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監視者


「いっち、にっ、いっち、にっ。よし! こんな感じだな!」

 日が傾きはじめた頃、直時は漸くコツを自分なりに掴み始めたようだ。

 普通に一歩を踏み出してしまうと、浮きが多くなり次のタイミングが取り難い。ベクトルも上向きになり、力のロスも大きくなってしまう。

 それよりは、ほんの少し地面を蹴る程度。一歩が三メートル弱になるようにして、目線が下がったタイミングで次の脚でそっと地面を蹴る。滞空時間が減り、一歩の距離が少なくなるが、リズムよく進むことができた。速度もかえって上がっている。


 スムーズになった移動に満足したのか、直時は早めに野営地を探しはじめた。既に街道横では幾つかの冒険者隊や隊商が炊飯の煙をあげていた。人数が多いと準備にも時間が掛かるのだろう。

 直時は防犯のことを念頭において野営地を探しながら街道を移動した。道から少し離れたところに森があり、とりあえずそこへ向かう。

 木の陰に入ると、先ずは探知強化で知覚を強化する。気配を探ったが、この森にはどうやら直時しかいないようだった。少し拓けた場所を探し、荷物を下ろす。まずは薪拾いである。

 竈を設置した直時は、拾ってきた薪を適度な大きさに切ろうと鉈を振るった。


「あれ?」

 枝を払おうとした鉈が細い小枝さえ落とせない。

 鉈は本来その重量で叩き斬るものである。装備も含めて全身に浮遊の術式をかけてしまったため、刃物はその切れ味と腕力のみに依存することになったのだ。

 鉈のあまりの軽さにそのことに気付いた直時は、浮遊の魔術をキャンセルした。瞬間、慣れてしまっていた身軽さが、途端に重いものに変わり逆に手足の動きがぎこちなくなってしまう。


「武器は重量を消すと逆に危ないな」

 明日は疲労しようとも、武器だけは浮遊の術式から外さねばと思う直時だった。

 日が暮れた森の中、落日を待って直時は着火の術式で竈に火を点ける。月が明るいとあまり意味はないが、日暮れ前よりは煙が目立たないはずとの判断だった。これも防犯である。


 火にかけた鍋には、野草と茸、干し肉が入っている。塩と香辛料で味付けも完了していた。フィアとの野営の賜物である。転写された知識でも毒の有無を確認した。


「花と草木に潤いを与えん 『出水いでみず』」

 鍋に満たした時と同様に、水遣りの生活魔術でコップと椀に水を満たす。

 コップの水で喉を潤した直時は、椀の少量の水に小麦粉(盗賊に殺された家族の荷物から)を入れて練る。


「すいとんってこんな感じだったよな?」

 煮立った鍋にそっと伸ばした小麦粉を浮かべた。具無しの分厚いワンタンのようだ。


「とりあえず、腹が膨れれば良いや」

 炭水化物は必須である。直時としては御飯を入れて雑炊にしたいところだが、米はまだ見つけていない。


「そういえば、一人の野営ってこれが初めてだったな」

 これまではフィアに頼り切っていた気がする。いつまでも一緒にいられるわけではないことに改めて気付き、少し寂しくなった直時だった。


 実際に、直時はこの異世界アースフィアに来てから浮かれていた。初めて眼にする魔術や精霊術。しかもそれに才能があった自分。強力な精霊術を使うフィアが道案内兼、保護者として傍にいたということもある。

 豹人族の姉妹に騙ったハッタリが現実味をもって自身に降りかかってくる事も想定していたはずの直時だったが、どこかに自分の責任じゃないからと思っていた。

 しかし、こうして独り夜の森で過ごしてみると、改めて自分の不確かさ、異物としての危険さが感じられた。


 風の神霊メイヴァーユの前で確認した『この世界でどうにか生きて、どこかに骨を埋める』ということが、堪らない寂寥感をもって直時の心を凍えさせる。


(誰に影響を与えることなく、静かにひっそりと死ねということか……)

 英雄になりたいとも勇者を名乗ろうとも思わないが、自分の力をひた隠しに生きろというのは酷な話である。


(滅入るばかりじゃ仕様が無い。やれることを増やすかな)

 気持ちを切り替えた直時は、便利そうな浮遊の魔法陣を描き、改造しようとした。


「っ?」

 直時の強化された知覚に、近寄る存在が引っ掛かる。


(微かな衣擦れの音。足音は軽い。魔獣じゃないな。それにしても何故?)

 改造しようとした魔法陣を即座に消した。相手が人族だとの判断から、こちらが気付いたことを悟らせずにそのまま野営を演じる。


「一日の終わりはやっぱり温かい御飯だよなぁ」

 独語しながら、努めて緩い表情で食事を始める直時。

 食器を洗浄魔術で洗って仕舞った後も、遠方の監視者から意識が向けられている気配を感じる。煙管を燻らせて一服着いたあとも、謎の人物はその場から動かなかった。


 小用の振りをして、監視者の間に木を挟んで探知強化を上書きする直時。この状況下では間隔が元に戻っては危険だ。

 欠伸をしたり、伸びをしたり、表面上の演技を終えて竈の傍で横になる。眠った振りをしながら、一晩中謎の監視者への警戒を絶やさない。長い夜になりそうだった。


 一睡も出来ないまま夜を明かした直時は、監視者が動かないことを再確認し、出発の準備を整える。

 だるそうに、ゆっくりと、暢気な様子を心掛ける。


「あー、体が痛い。野宿はやっぱり身体に酷だなぁ」

 寝不足のカモフラージュにそんなことを呟きながら節々をほぐす。

 準備を調えた直時は、武器を外して横に置く。描く魔法陣は『浮遊』。心はともかく、身を軽くした直時は槍とナイフと鉈の重みを確かめつつ身に付ける。


「移動魔術にも慣れたし、今日は『地走り』使ってみるか」

 購入したのではなく盗み見ただけであったが、追跡者に聞かせるかのように独語する。街道に出た直時は魔法陣を編む。見ただけの『地走り』ではあるが、魔法陣の基本部分は『推進』と同じだった。魔力供給と出力部が大きいだけだ。問題なく編めると判断していたし、間違いも無かった。


「我は風捲き 地を駆ける この身は疾風 『地走り』」

 前傾姿勢を保った直時が地に着くこと無く、弾かれたように移動を始める。


(うぁっ! 早い! 速い! 疾いって! 探知強化なかったらぶつかって大怪我する! 精霊術は姿勢制御とか楽だったけど、この魔術は怖いっ!)

 初めて使用する魔術の恐怖と闘いながら、高速移動する直時。ぎこちないながらも昨日とは比べものにならない速度だった。


「我は風捲き 地を駆ける この身は疾風! ――『地走り』」

 直時の気配が感じられなくなる寸前に、監視者が同じ魔法陣を編む。同時に脚力強化へと魔力を巡らせ、見失うことなく直時を追いはじめた。


(これでも引き離せないか……。今日はこのまま引っ張るしかないか)

 探知強化を切らさずに背後の存在を捕捉する直時。

 疾駆する姿は高位冒険者と同等の速度を保っていた。


 直時は旅程を大幅に縮めていたが、浮遊を掛けずにいた武器の重量が、思いの外疲労を蓄積させていた。


(眠いし疲れた……。安心して眠れそうな場所は無いかな?)

 街道を外れ過ぎると魔獣に襲われる。街道沿いとて盗賊に出くわすこともある。謎の追跡者のことも気になる。

 直時の体力と神経はかなり磨り減っており、どこかで回復させないと不味いとの焦燥があった。

 経験を積んだ冒険者なら、気の抜きどころや短い睡眠での回復を自然と身に付けているのだが、直時に出来ることはどこでも眠るということだけ。それも、危険が満ちた道中では発揮することが出来ない。


 直時の移動速度が落ち始めた。魔術の効果が切れつつあるようだ。

 野営にはまだ早い時間だったが、街道から大きく離れた森へと向かう。森へ足を踏み入れたのと、直時から『地走り』の効果が切れたのが同時だった。


(街道からここまで目立った遮蔽物は無いぞ? さて、どう出るかな)

 昨夜は闇に紛れ近くまで忍び寄っていた監視者だったが、夜明けからは視認できる距離には近寄らず、強化された視力をもってしても、その姿を確認する事が出来なかった。


 直時が選んだ森からは、街道の人影がかろうじて視認できる程度の距離であった。普通であれば、顔の判別など出来ないが、強化された今の直時の視力なら問題ない。

 街道では、一人の旅人が直時と同じように移動魔術の効果切れでスピードを落とした。しかし、すぐさま常人ではない脚力でそのまま走り去って行く。

 直時は、その人物の顔をはっきりと確認した。


 ミケラ・カルリン。ミケだった。




 野営のため、野草や茸を採取しつつ、初期の混乱をなんとか収めた直時だった。だが、思考に没頭しがちで作業は捗らない。

 昨夜と同じく、竈に火を点けたのは宵闇が下りてからだった。直時は鍋に干し肉を千切っては放り込みながら、頭の中の整理をしていた。


(ミケさんは冒険者ギルドの喫茶店の従業員。初心者への助言等も業務に含まれる。ただのウェイトレスではなく、冒険者ギルドという組織の一員と判断していいだろう。ここまでは問題無い)

 鍋から良い匂いが漂ってくる。食べ頃のようだ。


(俺のことを調べるのはギルドの意向だということか? 異世界出身云々は確認も疑いようもないから理由としては除外。不審人物としてなら、リスタル南部での魔獣戦が理由かな。そんなに問題になったのだろうか?)

 直時は、ミケから聴き取りを受けたことを思い出した。


(得体の知れなさだけなら、冒険者なんて殆どそうだろうし、強さだって掲示板にはAランクの依頼がかなりあった。つまり数もそれなりにいるってことだろう。フィアなんてランク外の強さがありそうだし、竜人族も規格外の強さらしい。ん? そう言えばフィアって有名人だったな……)

 エルフであるフィアの連れが、普人族という理由もあるかもしれない。それでも尾行を受けるには弱い理由だ。


 鍋をかき混ぜる直時の手がほんの少し強張った。


(風が教えてくれるまで判らなかった! 探知強化にひっかからないなんて!)

 精霊術を行使したわけではないが、直時が警戒している様子を察して、風の精霊が空気の流れを教えてくれた。


 背後の梢に音もなく蹲る影。


(監視だけが目的ならやりすごす。襲われた時には……)

 声に出さず、風の精霊達に念じる。意思が通じたようで、直時の周囲に精霊が集まってきた。平静を装うよう努力するが、肩に自然と力が入る。


「くっくっくっくっ。タッチィは演技が下手だニャぁ」

 笑い声と共にミケが隠れていた梢から飛び降りてきた。


「――努力はしたんですけどね」

 ナイフを抜いて身構える。武器は見せかけで、本気でこうげきするのなら精霊術を使うつもりだ。


「降参なのニャー。ばれた時点でうちの負けなのニャ。それよりお鍋が煮えてるのニャー」

 両手を挙げてミケが近づく。直時としては判断がつかず、警戒を緩めることが出来ない。


「ひとつだけ質問します。自分への監視は何処からの命令ですか?」

「言えば信用してくれるかニャ?」

「難しいかもしれません。でも、信用したいとは思っています」

「ふむ」

 悩む素振りのミケ。本気かどうかは判らない。


「命令ではなく依頼です。依頼主は冒険者ギルド。私の直感ではかなり上からの依頼ですね。内容はタダトキ・ヒビノの情報収集。能力、性格、嗜好、考え方、知りえる全てです」

 ミケが微笑を消して直時に応じる。


「――それが地ですか?」

「仕事上での対応です。でも、いつもの私も本当の私なのですよ?」

 落差に驚きを隠せない直時に、ニコリと笑いかける。


「ギルドの職員が依頼を受けるんですか?」

「ふふふ。自己紹介したときに言いましたよ? 臨時だとね」

「――そう言えばそうでしたね」

「本業は冒険者です。ウェイトレスはまあ、趣味ということもありますが、情報収集のためですね」

 直時はあっけにとられたままである。


「タダトキさんは何か神々の気を引くようなことをなさったんでしょうか? 直感の続きになりますが、依頼主はおそらくギルド創設にかかわった神だと思います」

(もしかしてメイヴァーユ様経由で興味を持たれたのか?)

 心当たりに行きついた直時。


「あなたは……何者です?」

 無言の直時にミケが一歩近寄った。


「駆け出し冒険者、タダトキ・ヒビノ……。と、しか言いようがないんですよね」

「私が信じられませんか?」

「正直、これだけ明かされたら嘘も交じってるんじゃないかと勘ぐってしまいますね」

「では、私の秘密をひとつ。私は闇の精霊術が使えます。闇の精霊よ、我が身を包み、この身を隠せ……」

 瞬間、ミケの気配が消える。否、気配の消失ではなく透過、周囲の木や草、虫等の気配が素通りしている。先程、梢で蹲っていたときの状態だ。直時の眼前にいるにもかかわらず、周囲の景色の中の一つのようだ。呼吸も無く、体温すら感じられない。ただそこに在るだけ。

 だが、存在そのものは消すことが出来ない。今ならば風の流れでそれが判る。風の精霊の御陰である。


「どうです? 全面的に信じろとは言いません。これと交換にタダトキさんの真実を、ひとつ教えてくれませんか?」

 ミケから闇の精霊が散り、気配が戻ってくる。


「――まさか自分の能力をさらけ出して来るとは……。女性のこんな秘密、口が裂けても他人には言えませんね」

 直時は、軽い調子で返したが口外はしないと目で意思表示する。


「ミケさんと秘密が共有できるなら、自分も晒さなくてはいけないですね」

 直時はミケへの信頼を回復しつつあったが、明かすべき秘密を慎重に選ぶ。全てをさらけ出すにはまだ足りない。


「これは薄々判っていると思います。自分は風の精霊術が使えます。風よ……」

 直時は掌の上に小さな竜巻を起こして見せる。ミケが披露した精霊術に対して等価な情報だと判断したのだ。


「風の精霊術が使えるようになったのは、自分ではよく判りません。多分、カール帝国の風廊の森で、神霊たる『風を統べる女王』メイヴァーユ様と出会ったことが原因かと思ってます」

「加護を与えられたのですね?」

「いや、その辺りは正直判りません。お目にかかっただけで加護の話はありませんでした。後はそうですね。その場にフィアが現れて、その流れで一緒に旅をしてリスタルまで来ました」

 判らないことは判らないと正直に言う。


「風を統べる女王ですか……。もしかすると神域で話のネタにされたのかもしれませんね」

「えっ? ネタですか?」

「神々は基本的に、物見高い方達が多いと聞きます」

「暇潰しか……」

「ふふふ。間違ってないと思いますよ? そうかぁ。興味本位の依頼だったのニャー」

「あれ?」

「仕事は肩が凝るのニャ。こちらの方が気楽なのニャぁ」

「ちょっと? 今までの凛々しいミケさんは何処にっ!」

「タッチィも今のキャラの方が良いニャよ?」

 先程までの緊張は何処かへ飛んでしまい、わしわしと髪をかき混ぜられる直時。脱力感に苛まれている。


「まだまだ謎だらけのタッチィだけどニャ」

「謎の美女のミケさんが言いますか?」

 ミケは意外と楽しそうな様子である。直時は苦笑を返すしかなかった。


「とりあえずお腹空いたニャぁ。タッチィー、ごはんー」

「あ! その鍋オルニオン(玉ねぎに似た野菜)が入ってますから!」

 獣人族は中毒症状が出るらしい。


「マジかニャああああああああ!」

「嘘です」

 にやりと笑う直時の頭にミケの爪が突き刺さった。


日曜なので長めです。

仕事モードのミケさんのこれからの活躍に御期待!

・・・書くかはわかりません。

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