異世界へ③
微修正(12/15)
「コホン! 改めまして、私は『アースフィア』と呼ばれるこの世界における風の神霊で、『風を統べる女王』。名をメイヴァーユと申します」
「こちらこそ改めまして、日比野直時と言います。ちなみに名がタダトキ、姓がヒビノです。自分の世界に名は付いておりませんが、地球という惑星上に数多くある国のひとつ。日本国の出身です」
「フィリスティア・メイ・ファーン。ホルンの森の生まれ。吟遊詩人です」
漸く落ち着いた面々。お互いに、初めて名乗りあった相手の名前と顔を記憶に刻む。
「タダトキ。結論から申しますと、貴方から見てここは異世界です。そして元の世界には帰れません」
フィリスティアから借りたローブをしっかり身体の前で重ね合わせながら言う。まだ、顔は赤い。一方直時は、痛む身体をさすりながらも、慌てずに言葉を返す。あまりに多くの事があり過ぎて何に驚いて良いのか判らなくなっているのだ。
「えーっと。ここが異世界ってのは納得しました。メイヴァーユさんという女神様が眼の前にいらっしゃいますし、魔法も自分の身で体験しましたし……。で、自分が元の世界に帰ることが出来無いという理由はどういったものでしょう? 不明というわけでなく、確定なのでしょうか?」
「可能性としてはゼロではありませんが、任意に帰ろうとするとなるとゼロです」
「……理由を聞いても宜しいでしょうか?」
「そうですね。貴方が堕ちてきた世界の綻び。あれはめったな現象ではありません。少なくとも私は初めて眼にしました。他の神々や神霊に伝え聞くところでも五百年に一度くらいでしょうか? 当然予測も出来ません。私が遭遇できたのはこの森が私との親和性が高く、気まぐれで顕現しようとしていたところ、偶然変事を感知できたからに他なりません。再度の幸運で綻びを発見しても異世界との接合時間は短く、神霊である私の力をもってしてもほんの少し維持することが可能なだけです。とても貴方を呼んで到着するまで待っていられません」
直時が少し睨まれる。
(そういや、急かされてたな……。帰れるように頑張ってくれてたんだ)
バツが悪そうに上目遣いでメイヴァーユを見る。
「先程は申し訳ありませんでした。正直言って、混乱しておりました」
言い訳とともに頭を下げる直時。混乱中なのは今も同じであるが……。
「過ぎたことは仕方ありません。話を続けますが、つまり世界の綻びに遭遇しようと思うなら、五百年の間に一度、この広い世界の何処かに出現する一瞬に出会わなければいけないということです。この世の理の外の現象ですので予知が出来ません。そして、再び綻んだ裂け目の先が、貴方の世界であるかどうか判らないのです」
メイヴァーユの言葉を噛み締める直時。
(滅多に無い自然現象で五百年に一度? 確実に寿命が尽きてるな。それに繋がる世界はランダムなのか。こりゃあ絶望的だなぁ)
「えっと。とりあえず自分の理解の範囲でまとめてみます。ひとつ、自分は別の世界からこの世界に迷い込んだ。ひとつ、帰る可能性はほぼゼロ。結論としては、これからこの世界でどうにか生きて、どこかに骨を埋めるしか無い。というところで間違いないでしょうか?」
「その通りです。理解が早くて助かりました。私はそろそろ自分の領域に戻らねばなりません。聞きたいことはまだあるでしょうが……」
「お心遣いありがとうございます。こちらの言葉とか自分の現状とかを教えて頂きました事、本当に助かりました。あとは自分の出来る範囲でぼちぼちとやっていきますので」
心配そうなメイヴァーユに微笑む直時。
「あとひとつ気になることがあります。あのとき綻びは膨大な力を吐き出していました。あれは、貴方の世界がこの世界より高次の世界に在るためです。水も力も高いところから低いところへと流れますから」
「そうなんですか? 本物の神様がいたり、先ほど自分を吹き飛ばしたあれって魔法ですよね? そんなのがあったりと、この世界の方が何か強そうなんですけど」
「何が在って何が無いということは関係ありません。存在の力そのものがこの世界よりも高いということなのです。問題はそのような世界の存在たる貴方は、大きな力の塊であるということです」
「……体が爆発したりしないですよね?」
高圧から低圧へというイメージから、釣り上げられた深海魚の姿を思い浮かべた直時が冷や汗を浮かべる。爆死という即死ならともかく、内蔵を口から出して死ぬのは嫌だ。
「力の使い方を間違えるとそうなる可能性もありますが、恐らくは元の世界では考えられないような力を得ることでしょう」
「岩をも砕く戦士! とか、世紀の大魔導師! とかですかね?」
安易な表現であり、何となく嫌そうな表情だ。
「ふふっ。力を使いこなせればなれますよ。ただ覚えていて欲しいのは、あなたが大きな力を得ているということ。大きな力は大きな影響力を持つということ。それだけです」
「心得ました」
メイヴァーユの忠告に神妙な顔で返す直時。
「タダトキにこれからも幸多からんことを……」
メイヴァーユが微笑み、少しずつ姿を薄れさせる。
「次にお会いする時は上着をプレゼントしますね」
「っ!」
再び真っ赤になりつつも、何も言えずに消えてしまったメイヴァーユ。
慌てた姿に思わず笑みがこぼれる直時であったが、黙って会話の推移を見守っていたフィリスティアに拳骨をもらうのであった。
「フィリスティアさん。お願いがあるのですが」
メイヴァーユとの別れの後、直時がエルフへと振り向く。
「内容によるけど、まあいいわ。聞きたいことがいっぱいあるし。それから、私のことはフィアでいいわよ」
神霊の言葉を邪魔しないように無言で二人の会話を聞いていたのだが、好奇心が抑えられないようで、うずうずと眼を輝かせている。先程までの堅苦しい会話が嘘のようだ。猫被ってやがったな! とは、直時の感想である。評価が上がったか下がったかは不明だ。
「じゃあフィア。自分のことはタダトキでもヒビノでも適当にお願い」
初対面の女性に、ファーストネームで呼ばれることに慣れていない。というか、アースフィアでの習慣がどうかも判らないので相手に丸投げする。
「タ・ダ・ト・キ……。言いにくい……。タキは?」
「名字みたいで嫌だ」
「じゃあタディ」
「親父みたいでそれも嫌」
「むぅーっ! じゃあターキー!」
「それ、うちの世界じゃ食用の鳥だ! 却下!」
「名前呼べないじゃない!」
「……ヒビノでいいんでない?」
丸投げしたくせに、ちょっと名前で呼んでもらえるのを期待していた直時。残念で寂しいが諦める。
「…ヒビノ」
「はいよ」
「……」
「……」
両者ともに、敗北感が滲み出ていた。
「でも、まずは落ち着ける場所に。だよね?」
「そうね。でも、この辺に村も町もないわよ? 野営地を探して準備しましょ」
「いきなり野宿ですか……。了解」
異世界での初日は地面が寝床のようである。
溜息をつきながら愛車の自転車を確保する。興味津々、物問いたげな視線はあえて無視する直時であった。
進行が遅くてすみませぬ><