡単に弾かれたけど、これならどうだ?)
攻撃を無効化された直時は、風と同時に水の精霊にも呼び掛ける。水流を巻き込んだ竜巻が、暴風だけでなく質量をともなって放たれた。
「逸らすのは少し面倒ね」
水竜巻の勢いを見たフィアは自らの前方に圧縮した空気帯を形成。さらに前方、迫り来る水竜巻との間に真空の断層を作る。
真空の断層へと侵入した直時の水竜巻は、瞬時に沸騰、気化膨張して飛び散った。次の瞬間、通常の気圧で水蒸気が戻され、霧となり視界は白一色に閉ざされる。
慌てた直時は、風を巻き上げて霧を上空へと払い飛ばす。視界が戻る寸前、フィアからの攻撃を警戒して注意が疎かになっていた背後から、ミケの手加減された蹴りが直時を襲った。衝撃の割に飛ばされたのは『浮遊』を自身に掛けていたためだ。地面を転がり、起き上がる。ダメージは少ない。
すぐに風を集めて舞い上がる。上空へ避難し、距離をとる。ミケの追撃はない。安心しかけた直時の更に頭上、フィアが満を持して風の精霊術を放つ。
水分を含んだ急な上昇気流は、反作用として下降気流を作る。直時が霧を強引に吹き払ったことで条件は満たされた。
この状況に自分の精霊術を上乗せすることで、フィアの攻撃は威力を倍加させる。
直時が気圧の高まりを感じたのと、微笑む頭上のエルフを見つけたのが同時だった。風を纏って避けようとした身体が引っ張られる。動けない。足を掴まれた感触があるが、周囲にミケの姿は無い。
焦りながら見渡す眼に、地上で片手を振るミケが映る。霧が晴れた地面には、上空の直時の影がくっきりと落ち、それをもう片方の手でミケが掴んでいた。影を拘束することで本体の動きを阻害する闇の精霊術だ。
「ここまでね」
フィアの声とともに直時の頭上から暴風の塊、強烈なダウンバーストが叩きこまれた。
「ぎゃあああぁぁぁぁ!」
風速80メートルを超す下降気流に思うように身動きをとれない直時。急激に迫る地面への恐怖に失神しそうになるが、大声を上げてなんとか耐える。
(今の俺に重さはないっ!地面には墜ちないっ。風に乗れ!)
風の精霊の声を聞き、流れを読む。地上へと叩きつけられた風は地面を舐めるように広がり、周囲の木々を薙ぎ倒した。一抱えもある木が放射状にへし折られる。
風に乗ることに成功した直時は、低空を障害物を避けながら風と直時が吹き抜けていく。勢いが衰えたところで、漸く風を操ることが出来た直時は、ダウンバーストの中心地へと戻った。
「あら、無傷?」
「死んだかと思ったよ。ミケさんは?」
フィアの意外そうな声に、苦笑で返す直時は全てが吹き飛ばされて空き地になってしまった周囲を見回す。
「フィアちゃん、酷いニャー」
「わっ?」
足元の影から這い出してきたミケの声に、吃驚して跳び上がる直時。フィアの攻撃を影に潜むことで避けたようだ。
「ごめんごめん。でも闇使いなんだから、避けてくれると思ってたわ。実際大丈夫だったし」
「うちはフィアちゃんみたいに加護持ちじゃないニャ。魔力だって少ないのニャ」
これは本当である。魔力量に関しては、猫人族が獣人族でずば抜けているとはいえ、エルフとは較べるべくもない。ミケの判断では、フィアの半分くらいだろうか。
「なんか冷めちゃったわね。どうする?もうちょっと手合わせする?」
「待つニャ。誰か来る。空からニャ」
「ヒルダね・・・。じゃあここまでよ。これからのことはリスタルで話しましょう。こちらのPTはシーイス公国の役人の撤収が終わるまでいなきゃいけないから先に戻ってて」
「了解。俺はノーシュタットに宿取ってるからもう一泊してから帰るよ。それと、二人とも付き合ってくれて有難う!」
「ま、クエストだからね。ミケちゃんも半分もっていきなさい。これは正式な依頼だったんだからね」
フィアはそう言って、躊躇うミケに金貨3枚を押しつける。
「評価とか聞きたいんだけど、リスタルに戻って落ち着いてからの方がいいかな?」
直時が、二人の顔を交互に窺う。
「細かいところはリスタルに着いてからにしましょ。でも一言だけ言わせてもらえば・・・」
「「駄目ね(ニャ)」」
フィアとミケは顔を見合わせながら苦笑する。
がっくりと項垂れる直時。
そこへ予想通りの人物が現れた。羽ばたきをひとつして、飛行速度を打ち消し、3人の傍へと舞い降りてくる。
「・・・随分と派手にやったものだな」
呆れたような顔で竜人族ヒルデガルドが近付いてきた。
「フィアちゃんが怒り狂ってたのニャ」
「ちょっと!」
突っかかりそうになるが、片眼を瞑ったミケの意図に気付き、不貞腐れた顔でそっぽを向く。
「もう終りなのか?」
ヒルダが残念そうに3人を見回した。
「終了です」
直時はきっぱりと答えた。
直時達はとりあえずガラムPTと合流し、それぞれの目的地へと向かう。
直時は荷物のあるノーシュタットへ。ミケはガラムPTと別れ、リスタルへ。その前にリタへ挨拶するからと、直時に同道すると言う。
ガラムPTの面々はシーイス公国首都『ヴァルン』へ。引き上げる神事官達の護衛がてら、王宮に向かう。王宮で感謝の宴に招かれているようだ。
「しかし、よく魔狼を手懐けられたものだな」
ガラムが感嘆をあげる。ラーナとリシュナンテも同じだ。ダンは満足そうに頷いている。
「ヴィルヘルミーネ様がとりなして下さったので、魔狼達も納得してくれたみたいです」
頭の後ろを掻きながら直時が答えた。
うんうんと頷くミケの隣では、フィアとヒルダが視線だけで何やらやり取りをしている。どうなんだ?さあね?と、いったところだろうか?
「皆さんには、勝手な都合で御迷惑をおかけしました。こちらのクエストに理解を示していただき有難うございました」
直時が頭を下げる。斜め後ろではミケも頭を下げて謝意を表していた。
「まあ、お互い無事にクエスト達成出来たんだから構わんよ。俺達も神霊の加護の邪魔をせずに済んだからな。・・・しかし、だ。これだけは言っておく。冒険者同士でもクエストの邪魔になるようなら遠慮なく潰すぞ?」
「肝に銘じておきます」
途中から厳しいものに変わったガラムの声に、多少ビビりながらも真正面から視線を受ける直時。
「役人どもの準備が出来たようだ。俺達も出発しよう」
ガラムはPTの面々に指示する。
「お気を付けて」
「お前らもな。リスタルに戻ったら一杯付き合え」
最後は気安い様子で、背を向けるガラムだった。
直時とミケは『地走り』でノーシュタットに向かう。護衛も何もないため、陽の高いうちに街へ辿り着くことが出来た。加護祭が終ったばかりであったため、通行税は高いままで判銀貨1枚を徴収された。懐具合が寂しい直時が不平をこぼしていたのは言うまでもない。
「腹減った・・・。何か食べたいんだけど、ミケさんは『岩窟の砦亭』に行く?」
「そうだニャ。屋台はまだまだ仕舞ってないから、食べ歩きしながら一緒に行くニャ」
「なら、有難い。クエストのことで訊きたい事があったから、ミケさんが急ぐなら飯抜きを覚悟してたよ」
「無事終わったことだし、うちもそこまで急がないのニャ。それと、そろそろ『さん』付けで呼ぶのは止めて欲しいのニャ。うちとタッチィーの仲じゃニャいかぁ」
「いやいや。まだまだ対等とはいかないからね。口調は改めたけど、呼び方は『ミケさん』で。馴れ馴れしくし過ぎると惚れちゃいそうだからねぇ」
直時も正直なところ、ミケとは仲良くしたい。御近づきになりたいとは思っている。しかし、精霊術を使うギルド付き高ランク冒険者が、直時に対して姑息なクエストの仲介をするというのも何だか解せない。事情が判るまで、適度な距離は必要だと考えての事だった。
本当なら実際に言葉にする必要はなかったが、直時も自分の迂闊さは知っている。しかし、常時気を張り詰めていることも出来ない。ミケに釘を刺すことで、相手にも自分にも警戒を促したのであった。距離をとってくる相手には自然と距離をとることができるが、腹に一物あったとしても親しげにされると警戒を持続するのが難しい。男にとって、相手が女性であるならなおのことである。
「タッチィーのケチッ」
ぷくっとむくれるミケに心が揺れる直時だったが、何とか自制して美味しそうな匂いの屋台へとミケを促した。
「おにーさん!串焼き10本と麦酒2つ!」
二人が足を止めたのは、直時がノーシュタット入りした日に食べた焼き鳥の露店だった。あの美味しさを憶えていたのである。
「はいよ!まずは串焼き6本と麦酒2つ!」
台の上に銀貨を置いた直時に、威勢の良い声で丁度よい焼き具合の串焼きと麦酒が差し出される。
「とりあえず、乾杯しよう」
「とりあえずじゃないニャ。うちらのクエスト達成に!」
「「乾杯っ!」」
杯をぶつけ、渇いた喉に麦酒を流し込む。二人とも一気に飲み干してしまった。息を吐いてお互い見合った顔は満面の笑顔に彩られている。
「くっくっくっ」
「ニャっはっは」
どちらからともなく笑い出す。そう。これは祝杯だ。今はこの瞬間を楽しもう。ささやかな宴が始まった。
「二人とも良い呑みっぷりだねぇ!もう一杯ずつどうだい?」
「当然ニャ。よろしく頼むニャ」
「ミケさん。この串焼き、ものすごく美味いよ」
お代を渡し、麦酒を受け取るミケに直時が勧める。既に1本目を食べ終わりそうだ。麦酒の2杯目はミケの奢り。有難く受け取る。
「うんうん!これは極上なのニャ!」
肉を一切れずつ齧りとり、むぐむぐと味わったミケの顔が綻ぶ。気に入ったようだ。
「確かイリキア産の地鳥だったっけ?」
「黒地走り鳥さ。良く見りゃこないだの黒髪のにーちゃんじゃねぇか」
「そそ!その黒地走り鳥!って、良く憶えてるね?」
「あっはっは!にーちゃんの御蔭であの後客入りが良くなってなぁ。稼がせてもらったぜ」
確かに客足が増えて、急いで食べた気がする直時。
「タッチィー、呼び込みでもやったのニャ?」
「いや。なんにもしてないけど?」
「あれだけ美味そうに食ってくれりゃ、それが一番の宣伝よ!3杯目は俺からの礼だ。さっさと空けちまいな」
店主の勢いに、直時とミケは残りの麦酒を喉を鳴らして干す。二人してぷはーっと息を吐く。
美味い串焼きを肴に、麦酒を干しながら談笑する3人。その光景にまたもや客足が増えていく。忙しくなる店主を他所に、新たな客が麦酒を片手に直時達に話しかける。もこもこした頭髪にくるりと巻いたように捻じれた太い角は羊人族の若者だ。
(草食じゃないんだなぁ)
等とくだらないことを思いながらも、会話を楽しむ直時達。
増える客は獣人族が多い。普人族(に見える)直時と猫人族のミケが談笑する様子に、気安い店だと思ったようだ。普段なら腰が引けているが、獣人を特別視したくない普人族も集まってきた。まるで交易都市の様相を見せる店先。
通りを歩く普人族の中には、露骨に眉を顰めたり舌打ちしたりする者もいるが、今、この串焼き屋の店先では客達全てが笑っていた。
「美味かったよ。御馳走様」
「はっはっは。嬉しいねぇ。串焼きを御馳走とは言ってくれるじゃないか」
「またニャー」
直時の言葉を微妙に勘違いした店主に笑って手を振るミケ。直時も言葉のニュアンスをわざわざ説明したりせず、店を後にした。
串焼き屋だけでかなり飲み食いした二人は、満腹に近くなってしまった。食べ歩きを諦めデザートの屋台を探す。
ミケが走り寄ったのは魚の形をした焼き菓子の屋台だった。小麦の香ばしい匂いに甘い匂いが混ざっている。
ミケが差し出した皿には魚の形をしたパイ(の様なもの)が乗っていた。表面は融けた砂糖か、卵黄が塗ってあるのか滑らかに光り、生地は結構分厚い。5センチはあるだろうか?
皿に添えられた小さなフォークで生地を割るとサクッと音がする。とろっと流れ出したのはジャムだろう。
「美味しいのニャー」
ミケは一口食べては幸せの余韻に浸っている。
「フォークを咥えるのは行儀悪いよ・・・。でも、こっちじゃどうか判らないか」
微笑みながら注意しようとしたが、アースフィアの慣習ではどうかと脳内検索してみる。残念ながらフィアの知識にはなかったようだ。
直時はミケに促され、皿に流れ出したジャムをパイの欠片に塗って口に入れた。サクッとした食感はやはりパイに近い。全体的にサクッとしているのは満遍なく火が通っているからだろう。魔術で焼き上げたのだろうか?とろっとしたものはやはりジャムだ。僅かな酸味があり、直時の好みからすれば甘過ぎたが、疲れた体には非常に美味に感じられた。
「うん。甘くて美味しい」
ミケの笑顔に釣られたのか、焼き菓子の美味しさに釣られたのか自然と顔が綻ぶ。
(いかんいかん。これはデートじゃないぞ。そう!栄養補給!)
直時は笑顔の下で浮つく心を落ち着けようとしていたのであった。
『岩窟の砦亭』へと戻った直時は、リタに椅子をもう一脚借りて部屋の中でミケと向かい合う。テーブルの上には注文した香茶が湯気を立てていた。懲りずに同席しようとしたリタとジギスムントを締め出し、闇の精霊で扉を封印するミケ。直時が興味深く観察する。
「扉の隙間の影を固定化してるのかな?俺の足を掴んだみたいに。良く判らん」
「闇の精霊が出来る事は理解し難い事が多いニャ。判らなくても出来れば良いのニャ」
あっけらかんと言うミケに、それでいいのか?と突っ込みたくなる直時だったが、居住まいを正してミケに話しはじめる。
「聞きたかったのは、今回俺が受けたクエストのこと。クエスト自体は成功したけど、この依頼達成の証人はミケさんってことになるよね?」
「そうニャ」
「リスタルのギルドとしては、この依頼、失敗はしなかったのなら無かったことにしたいんじゃない?」
ミスなど無かった。ガラムPTとは連絡が取れ、加護祭が無事終わった。そういうことにしたいはずだ。
「本音はそうかもしれないけど、依頼が発行されたのはうちが知ってるニャ。無かったことにはさせないニャ」
「ミケさんはギルド付きなんだろ?ギルドの利益を損ねるんじゃないか?それで良いのか?」
ギルド付きというのが、リスタル支部のことなのか、ギルド全体のことなのかで立場も違ってくる。
「ギルド付き冒険者はギルドという組織全体にかかわる存在ニャ。今回の依頼はリスタル支部にいる恩人の知り合いが困っているというから仲介しただけニャ」
「ミケさんにとってはあくまでも恩人の知り合いの依頼だったってこと?」
「そうニャ。尻拭いの依頼を仲介したことで恩人の顔は立つはず。ここでうちが嘘を証言すれば、それは冒険者ギルドという組織に傷を付けることになるニャ。納得してくれたかニャ?」
ミケは真っ直ぐに直時を見た。どうやら嘘ではないようだ。
「じゃあこの依頼書はリスタル支部へ提出しても大丈夫なんだね?」
「勿論ニャ」
ミケの言葉に漸く安堵の息を吐く直時。
「財布も随分寂しくなってたから、この報酬が貰えなかったらどうしようかと思ったよ」
他の心配もあったが、一番気楽な心配事を口にすることで空気を軽くしようとする。
「それにしてもミケさん。仕事モードにならないね」
「今回の仕事は実質もう終りだニャ。肩の凝る喋り方は無しニャ」
それはそれで残念な気がする直時だった。
「色々あって疲れたし、今日はこれで休むとしよう。ミケさんはどうする?」
「リタ姉さんに空き部屋あるか聞くニャ。無かったら他所で泊るかニャ」
「じゃあミケさんこれを」
そう言って直時は部屋の隅の小樽から、蒸留酒をコップに少しだけ注いで渡す。自分の分も用意してミケに向かって杯を突き出した。
「乾杯!」
「乾杯!」
嬉しそうに直時の杯に合わせ、二人して強い蒸留酒を干す。胃の底で燃えるアルコールに満足気に頷く二人だった。
シーイス公国の国境は高い峰々で囲まれたようになっている。途切れているのは僅かに3ヵ所。カール帝国と接する北東部へは山からの清水で出来た湖から流れ出す大河があり、水上輸送を可能にしている。西部にはヴァロア王国へと続く街道が、南西にはマケディウス王国へと続く街道がそれぞれ山岳の切れ目に築かれていた。
直時の目的地である『ロッソ』は南西への街道を越境して出合う最初の街である。そして、リスタルの町は国境に近い所にあった。
シーイス公国西部街道。ヴァロア王国へと続く街道から侵入する人の群があった。ヴァロア王国の進軍だった。軍団は出合う者全てを殺しながら進む。旅人、商人、冒険者。情報を隠すため容赦がなかった。少なからぬ冒険者が地走りで逃走を試みたが、翼蜥蜴や、躯大烏、獅子胴鷲に跨った空中騎兵団に追撃され、例外なく命を落としていった。
足の速い騎兵と空中騎兵団の素早い包囲、攻撃に、シーイス公国の関所。国境防衛隊は瞬く間に殲滅される。
未だ、シーイス公国にヴァロア王国の侵攻が知られることはなかった。
直時は逃げるのか、戦争に巻き込まれるのか、戦争に参加するのか・・・