水の神霊の加護②
次話を書き上げてから投稿することにしました。
今回、2話分書いてたら区切りが悪くなってしまった・・・。
リスタルの泉は水の精霊達の舞台となっていた。
立ち合った全ての者達がその美しさに見惚れた。
「公園の大噴水なんて眼じゃないな。すごい・・・」
日本でも大きな噴水や、色とりどりのライトアップされた噴水、仕掛けで趣向を凝らした噴水を目にした直時だったが、規模も水の動きもまるで違う。息をするのも忘れる程に見入ってしまっていた。
―ヒャンッ!
可愛らしい吠え声と共に、仔魔狼が水面へと飛び出してきた。そのまま楽しそうに水面を走り回る。沈み込む様子はない。まるで、雨後の屋外コートの大きな水溜りを走っている様に見える。
無事、水の神霊の加護を得たようだ。
家族である魔狼達は岸辺へと並んで座り、仔魔狼を見守っている。精悍な風貌が心なしか柔らかく感じられた直時。彼も微笑みを浮かべて、はしゃぐ仔魔狼を見守るのだった。
彼等の眼前に、泉から大きな水の球が浮かび上がる。水面に浮かんだその球の中で、水の神霊『ヴィルヘルミーネ』が優しい眼差しを居並ぶ者達へ向けた。
驚く直時を他所に、魔狼達は頭を垂れる。神霊に敬意を表しているのだ。
「(此度、我が仔へ『ヴィルヘルミーネ』様のご加護を賜り、恐悦至極でございます)」
父魔狼が感謝の言葉を捧げる。
(喋れたのかっ?というかこれは念話?)
直時にとって吃驚の事実である。魔狼は声に出した訳ではない。相手を特定しない広域念話は居合わせた者全てに届く。届く範囲は声に出すのとさほど変わらない。
「(元気があって可愛い仔ね。あなた達は今大変だろうけど、この仔を大切にね)」
『ヴィルヘルミーネ』が声をかける。こちらは念話だけでなく、音としても聞き取れた。
(水の中からなのに聞こえる・・・)
不思議な現象に疑問を感じた直時だが、神様だからと無理矢理納得した。
「(有難き御言葉、感謝いたします。我が一族も我が仔も、必ず護り抜く覚悟でございます)」
直時に一瞥を向ける父魔狼。先程とはうってかわって眼には険しい光がある。
魔狼族は今、大陸の北に位置する普人族国家『ルーシ帝国』の、ある貴族から攻撃を受けていた。皇帝へと名乗りを上げるべく、魔狼討伐という実績が欲しいがためだった。
「(ああ、この人族はあの国の者ではないわ。関係もない。でしょ?いえ、普人族ですらないものね?)」
神霊が突然直時に顔を向ける。
「・・・メイヴァーユ様からお聞きに?」
「(あなた、神域ではちょっとした有名人よ?)」
動揺を隠し後ろ頭を掻く直時に、クスクスと笑うヴィルヘルミーネ。
「(失礼ですがこの者は?)」
父魔狼が神霊へ問いかける。
「(ついこの間、アースフィアに迷い込んできた異世界の人族よ)」
あっさりと正体を告げられ、慌てふためく直時。今度は魔狼達が驚きをもって直時を見る。
「(メイヴァーユが言ったこと、勘違いしているようだから助言してあげるわね?あの子は風の神霊だから心配性なの。風はあらゆるものに影響を与えるわ・・・)」
静かな水面を波立たせ、うねりを与え、雲を運び、雨を叩きつける。
「(だから、あなたの大きな力も心配したのね。釘を刺すようなことを言って・・・。でもね、そんなことは当たり前のことなの。変化しない、影響し合わないものなんて無いのよ。私が水の神霊だからかしらね?)」
どう形が変わろうが、『水』は『水』。流れ、巡る。炎に焼かれたって、無くなるわけじゃない。小さな粒となって大気を漂う。やがて滴となり、大地を潤し草花に吸い込まれ命を育む。
「(あなたの中にも水は流れ込み、流れ出しているでしょう?)」
喉を潤す。血が巡る。汗を、涙を流す。
ヴィルヘルミーネは言葉と共に次々とイメージを直時に流し込む。
「(あなたはこの世界に存在している。アースフィアにその存在を認められているの)」
あなたは異物ではない。この世界はあなたを拒まない。排さない。
「(あなたはあなたの思う通りに生きて良いのよ?)」
神霊の言葉は寄る辺のない直時に沁み込んでいく。
直時はこの世界に来てから今まで、迷いの中に居た。
日本での直時は楽観を旨とし、出来ることはやる。出来ないことはしない。それでも必要なら出来る人に任せる。代わりに出来ることを引き受ける。悩むことは少なかった。悩むほど多くの選択肢を持っていなかったというのもあるが。
そんな直時が、この世界に来てからはずっと迷い悩んでいた。悩みを思考の中心に置くことは彼の性格上無かったが、その分脳裏の片隅で常に思考に影響を与えてきた。
世界の常識を教えられたが、果たして自分が何処までそれを根拠に行動して良いものか判らない。メイヴァーユの言葉をある意味脅しと受け取っていたことでもあるし、親しく接してはくれるし、会話も楽しんでいるものの、フィアは監視であると思っていた。ミケとの接触も、ある意味仕事上の付き合いであると割り切った上で楽しんでいた。楽しいと感じることだけが自分に出来る判断基準だった。
その場の勢いや、護身のためにちょくちょく力を使ってみたものの、神霊や神々の警告は感じられなかった。それが余計に迷いを深めることとなった。
『思う通りに生きて良い』
ヴィルヘルミーネの言葉は、この独りきりの世界で、初めて心からの安堵を与えてくれたのだった。
「(私達神霊や神の力、いいえ、全ての力が生かすこともあれば殺すこともあるように、あなたの力もまた同じ。力を恐れるも良し、呑まれるも良し、望むままになさい)」
優しい顔と声で、厳しい事を言う神霊に直時は苦笑いする。
「(アースフィアに早く馴染みたければ・・・、そうね。子を作りなさい)」
「は?」
「(我が子が生きる場所なら、そこはあなたの故郷にもなるでしょう?何なら私と結ぶ?)」
悪戯っぽく笑うヴィルヘルミーネが、腕を組んで豊かな果実を持ちあげるようにして見せる。
身体に纏った水草が一瞬緩み、視線が釘付けになる直時だったが、一瞬で我に返ってブンブンと首を横に振る。勿論、脳内フォルダにはしっかりと記憶された。
「(あら残念。新しい種族を生むのって神域に住む者にはとても嬉しいことなのに。でも、メイヴァーユに聞いた通りね。ふふっ。私達をそういう対象に思えるというだけでも興味深い人ね)」
普通、地上に住まう者が神霊や神々に性的な意味での異性を感じる事は殆どない。畏怖と尊崇の対象であるからだ。想像上の神しか知らなかった直時故の反応だった。
「(そろそろ帰らなきゃね。最後になるけど、神々も色々な思惑があるわ。あなたに何かをさせようとしている神も・・・ね。神意なんて気にせず、己の望むまま、己の意志で生きなさい)」
直時に警句を与えたヴィルヘルミーネは自身を包んだ水球ごと岸から遠ざかる。
後を追う仔魔狼が尾を振りながら水球に突っ込む。抱き止めるヴィルヘルミーネ。別れに頭を撫でてやり、思い出したかのように父魔狼に言う。
「(この仔をくれぐれも大事にね。これはこの仔と逢わせてくれたことへのお礼よ)」
父魔狼の首に水晶球を付けた銀鎖の首輪が現れる。
「(『水霊の涙』です。この仔を護る助けになるでしょう)」
仔魔狼を撫でながら言う。
「(神器を賜るなど、勿体ない御心遣い。深く感謝いたします)」
魔狼達が深々と頭を垂れた。
「(あなたたちに幸多からんことを・・・)」
そう言って、ヴィルヘルミーネは水中へと姿を消した。仔魔狼が寂しそうに振り返りながら、家族の傍へと戻る。
泉を賑わしてした水の精霊達の動きが止んだ。水面が静寂を取り戻す。
一瞬後、空気を震わせて泉に水柱が聳え立つ。神霊の帰還だった。顕現時と同じように辺りを驟雨が濡らす。
滴る水を拭いもせず、そこに参集した者全てが加護祭の終了に祈りを捧げた。
(己の望むまま・・・か)
皆が祈る中、直時だけは神霊の言葉を脳裏で繰り返しながら、空に掛かった虹を見ていた。その表情は枷を外された喜びを表してはいなかった。困惑に彩られていた。
(俺は何を望んでいるのだろうか・・・)
建前だけの、あやふやでいい加減な願望ならいくらでも思い付ける。欲望とて、表に出さないだけで心に黒々と渦巻いている。
(己の望み・・・望むまま・・・己の意志で・・・意志を持って・・・生きる)
ヤケクソで独り自給自足生活を目指しもしたが、進んで人との関わりを拒否したくはない。
(俺って、こんなに寂しがり屋だったかなぁ?)
日本ではいつだって、独りの時間を作ろうとせかせかしていた。独りが気楽で好きだった。
(変化しないものはない。影響し合わないものはない)
当然だと、理解していると思っていた。単純な摂理。それが心の中で重みを増す。
(己の望み・・・望むよう変わっていけるんだろうか?)
改めて不安に駆られる直時だった。
風に対するヴィルヘルミーネ様のお考えは水の神霊主観故です。
今回ちょっと短いかな・・・。