リメレンの泉
懲りずにやらかしました・・・。
でも後悔はしていません。
リメレンの泉に着いたガラムPTは、加護祭設営中のシーイス公国神事局の役人達に迎えられた。
PTリーダーとして話を聞いてきたガラムが他のメンバーに情報を伝える。
「魔狼はちょくちょく目撃されているらしい。だが、危害を加える様子はなく、離れたところからリメレンの泉を窺っているだけのようだ。実際に被害は皆無のようだ」
「それって加護祭に参加しようとしてるだけじゃないの?」
妹のラーナがガラムに問いかける。
「それが正解だと思う。泉南の広場は人族のお祭り騒ぎだが、北の方はいろんな種族が来てるからな」
ガラムの解釈に他のメンバーも異論は無いようだ。
「依頼内容は『シーイス公国が主催する加護祭』が無事終わること。魔狼の排除だけど、殲滅じゃないのよね?」
フィアが再確認する。
「神霊の加護祭に参加資格は無いわ。魔狼にも参加する権利はある」
「それはその通りなんだがなぁ」
ラーナの言葉に髪の毛を掻きまわすガラム。
「仕事として受けてしまいましたからねぇ。形だけでも遂行しないと報酬が貰えません」
普人族の優男、リシュナンテが気障ったらしく肩を竦める。
「依頼の完遂のためには、相手の事情を考慮に入れる余地は少ないのではないか?」
ヒルデガルドが問う。
「なるべく争い事は少ない方が良いのじゃがのう」
ダンが髭をしごきながら呟く。
「シーイス公国の祭壇設置は泉の南広場だ。神事係の眼にとまらないように牽制しつつ、加護祭を終わらせるという方向でどうだ?」
ガラムの提案にPTメンバー全員が頷く。
「魔人族か魔獣使い(テイマ―)がいれば良かったのにね」
フィアの言葉に苦笑しつつガラムが応える。魔獣と意思を伝え合うことができれば戦闘せずに事をおさめることができたかもしれない。
「もしもの話をしても仕方無い。いざという時は頼むぞ?」
「了解」
「晴嵐の魔女の力・・・是非とも拝みたいものだ」
ヒルデガルドの言葉に頷くメンバー達だった。
「貴女に言われたくはないわね。ヒルデガルドさん?」
「そうかね?」
不敵に笑い合う両雄に戦慄を禁じ得ないメンバ―だった。
加護祭祭壇近くを拠点としたガラムPTは偵察を繰り返していた。
ヒルダの上空哨戒。ガラムとラーナの隠密索敵。フィアの風による広域索敵を駆使しつつ、拠点で連絡にあたるリシュナンテが念話の魔法陣を描き、PT内の遠話情報を統括する。ダンは拠点の仮住まいを土の精霊術でしつらえた後は、加護祭の設営に手を貸していた。
(親魔狼を視認した。相手も気付いているが、敵意は無い)
ヒルダからの『遠話』を受信したリッテは、同じく『遠話』で他メンバーに情報を送信する。
(こちらガラム。捕捉対象は無い。ヒルダの視認は1頭か?)
(うむ。片親だけだ)
(対象捕捉。多分母魔狼と仔魔狼2。追跡する)
(無理するなよラーナ。ヒルダ、フォロー頼む)
(親魔狼1は泉西岸。後は任せる。これよりラーナのフォローに入る)
リッテの中継で連携をとるガラムPT。
(ラーナの先に幼い仔魔狼1を発見した。追跡する)
ヒルダの報告が皆に伝わる。
(ラーナ、ヒルダのフォローが外れる。距離を取れ)
ガラムが妹に注意を促す。
(親魔狼を刺激しないでよ?)
フィアが釘をさす。
(他の仔魔狼と較べると幼いな。確保すれば交渉も出来るのではないか?失敗しても仔魔狼を囮に泉からは引き離せる)
(囮か・・・気はすすまないが有効ではあるな)
ヒルダの提案にガラムが応える。
(それはその場凌ぎの策よ!怒らせると後がひどいわ。自重しなさい!)
フィアの声が響く。
(その場凌ぎではあるが、クエスト遂行に有効だと判断する)
ヒルダの冷静な声がメンバー全員に木霊する。
(ラーナより。反対!)
(フィアよ。反対!)
(リシュナンテです。アリじゃないかなぁ?)
(ダンだ。納得は出来んが争いが小さくなるなら良かろう。仔魔狼の安全は絶対条件じゃよ?)
PTリーダーのガラムの判断は、
「ヒルダ。リーダーとして任せる。仔魔狼を確保してくれ。傷を負わすなよ?」
ここまで言い切られては他のメンバーに異論を唱える事は出来ない。
(了解した。済まんな。ヒルデガルドはこれより仔魔狼の確保に向かう!)
ガラムへの心遣いへ詫びを入れ、己の行動を宣言したヒルダは空を駆ける。
他PTメンバーは憤りや同意を感じつつも、全てを引き受けたヒルダへ任せるのだった。
夕暮れ前に『岩窟の砦亭』へと帰って来た直時を出迎えたのは、宿屋の女将リタと旦那のジギスムント、それに猫人族のミケだった。
「タッチィー、話があるのニャ」
いつもの雰囲気に消し様の無い固さを滲ませたミケが、直時に歩み寄る。
(なんとなくだけど、碌でもない話な気がする)
直時は気分を引き締める。
「部屋で聞きましょう」
まだジギスムントの武器屋の店内だ。直時は小振りな酒樽を肩に担いだまま、地下の部屋へ向かう。
部屋の前で立ち止まった直時は、後ろの人影を振りかえる。
「ミケさん、お二方は席を外してもらっておくべきではないですか?」
当然のように付いて来たジギスムントとリタに眼をやる。憮然としたドワーフと、面白そうなエルフがミケの後ろにいる。
「ここから先は仕事の話になるのニャ。姐御とジギーおいちゃんは待ってて欲しいのニャ」
「わたしは除け者なの?」
「あれ?リタが姉なのに俺はおいちゃんなのか?」
「姐御は面白がってるだけニャ?仕事と趣味は別なのニャ」
「偉そうに言うじゃないの?ミケだって今の仕事、趣味入ってる癖に」
直時を見て薄く笑うリタ。
「リタ姉さんっ、これは仕事です!これ以上は立ち入り禁止です!」
少し慌てたミケは仕事モードでリタに宣言し、直時の背中を押して部屋に入る。
「おいちゃん・・・」
ミケはジギスムントの悲しそうな小声を無視し、荒々しく扉を閉めて闇の精霊に封印を頼みこむ。
部屋の隅に荷を下ろした直時は、ミケに問う。
「どういうご関係ですか?」
「リタ姉さんは、私に精霊術を教えてくれた人です。本来なら師匠と呼ぶべきですが、姉と呼ばないと怒るのです」
「ほう。自分も教えを請うかな?」
「止めておいた方が良いです。あれは鬼です」
微かに身震いする。
「闇の精霊を感じるようになれるまで、何日も何日も真っ暗な部屋に閉じ込められたり、延々と自分の影と対面させられたり・・・逃げ出しても影に捕まえられて・・・うう」
心的外傷だったのか、ぶつぶつと呟きだすミケ。
「ミケさんっ、お話を伺いますから!はいっ落ち着いて、ここに座ってください」
部屋にひとつだけある椅子を勧める。直時はベッドの端に腰を下ろした。
「ギルドからタダトキさんへ依頼があります」
コホンと咳払いしたあと、思いもよらないことを告げる。
「え?自分個人にですか?フィアとかじゃなくて?」
「そのフィアさん関連でタダトキさんに白羽の矢が立ったのです。先ずはこれを」
ミケは鞄から羊皮紙を取り出すと、直時に手渡す。
「ギルドからの正式な依頼書ですね。内容は、加護対象の保護?」
「そうです。実は―――」
フィアが臨時で参加したガラムPT。シーイス公国からの依頼内容はリメレンの泉に出没し始めた魔狼を加護祭までに排除することだった。
途中経過で魔狼の数が5頭に増え、殲滅は困難と報告される。ギルドとシーイス公国で話し合われた結果、加護祭の安全な終結が目的となった。魔狼へは設置される祭壇や、見物人が集まる泉南広場に近付くことのないよう牽制だけでも良いことになった。
話がこじれるのはここからだ。水の神霊『ヴィルヘルミーネ』の加護を持つ冒険者から、今回神霊が加護を与えようとしているのが、魔狼の仔であるとの情報が寄せられたのだ。
「依頼を出したシーイス公国、受理した冒険者ギルド、どちらも体面がありますからあからさまにクエストの撤回はできません。しかし神霊のご意思に背くようなことは出来ません。加護祭まで日も無く、ガラムPTとフィアさんに面識のあるタダトキさんに直接依頼することになったのです」
「ギルドの人が説明しに行った方が良いのでは?」
「もちろんです。ギルド喫茶店で面識のある私が明日の朝一番にリメレンの泉へと向かうことになっております。調査の件とは別に依頼を受けました。タダトキさんへの依頼は予備ということになります。あと言いにくいことですが・・・」
「万一の際の言い訳?」
「・・・その通りです。ギルドとしては対策をとっていた。しかしクエストを受けたタダトキさんが失敗した。と発表されるでしょう」
「この件でギルドに恩は売れますかね?」
「多少は売れるでしょう。公式にはできませんが、利用される報酬として毎月一定額をお支払いさせていただきます。具体的には金貨1枚ですね」
顎に拳を当てて少し考えるような直時。突然ニヤリとミケに笑いかける。
「ふむ、悪くないですね」
「ただ、冒険者として大きく評価を下げることになりますから、これからの活動に支障が出てくるでしょう」
「自分としては危険なクエストで荒稼ぎとか、ランクアップで名声を!とか考えてませんから」
「失敗前提で引き受けるつもりなんですね?」
「そのために来られたのでしょう?」
「私としてはお勧めのクエストではないのですが、ギルドには少々借りがあるので仲介を断り切れなかったのです。でも、そうですね。引き受けたからには、タダトキさんには是非ともこのクエストを完遂して欲しいですね!」
「ミケさんが連絡に成功する方が確率高いでしょう?」
徐々に声に力が入ってくるミケに苦笑を返す。
(クエストに俺がどう対応したのかってのも調査になるんだろな。でもミケさんも別件で忙しいだろうし追跡してくる暇はないか)
嬉しいような寂しいような直時だった。
「そうと決まれば腹ごしらえニャ!」
「まだ早いですけど、お互い明日は忙しくなりそうですからね」
「姐御!ご飯の用意を頼むニャ」
モードを切り替えたミケが扉を開けると、当然のようにそこにいるリタへ注文する。
(なんでいるんだよ?怖いよこの人!)
驚くのは直時だけだった。
直時の部屋で一緒に夕食を摂ったミケは用意があるからと帰っていった。
「うちに泊まればいいのに。相部屋で」
見送るリタを横目で睨んだミケの顔は少し赤かった。
早目の夕食を食べてしまえば、寝るまでの時間が大量に残ってしまった。
直時はまず、クエスト依頼書を再確認する。
「加護が無事授けられるよう対象を保護すること。魔狼がその対象だとは一言も触れてないな。言い訳に幅をもたせるためかな?成功報酬は・・・えっ?金貨10枚!結構すごいな。でも、失敗した方が安定して収入が得られるんだよなぁ」
一度に貰う金額より魅力的に感じる直時だった。
「まあ、フィア達と無事会えればめでたしなんだが」
リメレンの泉の南広場へはミケが向かい、広場を中心に探索する。直時は泉の西岸から時計回りに探索する予定である。
(成功しても失敗してもギルドには恩を売れる。あれ?ミケさんが本命だよな?クエスト未達成って場合もあるよな?それが多分一番確率が高い・・・。ギルドとしての俺への評価自体が低ければそんなものか・・・。期待されていることは失敗したときの言い訳としての存在だけだな。ミケさんの調査ってギルド関係者のどのあたりから目を通してるんだろうか?今回のクエスト、支部の責任者ぐらいの依頼のようだけど、俺の調査依頼はミケさんの言葉通りならもっと上か?今回の依頼はギルドに借りとか言ってたし、ミケさんも謎だな)
混乱してきた直時であるが、とりあえず今出来ることに手をつけることにした。
「魔狼って高ランク魔獣らしいからなぁ。殺されないように防御系弄っとくか・・・」
扉をミケに倣って闇の精霊達に封じてもらう。
(ミケさんの師匠だという闇の精霊術師にどれだけ有効か判らないが、何もしないよりは良いだろう。精霊達も大丈夫だと言っている)
「さーて、まずは『岩盾』だ。甲骨猪にはあっさり砕かれたからなぁ」
魔法陣を描きチェックをはじめる。
「平面部分を向けるから駄目なんだよ。でも石柱みたくすると必要魔力が多過ぎる。T字にして背面補強するか・・・いや、それならH型の方が強いか?全体が大きいから端はやっぱり弱いなぁ・・・分厚くして中身を段ボールみたいな波型に・・・いや蜂の巣状にするか?これなら魔力も少なくて済むし・・・形は半円形かな、円柱?楕円?曲面の方が良いよなぁ」
出来上がった防御魔術は『岩盾』を円筒形にし、内部を六角形の蜂の巣状にした『岩盾・緩』。
(強度試験しとかないと不安だなぁ)
ということで追加された『岩盾・塊』。こちらは魔力の力技で八角形の石柱の中身はみっちりと詰まっている。
「泉の近くなら水は豊富だろうな、魔術屋にあった『氷盾』みたいなのも良いかもな。『水塊』と『落霜』の魔法陣っと・・・。『水塊』だと水を造り出してるから水辺とか関係ないのか・・・まあいいや、『落霜』の冷凍部分はここか・・・食品の鮮度保持が目的だからかな?かなり制御されてる。制御部分とっぱらったほうが魔法陣簡単になるんじゃね?あーでも水量に見合った出力じゃないと魔力が無駄になるな。氷は気泡が入らないように凍らせないと強度が落ちる・・・。『水塊』の量だと大きな盾にならないな。まあ、局所的に使うってことでいいか。おっと!投擲の回路そのままだった。これじゃ飛んでいってしまう・・・あれ?攻撃用にも使えるな・・・」
出来上がった魔術は防御用『氷塊・硬』と攻撃用『氷塊・槍』である。
『氷塊・槍』は以前攻撃されたことのある魔術を参考に、10本の氷の槍で面を攻撃するようにする。貫かれた幼子達を思い出し、直時は少しだけ顔を顰めた。
改造した各魔法陣のチェックを終え、記憶野に仕舞い込む。
装備を確認し終えた直時は、酒樽からコップに3分の1ほど酒を注ぐ。
何気なく宙に掲げた酒だったが、何に乾杯しようとしていたのか判らなかった。
「まあいいや、とりあえず乾杯!」
一息に飲み干し、熱い息を吐くと、直時は寝床へと潜り込むのだった。
翌日に加護祭を控えたリメレンの泉では、ガラムPTと魔狼の小競り合いが行われていた。
親魔狼の1頭を見えるか見えないかの距離で追跡するPT一行。
「済まん。仔魔狼を逃してしまったのは私のミスだ」
「いや、ヒルダのフォローが無ければラーナが無事に離脱できなかっただろう。兄として礼を言う」
「まさかあそこで逆襲されるとは思わなかったわ。肝が冷えたよ」
「多分誘われてるわよ?この先に布陣してるって風が言ってる」
フィアが警戒を促す。
「昨日は各個攻撃されて危なかったからって、全員で行かなくても・・・。僕は戦闘は苦手なんだけどなぁ」
リッテは遠話での支援に徹していたかったようである。
「ぼやくな若造。お前さんのことは守ってやるから、支援を切らすなよ?」
ダンがリッテの背中を叩く。ドワーフの怪力に涙目になっている。
「来たっ!」
「散れっ!」
フィアの声にガラムが指示を出す。ヒルダは翼で舞い上がり、フィアは風と共に木々の間を舞う。
ガラムとラーナはリッテの『地走り』にプラスして、獣人特有の肉体強化で魔力を筋肉へ行きわたらせ疾走する。強靭な爪が長く伸びる。
少し身を退いただけのリッテに黒く巨大な影が躍りかかった。
―ガインッ!
魔狼の爪をダンの巨大な戦斧が防ぐ。8メートルはある巨体の突進を止めたダンであるが、魔狼の鋭い牙が迫る。
そこへ左右から金と銀の矢が魔狼の横腹に突き刺さる。虎人族の兄妹だ。力いっぱい薙いだ爪に、魔狼の体毛が切り飛ばされ宙を舞う。
「兄さんっ、爪が通らないよ!」
「毛皮にまで魔力が通って強化してやがる!なまなかなことじゃ攻撃が通らないぞ!」
「シュバルツの錆にしてやろう!」
上空から黒い大剣を突き出してヒルダが落ちてくる。
素早く飛び退く魔狼。それまでいた場所にヒルダの黒剣が突き刺さる。竜人族の膨大な魔力が腕力に乗り、剣の破壊力を増幅させる。
大きな衝撃音と共に土砂が飛び散る。窪んだ地面の底から、細腕に大剣を軽々と携えたヒルダが舞いあがった。
木々の間を風に乗って縫うフィアを追跡する黒い影は二つ。若いが成獣と言えるだけの体躯だ。仔魔狼と雖も6メートルはあろう巨体。連携した攻撃は見事だが、フィアの放つ竜巻や豪風に弾かれ、逸らされて、牙も爪も届かない。
「もう1頭いるはずよ!気を付けてっ」
2頭を捌きつつ、警告を発する。
そのときフィアの頭上から大きな影が躍りかかってきた。もう1頭の親魔狼だ。
「風よ!切り裂けっ」
一息でフィアを飲み込めそうな顎を睨んだまま、カマイタチを放つ。
体毛と鮮血を飛ばして、親魔狼が身を捻って着地する。
「手加減したとはいえ、薄皮一枚ってとこかしら?流石は魔狼」
フィアに退けられた親魔狼を見て、若い魔狼達は警戒心を高める。
強敵と判断したのか、親魔狼達がフィアとヒルダに正対し、それぞれ低い唸りを上げる。
喉を反らして空気を吸い込んだ親魔狼が大きく口を開けた。
「魔咆哮よ!避けて!」
フィアとヒルダは仲間を巻き込まないよう、ともに上空へと逃げる。
―アオゥゥゥーン!
響き渡る魔狼の遠吠え。魔力を帯び指向性をもった咆哮は、フィアとヒルダに当たらなかったものの、進路上にあった木々を粉微塵に分解した。
森にぽっかりと大きな穴が出来上がる。
「なんて威力だ・・・」
ガラムが冷や汗を拭う。
「それでも多分本気ではないぞ?殺気が少ない」
攻撃するなり姿を消した魔狼達への警戒はそのままに、羽ばたきながら高度を低くしたヒルダが言う。
「そりゃ参ったね」
肩を竦めるリッテ。様になっている。
「こっちだって本気になってないのが3人もいるんだから大丈夫でしょ?」
ラーナがヒルダ、ダン、フィアへと目を向ける。
ヒルダは不敵に微笑み。ダンは目を瞑って自慢の髭をしごく。フィアは苦笑を返した。
「次に当たったときにこれ以上来るなって意思を見せて本気でやるか?」
ガラムがその3人に確かめる。
「私はいつでも問題ないぞ?」
「土の精霊術は素早い相手にはキツイんじゃがな?」
「かまないけど、殺す気はないからね?」
「よし!次の接敵時は、3人とも全力で頼む!」
ガラムに3人は了解とばかりに頷いた。
リメレンの泉、ほぼ完成した祭壇の前で未だ忙しく動き回る神事局の役人達。そこへ、三色頭の冒険者が到着する。ミケである。
ガラムPTの所在を確かめるも、今日は魔狼討伐に全員が出発したという。
「今まで静かだったんですが、昨日から戦闘が起こってます。今日も何回か戦ってるんじゃないかな?大きな音や魔狼の遠吠えが聞こえてますから」
役人の言葉に、焦るミケ。
「向かった方向はどちらです?」
「昨日戦いになった西岸の方へ向かわれました」
会話の最中にも小さな地響きが起こる。戦闘は続行中のようだ。
「間に合うかしら?」
ミケは呟いて戦場へと走り始めた。
一方西方向からリメレンの泉へと森に踏み入った直時はいきなり仔魔狼と対面していた。
探知強化に引っかかった魔獣がそうだったのである。対峙した両者は動かない。いや、動けなかった。
警戒している仔魔狼とは違い、直時の動けなかった理由は・・・、
(つぶらな瞳、ぽわぽわした体毛、大きな頭に短い手足・・・かっ、可愛い!)
余りの愛らしさに手に持った槍を足元に落としたことにも気が付かず、固まっていた。
産まれて日が浅いのか、体長は2メートル弱と随分と小さい。直時からすれば、大き過ぎるのだが、その外見に心を囚われてしまって気にもならないようだ。
「でかい・・・でも!可愛いっ!」
(子供のころ遊園地で乗ったワンちゃんの乗り物が!偽物じゃなく実物として目の前に!)
身を屈め、右の掌を下から差し出して近寄っていく。
「よしよし・・・。怖くないからねぇ。怖くないよぉ」
警戒に唸るが、それすら可愛い。甘噛みされても大怪我するのだが、気にせず近付く直時。
すぐ傍まで近寄った直時の掌の臭いを嗅いだ仔魔狼だったが、案の定次の瞬間噛みついた。
「痛くないよぉ。痛いけど痛くない・・・精霊さん癒して」
悲鳴を噛み殺し、涙目ながらも笑顔を崩さない直時に、仔魔狼が噛んでいた手を解放する。
待機してくれていた精霊が瞬く間に穴のあいた直時の手を治癒する。
「ほーら、痛くない」
仔魔狼は傷の消えた手を不思議そうに見るとぺろりと舐めた。
(よっしゃぁ!第一関門突破ぁ!)
心で勝鬨をあげる直時はそのまま舐められるにまかせる。
(そーっと。そーっとだぞ。焦るな俺!)
舐められている右手をそのままに、左手で仔魔狼の耳の後ろから顎の後ろまでを撫でる。
(嫌がってない・・・な?大きいしもうちょっとガリガリしたほうが良いか?)
少し力を込め、軽く爪を立てながら掻いてやる。
気持ち良かったのか、直時の左手に身体を擦り寄せてくる仔魔狼。
(なんって!可愛い生き物なんだっ!勝った!これで俺も人生勝ち組だ!)
心で意味不明の勝利宣言をした直時は、仔魔狼に抱きついて柔らかい毛に顔を埋めて、尚も耳の後ろや首回りを掻いてやる。
気を許したのか、飛びかかってきた仔魔狼に押し倒され、歓声を上げる直時。その顔を舐めまわす仔魔狼。寝転がったままじゃれあいを始めた馬鹿(直時)と仔魔狼のはるか頭上から、突然大きな声がかかった。
「離れろっ!危ないぞっ!」
慌てて身を起こした一人と一頭の眼に映ったのは、黒い大剣シュバルツを片手に舞い降りてくる竜人族、ヒルデガルドの姿だった。
今回は(も)ごめんなさい!
でも使ってみたい名台詞ってありますよね?
設定の確認のためにも以前の話の内容もちょくちょく入れるべきでしょうか?
くどくならないか不安だ・・・^^;