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盗賊へ死を


 直時がリスタルに来て三日目の朝を迎えた。


「おはようございます」

「おはようございます、タダトキさん」

「そうだ、アイリスさん。宿泊延長お願いできます?」

「有難うございます。何泊にさせていただきましょう?」

「とりあえず一〇日延長でお願いします。依頼達成の報酬が入ったんで、手元にあるうちにお支払いさせてもらいますね。持ってると必要ないものまで買ってしまいそうなので」

「うふふ。有難うございます。長期割引で銀判貨一〇枚になります」

「えっ! それってちょっと安過ぎませんか?」

「長期割引は本当にしているんですよ? それに鳥肉のお土産、美味しかったですからね」

 直時は、オットー氏との料理戦争のおり、巨鳥の肉塊を食材として提供していた。


「父が言うにはとても珍しい食材だとか。食堂のお客さん達も大変満足されましたし」

「そう言ってもらえると嬉しいです。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね。これ、宿泊代です」

「毎度有難うございます。今日はどちらへお出かけですか?」

「また薬草採取のつもりです。その前にギルドで情報確認かな」

「では、お気をつけていってらっしゃい」

「行ってきます」

 直時は、昨日出掛けたときと同じ格好で宿を後にした。


 南大通りを中央広場に向かい歩く。懐が温かいと目移りするものがあるようで、早朝にも関わらず営業を始めた店を覗いている。

 ギルドに到着するまでに、直時は木製コップ二つと携帯用乾パン、干し果物、干し肉を買った。無駄遣いはしなかったようである。


 ギルド会館には、冒険者達の熱気が満ちていた。公開情報掲示板を見ると、リスタル南部のランクE以下への避難勧告は、警戒レベルに下がっていた。

 しかし、街道の安全確保のために、シーイス公国からはぐれ魔獣の掃討依頼と偵察依頼が出ていたため、中堅より上位の冒険者が集まっていた。


 直時は、今日の薬草採取は南方を避けようと別の群生地を検討する。

 転写された知識では、西の平原にもイクサが採取できるところがあるようだ。先日の失敗で懲りたため、まずは受付で情報を収集する。

 町の西ではここ何日間も大きな魔獣の出現は報告されていなかった。かわりに盗賊団が町の近くまで出没するようになり、近々リスタル駐留軍が動くことになりそうだとの情報であった。


「イクサ群生地までは一日で往復できる距離なので、盗賊との遭遇はないとは思いますが、充分に気を付けてください」

 紅い髪をポニーテールにした受付嬢から注意を受けた直時は、さらに情報を求める。


「西のイクサ群生地付近で、過去に目撃された魔獣の種類と脅威度を教えて下さい」

「少々お待ち下さい」

 受付嬢が魔法陣を描き、直時の要望を相手に伝える。実際の情報検索は専門の職員がいるようだ。


「お待たせしました」

 列挙される名前は、どれも基礎知識にある魔獣ばかりで、群に囲まれたりしなければ直時のような駈け出し冒険者でも対処が可能だと判った。


「有難うございました。助かりました」

「いえいえ。お気をつけていってらっしゃい」

 営業用とはいえギルドの花である。笑顔で見送られた直時は、照れくさそうに受付を後にした。


 西大通りから西門を出る。昨日の南街道と違い、商人や旅人の姿が多く見える。


「普人族ばっかりだな?」

 西へ向かう、または西から来るのは殆どが普人族であり、たまに見かけるのは妖精族か竜人族くらいだ。獣人族は全くと言っていいほど目にしない。

 不審に思った直時が脳内検索をかける。こちらはフィアからの情報だ。


――これより西の普人族の国は軍事大国が多く、国としての結束は強いが、その分他国や他種族への蔑視や差別が顕著である。かつて竜人族と戦争を起こした国が、守護竜に滅ぼされたこともある。そのため竜人族には恐怖を、精霊魔術を能くする妖精族には畏怖を感じる普人族が多い。

 その分、数さえ揃えば普人族でも対抗可能な獣人族を蔑み、迫害が日常的になっている。


「猫耳や兎耳に萌えないとは、憐れな奴等だな」

 直時は脳内情報に呟きを落とした。


 リスタルの西に広がる平野。低木が多く、森は少ない。南部との違いは、石灰岩であろう大きな岩がそこかしこに点在しているところである。

 そんな岩のひとつに、なんとなく地蔵を思わせる形のものがあり、直時はそれを街道側の目印として草原地帯へと踏み込んだ。群生地付近へと辿り着いた直時は、探知強化で知覚を増強する。


 増した聴覚に、突然争いの音が入ってきた。

 怒りの叫び、悲鳴、呻き、断末魔、そしてあの時、名も知らない子供達が殺された時と同じ盗賊の笑い声。

 一瞬で頭に血が昇り、直時は駆け出す。


「見えた! 襲われてるのは二人。獣人か? 動きが早い。でも多勢に無勢だ」

 素早い動きで盗賊と渡り合うのは猫科の獣人だ。体格は虎人族のガーリヤ兄妹達より細い。若い娘のようだ。

 ひとりの獣人族に長剣が振り下ろされる。難なく躱され、空を切った刃は彼女が背にした岩を叩く。横をすり抜けざま、長く伸びた爪が盗賊の脇下を切り裂いた。動脈が損傷したのだろう、激しく血が噴き出す。


 懸命に駆ける直時の眼の前で、盗賊達はひとり、またひとりと翻弄され倒れていく。二人の連携も素晴らしい。ひとりが素早い動きで敵を誘い、体制を崩したところへもうひとりが襲いかかる。多勢に無勢と思われたが、二人の獣人族の方が優勢に闘いを運んでいた。


―ピィーッ!

 群がっていた盗賊達は鋭い笛の音に一斉に距離をとる。思わず動きを止めてしまうふたり。


「やばい! 伏せろっ。魔術がくるぞっ!」

 やや離れた場所から二人の盗賊が魔法陣を編み、呪文を口に精神集中していた。

 直時の声が聞こえたのだろう。気付いた二人は慌てて身を翻す。


 盗賊が放った魔術は火系の攻撃魔術だった。炎弾より高速で撃ち出される炎は、魔法陣ひとつから五発を数えた。計一〇発の炎弾が二人の周囲に着弾する。

 しかし流石は獣人族。直時の警告で事前に察知出来たことで、魔術を全て回避していた。


 そして、一瞬の油断。


 岩陰から別の盗賊が放った矢は、一人の腿を貫く。呻きをあげ、傷を押さえ蹲る。それを庇うように立つもうひとり。

 留めとばかりに再度魔法陣を編む盗賊。


「大丈夫っ! 届く!」

 直時は走りながら魔法陣を編む。その数四つ。


「土は石に 石は岩に 『岩盾』!」

 獣人族の姿を隠すように出現する壁。二人の四方を分厚い岩の壁が塞いだ。

 驚きつつも構わず放たれる炎の弾。着弾とともに火の粉が飛び散るが、強固な岩の盾はびくともしない。

 獲物を横取りされた怒りが、直時に向けられる。放たれる矢を援護に、武器を手にした盗賊達が吶喊とっかんの声を上げた。風の壁で矢は逸らしているが、殺気を漲らせた盗賊達は逃げようとしない。精霊術だと気付いていないようだ。


(どうする? 追い払うか? それとも――)

 一瞬の迷い。立ち竦む直時。その耳に衝撃音が届いた。獣人族の二人を守っている岩盾に、攻撃が加えられたのだ。頑丈な岩はそれに耐えたが、僅かに表面が削られる。


(あれはっ!)

 直時の呼吸が止まる。放たれていた攻撃魔術は『氷槍』。守れなかった幼い姉妹達を貫いた氷の槍だった。

 フラッシュバック。脳裡に次々と浮かぶ血色の光景。

 頭に血が昇り脳が熱くなる。それとは逆に冷える心。


「―精霊さん、やるよ?」

 低く宣言する直時に風の精霊が応えた。

 鋭敏化した感覚で盗賊達の位置を把握する。イメージするのはフィアが作った大きなカマイタチ。


「風の精霊よ 汝は我が刃 斬り裂け!」

 辺りを風の刃が乱れ飛ぶ。

 直時は、岩盾が目隠しになっていることを幸いに、大きな精霊術の使用に踏み切った。殺人の決意と共に。


 肉薄していた盗賊達は、横合いから襲った風の一刀に鎧ごと斬り飛ばされた。

 岩陰から弓で狙っていた盗賊達は、岩塊を縫うように襲いかかったカマイタチに分断された。

 魔法陣を編んでいた盗賊達は、魔術を放つ前に首から上が高く宙を舞っていた。

 そして、驚いて逃げ出そうとしていた盗賊達は、背後からの風の刃に命を散らした。


「殲滅終了……。生存者なし」

 機械的な口調で確認する直時。溜息をひとつ吐いて肩の力を抜く。


「おーい。無事かぁ?」

 岩盾に囲まれた中に声をかける。


「――早く出してくれ」

「ちょっと待ってくれ。えっと、地面から生えるように発動するんだから、魔法陣を逆操作すれば……」

 消えたように見えた岩盾は、一瞬で地面に引き込まれていった。


「一枚消えたら出られるだろ。大丈夫か?」

 中を覗くと、二人の若い女性がいた。一人は編んだ髪を肩の後ろまで下げた女性。腿を射抜かれている。もう一人はその女性に肩を貸し、外に出てくる短髪の女性。よく似た顔立ちから姉妹であると思われた。


「残りの盗賊は殺した。傷は大丈夫か?」

 猫科特有の耳は同じだが、ガラム兄妹のような猛々しさはなく、かといってミケのような丸さもない。あえていうなら鋭利な印象である。


「豹人族?」

 直時は勘で訊ねてみる。


「先ずは助けてもらったことに礼を言おう。助力、かたじけない。そして問いに応えよう。私達は察しの通り豹人族だ。――傷の手当てをしないといけないが、この場で時間を掛けたくはないな」

 短髪の女豹が鋭い目のまま、周囲を見回す。


「これは貴方ひとりのわざか?」

 盗賊だったモノをさして直時に問う。


「まあ、そういうことだね。ところで治療だけど、治癒術はできる?」

薬丸やくがんの持ち合わせはあるが、残念ながら治癒術は修めていない」

「ちょっと傷見せて」

 直時はおさげ女豹の傍らに膝を突く。矢は腿の反対に突き出ており、傷は脚の中心に近い。


「不味いな。矢が骨を傷つけているかもしれない。足に感覚はあるか?」

 彼女は歯を食いしばったまま首を横に振る。短髪女豹が焦りを見せた。

 直時に専門の医学知識はないが、応急処置等の訓練や知識は消防団である程度講習を受けさせられている。


「すぐに治療しよう。治癒術なら使える。ただ、約束して欲しいことがある」

 二人の目を交互に見る。


「言ってくれ」

「自分が使える治癒術は精霊術のそれなんだ。ある理由で精霊術が使えることを隠している。そのことを口外しないで欲しい」

「普人族が? それは本当か! いや、しかし、なるほどこれもそうか……」

 直時の言葉に信じられないといった様子であったが、全滅した盗賊達の有様に納得したようだ。


「じゃあ、先ず矢尻を折り取るぞ。傷に響くが我慢してくれ。出来れば布か何か噛ませてやってくれ」

 二人にそれぞれ声をかける。


「風の精霊達、水の精霊達、力を貸してくれ。痛みを和らげてあげてくれ……」

 直時に応えた精霊達が周囲に集まる。豹人族の二人には精霊は見えない。彼が呟いているだけに見える。


「嘘っ! 痛みが……消えた?」

 初めて声を出すおさげの女豹。


「折るよ?」

 宣言した直時は、傷口近くの矢の下を槍で固定し、鉈で先端を叩き折る。


「くっ!」

「大丈夫?」

「大丈夫。思ったより痛くない」

 気丈にも笑顔を見せる。


「精霊達、癒しを……」

 直時は精霊に語りかけながらゆっくりと力を込めて矢を抜いていく。矢を締め付けていた筋肉が、徐々に緩んでいくのは、癒えた傷口が異物を押しだしているのだろう。


 完全に矢が抜け落ちた。それでも直時は治癒を止めない。神経の損傷が気に懸かっていたため、念入りに癒しの術を施している。


「どう?」

「すごい! 痛みも違和感もない!」

「精霊術とは……、これほど完璧な治癒を施すことができるのか」

 二人とも驚きを隠せない。


「さて。礼を重ねさせてもらう。ありがとう」

「ありがとう」

 改まった口調は短髪の方だ。


「いいえ。どういたしまして」

「それで、見返りは何を要求するつもりなのだ?」

「え? ああ、別にいいよ。精霊術のことさえ黙っていてくれるのならね」

「普人族が見返りを要求しないわけがなかろう。後で無理難題を押し付けられるのは真っ平なのでな」

「なんかえらい言われようだけど、本当に必要ない」

「生憎と私達は持ち合わせが少ないが、所持している金を全て渡そう」

「い・ら・な・い! って言ってるだろ?」

「もしや! か、身体で払えと言うのではあるまいなっ?」

「言ってねーし!」

「誇り高い豹人族の乙女が普人族になぶり者にされるなぞ! 死んだ方がマシだ!」

「いいから話を聞けって!」

 暴走し始めた短髪女豹をなんとか落ち着かせる。おさげ女豹は怯えて震えている。


「何も言ってないのにどうしてそんな眼で……」

 直時は泣きそうである。


「たまたま通りかかって、助けたかったから助けただけ。恩に着る必要もないし、見返りもいらない。盗賊連中には個人的な恨みがあったから、それをぶつけただけ! 以上!」

 直時は相手に口を挟む余裕を与えず、早口で言うだけ言うと背を向けた。


「リスタルの町ならもう近い。後は二人で行けるよね? それと、精霊術のことはくれぐれも秘密だからな!」

 歩き出した直時は、振り向いてそれだけを言い放つと、本来の目的である薬草探索に向かった。


(今回は助けることが出来た……な)

 盗賊達を殺めた言い訳にはしたくない。しかし、先程の戦闘の対価として自己満足くらいは許されるだろう。


(魔獣だろうが盗賊だろうが襲ってくる奴はみんな敵! 追い払ったところで、また別の誰かが犠牲になるだけだ! これで――良いんだ!)

 直時は自分を無理矢理納得させる。それでも不快感は拭えない。盗賊達の血の匂いが身体に纏わり付いているような気がして、全てを振り払うように精霊と共に疾風となって駆けていった。


久し振りの更新になります。

出火に出動したら嫌な経験をしてしまって、ちょっと鬱です。

「覚悟が足りない!」とか言われましたけど、本職じゃないんだよ・・・。

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