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ノーシュタットへ


 直時が、高原の癒し水亭の階段を朝っぱらから元気なく下りてきた。


「おはようございます」

「おはようございます。タダトキさん、眠れなかったんですか?」

 アイリスが心配そうに直時の顔を覗き込む。


「昨夜は色々とありましたから」

「大丈夫ですか? これからお出かけなのでしょう?」

「道すがら休み休み行きますよ。それより五泊分の延長追加をお願いします。向こうで滞在が伸びるかもしれないので」

「有難うございます。では、銀判貨六枚になります」

「一泊分少ないんじゃないですか?」

「ご夕食の余り分を引かせて頂いたんですよ」

「いやいやいや、引き過ぎなのでは?」

「昨夜は不自由をおかけしましたからね」

「有難うございます。ご厚意に与らせて頂きます」

「ふふふ。ミケちゃんじゃないですけど、タダトキさんは良い子ですね」

「――ギルドに寄って、準備してから出る予定なので、お昼は食堂を利用させてもらいます」

 アイリスにまで子供扱いである。実年齢を言いたくなったが我慢した。場合にもよるが、年齢を低く思われていた方が万一おかしい行動をとってしまっても不審を招き難いだろう。相手の対応を計るのには重宝する。


(アイリスさんにばらすタイミングはこれから考えればいいか)

 昨夜の黒さが残っていた直時だった。


 直時は、ギルドへ寄る前に先ずは魔術店へと足を向ける。過日寄った人当たりの良さそうな若旦那の店の扉をくぐった。


「いらっしゃいませ! 本日はどのような魔法陣をお求めでしょうか?」

 爽やかな笑顔で客を迎えるのは見覚えのある若旦那だ。


「おや? その黒髪はこの間来られた冒険者さんですね! 依頼達成おめでとうございます!」

 再訪したことで、収入を得たことを察したのだろう。直時に微笑みかける。


「有難うございます。今日は知人から勧められた移動系の魔術を見繕っていただきに来ました」

 男相手でも無駄に歯を煌めかせる若旦那にちょっと引きつつも注文を告げる。


「そうですね。初歩ならば『推進』。その上ですと『快進』。さらに上位ですと『地走り』。お荷物の重量遮断なら『浮遊』などがございます」

 初歩の移動魔術は購入予定だが、『浮遊』という魔術にも興味が湧く直時。


「『推進』と『浮遊』はそれぞれいくらしますか?」

「『推進』が銀判貨一五枚で、『浮遊』が金貨一枚になります」

 残金の少なさに悩む直時だったが、輸送依頼を受けるなら『浮遊』は必須だと判断した。


「両方お願いします」

 残金は予備費の金貨一枚を除ければ、銀判貨換算で約二〇枚分である。思い切った決断だった。


「お買い上げ有難うございます。では、奥の部屋にて転写を行いますのでこちらへどうぞ」

 満面の笑顔の若旦那に対して、転写から来る頭痛に苦虫を噛み潰したような直時だった。

 魔術店を後にした直時は、懐具合を気にしながらもベルツ戦具店へと足を運ぶ。


「こんにちは」

「おう! ヒビノ! 昨夜は大変だったなぁ」

 ニヤニヤしながら出迎えたのは、禿頭髭面の大男、ブラニー・ベルツ氏である。


「勘弁してください。ところで昨日はミケさんと一緒になって、あの二人を焚きつけたでしょう?」

 恨みがましい眼だ。


「まあそう言うな! あれであの嬢ちゃん達は良い奴等だったぞ?」

「人柄について異論ありませんけど、あれは迷惑を撒き散らすキャラでしょう?」

「それも男の度量ってやつでなんとかしな!」

「厳しいですねぇ。それはさておいて、折角寄らせてもらいましたけど、さっき魔術店で買い物したからお金はありませんよ?」

「がっはっはっは! そうだろうな! だがよ、これは見ておけ。欲しい物があれば仕事にも力が入ろうってもんだ」

 直時のために品物を用意してくれていたらしい。店の奥から鞘に収まった剣を三本持って来た。


「抜いていいぞ」

「拝見します」

 道具としてのナイフと違い、相手を斬るための得物である。唾を呑みこんだ直時は、一振りずつ鞘から抜いていく。


 一本目は反りのあるサーベル様の剣だった。日本刀より薄く、刃幅は狭い。護拳が付いており、儀礼用にも思える。しかし、実戦が多いこの世界で売りに出されるということは使い手がいるということだろう。薄い刃に切れ味を感じさせるが、脆くもありそうで直時は刃を鞘に納めた。


 二本目は更に反りが深く、地球の中東の曲刀を思わせた。柄の端には小指止めであろう湾曲した部分があり、刃も非常に薄い。技術が無く斬りつけても刃の湾曲が補ってくれそうだ。しかし、これも急所を捉えなければ刃毀れどころか折ってしまいそうで直時には扱いかねるように思えた。


 三本目の剣は反りが逆だった。鉈鎌を鋭くしたような剣。先端は重く、振れば威力はありそうだが、華奢な直時に振りきれる自信はなかった。武器としてでなく、汎用としてならそれなりに魅力的な一品であったが、これも鞘に納めた。


「あまり気に入った物はなかったみたいだな?」

「すみません」

 ブラニーは少し気落ちしたようだった。


「依頼完遂後にまた寄らせてもらいます」

 考え込むブラニーに頭を下げて店をあとにした直時だった。


 ギルド二階、依頼掲示板の前に直時の姿が見えた。

 大柄な冒険者達の後ろから、邪魔にならないよう目的の依頼書を探している。


「Gランクの依頼書はそこに纏めてあるニャ」

 直時の肩を背後から叩いたミケは、掲示板の片隅を指さした。


「有難うミケさん。お店の方はいいんですか?」

「うちは今日、休みなのニャ」

「何故ここへ?」

「昨日は御馳走になったから、お返しの助言ニャ」

「わざわざ済みません。昨日はまぁ、依頼達成の『お裾分け』ということで、そんなに気にしてもらわなくていいですよ。じゃあ選んできますね」

 そう言って、直時は掲示板前を端の方へ移動した。


(Gランクの依頼の中じゃ、ノーシュタット行きの輸送依頼は結構報酬がいいな。それだけ必要に迫られているってことかな?)

「あまり大きくない荷物ならそれとそれニャ。あと、あそこもニャ」

 いつの間にか直時の隣に寄っていたミケが指さした。


「有難うございます。じゃあ、報酬の高い魔石の運送にしようかな」

「報酬は金貨三枚だけど、保証金に金貨一枚いるニャ」

「うーむ。商品の保険料か……。ノーシュタットで文無しになってしまうな」

 顔を曇らす直時に、ミケは向こうのギルド会館で報酬も受け取ることが出来ると教える。

 直時が剥がした依頼書を受付に渡すと、保証金の金貨一枚と引き換えに、人の拳大の魔石の原石と依頼証明書を渡された。


「こちらをノーシュタット支部の受付にお渡しくだされば、依頼完了となります。報酬と保証金はあちらでお受取りになりますか?」

「お願いします」

「かしこまりました。それではその様に処理させていただきます」

 受付嬢が一度渡された証明書に一文を書き加え、改めて直時に手渡す。


「それではお気をつけて行ってらっしゃいませ」

「有難うございます」

 紫紺の髪をアップにして頭上に纏めた受付嬢の笑顔に見送られ、ギルド会館を後にした。


 直時は、道中必要になりそうなものを各店舗で揃えていく。干し果物、干し肉、小鍋、食器、岩塩、香辛料。雨避けの大きな皮布。普通の布と裁縫道具。

 最低限必要と判断した品を購入したあと、財布には銀判貨五枚分が残っていただけだった。今回の依頼に気合が入る。まさに背水の陣である。

 宿屋に戻った直時は、装備の準備を整える。少し考えたが、長期間留守にするため、自分の荷物は全て持ち出すことにした。

 日本から身に付けていた鞄に、漫画と文庫本を残らず放り込み、着替えや手拭いも詰め込む。背嚢と鞄になんとか全ての荷物が収まった。毛布と皮布は丸めて括りつけた。


「さて、問題は自転車だな」

 折り畳んではあるものの、担いで行くには嵩張り過ぎる。何より重い。


「そうだ。新しい魔法陣を試してみよう」

 折り畳まれ、布に包まれた自転車の下に魔法陣が編まれる。


「眠れ 地に引かれし重さ 今は軽き羽根を夢見よ 『浮遊』」

 術が行使され、魔法陣が消えた。


「浮かないな?」

 訝しげな直時は、自転車へと手を伸ばし、抱え上げようとした。


「うわっ!」

 異様な手応えに驚きの声を上げる。自転車はまるで重さを感じなかったのである。

 茫然とした直時は、抱えた自転車から手を離してみる。まるで、羽毛のようにふんわりと床へと落下した。地に付いた音も立てない。

 転写された術の情報は最低限であったが、一〇〇キロまでなら羽根一本程の重量になること。持続時間は半日程であることが判った。


「これは便利だな。隊商とかじゃ重宝するだろうな。でも消費魔力は多いから、交代して使うんだろうな」

 実際、大規模な隊商などには専属の魔術師が雇われている。戦闘系ではなく、補助魔術に長けた者達だ。


「準備よし」

 すぐに持ちだせるよう荷物を固め、寝床の布団やシーツを畳んで食堂に下りた。

 暫く本格的な料理とはおさらばなので、直時は欲望の赴くままに皿を平らげた。




「行ってきます」

「お気をつけて。行ってらっしゃいませ」

 アイリスに見送られて高原の癒し水亭を後にする。直時が向かうのは東門だ。

 ノーシュタットまで普通の旅程では九日間。しかし、移動魔術を持つ者ならその半分程で到着出来るらしい。


 直時の依頼も加護祭初日に間に合うことが条件であったが、同じ様な依頼を受けた冒険者だろう。東門の外には魔法陣を編み、弾かれたように旅立っていく者が多く見られた。

 そんな中、直時の眼を引いたのは『浮遊』とその他の移動系魔術を組み合わせて使っている者達だった。

 ある者は幅広の板切れに荷を載せ、自らはその上に立ってバランスをとり宙を滑るように飛んでいく。見えない波に乗るサーフィンのようであった。またある者は車輪のない三輪車のような木馬に跨り、同じように低空を駆けていく。乗り物は殆どが木製であったが、直時は近未来に迷い込んだかのような錯覚をおぼえた。

 他に飼いならした魔獣に跨ったり、荷車を引かせている者達もいた。冒険者隊や商人等が多かった。少し離れたところでは、飛行能力を持つ魔獣を呼ぶ者達もいて、飛竜や巨烏の威容に、直時は驚きを隠せない。

 周囲で編まれる移動系上位魔術。呪文から、『地走り』であることが判った。直時はこっそりと、しかし、しっかりとその魔法陣を脳裏に焼き付ける。

 ほぼ間違いなく記憶できたと判断した直時は自身も出発のため、魔法陣を編む。


「眠れ 地に引かれし重さ 今は軽き羽根を夢見よ 『浮遊』」

 自転車には既に施していたのだが、全てを背負った自分へと魔術をかけなおす。


「風の追い手よ 我が身を運べ 『推進』」

 直時の背が見えない手で押される。重さが無いため、踏ん張りが効かないようだ。


「よっ、はっ、とっととと!」

 一歩を踏み出すが、次の一歩がなかなか地に着かない。歩幅が五メートル程になっている。バランスを崩しながら飛ぶように駆けるが、労力は歩くのと大差ない。

 次々と他の冒険者に追い抜かれていく直時は、今日中にコツを掴もうと心に決めるのだった。


 直時の姿が見えなくなった東門外。そこから軽装の旅人が出発した。

 人魔術を使わずに、下半身を中心に魔力を巡らせ身体能力を強化する。強化した脚力は、移動魔術に不慣れな直時に楽に追い付きそうになるが、一定の距離から近付こうとしない。

 旅人は自分の感覚が届くぎりぎりの距離を保って直時を追走する。姿を現さない旅の道連れに、直時が気付くことはなかった。


更新できなかったけど、毎日書いてました。

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