冒険者ギルド②
清々しい花茶(香りは仄かな柑橘系だった)で気分を落ち着けた直時は、冒険者証が出来るまで、同じ階にある依頼掲示板を眺めて時間をつぶしていた。
(やっぱり魔獣の討伐とかが多いんだなぁ。あとは護衛か。隊商の護衛、役人巡回の護衛、ん? 国境警備隊の護衛? 警備隊が守られてどうすんだよ! 採取もランクが高いのは魔獣相手か……、怖いなぁ。地道に薬草の材料とか、畑の害獣駆除とかから始めるとしよう)
同じように掲示板を物色している冒険者達がいるが、直時ののほほんとした雰囲気から初心者だと判っているようで、様子を伺うも声は掛けてこない。普人族にしても小柄で華奢な体格であるし、面白半分の勧誘もされなかった。
具体的な依頼内容を確認出来た直時は、冒険者証を受け取りに受付へと向かう。
「どうもー。先程登録させていただきました、ヒビノです。冒険者証は出来上がってますか?」
対応してくれた浅黄髪の受付嬢に声をかける。
「ああ、ヒビノさん。喫茶店に呼びに行こうかと思っていたところでした。出来上がっておりますよ。こちらがヒビノさんの冒険者証になります」
受け取ったものをしげしげと眺める直時。名刺大で厚さが五ミリ程のベッコウのような材質のカードである。
「今は名前が彫り込まれてあるだけですが、少し魔力を込めてみてください」
言われた通りに、ほんの少し魔力を込める。
「文字が浮かび上がってきました。これは…ランクG」
「これでヒビノさんご本人の認証確認も済みました。ランクアップの際は、冒険者ギルド受付にお預けください。魔術処理の後、同じように魔力を込めていただきますと、新しいランクが表示されます」
「了解です」
「これでヒビノさんは冒険者として正式に登録されたことになります。何か依頼を受けてみますか?」
「二階掲示板は覗いてみたんですけどね。初心者向けの依頼は無さそうですね」
「それでは共通依頼を受けてみてはいかがでしょう?」
直時は脳内のギルド情報を検索する。
――『共通依頼』簡単な採取依頼。各ギルド支部で掲示してある品があり、特に依頼として受けなくても、品物だけを持ってくればギルドが買い上げる。主に需要が多いが単価が安い薬草の材料や、日用品の材料等がそれである。買い取り価格は時価であるのは、採取のし過ぎによる値崩れを防いでいるためである。
「そうですね。慣れるまでは共通依頼にします」
「買い取り品の一覧と買い取り額は二階掲示板の裏側になっております。採取対象の情報は初心者向けですから、転写の知識に入っておりますのでご確認くださいね」
「裏側にもあったんですねぇ。見ている人がいなくて気付きませんでした。初心者さんはあまりいないのですね」
「今日はもう夕刻近いですからね。皆さん午前中に確認して出掛けられますから」
「そうですか。じゃあ自分も確認だけして出掛けるのは明日にします。色々と有難うございました」
「いえいえ、これが仕事ですからお気になさらず。ではヒビノさんのこれからの御活躍を期待しておりますわ」
「どーも」
直時は、最後にもう一度頭を下げて二階へと階段をあがる。
「あったあった。なるほど裏にずらっと並んでるな」
採取対象をひとつずつ確認し、脳内情報と合わせて検討する。
「とりあえずメモって帰ろう」
鞄から手帳とボールペンを出し、書き出していく。
安易に日本の品を出していたが、掲示板が陰になり人目につくことは無かった。フィアがその場にいれば後頭部を叩かれたところである。
「これでよしっ。じゃあ明日に備えて早めに休まないとな」
直時の初冒険はぐだぐだのうちに明日へ延期となった。
ギルドを出て大通りを南へ向かう直時。往路と違い、時間の余裕が出来たため、気になる店や、依頼内容が採取と決まったことから必要になるかもしれない品をチェックしつつゆっくりと歩いていた。
先ず気になったのが魔法陣を描いた看板である。
(マジックアイテムの看板は確か杖だったよな? ちょっと覗いてみるか)
好奇心から店の扉を開く。
「いらっしゃいませ」
魔術師というより商家の若旦那といった男性が声をかけてくる。長身を包むゆったりとした藍色の上衣は膝近くあり、いかにも魔術師っぽいが、人懐っこそうな笑顔に女性客が多いんだろうなと思われた。
「本日はどのような魔術をお求めですか? 今ならサービスで上位術への上書きを無料でさせていただきますよ?」
(ああ! なるほど!)
男性の言葉に合点がいく直時。
人魔術は魔法陣によって効率よく発動するものの、用途別に膨大な種類が必要になってくる。そのため、知識として憶えるというよりは、転写術によって強制的に脳に刻みつけるのが一般的である。つまりは直時の感覚では電気製品のようなものである。
例えば洗濯したいときは洗濯機。灯りが欲しければ照明器具。調理には電子レンジ。エネルギーは同じ電気ではあるが、必要に応じて品物をそろえねばならない。
人魔術もそれと同じで、一般人は魔法陣の構成や法則など知らずとも、魔術店で自分が欲しい魔術を購入して転写してもらうのである。その際、理解できない多くの魔法陣を記憶しておくと脳に負担がかかるらしく、同系列で高機能の魔法陣を購入する場合、古い魔法陣は上書きして消してしまう。
多くの魔法陣を欲する人には脳に高負荷がかかることになるが、理解して使いこなしていけばある程度負荷が軽減していくようである。
(俺は偶々魔法陣が理解出来たけど、電子レンジ作れとか言われても無理だしな。それと似たような感覚か?)
「冒険者ギルドに登録したんですけど、持っている攻撃魔術が『炎弾』だけなんです。財布と相談しながらですけど、どんな魔法陣があるかと思って寄らせてもらいました」
若干貧乏アピールをしつつも情報だけは収集する気満々である。懐には盗賊から手に入れた金の半分がある。フィアから押し付けられたのだ。
「それはお困りですね。冒険に出られるのでしたら、せめて二系統、各三つくらいは攻撃魔術が欲しいところですものね」
(ちっ! フィアの奴、やっぱりケチってやがったな!)
心の中で文句を言う直時は、それでもまずは相場を確かめる。
「ちなみに水系統の初歩攻撃魔術だと、お値段はいくらぐらいでしょう?」
「水系統ですと、『水球』ですね。衝撃を内部に与える初級魔術ですが、金貨一枚と銀判貨三枚になります」
(……足りない)
直時の頬を汗が伝う。
「そうですか…。頑張って依頼達成してからまた来ます」
「お待ち申しております」
肩を落とす直時に気の毒そうに声をかける。見かけだけでなく心根も良い若者のようだった。
(くそう! フィアめ……。こうなったら今晩は生活魔術を魔改造してやるぅ!)
直時が危ない計画を決めた瞬間であった。
宿屋までの帰り道、肩掛けタイプの鞄ではいざという時の邪魔になりそうだったので背嚢を一つ購入した。フィアの使っているものより一回り大きい。あと、採取アイテムを入れるための革袋を予備を含めて三つ買う。合計で銀判貨五枚と銀貨二枚、白銅判貨三枚であった。
宿に戻ると早めの夕食を済ませて、明日の準備のため部屋へ戻る。フィアが出掛けてしまったため寂しげな兎耳娘ミュンにお願いして、お茶セットを用意してもらい、夕食代と合わせてお金を払った。
煙管を燻らせつつお茶でお腹を落ち着かせた直時は、懸念事項であった攻撃魔術を考える。
「さてと。『炎弾』とは逆に水系統の術からいくか」
脳内の生活魔術から、改造しやすそうな術をピックアップする。
(魔術店で聞いた『水球』っぽいのを作ろうとすると、水を放出するタイプの術を改造するのが手っ取り早いだろうな)
「うん。これが良いかな。 花と草木に潤いを与えん 『出水』」
術を発動させずに、魔法陣だけを出現させる何故か直時だけの裏技である。
「本来は花や野菜に水をやる術か。そこにある水を移動させるんじゃなくて、水を造り出すのかな? 大気だの地面だの一応周囲から集めるのか? それにしても魔力の消費量が多いな。先ずは水の放出量と放出速度をいじってみよう。っと、うわ! 必要魔力が増え過ぎだ!」
直時の常識外れの魔力量から見れば微々たるものであるが、小型軽量高出力高機能は日本人の性である。攻撃魔術の獲得という目的からはみ出し、あれこれと手を加えていく。
「水球になるように描き変えるよりは、出しっぱなしでいいから水の集束を高くして……。噴出速度はやっぱり送風の術を改変して描き加えてブーストしよう」
ぶつぶつと呟きながら、使えそうな魔法陣を出したり引っ込めたりしているが、消し忘れた魔法陣が直時の周囲に光ったまま浮かんでいる。
「よし! 出来た! 名称『ウォーターカッター』の術! ――加工用魔術じゃないか……」
やっぱりモノ造り日本人であった。
攻撃に使えないこともないと言い訳しつつ、出来上がった新たな魔法陣を記憶野へと仕舞い込む。自分で改造、設定した魔法陣であるため憶えることも楽である。
「やっぱり長年練り込まれた魔法陣に付け焼刃じゃあ敵わないか。それでも手数は増やしておかないとな」
明日の冒険のための暫定魔術だと割り切り、数種類の攻撃魔術をでっちあげていく。
結果、出来上がった魔術は以下の通り。
『ウォーターカッター』。細い高圧水流で対象を切り裂く。放出は三秒まで可。放出角度変更可能。
『水塊』。初歩攻撃魔術『水球』もどき。水の塊を対象に高速でぶつける。
『崩土』。生活魔術『耕土』を改造。敵の足元の地面を耕して、体制を崩す。
『岩盾』。土木錬金魔術『石化』土から石を造り出す術を応用。眼前に岩を生成して敵を阻む。
『スタン』。電撃の魔術を知らないため、いろんな魔術を組み合わせ、フレミングの右手の法則と分解したダイナモ(自転車のライト)を思い出しながら造った魔術。電撃で相手の運動神経を麻痺させる。
『炎弾・改』。フィアに見せた炎弾改造版。
『炎弾・散』。改の炎を小さく分割し、広範囲へ攻撃。
「もう駄目だぁ! 知恵熱が出るわーっ!」
叫んで寝床へと潜り込む直時。
風系統については、いざとなったら風の精霊にお願いするつもりだ。
明日は初めての冒険である。緊張はあるが、初心者への共通依頼だと思い出した途端、眠りに落ちていった。
説明を台詞に混ぜるか、脳内検索に任せるか・・・。
説明を端折るのが筋なんでしょうが、性分なのかな・・・;;
徐々に減らしていこう・・・。