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シーイス公国動乱⑤

あれ?

投稿日間違えたかな?

あれれ?


 カール帝国貴族、アインツハルト侯爵の城、その一角には一般兵が立ち入りを禁じられた区画がある。中でも一際豪華な扉の部屋があり、分厚い扉で遮り切れなかった音が漏れている。若い娘の嬌声だ。

 扉を守る衛兵の顔には、好色さと嫌悪が半分ずつ混ざって浮かんでいた。

 切羽詰まったような声が途切れ途切れになり、昂った大きな声が消えた後、少しして扉が開いた。

 長身の引き締まった身体に、寝間着のローブを羽織った男が現れた。嫌になるくらいの美男子である。扉が閉まる前、衛兵の目に寝具でうつ伏せの娘が映る。尻には尾があった。


「お疲れ様です。リシュナンテ様――」

 軽い疲労と共に溜息を吐いた彼に、冷たい水が差し出された。軍での補佐役、副官のヘルマン・デューリングである。

 リシュナンテは、礼を言って一息に飲み干した。


「命令が出たよ。明日、夜明け前に出撃だ。しかし、先ずは浴室だ。早く洗い流したい」

 眉を顰め、足早に歩き出す。ヘルマンが後ろに続く。


「お前の方は、随分早く済んだようだね?」

「リシュナンテ様ほど懐かれておりませんので。ご命令とあれば増やしますが、あまり多くても部隊掌握に支障が出るかと――」

「フン。獣人の女は、情で雁字搦めにすれば便利な兵になる。だが、忠誠を持続させるこっちの身にもなって欲しいよ」

 リシュナンテの職務の一つに、特殊部隊の指揮官がある。獣人族の戦闘力に注目し、利用しようと試行錯誤している国は多い。カール帝国では、アインツハルト侯爵が主導し密かに設立したのだ。


 獣人族を従わせるための方法は、幼児の頃から飼い馴らすのが従来の手法だ。ヴァロア王国が白烏竜を騎獣として従属させたのと同様だ。しかし、「使える」ようになるまでに手間と時間が掛かり過ぎる。白烏竜のように希少種なら見返りが期待出来るが、いかに普人族より強いとは言っても、少数の獣人族だけでは割りに合わなかった。

 そこへ、リシュナンテが新たな手法を編み出した。成人した獣人族、それも戦闘経験のある冒険者を女性限定だが従属させる。言ってしまえば『ヒモ』であるが、籠絡させる能力を持つ男にしか出来ない事だった。副官であるヘルマンをはじめ、隊長格には美丈夫が配され、部下の掌握に一役買っている。

 見栄えが良く、能力が高い強い男。蔑視の強い普人族の中で、対等で優しく接してくれる。普人族から獣人族への嫌悪は生まれに根ざしていたが、獣人族からの普人族への嫌悪は、蔑視への反発に根ざしていた。そのため、付き合い次第では「恋する」こともあったのだ。リシュナンテはそこにつけ込んだ。

 冒険者として活動しながら、諜報と並行して獣人族の取り込みという任務をこなしていたのである。多忙な彼は、篭絡した者の相手を勤める時間が足りず、体だけでなく補助として薬と禁呪を用いて「愛情」を刷り込み、短時日で服従を深めることに成功していた。


「出撃小隊は?」

「第一から第三小隊、全部だ」

「了解しました。出撃準備にかかります」

 ヘルマンが踵を返す。出撃まで時間が無い。急がねばならない。その背中に、リシュナンテから念話が届いた。


《ああ、ヘルマン。今回の作戦で部隊は解散、僕達は次の任務に着くことになる。漸く獣脂を落とすことが出来るよ?》

《それは朗報です。小隊長達に報せてやっても宜しいですか?》

《ああ、問題無い。彼等は優秀だ。何より本心を隠すことに長けているからね》

 足を止めたヘルマンが、リシュナンテに敬礼をして慌ただしく走り去った。


「ぺっ! 獣毛が口に残っていたか……。獣臭くてかなわない」

 浴室では、行為後の跡を洗い流しながらリシュナンテが愚痴をこぼしていた。


 翌日、払暁を待たずにアインツハルト領を走る集団があった。それぞれが獣車を中心に、二〇人ほどの塊が三つ。人影の殆どは線が細く、偶然それを目にした商人は、娼館の者達が遠征軍の需要を当て込んだと思った。

 その集団は、フルヴァッカ公国へと進軍した、キール軍の轍を追いかけていった。




 ノーシュタット政庁へと潜入し、保護されていた獣人族達の様子を確認した直時とミケ。岩窟の砦亭へ戻り、数刻の仮眠を取った後、直時の部屋へと集まった。四人集まると手狭であるが、ヒルダとフィアを交えて今後の方針を立てねばならない。


「うーむ。そこまで衰弱している者がいるのでは、入植地までの移動は無理か……」

「移動より先に、療養してもらわないと駄目そうね」

 直時とミケの報告を聞き、ヒルダが腕を組み、フィアが額に指を当てた。彼女達が予想していたより、状況は悪かった。


「よし! 依頼を受ける隊長として、私はギルサン軍務卿へ遺憾の意を伝えよう。お前達の不法侵入を仄めかすが、構わないな?」

 ヒルダに肯く直時とミケ。リーダーは彼女だ。


「独自の事前調査で、依頼遂行に難があると判断される――って、感じでお願い。依頼完遂のための準備行動を認めてもらいたい、とも、伝えて欲しい」

 直時は出来る限り早く動きたいようだ。焦りが見える。フィアが「落ち着け」と、頭を小突く。


「あくまでも知らない振りをするかもしれないわ」

「なら、晩餐会を盾に取ろう。国家行事に主賓たる我々がこぞって不参加となれば、シーイス公国の面目は丸潰れだからな」

「姉さん……。さすがにそれはヤバいのでは? シーイス公国に喧嘩を売ったと見做されるでしょう?」

 激していたはずの直時だったが、フィアに小突かれ、ヒルダの過激な台詞に我に返った。自分達だけならどうとでもなる。本拠地は遠く離れたソヨカゼだ。しかし、わざわざ舞い戻った理由である知人達へ災いが降りかかることは避けたい。

 高原の癒し水亭のグノウ親子も、リスタルの武具屋ブラニーも、シーイス公国の国民であることを辞める気は無く、リスタルの街を捨てるつもりは無い。彼等の安全が第一なのだ。


「タダトキは急ぎ過ぎだし、ヒルダの案は極端ね。まあでも、保護された人達の扱いは悪く、シーイスの依頼を待っている状況でもない。皆で出来る限りの事を始めましょう。ミケちゃんは、入手した名簿で受け入れ先とのつなぎをお願い」

「判ったニャ」

 フィアが仕切り、ミケが肯いた。

 種族毎に年齢、性別と人数を報せ、同郷の者を探してもらわねばならない。そうでない者でも、同族なら出来得る限り受け入れてもらうよう交渉するつもりだ。郷からの迎えの有無や、合流場所も確認の必要がある。


「ヒルダはギルサン軍務卿と連絡を取ってね。脅し過ぎては駄目よ? 品不足の時勢だし、保護した人達への食料や薬、その他生活必需品の配給は負担になっているはず。有志から差し入れがあると伝えて。渋るようなら、補給品の三割までならシーイスへ渡すことにしましょう。その代わり、荷は私達が直接受け渡す。これは譲れないわ」

「良かろう。物資集めは他にも手が欲しい。ギルドで依頼を出そう」

 複数の指名依頼を受けているため、報酬は大きい。経費として自費を使っても、充分元は取れる。しかし、ヒルダをはじめ全員が、そのことに重きを置いていない。

 シーイスからの依頼完遂が目的ではなく、獣人族の保護が目的となっているためだ。


「で、タダトキと私は食料と薬の確保ね。食用になる魔獣を狩りに行きましょう。それと塩ね。近くの海まで飛ぶならマケディウス王国か……。リスタルの家からソヨカゼまで『影の道』で往復するのと、どちらが早いかしら?」

「時間的には変わらないと思う。どちらにしろリスタルまでは戻らないといけないし。ソヨカゼの方が安心だけど、魔力消費が激しい分、こっちの海で塩を作った方が早いかな? ついでに食料も狩れるし。影の道はあまり大きい荷は通れないよ」

「一番近い海辺は真っ直ぐ南……。マケディウス王国とトリエスト回廊の国境線が近いわね。商都ロッソの近くは人の目が多い。タダトキが精霊術を全力で使うと目立つわね。かと言ってソヨカゼから大量の荷を運ぶのは難しいか……」

 陸路での物資輸送が活発なトリエスト回廊との国境地帯、人が多く集まる商都ロッソ、どちらも派手な行動は控えたほうが良い。フィアは迷う。


「ソヨカゼなら安全だけど、全部自分達でやらなくちゃいけないぜ? ロッソなら金さえ出せば直ぐに揃うだろ」

 全てを自分達で揃える必要はない。足りなければ、余っている処から買えば良い。直時はそう言った。日本では資本主義経済にどっぷりと浸かっていたから、当然の考えだった。 フィア達にとっては盲点だったようだ。


「その通りね。そんな大きな買い物をしたことがなかったから、思いつかなかったわ」

「ならロッソのギルドに依頼を出すニャ。その方が早いニャ」

「ちょっと待った。ミケ、依頼を出す前にロッソの現況を確認して欲しい。自分で言っておいてなんだけど、買い付け出来ても輸送手段が無いとつらい。俺達で運べる量は知れてるからね。特に空輸出来る冒険者の手が空いているか調べないと」

 焦りから復帰した直時が、冷静になって考えはじめた。とにかく情報が欲しい。


 相談の結果、ギルドで情報収集をしてから行動開始と決まった。現在、手を付けられるギルサン軍務卿への連絡と合わせて、ヒルダとミケが冒険者ギルドに向かうことになった。


「待ってるだけじゃ時間の無駄だから、タダトキを連れて晩餐会用の服を見てくるわ」

「ちょっ! フィア、謀ったな!」

「ズルいのニャ!」

「それぞれ仕事があるでしょう? 仕方無いじゃない」

「フィア、流石にそれはどうかと思うぞ? 待ってる間に狩りでも――」

 ヒルダとミケの抗議に直時も消極的ながら加勢する。着せ替え人形にされた悪夢は、忘れていない。


「獲物が直ぐに見つかるか判らないもの。狩りに出たら一日仕事よ? ミケちゃんはともかく、ヒルダの用事は簡単じゃない。後から合流すれば良いのよ」

「それもそうだな。タダトキ、衣装が決まったら約束していた武具を選びに行くぞ」

「ウチだけ除け者っ?」

「頑張ってね。お仕事を早く済ませたら除け者にならないから」

 大仰に悲壮感をあらわすミケへ、フィアはにこりとして言った。


 直時とフィアは、ヒルダとミケを見送った後、街へと出た。服飾店はリタからお薦めの店を聞き出してある。開店には早い時間だったが、リタが気を利かせて連絡をしてくれたようだ。直ぐ店内へと案内された。

 先ず、目に飛び込んできたのは、きらびやかなドレスである。三着が会計台の後ろ、壁の上部に飾られている。職人の腕をアピールするための見本だろう。中央に真っ白なドレス、左右に真紅のドレスと明るい青のドレスがあった。

 直時の感想では、飾りの多いひらひらの白はウエディングドレス、肌の露出が多い赤はイブニングドレス、長袖で露出の少ない青はアフタヌーンドレスといったところだった。


「いらっしゃいませ。被服店『雪割草』の店主、ロジーネと申します。仕立てをお急ぎとのこと。予算に上限無しと伺っておりますし、存分に腕を振るわせて頂きますわ」

 五〇代くらいの女店主が直時とフィアを出迎え、挨拶した。満面に笑みを浮べている。


「よろしくお願いします!」

 フィアが、ガッチリと握手した。直時にとって代金の話は初耳だったが、リタから店を紹介された時に要望と共に伝えてもらったらしい。乗り気になれない直時は、「もう好きにしてくれ」と、諦めて着せ替え人形になることにした。


「お客様は、男性にしては控えめな体格でございますね」

「背は私と変わらないもんね」

(うっさいわ! はっきりチビだと言えば良いだろが!)

「肩の線もなだらかで、引き締まっておいでですね」

「本当に肉が付かないわねー。女物が着れるくらいだものね。筋肉が増えるよう、訓練メニュー再考かな」

(残念! フィアの服は胸がキツくて着れませんから!)

――ゴツン! 心の中の声なのに、何故か殴られる直時だった。


 試着を繰り返した直時は、店の隅にある椅子でぐったりとしていた。フィアとロジーナは完成の絵図を前に細かい部分の打ち合わせをしている。そこへヒルダが現れた。軍務卿への連絡は終わったようである。交渉結果はミケが戻ってから話すことになり、礼服作製にヒルダまで口出しをし始めた。


「そんなヒラヒラしたものでなく、もっとピシっとした――」

「うるさいわね! これはもう決まったの! 注文もしたわ! 文句があるなら貴女も作れば良いじゃない」

「そうさせてもらう! 店主っ、私の注文は――」

 売り言葉に買い言葉、直時の礼服はもう一着増えるようである。


「タダトキ、ミケから言伝ことづてだ。『ニッポンの礼服を念写で注文しておくべし。代金はウチがもつニャ』だそうだ」

「……了解」

 さらに一着増えることになった。




 『雪割草』での服選び(実際は特注品である)に時間を取られたため、遅い昼食を外で摂っていると、漸くミケから念話が届いた。話題が話題であるだけに、鉄壁のセキュリティを誇る『岩窟の砦亭』に戻って話すことになる。三人は慌ただしく昼食を済ませ、宿に戻った。


「むぐ、おかえりなのニャ。ゴクン――、ウチばっかりに働かせて非道いのニャ。あむ」

「ミケ、食べるか喋るかどちらかにしなさい」

 リタに怒られながらも、彼女特製の魚サンドイッチをぱくつきながら文句を言うミケが待っていた。


「こっちは飲まず食わずで走り回っていたのニャ。御蔭で買い物にも合流できなかったのニャ。愚痴のひとつも言わせて欲しいニャァ!」

 直時が御機嫌斜めのミケを宥めていると、リタが人数分の花茶を淹れてきた。場所を直時の部屋に変えて、腰を落ち着ける。


「先ず、ヒルダっちの申し入れは通ったニャ。配給物資はシーイスにも頭の痛いところだったようニャ。三割五分で手を打ったニャ」

「増えてるじゃない」

「その代わり、慰問を認めさせたニャ。物資の受け取り時に堂々と中に入れるニャ。治癒も出来るニャ」

「それは朗報だ。ありがとう、ミケ。頑張ってくれたんだね」

 場合によっては夜毎忍び込んでの治癒も考えていた直時である。


「次にマケディウス王国の様子ニャ。ロッソとリネツィア、それと国境付近についてニャ」

 直時の賛辞に照れ笑いした後、ミケの報告が続いた。


 マケディウス王国は、フルヴァッカ公国を侵略しているカール帝国に協力している。主に補給物資の供給でだ。直時達が必要とする品は、当然のことだが高騰していた。

 だが、海戦の影響で水棲魔獣が活発化し海路が使えない現在、輸送が滞ってしまっている。陸路と空路でのピストン輸送をしているが、陸路では時間が掛かり、空路では大量に運べない。購入されたカールへの物資が、山と積まれたままとなっているらしい。品物自体はカール軍が端から購入するため、流入量は変わらず多いそうだ。


「運べないのに品物だけは押さえてるのか。マケディウスの商人としては売れれば良いんだろうけど、腐ったらもったいないな」

「流石に物資の購入は控えられたみたいニャ。その代わり荷運び業者の運賃が高くなってるニャ。マケディウス軍の輸送隊だけでは足りなくて、かなりの業者が入ってるみたいニャ。ギルドへの輸送依頼も仲介屋が値段を吊り上げてるニャ」

 ギルドへの依頼では、軍事行動へ制約があるが、間に民間が入ることでそれを回避しているのだ。例を挙げると、国境前に商人が簡易物資集積所を作り、そこまでの配達をギルドに依頼するのである。国境線でカール軍へ物資を引渡し、戦地へは輸送部隊が運ぶのである。

 あまりにあからさまな依頼は受け付けないが、全てを精査することが出来ず、抜け道は多いとのこと。更に、輸送任務に長けた冒険者も稼ぎどきだと集まってきているらしい。彼等の食い扶持を規制するわけにもいかないのだ。


「実はシーイスの商人もロッソに出向いてるらしいのニャ――」

 ヴァロア王国との停戦、及び通商条約の締結でシーイスの商人がヴァロアで買い付けた物資を直接マケディウスに輸送、これを売り捌いていた。自国で物資不足が起きているが、より儲かる方へと向かったようだ。


「母国が大変な時に……。商人としては、機を見るに敏と言えるけれど、基盤があるシーイスが潰れたらどうするんだろ? 国家反逆罪とかには問われないのか?」

 直時が呆れたように言う。


「その辺りはシーイス王府が考えることよ。それより、輸送依頼が多くて受け手が忙しいことの方が深刻ね。ロッソで品を購入しても運び手がいなけりゃ駄目じゃないの」

「陸路は時間が掛かるもんな。飛翔騎獣持ってる冒険者に伝手とか無い?」

「報酬が良いから、殆どがカールへの物資輸送にかかってるニャ」

「結局、金かぁ。多少の貯えはあるけど、相場的にはどんな感じ?」

 直時は、ギルドの口座にある残高をミケの耳に囁く。難しい顔をされた。相手は大国カール帝国の軍資金である。いくら稼いでいると言っても、直時個人の貯金では太刀打ち出来ない。


「私も出して良いわよ?」

「うむ。私も協力しよう」

 フィアとヒルダが口座の預金額を口にした。直時の提示した金額とは、桁が五つほど違う。普人族とは異なる永い時間を冒険者として過ごしてきた二人である。貯まった金額はとんでもない額であった。それでいて浪費も投資もしないというのは、精神文化の違いとしか言いようがない。普段の彼女達は全くの庶民派である。


「半分くらいなら構わないぞ?」

「いやいやいや! 駄目駄目駄目っ。やっぱり止めておこう。ねーさん達が介入したら、輸送相場が天井知らずになりそうだ。それに、お金の落ちる先がマケディウスになってしまう。ギルドの制約に抜け道作ってる商人が潤うだけだから」

 このあたり、中間業者、主に商社の高額中抜きに歯噛みしていた日本での経験である。力のない末端業者の僻みとも言うが。


「駄目なの?」

「一応、雇い主はシーイスになるし、知人がいるのはこの国だもの。無理矢理な資本投下で市場独占は禍根が残るし、既に高騰してる輸送費をもっと上げることになる。続けられるなら良いけれど、一時的なことだしね。止めておこう」

 カール帝国の邪魔をしたと取られかねないし、一度上がった値を下げるのは難しい。しかも、戦争は継続している。今回の依頼のためだけに無茶なことをするわけにはいかない。恨みを買いすぎると、直時は判断した。


「うーん。食料はシーイス国内で魔獣狩り。薬、衣類等は他国に買い出し。ロッソばかりに注目してたけど、ヴァロア王国も盲点だよね。周辺国にそっぽ向かれてるから、買い手があるなら喜ぶんじゃないかな」

「伝手があれば話は早いんだけどニャァ」

「伝手かぁ……。ヴァロアの鉄面皮男、サミュエル君はイリキアで隠れてるし、母国くにに帰った空中騎兵の三人は兵隊だし、そう言えばエリアちゃんは貴族とか言ってたっけ?」

「ああ、あの小柄な娘ね。確か子爵の三女とかなんとか言ってたと思うわ」

「家名、何だったっけ?」

「……忘れた」

 使えない直時とフィアであった。


「私は白烏竜達の事を忘れていないぞ? ヴァロアに借りを作るのは気に食わん」

「姉さん、それは俺も憶えてます。だから、弱みにつけこんで利用してやろうってところですよ。まあ、今回は時間がないし却下ですね」

 ムスッとしたヒルダに言い訳し、直時は提案を引っ込めた。今から知人を探して販路を確立するには時間が無いし、あからさまに動くとシーイス公国がカール帝国から目をつけられる。


「一番大事なことを言い忘れていたニャ。各種族の郷に打診したところ、ノーシュタットに保護されている人達については、九割方受け入れ先があったのニャ」

「マジか! 凄いじゃないか」

「移動した郷にも、連絡が取れたのね。良かったわ」

「うむ。皆、同族への慈愛は変わらぬようで安心した」

 ミケの報告に、場が一気に明るくなった。


「元気な姿で送り出したいし、出来る限りのことをやりましょう! ヒルダは近辺の食料になる魔獣狩りを頼める? 持ち帰ることが出来る量にしてね」

「了解だ。食わねば元気が出ないからな!」

 状況を整理したフィアが取り仕切る。


「タダトキは塩。今回はソヨカゼまでお願い。保存食になる乾物も持てるだけ持って来て」

「製塩と並行して作るよ。魚と海藻、持てるだけの乾物に加工して持ってくる」

 重量消去で可能な荷を運ぶつもりである。


「ミケちゃんは引き続き、各種族の郷と連絡を密にして。受け入れ先の無い人達も、なんとか探してあげて」

「判ったニャ。数人だけど、獣人族じゃなくて魔人族みたいなのニャ。タッチィ、お願い出来るかニャ?」

「おっけー。クニクラド様んとこに打診しとく」

 獣人族と間違われたが、運良く保護された魔人族がいるらしい。ヲン爺からクニクラドへ連絡を取ってもらうことにする直時。


「私は一度ロッソまで飛ぶわ。食料はともかく、加工が必要な薬と衣類は購入するしかないもの。シーイスで品薄なら余所で手に入れないとね」

「さっきの服屋繋がりで、安くても良いから大量に仕入れが出来るかも聞いておけば? 同業なら伝手もあるかもよ。稼がせてもらってるから、なるべくシーイスにお金を落とさないとね」

「この街のことならリタ姉が良く知ってるニャ。話しておくニャ」

 四人はお互いに肯いた。


「じゃ、リーダーとしてヒルダが締めてね」

「うむ。任せろ。タダトキの故郷ではここ一番の時に言う台詞がたくさんある。そのひとつを使わせてもらおう」

 何やら嫌な予感がする直時である。ヒルダに転写した知識に、変なものが混じっていたようだ。


「コウコクの興廃この一戦に――」

「ストーーップ! 戦争じゃないから!」

「細かいな。この言葉を知った時は昂ぶるというか漲るというか、高揚感がだな」

「出来れば他で!」

「ふむ。なら簡単に行くか。――各員、奮励努力せよ!」

 まあ、これなら良いかと妥協した直時であるが、礼儀正しい対応として、立ち上がってキヲツケ、敬礼を返したのだった。


紋付羽織袴、適当で出来るかなぁ?

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