シーイス公国動乱④
更新遅れました……。
申し訳ありません!
「私がお教え出来ることは以上です。闇の精霊に限りませんが、その精霊が司る事象を明確にイメージすること。出来て当然であると疑いを持たないことです。精霊と深く語り、その精霊の性質を自分の物とお考えください」
岩窟の砦亭のさらに地下、鍛錬場の一角で、闇の精霊術師リタ・シュタインが直時への講義を締め括った。
「御指導有難う御座いました。細かい制御のやり方とかを叩き込まれると思ってたんですけど、以外にアバウトでしたね」
「通常であれば、当人の魔力量に見合った制御から始めるところですが、ヒビノ様の場合、魔力切れを考慮に入れないで良いとの判断からです。私が識る闇の精霊のことをお教えしただけになってしまいましたが……」
精霊術は魔法陣に完全制御される人魔術と違い、定量の魔力を消費するわけではない。術師のイメージした通りを精霊が具現化し、それに見合う魔力を消費する。当人の保有魔力を超える術は、命の危険もある。
リタが直時に教えた事は、闇の精霊による術の広がり、可能性だった。長い時間を掛け闇の精霊と対話し、術として身につけた数々の精霊術を叩き込んだのである。当初、潜入に有用と思われる術に絞っていたのだが、ぎこちない発動時間にも関わらず、習得速度には目を瞠るものがあった。フィア達の訓練という下地はあったが、結局のところ精霊術に対する無知が、偏見無しに術の吸収に役立ったのだ。
「ひとつだけ気を付けて頂きたい事は――」
「……禁呪、死を司る系統の術ですね。リスタルでの一件で骨身に染みています」
直時は神妙に肯いた。敵としてのヴァロア兵だけでなく、逃げ遅れた味方の義勇兵も巻き込んでしまった。彼等を殺したのは間違いなく自分だと、刻んだ記憶の傷へ改めて戒めを刺す。
本来は生を全うした魂を冥界に送り届ける術であったが、助からない病や傷を負った者への介錯、そして魂を引き剥がす攻撃のためと変遷した経緯がある。消費魔力は飛躍的に増大するが、直時の非常識な魔力量は使用するに問題はなかった。
「あっちは苦戦中ですねぇ」
苦笑する直時へ、同意するリタ。ミケへの視線が険しい。
アースフィアの常識から外れた精霊術を目にしていたせいで、望む現象と込める魔力が噛み合っていない。勿論、原因は直時である。
風と水といった『流れ』の重要な精霊術を得意とするフィア、闇という曖昧なモノを使うミケは、土の精霊との対話に四苦八苦している。
ヒルダは込める魔力が大きく、制御が大雑把なせいか、火の精霊を御しきれていない。あちこちが煤まみれになっている。
それでもジギスムントの助言で少しずつものにしていく三人。ドワーフのおっさんは、見かけによらず懇切丁寧だ。
「若い娘達が相手だからって、張り切っちゃってますわね」
「ミケはともかく、フィアとヒルダ姉は若く――ゲフンゲフン」
慌てて台詞をごまかす直時。幸いにも修行に集中して野生の勘に気取られなかったようだ。殺気は無く、制裁も無かった。
「ジギスムントはフィリスティア様より歳上ですわよ。そして、私は姉さん女房です」
リタが含み笑いしながら言う。直時にとって『人は見た目によらない』を地で行く人達である。同じ過ちを繰り返さないため、敢えて思考を停止、愛想笑いを返す。多少引き攣っていたのは仕方無い事だろう。
「ヒビノ様。今更になりますが、ミケの魔力は貴方が?」
「えーっと、何処まで聞いてます?」
「普人族ではない、としか聞いていませんわ」
直時の返答が滞る。
ミケの身内とは言え、何処まで本当の事を言って良いか迷った。しかし、それも一瞬だった。
「ミケには『刻印』をあげました。その結果の魔力増大と、土の精霊との親和性と思われます。原因は自分だと思いますが、理由は正直言って判りません」
聞かれた事に関することだけを、正直に端的に答えた。他の情報についても聞かれたら答えるつもりである。直時の『感想』では、シュタイン夫妻は国家ともギルドとも別のコネクションを独自に持っている。味方に出来なくても、敵にだけはしたくない。
何より、ミケの身内として、聞かれたことには正直に答えるべきだと思った。
「なるほど……、そういうことですか。貴方のちぐはぐさがミケにも感染ったようですね。久し振りで、シゴキ甲斐がありそうです。フフフ。面白くなってきましたわ。お礼を言っておきます」
リタの不穏に光る目は、ミケに向いたようだ。可愛い妹分に手取り足取り教える歓喜に震えているようである。そう考えれば、無愛想なジギスムントの張り切りようも頷けるものがある。要するに、構いたくて仕方無いのだろう。
基礎的なことに及第点を貰えたところで、ジギスムントの講義は終了となった。
「それでは、ミケとヒルデガルド様には、今から私が闇の精霊術の手ほどきを致します」
「リタ姉、今日はこのくらいにしておいて欲しいニャー」
「せめて少し休憩を挟まないか?」
「時間は長いようで有限です。無為に時を過ごすのは勿体無いですよ? それに、私は充分に休憩出来ましたから」
可愛らしく小首を傾げるリタ。次の瞬間、二人の抗議の声は球形の闇に飲み込まれた。
「南無――」
直時が両手を合わせた。
「お前さんたちはどうする? リタがあいつらを解放するまで時間が掛かるだろうし、続きをやるか?」
「武器を見繕って欲しかったんですけど、買ってくれるヒルダ姉があれですからね。勝手に決めたら怒りそうだし、武器選びは明日にします。それより、鍛冶の匠であるジギスムントさんに、相談というかお願いがあるんですが宜しいですか?」
「ふむ。なら、店に行こう」
研ぎ上げられた刃、鈍く光る鎧、様々な金属が『灯火』の明かりを反射する店内。その片隅の小卓前に、直時とフィアを座らせたジギスムントは、熱い煎り豆茶を人数分用意して自分も腰を落ちつけた。
「それで、どんな話なんだ?」
「店を構えてらっしゃいますから無理を承知でお聞きしますが、ジギスムントさんは長期出張の仕事は可能でしょうか?」
「お前さんの懸念通り、店があるから無理だ」
「では、どなたか鍛冶の腕に定評があるお知り合いで、同じお願いを引き受けて下さる方を紹介して頂けませんか?」
直時は即座に諦め、次の手を模索する。何かが気に障ったようで、ジギスムントの眉間に皺が寄る。
「どんな仕事だ?」
「今、住んでいる場所、黒影海沿岸での作製依頼です。資材、送迎、向こうでの生活についてはこちらで保証しますが、なんせ遠いですからね」
「そうじゃない。何を作るんだ?」
「船です。新造船と改装を予定しています。ちょっと特殊な仕様で、金属部品が多いんです。最初に依頼した船大工の方は木造専門でしてね。どうしても鍛冶に詳しい人の手が欲しいんです」
「……船か。そりゃあ大仕事だな。金属装甲でも貼るつもりか?」
「大型船は船底から舷側と、喫水線下の船内に水密ブロック――えーっと、小分けした部屋を密閉構造にするのに金属加工したいなぁーってところです」
「……そんなに重くしたら沈むんじゃないか?」
「排水量を考慮したら大丈夫かと。元々の設備を取っ払ったら重心が高くて不安定になってしまってるんです」
草案を取ってきた直時が小卓に広げる。
空中騎兵母艦『龍驤』は、直時を筆頭に現在は精霊術で運用されている。しかし、ヴァロア王国船籍の時は、普人族の人魔術による航行と補助帆による帆走が併用されていた。直時の手に渡った経緯に、戦闘による補助帆の破損があるが、精霊術での運用に問題が無いため、復元されていない。設計時より軽くなった船体と、大量の物資と人員が無くなった。そのため、喫水が浅くなり重心が高く不安定になってしまった。それでもそのままなのは、直時とフィアが精霊術の力技で、なんとかしてしまうためだ。
以上の経緯があり、船としてバランスは良くない。直時は、防御力の向上と重心安定を同時に出来ないかと計画していたのである。
「ん? 他にもあるな。……何だ、これは? 船体が殆ど金属製の船?」
「本来の目的はそっちです。試作艦なので小さいですけど、計画が上手く行けば大きな船にする予定です」
ジギスムントは、龍驤改装計画とは別の獣皮紙を手にとった。直時が言う通り大雑把なスケッチであるが、五メートル程の奇妙な船が描かれている。太短い葉巻に煙突と胸ビレと尾ビレを付けたような形だ。胸ビレは水平ではなくやや下向き、尾ビレは垂直ではなく∨字型である。
「精霊術でなく、人魔術での運用を予定しているので、細かい操縦は機械式にと思ってます。船体や舵に関する強度試験も手探りなので、完成までソヨカゼに来てもらわないといけないんですよ」
「タダトキ、一応報酬の話もしておいた方が良いんじゃない?」
フィアが口を挟んだ。依頼ならば当然である。しかし、ジギスムントは素案が描かれた獣皮紙からもの凄い勢いで顔を上げた。
「金の問題じゃねぇ!」
大声で一喝した。
「こんな面白そうな仕事……。武器や鎧に拘らなくてもこういう仕事もあったのか……。新しい世界が広がったようだぞ!」
「じゃあ、引き受けてもらえるんですかっ?」
何やら興奮するジギスムントの様子に、乗り気だと判断した直時が勢い込んで訊ねる。
「……リタの許しが得られれば」
途端に肩を落とすゴツイ身体つきのドワーフのオッサンがいた。直時とフィアには、向い合っているので見えないはずなのに、彼の背中が煤けて見えているようだった。
暫くして、リタが戻って来た。肩を落として何事かブツブツと呟くミケとヒルダが後ろを歩いている。ミケは兎も角として、強気なヒルダの様子が尋常では無い。俯き加減の顔に縦線が見える。
「――オン カカカ ビサンマエイ ソワカ」
思わず印を結び地蔵梵讃を小声で唱えてしまう直時である。鬼に遭った二人に幸あれ。
直時とミケは夜の街を縫った。『特訓』の後ではあったが、善は急げということになったのだ。向かう先はノーシュタット政庁。保護されている獣人族の現状把握のためである。
ミケと直時は難なく政庁内へと忍び込み、夜に紛れた闇の精霊術師の捕捉はほぼ不可能、見破る事が出来た衛兵は皆無だった。
獣人族達は直ぐに見つける事が出来た。倉庫の幾つかが仮宿として供され、収容しきれなかった者達が、周囲で簡素なテントの下で身を寄せていた。
彼等を囲むように篝火が焚かれ、槍を手にした衛兵の姿があった。保護と監視を担っているが、数は少なく緊張感も無い。夜の当番に当たったことに対する不平不満を同僚とこぼしている者もいる。だらけきった衛兵達だった。
直時とミケは、気配を消したまま緩い警戒の内側、獣人族達の中へと分け入った。
「それは?」
「目印ニャ」
監視の目が届かない場所まで来ると、ミケが木製のバッヂの様な物を胸に付けた。ギルド付き冒険者同士の目印である。幾つか種類があるが、今回は雪睡蓮が彫られた物だ。ギルドに事前確認を取ってある。
隠密系の術を解除したミケが、辺りを見回しながらゆっくりと歩く。直時はフードを深く被って後ろに続いた。目立たないようにしているのは、普人族だと警戒されるからだ。保護されたとはいえ、虐待した相手も普人族である。
程なくして目的の人物と接触出来た。夜に歩き回っているのは、夜行性の者と世話役として様子を見て回っている者くらいだ。
「……と言う訳で、シーイス側から遅延していた種族別の名簿を受け取りに来たのですが、予想以上に女子供が多いですね」
「女子供は、反抗の危険が少ないからな。それでも普人族より魔力量は多い。労働力としてはこの上ない獲物だ」
魔力労働、肉体労働、共に単純労働で酷使される。さらに嗜虐趣味の対象として扱われることも多い。
直時はイリキア王国の娼館を思い出した。かの娼館でも、娘達を愛でるのではなく、苛虐による欲求解消が為されていた。思わず顔を顰める。
「他に、少人数だが街住みの傷病者がいる。状態は良くないが、症状は安定している。それより虐待による重傷者がいる。薬丸と治癒術だけでは追いつかない」
線は細いが絞られた身体付きの山羊人族の青年が油断のない様子で話す。監視の目を警戒しているのだろう。彼がギルドから、世話役として紛れ込んでいた人物である。
直時はガゼルやインパラといった元の世界の動物を思い出した。草食動物であるが、荒々しい野性が窺える。
「状態が酷い人は?」
「何人か」
「なら、出来る限り治癒していく。入植には心配無いと皆に伝えて下さい」
ミケが世話人に答え、直時へと顔を向けた。力強く頷く。
案内されたのは、倉庫の中でも地下である。呻き声や浅く早い呼吸音が聞こえ、饐えた体臭に血膿の異臭が混じっていた。
碌な寝具も用意されず、石床の上に獣皮が敷かれ、薄い毛布を掛けられた者達。治療に使われた包帯は、黒く乾いた血と黄色く濁った膿が染み込んでいる。最後に取り替えたのがいつかもわからない、お世辞にも清潔とは言えない状態だった。
上半身に包帯を巻きつけた鹿人族の女給は、主に些細な失敗に熱湯を浴びせられた。鼬人族の小間使いの少年は、空腹に堪えられずツマミ食いをして、「手癖が悪い!」と、右腕を落とされた。妾として囲われた鳥人族の女性は、逃げないようにと片翼をもがれた。雇い主を魔獣から守った土犬人族の青年は、左半身が酸で焼け爛れている――。
傷を負った時、適切な処置をされなかったのだろう。悪化しても放置された結果がこの惨状だった。
「シーイス公国が『保護』したはずだよな? それがどうして?」
直時の声は小さかった。しかし、震えていた。目の前には治療を放って置かれたとしか思えない患者。それも、女子供が多く横たわっていた。
「王府より治癒術の命令はあった。しかし、担当術者は通り一遍の施術だけで済ませた。それだけだ」
苦々しく答えた山羊人族の青年。彼はペーターセンと名乗った。
治癒術は魔力消費が激しい。普人族である術者は、獣人族への治癒に全力を尽くすことを嫌がった。最低限の命令だけは守ったが、傷付いた者を守ろうとは思わなかったのだ。
「体力と魔力に余裕のある者には、重傷者への治癒術を手伝ってもらっている。しかし、皆、疲れているのだ」
集められた獣人族の中には、治癒術を扱える者もいた。世話人と協力して治癒に当たってはいるが、いくら普人族より魔力量が多いといっても限界はある。彼等には配給される食料を優先的に摂ってもらっていたが、物資不足の影響で充分ではなかった。
「高等治癒術じゃなくても、薬と併用すればこんなことには……」
ミケが唇を噛む。治癒術のこともあるが、ギルドから薬丸等の回復薬が差し入れられているはずだった。行き渡っているなら、ここまで酷いことにはなっていない。役人の中に、横領する者がいるのだ。
「……精霊達」
「タダトキ、駄目です!」
感情のまま、魔力を膨れ上がらせる直時にミケの叱咤が飛んだ。
「成人はともかく、幼子では過剰な治癒に堪えられません。応急処置は必要ですが、それ以上は体力の回復と同時でないと身体に負担が大きい。精霊術の治癒には同意しますが、出来るだけ緩やかにして下さい。ひとりずつ、丁寧にいきましょう」
ミケの言葉に直時の肩がびくりと震えた。指摘された危険性を知らなかった。魔術や精霊術が便利過ぎたのだ。いつの間にか自身の魔力に増長し、何でも出来ると思っていた。直時は、魔狼の長ドゥンクルハイトを治癒した時、彼の身体が痩せ細ってしまったことを思い出した。
これまで彼が治癒術を使った対象は、自分以外では傷を負った直後の豹人族リナレス姉妹、怪我はあっても仕事が可能なティサロニキで保護した娼館の娘達、そして、フィアとドゥンクルハイト等、生命力や魔力に溢れた存在ばかりだった。
今、眼前で呻吟するほど衰弱しきった者に治癒を掛けたことはなかったのだ。
人魔術、精霊術、固有術。魔力を源にする術にも、それなりに法則はある。決して万能の力ではない。治癒には施術者の魔力だけでなく、被施術者の生命力も必要なのだった。衰弱しきった幼子に、急激な治癒は危険が伴うことがある。
「有難う、ミケ。教えてもらえなかったら、取り返しの付かない事をするところだった。精霊術の治癒だけど、俺とミケ、どちらが施術する方が良い?」
「どういたしまして。私は土の精霊術を覚えたてです。治癒に関しては未経験なので、施術についてはタダトキへお願いします。患者の容態は私とペーターセンで監視して指示しましょう」
頭を下げる直時へ、簡単に返すミケ。直ぐに次の行動方針を伝えた。
「出来る限り魔力を絞って、ゆっくりとお願いします」
ミケの指示に肯いた直時は、比較的状態が軽い若い男性の傍に膝を突いた。
「今から君に治癒術を施す。俺の魔力は強く、治癒には負担が掛かる。他の者に治癒を施すにあたって、君の経過を参考にしたい。非道い話だと思うだろうが、女子供のために協力して欲しい」
直時は、呻いている若者の耳元でゆっくり言った。正直な言葉ではあったが、彼の良心につけこんで強制を促した。彼の偽善と偽悪のせめぎあいの結果である。
「男なら女子供のために実験台になれ」と、公言したに等しい。それでも、本当に偽悪を貫くなら、騙してでも施術するべきである。強がっていてもヘタレの直時は、彼が拒否するなら退くつもりでいた。しかし、彼は震えながらも肯いた。目には強い意志が見られた。間違いなく『漢』であった。
ミケとペーターセンの指導のもと、直時の治癒は重傷者全員に行き渡った。明け方前に苦痛に苛まれる者はいなくなった。直時は、実験台となった青年の御陰で力加減を覚えることが出来た。彼は尊い犠牲……になったわけではなく、今は穏やかな寝息を立てている。
だが、彼等は快癒には程遠く、ほっとしているペーターセンを余所に、直時は不満そうであった。それを宥めたミケは、名簿と今後の打ち合わせをして直時の袖を引っ張って帰っていった。
直時はこの場に残り、治癒を続けたかった。ギルサン軍務卿をはじめ役人達、公王にも言いたいことがある。しかし、不法侵入した自分達に非がある。獣人族達へのぞんざいな扱いに、シーイス公国と依頼前の交渉をしたかったが、ミケに諭されてしまった。心残りではあるが、その場を後にしたのだった。
夜の闇に紛れ、シーイス公国役人の目から離れたところで行われた精霊術による治癒。それは絶望の床についていた人々への心の灯りになった。
今日から休み!
って、大晦日やん!