シーイス公国動乱②
御指摘頂いた部分の再校、端折った分の追加をしました。相変わらずクドい仕様で申し訳ございません。
鈍い音が山麓から轟いた。音源は遠い。山肌に土煙が上がっている。効果の程は不明だ。
「ちんたら魔術撃ってんじゃねぇよ……」
ひとりの騎兵が他の兵を代弁して吐き捨てた。
愛騎の陸上騎獣はべたりと寝そべっており、その巨体に背を預けて座り込んでいた騎兵は腹を押さえた。
彼の腹の虫は御機嫌斜めである。通常であれば一食に満たない食料を、水と野草で文字通り水増しし、腹を誤魔化して一日を過ごしているのだ。
フルヴァッカ公国残党との戦闘は、内陸の山間部に戦場を移していた。司令部は鉱山の坑道、地下深くに潜り生き延びている。
カール帝国フルヴァッカ鎮定軍は、立て篭もった抵抗勢力を殲滅しきれないでいた。
直時のリスタル別邸。フィアとヒルダが好き勝手に模様替えをした後、皆で高原の癒し水亭へと向かった。食事を摂るためと、依頼品とは別にオットー達へのお土産を渡すためである。
ソヨカゼ産、乾物の詰め合わせは昆布をはじめ海藻類、大小の魚、小海老に蛸、烏賊、貝まであった。海産物は特に不足しており、大いに喜ばれた。
依頼の副報酬でもある『組合加盟店での無料お食事権』とは関係無く、オットーが感謝を込めて腕によりをかけた料理が次々と運ばれ、皆が舌鼓を打った。
「ヒルダっち。ギルサン軍務卿がこっちに来るようニャ」
「早いな?」
「空中騎兵に便乗したそうニャ」
食事中、ミケにギルドから念話で届けられた報せは、ヘンリー・ギルサンの来訪であった。彼が『高原の癒し水亭』へ現れたのは、一行のお腹が一段落した頃だった。
「ヒビノ殿。迅速な依頼遂行、有難う御座います」
杯を片手に直時へ謝辞を述べた。慇懃な挨拶に辟易したヒルダが早々に着席させた後のことである。
「仕事ですから」
直時は穏やかに答え、挨拶代わりに自分の杯を軽く上げた。前回の消防団規律モードにならないよう、気を付けているのである。軍歴有りと勘違いされたままだと、傭兵紛いの依頼をされかねないと警戒している。
「ところで軍務卿。予定通りで問題無いな?」
ヒルダが訊ねた。客の中に微かな反応を見せる者がいる。紛れ込んだ間諜だ。気付いていたフィアが場所替えを促すが、ヘンリーは問題無いと話を続けようとした。
《タッチィ! 遮音してっ》
《了解》
ミケが念話で叫ぶ。彼が新たに口を開く前に、直時の精霊術が行使された。
不可視の風の結界がテーブルを取り巻いた。続いて編まれる魔法陣。人魔術『幻景』が、一同の姿をかき消した。
一瞬の出来事に、食堂がどよめきに包まれる。
会話を聞かれないよう指示を出したミケに直時は即座に反応。会話を遮断し、更に念を入れた。聞こえなくとも口の動きは見える。優秀な間諜ならば、読唇術も可能と判断したからだった。
余裕があれば、人魔術『消音』と『迷彩』で充分だったのだが、直時は咄嗟のことに精霊術と高度な人魔術を使った。戦闘時ではないが、早い反応にヒルダが満足気に頷いていた。
「皆様、お騒がせしたニャー。うちらは内緒話があるので、勘弁して欲しいのニャァ」
ミケが結界から顔を出して詫びた。首から上だけが浮かんで見える。不気味な光景だが、既知の人魔術のため、騒ぎは即座に収まった。数人は悔しそうであった。
「……で、二人共どういうつもりなの?」
「こちらに気を向けていた奴らは捕縛するつもりだっただけだ。鬱陶しい真似をした報いを受けさせてやろうかと思ってな」
「間諜が紛れておりましたか。遮蔽魔術の展開、感謝いたします。いやはや、気付きませんでした」
フィアに答えたヒルダは、鬱憤晴らしでシメるつもりだったようで、悪びれもしない。軍務卿は言い訳しながら、ヒルダの答えに冷や汗を垂らした。
良からぬ思惑を持っていたのだが、露見すればまとめて叩きのめされたかもしれないと悟ったからだ。一国の重臣だからといって、竜人族の姫が手心を加えてくれるとは限らないのだ。
会談の再開は、各自新しい飲み物を手にしてからだった。フィアとヒルダはきつい蒸留酒、直時とミケは冷たい麦酒、ヘンリーは果実酒でお付きの騎士は何も注文せず立っていた。
「例の依頼の入植地ですが、工兵が設営に手間取っておりましてな。護衛依頼は、順延をお願いしたいのです」
「他の二つ、受け入れ種族の交渉と国境線の哨戒は?」
「シーイスの保護を外れる者は、希望者を募っておるところです。国境線へはヴァロア王国側との調整が続いており、こちらも少し時間を頂きたいのです」
「希望者ニャあ」
ミケが目を細める。訝しげだった。
「ギルド経由で近隣の各種族へは既に打診済み。名簿さえ渡して頂ければ即応できます」
いきなり仕事モードで軍務卿へこちらの準備状況を伝える。少し険しい目付きだった。
「ヴァロア王国との折衝も、円滑に進んだのではないのですか? 休戦協定後、既に彼の国からは、交易商人が多数訪れているようですからね」
いつものミケらしからぬ態度である。本来なら、このような突っ込みはフィアやヒルダに任せて相手の言動を分析、情報の裏を取りにこっそり動くタイプなのだ。
「それはどうも。迅速な対応有難う御座います」
慇懃に応じた軍務卿。しかし、彼の冷たい声音が直時の気に障った。
《普人族の偉いさんってあんな感じなのか? 当然だけど、ミケ、怒ってない?》
《んー。マシな方じゃない? 固い奴だと同席すら嫌がるからね。ミケちゃんは、当然怒ってるでしょうよ。獣人族が利用されているようだからねー》
直時からの念話にフィアが答えた。融和政策の第一歩を提案しているにもかかわらず、やはり普人族に獣人族への蔑視が見られる。先は長いと、直時は内心でため息を吐いた。
目処となる具体的な日程を確約するよう、ミケは何とか言質を取ろうとする。しかし、ヘンリーはのらりくらりと言葉を濁す。故国の無能な政治家を彷彿とさせるやりとりに、直時のイライラは募っていった。
「まあ、王府のご都合もあるでしょうし、進捗状況を報せて頂けると有難いですね。今のところ依頼は予約扱いですし、今後の予定が狂うならお引き受け出来かねる事にもなりかねません。我々としても依頼に対して可能な限り事前準備をしているわけですから、それが無駄になるならば、出来るだけ早い段階で連絡が欲しいものですねぇ」
険悪な空気が漂い出したミケと軍務卿の間に、直時が割って入った。笑顔の上、丁寧な物言いだが、端々に尖った口調が混じっていた。ヘンリーの顔色が青く変わる。
「指名させて頂いたからには、王府としても万全の体勢でお願いしたく思っております。全てはこちらの不手際。どうかご容赦くださいますよう……」
笑顔の仮面を貼りつけた直時へと、頭を下げた。
《こんなものかな? 後の譲歩は、ヒルダ姉さんかフィアで引き出してね!》
仲間内の念話で役を振った直時。知らん顔で軍務卿の杯へと酒を注ぐ。
「保護した人達の名簿は早急に欲しいわね。ギルド経由で、各冒険者も協力してくれてるからねー」
フィアがさり気なく要求した。獣人族の冒険者を敵に回す危惧を臭わせる。
「どちらにしろ王府待ちということか。連絡はギルド経由でな。我々は暫く、リスタルに滞在している」
ヒルダが本日の散会を宣言。席を立とうとした時、ヘンリーが呼び止める。
用件は、以前の会談で話題に上がった晩餐会への招待だった。依頼の着手前、数日内に開くとのことである。
《このおっさん、依頼遅らせて晩餐会とか本気で言ってるのか?》
《国として体面を保つ意味もあろう》
《普人族の高官なら当然ね》
呆れる直時だが、ヒルダとフィアの反応は冷ややかだった。長命種の冒険者である彼女達は、普人族の王侯貴族の面子とやらを散々経験してきている。納得していないが、ミケも同意見のようで諦めたように首を横に振っていた。
「五日後に王城にて予定しております。リスタル防衛戦での立役者である御三方に、我が国から感謝を表したいのです。国の内外からも出席を臨む声が大きく、公王も是非とも直に礼を述べたいと仰せで、如何でしょうか?」
《如何も何も、もう決定されてるじゃないか!》
《まあ、そう言うな。前に了承しただろう?》
念話内だけであるが、憤慨する直時。表面は澄ましたものであり、愚痴以外の何物でもない。ヒルダは彼を宥めるとともに出席を確約した。
王都ヴァルンへは、ノーシュタットより遠いが、移動系魔術を使う高位冒険者であれば伝えられた期日に問題は無い。しかし、飛行能力の無いミケにとって、辛くは無くとも余裕がある日程ではない。
直時には、軍務卿の配慮の無さが面白くなかった。
「軍務卿。ご多忙のところ厚かましい申し出で恐縮ですが、受け入れ先の在る人達については、その種族へ協力要請の必要上、名簿の作成だけは早急にお願いしたいのです。晩餐会には軍務卿もご出席なさるのでしょう? 王城ならわざわざ届けて頂く手間も省けますし、晩餐会の翌日にでも是非とも頂戴したいのですが、如何なものでしょう?」
直時は意趣返しとばかりに、フィアが言った要求を繰り返した。さり気なく条件も付けている。ヘンリーは言葉に詰まった。少し考えた後、「出来る限り」と、確約は避けた。直時は少し目を細めただけで何も言わなかった。評価は下がったようである。
帰り道、ミケが直時の右横に並んだ。依頼への催促――ミケの分担――だったが、彼女は直時が、自分の味方として振舞ったのだとも判った。どう感謝を伝えようかと思っていると、直時が右掌を肩口で握って拳を軽く振った。何かを待っている様子だ。なんとなくミケは左掌を同じ様に握ってみる。
握った拳の甲を直時が軽く打ち合わせ、ニヤッと笑ってみせた。
前を歩くヒルダと直時の左側を歩くフィアは、そんな様子を見て微笑んだ。
山国の夜風は冷たい。しかし、酒精に当てられた四人は、暖かい気分のまま家に着いた。
夜は、まだ終わらなかった。
城での晩餐会。そこで直時にどんな格好をさせるかという話題になったのである。リスタル別邸の居間で、蒸留酒のお湯割り(柑橘果汁絞り)を飲みながら、女性三人が騒いでいた。
「上質の服はイリキアで何着か買ったから、上にケープかマントが良いわ。表地は明るくて、裏地は落ち着いた色かしら」
「騎士風の詰襟はどうだ? 何なら式典用の鎧でも良いかもな。髪と同じく漆黒の鎧にしよう。私も黒竜鱗の鎧で出席するか。お揃いだな」
「新調するニャ? ならタッチィの故郷の服を作るニャ。どんなのか見てみたいニャァ」
直時は、正装に準ずるような服は一着しか持参していない。依頼で動きまわるから当然だ。
「フィア、何着も持ってきてないからね。ヒルダ姉さん、新調するには服も鎧も時間が無いよ。ミケも同じく。大体、記憶を頼りにそれらしい服を作る方が時間が掛かるっ!」
放っておくと何を着せられるか判ったものではない。直時は一気に言い切ると、フィアの案を採用。羽織る物だけを新調するという事で、強引に話をまとめようとした。
「――ノーシュタットか王都なら、間に合わせる職人も居るんじゃない? 明日にでも向かいましょうよ」
「そうだな。直時の武器も選びたい。朝食を摂ったら直ぐにでも出発だな」
「ブラニーさんには悪いけど、ノーシュタットに知り合いの鍛冶屋がいるニャ。武具なら業物も置いてるし、改造加工もしてくれるニャ。服屋も大店があるから、『転写』で伝えられるように、タッチィは服の形を良く思い出しておくと良いニャ」
話はまとまった。直時の思惑とは別の方向に……。
翌朝、フィアとヒルダより早く起き出した直時は、リスタルの市場にいた。食料品はカールのフルヴァッカ侵攻に伴い高騰している。保存食や携行食として加工が可能な品は、べらぼうな値が付いているか、そもそも品物自体が無かったりする。
「日持ちしないナマモノか、葉物野菜くらいしか無いのかぁ。安価だと思っていた芋類がこんなに値上がりしているとは……。うーむ。ここまで物流が滞っていたとはねぇ。おやっさんもよく食材のやりくりやってるよなぁ」
休戦条約後、ヴァロアからの物資が流入しているはずだが、市中にはあまり出回っていない。カール帝国の高圧的な催促により、支援品としてシーイス公国が買い上げて送っているためだ。
但し、同盟国カールへの協力という無償供与の他に、きちんと代金を請求している供与枠もある。属国扱いとはいっても、完全な土下座外交というわけではない。
「こんなに品薄なら、ソヨカゼからもっと食材持ってくるべきだったかなぁ」
嘆息しながらも、直時は朝食に使う生野菜や卵、乳製品を適当に見繕って購入していく。
「お! ソース類は大丈夫だったか!」
嬉しそうな声だ。液体は携行に難がある。漏れないよう処理しないといけないし、『軽減』や『浮遊』の魔術は消耗が激しい。そのため、軍需物資として重用されず残っていた。
未だ、醤油に類する調味料を見つけられず、代用品は魚醤等である。日々の食事に彩りを与える調味料は、直時にとっての最優先事項であった。
因みに、ウスターソース系の種類は結構多い。塩が多い物。香辛料が多い物。熟成期間が長い物。果実の多い甘い物等、多岐にわたる。
たこ焼き、お好み焼き、焼きそば等、ピンポイントなソースがある筈もないが、ブレンド次第でどうにかなると結構な種類を買い込んでいた。
直時が食材を抱えて戻ると、ミケが来ていた。朝の挨拶を交わし、朝食をねだった。フィアとヒルダは、まだ布団の中である。
直時達がリスタルに滞在中、別邸に鍵は掛けていない。留守は精霊獣達が守っており、侵入を試みる者には死なない程度のお仕置きが待っていた。勿論ミケは出入り自由である。闇獣クロベエも懐いている。
ミケにミルクたっぷりの紅茶を出した直時は朝食の準備にかかった。
昆布と雑魚で出汁をとり、塩で味を調える。乾燥した海藻を水戻しして用意。香草も少し刻んでおく。
出掛ける前に研いで水に浸しておいた米を火にかける。竈は生活魔術、燃料、両方が使用出来る型だった。直時は人魔術『加熱』で鍋の下に炎を出した。
「はじめチョロチョロ、なかパッパ~、赤子泣いてもフタ取るなぁ~」
吹き零れる土鍋を放置する直時が歌う。それが聞こえたのか、朝食の匂いにつられたのか、フィアとヒルダが起き出してきた。いつもなら早い二人も、街での朝は遅くなるようだった。
揃ったところで、朝食の仕上げに入る。
「そりゃそりゃそりゃっ!」
フライパンと激しい格闘を演じている直時。乳脂をたっぷり溶かし、溶き卵を流し込んだ。自作の菜箸で激しくかき混ぜ空気を入れる。半熟のまま端に寄せ端と端を合わせ、手許を叩いて合わせ目を下に。数秒後、お皿に移す。これを人数分、四つの大きなオムレツが出来上がった。
卵には、キノコと魔鳥のささ身、細切りした根野菜を混ぜた。ケチャップは無く、トマトをベースに何種類かの野菜をみじん切り。香油と塩、香辛料、柑橘果汁で味を調えた。サルサソースもどきである。
ミケが皿を運び、フィアとヒルダに茶を淹れた。ギルド会館の喫茶店で働いていたし、手慣れた様子である。
朝食のメニューは、オムレツ(大)、海藻と卵のすまし汁、乳脂を塗ったパン、生野菜のサラダである。サラダには自家製マヨが掛かっており、卵黄のみ使用した濃い味に仕上がっている。余った卵白はすまし汁に入れた。
フィアも料理が苦手ではないが、直時が何気なく作る未知の味に興味があるらしく、調理役は直時が担っていた。
「直ぐにノーシュタットへ向かうって言ってたよね? その前にちょっとブラニーさんとこに寄ってくるよ」
朝食の後片付けを任せた直時は、食後の茶も飲まず出かけた。
「おはようございまーす!」
「……でかい声を出すな」
直時の挨拶に返ってきたのは、ブラニーの小さな呻き声である。カウンターの向こうで突っ伏している。宿酔いのようだった。
「娘が男を連れてきてよー。結婚するんだとよー、畜生……」
「ブラニーさん、結婚してたんですかっ? しかも娘さんがっ」
「んだよ! その意外そうな顔はっ?」
「いや別に。で、奥様は?」
「ドレスだ、アクセサリーだと娘と走り回ってるよ」
「おめでとうございます」
「……フン」
ブラニーのやさぐれた様子に、深くは突っ込まないようにして、それでもお祝いの言葉を贈る直時。ブラニーは、文句を言いながらもどこか嬉しそうだった。
「それで、朝早くからどうしたよ?」
「武器の注文です」
「漸く来たか! 待ってたぜ。要望は?」
ブラニーがグダっていたカウンターから勢い良く顔を上げた。
「篭手に装着出来る固定武装で……」
「今更だが左腕どうしたよ?」
「ちょっと負傷しまして……」
「そうか。ま、大事にしろよ。命も身体も上手く使えば一生使える」
当たり前のことだが、言いたい事は理解できた。要するに、心配してくれているのだ。
「それでですね。握るタイプの鉄爪じゃなくて腕に固定出来る仕様で――」
「攻守両用? 盾付き――は重くなるから嫌か?」
「二爪か三爪で――」
「ふむ。鋭利さより耐久力、頑丈なのが良いんだな?」
直時は、あれこれと注文を伝えた。主となる武器は、ミケの知人から購入することになったが、それではブラニーに悪い気がしたので、補助にと考えていた武器を頼んだのである。
ブラニーは、一度既成品を調整して具合を見るとのことで左腕の採寸をした。篭手を含めたサイズだ。それから直時の目の前に並べられた品は、所謂『鉄の爪』と、その類似品だった。手の甲から伸びる爪は、錐型、鉤型、刃型、形も大きさも様々である。
直時が幾つかに手を伸ばした。柄を握った指の隙間から刃が伸びる物や、小型の盾と鉤爪が一体化している物、収納機能の着いた物まである。出し入れ可能な仕掛けは、暗器として使うのだろう。
「特殊な武器だと思ってたけど、凄く品揃えが豊富ですね」
「何故だ? 獣人族の魔力爪を模しただけの武器だろうが」
魔力で爪を強化し変形する固有術は、多くの獣人族が得意としている。それを普人族が自分達用に形作っただけだ。アースフィアに於いては、特に珍しい武器ではない。
訝しげなブラニーに、直時は笑って誤魔化した。異世界人であることを公言する気はないからだ。
しかし、直時が気付かなかったのも無理は無い。獣人族の固有術を模した武器は、普段では店先ではなく奥に置かれていたからだ。排他的な普人族は未だに多く、これ見よがしに店内に陳列しては不興を買うからだ。それなのに需要は高いというのは、皮肉以外の何物でもないだろう。
「爪の断面は……、この逆三角で。真っ直ぐではなく返し有り、緩めで。先端はあまり細くしないで下さい。握れないから、かなり乱暴に扱うことになると思うんで……」
「折れる……か。ふむ。了解だ」
選んだ『鉄の爪』は、斬るというより掻き裂く、抉る、というエゲツナイ使い方が相応しい代物だった。
娘の結婚に気落ちしていたブラニーだったが、直時が店を出る時には、普段の豪快なおっさんに戻っていた。
直時がペルツ戦具店から戻ると、皆、出掛ける準備が完了していた。自分も手早く荷物をまとめると街の外へ向かう。精霊獣達も連れて行くので、留守中の邸管理はギルドに任せた。勿論有料である。
一行は、リスタル東門外の広場で荷物に『浮遊』を施す。
「ミケは飛べないけど……」
「タッチィ、おんぶ!」
直時の背中に飛びついた。フィアとヒルダは不服そうだが、致し方無い。
ヒルダは自前の翼を広げ、フィアと直時は風を纏って地を蹴った。高度を上げ、一路ノーシュタットに進路を取る。
「きゃっほーい!」
直時の背でミケがはしゃぐ。
(この背嚢がっ! 何故俺は肩掛け鞄を用意しなかったんだ! ミケのやーらかさに触れ損ねたぁああああああ!)
初めての空の旅に御機嫌なミケ。その席は直時が背負った鞄だった
ベルツ戦具店でのやり取りを追加訂正してみました。