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シーイス公国動乱①

ストーリー進めるより、日常の方が筆が進む……。

サブタイトルに恥ずかしい思いがいっぱいです><

――戦況報告。

 我がカール帝国鎮定軍は、初動において多大なる戦果を掲ぐ。破竹の進撃の末、既にフルヴァッカ領の八分は平定せり。最重要目的であった央海沿岸部はカール帝国の旗が翻る。

 残るは、小癪にも山間部に逃げ、立て篭もった小勢のみ。完全なる勝利は目前なり。

 然れども、我等が強力にして勇猛なる騎兵団に、糧、僅か。守銭奴国よりの品は途絶え、属国山国からも細るばかりなり。祖国に勝利の花を添えるためにも、早急なる補給を望む。


 そう書かれた獣皮紙が宙を舞った。


「無能者共め」

 鈴の音の様な声が、氷刃の様な言葉を放った。声の主は巨大な羽根枕に身を沈ませた長身の美女である。

 紫銀の髪をたおやかな指先に搦め、もう片方の手で銀盃を蠱惑的な唇に運ぶ。クイと上げた喉元を紅色の筋が伝う。フルブラッドと呼ばれる、深紅しんくの甘みの少ない果実酒である。

 くれないの筋は、白い首筋から深い胸の谷間を流れ、斜めにもたれた脇腹から羽根枕へ染み込んだ。

 精緻な刺繍を施した模様が紅に染まる。


「そう仰いませぬよう。飢えて猛るは死兵のみです」

 若い男の声が諌めた。彼の声は美姫の足元から聞こえた。豪奢な金髪は、彼女の足の裏で押さえられている。

 双方とも、一糸纏わぬ姿である。


「拝見しても宜しいでしょうか?」

「よい。許す」

 ささやかだが、絶対の意味を持つ重さから解放された男は、放り出された獣皮紙を手にとった。素早く一読する。


「空、陸、両騎兵団をあれだけ投入してこの体たらく。早期占領を高言しておいて、このザマだ。どう見る?」

「誇張、虚報では御座いません。実際は更に窮乏しております」

「申してみよ」

「はい。占領より進撃に重きを置いた電撃戦、初戦は計画通りでした。虚空大蛇の怒りで王城ごと国家中枢が消滅、効果的な対応をする前に撃破。マケディウスからの物資急送も順調。進撃速度は鈍ること無く、報告通りの快進撃でした。ですが……」

 男が躊躇った。作戦を決定したのは国の中枢である。彼らの見積りを否定することは、絶対的な権力に弓引くことになる。例えそれが正鵠を射る諫言でもだ。


「良い。続けよ」

 しかし、美姫は気にした様子もなく促した。


「御意。此度の遠征が滞っているのは、ブリック連合王国とエスペルランス王国が同時に我が国と敵対行動を取ったことにあると愚考いたします。彼らは本来、敵同士です」

 ブリック連合王国は島国。エスペルランス王国もユーレリア大陸西端の半島国家で、ヴァロア王国との国境線以外は海だ。共に海洋国家として、海上で覇を競っている。

 北灰洋はブリックが制しており、央海の海軍力はエスペルランスが随一である。ブリックはルーシ帝国とは反目しているが、カール帝国とは消極的ではあるが友好的だった。

 カール帝国が央海で力を持てば、ブリックとしてはエスペルランスの制海権に一石を投じる好機であったはずなのだ。


「確かにブリックの海峡封鎖は予想外だったな。エスペルランスとて、ヴァロアの凋落に足踏みすると考えたのだろう。希望的観測でな」

 美姫は窓の外を見て鼻を鳴らす。王城の方を向いていた。


「で、現状はどうなのだ? 予想外だったとは言い訳がましい原因だが、重要なのはこれからだ。重臣共はこぞって言葉を濁して当てにならん。お前は知っているのだろう?」

 男に視線を戻した。再び足が頭に伸び、男は這いつくばった。


「各国の動向ですが、ブリックは海峡封鎖したまま静観。エスペルランスはラガ島に橋頭堡を得たものの、魔獣の跋扈ばっこで海軍は動きを止め、空中騎兵が散発的に沿岸部を攻撃。マケディウスの補給は陸路のみ。シーイスはヴァロアと協定を結んだようで、我が国への物資を調達するようです」

「ヴァロアとシーイスが組んだか。まあ、我が兵が飢えをしのげるのなら出処は問わん。で、マケディウスに目立った動きは無いのか? 商人国家は油断がならん」

「未確認ですがヴァロアと接触を持ったようです。リネツィアからトリエスト、フルヴァッカは直ぐそこですから、船さえ出せれば大量輸送が出来ます。ヴァロア経由でエスペルランスを牽制するのかもしれません」

「あまり信用するな。ラガ島近海航路が使えないことを理由に、エスペルランスと商売を優先しかねん」

 戦争は一大消費である。あらゆる物資が、争いという生産性のない事象に蕩尽される。その場所での商人の倫理では、儲けた者が正義なのだ。


「それより我が兵達が、今どうしておるか話せ」

「……収穫期を狙った侵攻でしたが、フルヴァッカは予想以上に徴税物品を王城に集積していました。虚空大蛇の一撃で全て消し飛びました。現地調達は捗っていません。大喰らいの騎獣へ糧秣を優先した結果、兵に充分な食料が回っておりません。沿岸を占領した部隊は漁師の真似事でしのいでいます。内陸の兵達は……」

「あーっ! もう良い。理解った! とにかく食料の確保とその輸送なのだな?」

「御賢察です」

 気分を害した美姫は、青年の端正な横顔を蹴りつけた。彼は黙って平伏した。



 全裸の美姫が、不意に羽根枕から身を起こした。伸ばした右手で青年の金髪を引っ掴む。

 力任せに引っ張り、その頭に鼻を近づけた。


「お前は相変わらず獣臭さが抜けぬなぁ。衣服を剥ぎとって、身を清めても臭うわ」

「……お恥ずかしい限りですが、これも御役目なれば」

「言いよるわ! 野趣あふれるとも思うが、我がねやに入るにはまだまだ。精々励むが良い。権力亡者のアインツハルトにこき使われるのも、奴の小細工にお主が成功すれば終わる。結末はあ奴が望みと違うだろうがの。あの豚を放逐した後、その獣臭さが取れれば、我が閨にはべることを許すこともあろう。なあ? リシュナンテよ」

「身に余る光栄で御座います。アルテミア姫殿下の、そのお言葉を励みに、粉骨砕身任務を全ういたします」

 カール帝国第一王女のあられもない姿を前に、未だ触れることを許されない若き宮廷魔術師は、その身を焦がす野望と欲望を裡に押さえつけた。




「じゃあ、行ってくる。エマちゃん、お土産は何が良い?」

「……お菓子」

「人形とか服は?」

「タダトキが作ってくれるお菓子」

「……自作かよ」

 不機嫌そうに言ったエマはそのままマーシャの後ろに隠れた。上目遣いで窺っている。(それじゃ、お土産にならないんだけどなぁ。適当に見繕ってくるか)と、直時は内心苦笑しながらも笑顔で肯いた。

 因みにエマの一番のお気に入りはシュークリームである。生クリームは王族や一部の貴族のみが口に出来る高級食材で入手困難だが、カスタードクリームなら卵と砂糖と澱粉、菓子用香料があれば何とかなる。オーブン代わりの石窯は他の料理にも有用なので、早い時期に造ってある。


「アタシは布生地が良いわさ。目が細かくて柔らかいやつね!」

 マーシャが抱いたマリーの手を握って小さく振っている。彼女が要求するお土産はマリーのための産着であろう。直時は無論、快諾した。


 他にリクエストはないかと見回す直時。クッカとリノはモジモジとしている。欲しい物を言い出せないようだ。マギは常の無表情であるが、瞳が微妙に動いている。

 直時は水を向けた。


「君等も遠慮しないで言ってくれよ?」

 三人娘が顔を見合わせる。


「わ、わたしはぁ、宴会の時にお願いした野菜の種でぇ。勿論お給金で手が届く範囲でお願いしますぅ」

「あのあの! 包丁が欲しいです! お魚をもっと綺麗に捌きたいので!」

「――斧。大きいのが良い」

 それぞれがそう言って小さな革袋を直時へと渡した。中身はお金である。最後の『斧』発言に少し固まった。


「いや、お土産ってのは代金は必要ないぞ? これじゃあ買い出しになっちまう」

 直時は呆気に取られるが、三人は頑として譲らない。何もかも与えてもらうだけという現状に、やるせない思いを抱いていたのだ。


「良いじゃない。折角稼いでもここじゃあ使い道が無いんだし」

 フィアが直時へと言う。

 ソヨカゼでは衣食住に不自由していない。しないように直時が気を配っているのだが、逆にお金があるのに使う楽しみが全く無いのも事実である。

 衣類は直時が出かけるたびにエマとマリーの物を中心に買って帰ってくるし、食は肉と果実、茸や野草に関しては狩猟採取で賄っている。穀物、野菜等は定期的に直時とフィアが酒と共に購入してくる。住については始めから用意されていたし、リフォームも石造り限定だが直時が簡単にしてしまうのだ。


(うーん。なんだかんだ言っても閉鎖的な環境だからなぁ。もうちょっとソヨカゼの体裁を何とかしてからとは思ってたんだが、どこかの商人と交易を始めた方が良いかなぁ)

 リッタイト帝国からは、王子が使者として訪れた折りに商人の営業許可を請われていた。ただ、リッタイト帝国は西方諸国と友好関係が無く、接しているイリキア王国、ルーシ帝国とは小競り合いの戦争を度々起こしている。そららの国から完全に敵として視なされないためには、リッタイトの交易商人を軽々しくソヨカゼに迎え入れる訳にはいかなかった。


(シーイスの依頼が一段落したら、各国の黒影海沿岸の街の様子を見て回ることにするか)

 直時は見送りの面々とソヨカゼ中央へと目を遣って苦笑した。生活共同体という意味で、直時管轄のソヨカゼも、暗護の城(神の直接統治という特殊性もある)も、人魚族という単体部族も、その共同体で完結しているため金があっても無くても不自由があるわけではない。

 それでも普人族という大勢力が作り出した文化は大きい。非力が故、多くの人が集まり分業体制で無数の物品、文学、人魔術を生み出したのである。閉鎖的な種族毎の集落では不可能なことだ。普人族と他の人族が絶縁出来ない理由である。それぞれが己に誇りを持ちつつも、自分達に無いモノへと興味や憧れを抱く。良くも悪くもお互いに影響を与え合っていた。

 ――それはさておき、イリキア、ルーシ両国では既に騒ぎを起こしてしまっていたが、イリキアにはダレオスという伝手があり、ルーシでは直時の容姿は広まっていない。黒狼の森で生き残った兵は彼の顔が見える距離にいなかった。直時は慎重になりながらも、ソヨカゼを次の段階、他との交易関係を思案していた。


「お気をつけて。留守は任せておいて下され」

「有難う、ヲンさん。でも、暗護の城には随分と帰ってないんじゃないですか?」

「ホッホッホッ。クニクラド様にはお許しを頂いておりまする」

 直時は安心して頭を下げた。


「では、行くぞ」

 見送りが終わったと判断したヒルダが声を掛ける。


「荷の準備も大丈夫ニャ」

 ミケの傍らには大きな革袋が二〇、薄い板橇に乗っていた。革袋の中身は塩だ。一袋五〇キログラムあるが、魔術『浮遊』で重さを消してある。施術したのはフィア、ヒルダ、ミケの三人だった。精霊術『影の道』で魔力を大量に消耗する直時への配慮である。


「それじゃ、行って来ます」

 直時はソヨカゼに残る皆へ片手を振った。

 砦の麓に進み、象嵌された石像、竜の口、その中に広がる闇へとこれでもかと魔力を注ぎ込む。魔力の急激な喪失に、直時の顔色が白くなる。


(リスタルのミケ宅地下への門の闇の精霊はっと……。招き猫、招き猫。よし! 捕まえた!)

 石像内の闇が濃さを増した。有限だった奥行きが深遠の影と繋がった。直時の魔力流出が止まる。


「行こう」

 背後を振り返って言う。直時の頭にはいつのまに姿を現したのか、闇の精霊獣クロベエが乗っかっていた。




 シーイス公国リスタルへと到着に掛かった時間は当初見積もっていた半日ではなく、往路と同様に早く済んだ。ほぼ三時間ほどである。面子が面子だけに、移動スキルが尋常では無いからだ。だからといって直時が消耗する『影の道』の魔力が軽減されるわけでなく、かえって疲労度が増していたがそこは男の意地で平然を装っている。


「便利なものだな。何日もかかってイリキアへと飛んだことが嘘のようだ」

 ミケ宅の地下倉庫、巨大招き猫の前で感心した様子のヒルダ。いつの間に懐いたのか、火獣ホトリが肩にとまり翼をくちばしいている。


「予定より早く着いたけど、どうするニャ? 王府からの依頼、獣人族護衛は明後日リスタル郊外で合流とのことニャ」

 ミケがそこかしこの影から出ては逃げる闇獣クロベエに視線を彷徨わせながら言う。モフモフした姿にネコジャラシ宜しく気になるようだ。猫耳がレーダーのように動いていた。


「とりあえずこの荷物をギルドへ運んじゃわない?」

 フィアが纏わりついてくる風獣フーチの喉を指で撫でながら革袋の山を見た。依頼とはいえ1トンの塩である。流石に場所をとってしまう。


「おやっさん達も待ってるだろうし、先に納品しとこう。それから、報酬のお食事権で旨いモノでも食べよう」

 ヤモリのように背中に張り付いた水獣のチリ。彼が背中越しに肩へと載せた頭を撫で、足元に鎮座する土獣ゲンの甲羅をヨシヨシしながら直時が提案した。ホトリとクロベエ、フーチへは「色香に迷いやがって!」と、思っていたりする。

 とりあえず『浮遊』の効果は未だ切れていない。皆でギルドへと顔を出すことになった。


 ミケの隠れ家から荷を運び出すのに少々揉めた。量が量である。あくまでも『隠れ家』であるから目立つことは出来ない。

 リスタル到着後にミケがギルドへ念話で連絡したのだが、直時達がシーイスに現れたとの報が周辺国へもたらされ、間者が増えているとのことだった。あれだけ派手な宴会を催せば当然のことである。

 各国とも、戦乱の兆しに遠国まで手勢を送ることは中断した。しかし、近国シーイスに『黒髪の精霊術師』が舞い戻った事実に警戒を強めた。先の戦で、一万二千の軍を敗走させた者(直時、フィア、ヒルダ)が揃い踏みしたのである。


「うーん。このまま荷を引っ張っていくと目立つかぁ」

「タッチィ、この家は秘密にして欲しいのニャァ」

 ヒルダが配慮も無しに玄関から出ようとしたのを阻止したミケが直時へ泣きついた。本当に涙目である。


「近所で空き家になってるところはある?」

 直時にミケが右の斜向かいの平屋が無人だと答える。


「地下からトンネル掘って荷物移動。そこから隠密系魔術を掛けた上で、ひとりずつ小分けして運べば良いんじゃないかな?」

「ふむ。四人だから一人五袋か。それくらいなら一度に運んでも目立たんな」

「ちょっと待った! 姉さん、担いでいくつもりでしょう? いくら魔術で重量消しててもそれじゃ目立つって! 背負子しょいこぐらいは用意しないと!」

 いかにも重そうな皮袋を軽々と担ぐ美女達の姿を想像した直時が叫ぶ。


「何故だ? 浮遊を使用しているなら綱でぶら下げていけば問題無いぞ?」

 未だ元の世界の常識が残っている彼へ、ヒルダが不思議そうに言った。「そんな格好で問題無いのはヒルダ姉さんだけ」だ。と、突っ込もうとしたが、フィア達もヒルダに同意している。


「……そういうもんスか?」

「そういうものね」

 律儀に返事をしてくれたのはフィアだけだった。


 一行は短い休憩を取った後、再びミケ宅の地下へと下りた。


「タダトキ、魔力は大丈夫なの? 別に急がなくても良いのよ?」

「そうニャ。うちで昼ごはんを食べていっても良いのニャ」

 フィアとミケが直時の消耗具合を気にしている。


「心配無用だ。こいつはまだまだ余裕があるぞ。何ならソヨカゼに忘れ物を取りに行って往復しても良いくらいだ」

 ヒルダが二人の心配を笑い飛ばした。流石に直時は渋い顔をしている。


「こいつが魔力切れを起こしたのはリスタル防衛戦での暴走時だけなのだろう? それも用意していた魔力が底を突いただけで、実際は――存在の力、『気』だったか?――変換元の力は残っていた。何度か手合わせしたが、訓練後で体力が尽きても魔力は充分、そのみなもとは変わらずだ。心配するだけ馬鹿らしいぞ?」

 肉体を鍛え体力を上昇させるには適度な負荷が必要である。これは魔力にも当てはまり、魔力の少ない普人族でも一流の魔術師と呼ばれる者達は過酷な魔術訓練により保有魔力を少しずつ増やしていくのである。

 直時の場合、魔力という燃料を使い切っても予備タンクとも呼ぶべき『気』の力が滔々とその身体に流れている。魔力という燃料に変換する手間があるとはいえ、油田と精油プラントが予備タンクに直結しているようなものなのだ。

 リスタル防衛戦で昏睡状態となったのは、初体験の魔力枯渇と負傷、およそ現代日本からかけ離れた戦場の狂気に精神がパンク状態となったことが相乗してのことだった。

 闘争に重きを置く竜人族ヒルダは、直時を鍛える中でそのことに気付いていた。


「――一度、底が見えるまでってみなければな」

「全力でお許しをお願い申し上げますっ!」

 ぽつりと呟いたヒルダへ直時は飛び込み前転土下座で床に額を叩きつけた。


 一騒動の後、直時が土の精霊術でサクッと地下トンネルを掘り、空き家への無断侵入に成功した。土獣のゲンが後ろからトンネルの壁面を強化していたが、「後で埋めるから」と、直時が済まなさそうに言うと、張り切って伸ばしていた首を甲羅に引っ込めてしまった。拗ねてしまったようだ。


 ギルドへはミケが先行し依頼の手続きを伝え、各自がバラバラの道順で荷を搬入した。大通りから尾行が付いたが、途中からである。出発場所の空き家は気付かれること無く済んだ。


「ヒビノ様への指名依頼は二件とも完遂です。お疲れ様でした。報酬はご要望通り、ヒビノ様名義の口座で預からせて頂きます。冒険者登録証をお返しいたします。ご確認下さい」

 直時は礼を言って、トレイに乗せられたカードを手に取った。微かに魔力を通す。Bというランクと、口座に入っている合計金額が浮かび上がった。

 一行は、受付カウンターではなく別室で対応を受けた。リスタル支部局長エドモンドから直々にである。

 王府からの依頼であった五〇〇キロの塩の報酬は銀貨換算で一七〇〇枚になり、金貨で四二五枚になった。一方、リスタル食堂組合からの報酬は金貨一二五枚だった。組合に加入している店は一〇〇を超えるらしいので、一店舗あたりの負担額は少ない。ただ、その分塩の配分も少なくなってしまうが……。

 合計金貨五五〇枚分の報酬を得た直時。取り敢えず口座に入れたが、大事に貯金するつもりは無かった。ソヨカゼで必要な物資や、マーシャ達へのお土産等、購入すべき品を頭の中でリストアップし始める。物流が滞っているから、シーイスで不足しがちな物資は除外である。


「それで私への指名依頼はどうなっている? そろそろ王府も用意が出来ているはずだが?」

 ヒルダがエドモンドへと訊ねた。複数の指名依頼はヒルダをリーダーとして、ここにいる直時、フィア、ミケの四人で隊を組む予定だ。しかし、エドモンド支局長は依頼着手の連絡がまだであると言った。


「ミケラさんから出掛けると聞きましたが、以後連絡は途絶えて皆さん揃って行方知れずになられましたので……。王府側は混乱していたようです。毎日うるさいのなんの」

「依頼着手までは何をしていても問題なかろうに。しかし、いらぬ迷惑をかけた。済まなかった」

 はるか東のイリキア王国より更に向こうまで出かけていたとは言えず、また、正直に言っても悪い冗談だと取られかねない。


「いえいえ。これくらい仕事のうちですよ。そもそもヒビノ様が受けられた塩の依頼もあったことですし、当然です。そう、それで塩の件ですが、王府へ依頼分が届いた旨を連絡したところ、直ぐにこちらへ向かわれるとのこと。皆様の滞在先を教えて欲しいと言われたのですが如何なさいますか?」

「ミケのところは――流石に拙いか。『高原の癒し水亭』にでも部屋を取るか?」

 エドモンドから事情を聞き、ヒルダが皆の方を向いた。


「話の内容によるけど、あまり他には聞かれたくないし、変なのが回りをうろついてるから一軒まるごとを借りた方が良いわね」

 フィアが慎重に答えた。グノウ親子の宿屋なら気心が知れていて楽だが、逆に迷惑を掛けることにもなりかねない。無論、宿屋という環境から見知らぬ客と一つ屋根になるということが一番の問題だ。


「エドモンドさん、ギルドの紹介で直ぐに入れる貸し家ってありますか? 買い取っても良いんですけど、国籍無いと駄目でしたよね?」

 平屋の中古住宅ならば、金貨一〇〇枚程で購入が可能だ。直時は、ミケが隠れ家を持った経緯を聞く中で相場も確認をとっていた。

 エドモンドは顎に手をあてて少し俯いた。直時の要求を検討している。

 実は、リスタル支部で確保している空き家は数戸ある。ミケのように、普人族以外のギルド付き冒険者が活動するために必要だからだ。定期的に手入れもされており、直ぐに貸し出すことも可能だ。そして――。


(彼ほどの冒険者が、リスタルと深い縁を持つのは悪くない。定住してくれなくとも、所有すれば拠点のひとつとして来訪が見込める……)

 諸国から引く手が多いのと同様、各ギルド支部にとっても直時の価値は高い。指名依頼という形で無理な仕事を頼めるからである。フィアやヒルダといった高名な冒険者と関わりがあることもメリットである。

 大きな指名依頼は全ギルド支部を網羅して対象者へと伝えられるが、各支部の裁量で依頼することも多い。拠点を持って活動する冒険者が多いため、むしろ指名依頼はそちらがメインである。その冒険者が何を為したかを知る者は、当地の者が最も知るところだ。エドモンドは脳内でソロバンを弾いた。


「リスタル支部が所有する物件もいくつかございますが、貸し出しとなると規約等、手続きがご面倒なこともあります。買い取られる方が不自由も少ないでしょう。支部の有する家屋であれば、私が即断可能です。早速資料を持ってこさせましょう」

「でも国籍が……」

「ご心配には及びません。表向きの所有者はギルドで用意致します」

 早速、法の抜け道をくぐることになった。

 直時は他の面子へと顔を向けた。フィアは肯定的に頷いた。ヒルダはどうでも良いようだ。ミケは両手を握って激しく首を上下に振っている。


 否定意見が出なかったため、直時はリスタルで家を一軒持つことになった。選んだ家屋は直ぐ入居可能だった。支払いと書類を交わした後、職員の案内を受けて荷物を運び込んだ。

 リスタルへは依頼遂行のための滞在であり、存外に私物は少ない。野外活動が基本である冒険者としては当然のことである。直時も自転車や日本から持ち込んだ本などは、ソヨカゼに保管してある。


 「直ぐに使える」との言葉に嘘はなく、清掃は行き届き、最低限の寝具まで備え付けてあった。

 南向きの玄関をくぐると広い応接間。扉のない北側の出入り口先に台所、西側に洗面所トイレ等があり、井戸は無く水利は大きな水瓶みずかめがそれぞれにあった。貯水を源に水系の生活魔術を使用するのだ。一階は他に物置として一室、寝室に使える広めの部屋が一室あった。

 北西の隅、トイレ横から階段を上がると同じくらいの広さで個室が三部屋ある。こちらを当面の寝室として利用することになった。


「なかなか良いんじゃない?」

「部屋割りだが、私は南か東側の部屋が良い」

 フィアとヒルダは御機嫌だ。既に家具や装飾をあれこれと相談し始めている。苦虫を潰したような顔で眉間に皺を寄せているのは直時だ。彼は仮宿と割りきってこじんまりした家屋で済まそうとしていたのに、予定より大きな家を購入することになり出費がかさんだのだ。直時の選んだ家はフィアとヒルダに却下され、今の家は彼女達の一方的な意見で決定されてしまった。


「――ったく、客間プラス男女別の部屋があれば充分だっつーの! 寝室なんて座って半畳寝て一畳ありゃいいのに!」

 直時が思う間取りも極端であるが、あくまでも緊急避難的なものと定義している。特に問題なければ『高原の癒し水亭』に宿を取れば良いのだ。リスタルに定住するわけではないから、此処は直時に分があるよう思われるが、実際の決定権はフィアとヒルダにあったのが悲しい弟分の性である。因みに費用は直時持ちであった。


「ううう、ウチの部屋は?」

「ミケは持ち家があるではないか?」

「でもでもっ。部屋に空きがあるニャ!」

「あー。一階の部屋はお風呂に改造するから――」

 ソワソワしていたミケは、フィアの一言で撃沈されがっくりと膝を突いた。ソヨカゼでの一件があるためか、二人の答えは心なし素っ気無い。


 フィアとヒルダは家具や食器など必需品を買ってくると街へ出かけた。そちらは自分達が費用を持つらしい。直時は『必須!』と要求された浴室や、他にも考えている改築をするために残っている。ミケは部屋の片隅でクロベエ相手にブツブツ言いながら膝を丸めていた。

 直時が最初に着手した改造は一階物置である。床に穴を空け、床下の地面を材料に石材を人魔術『石化』で生成していく。レンガ型の石材は、浴室へ改装予定の部屋へ運んだ。この部屋も床板を取っ払ってある。総石造りにするからだ。風呂の湿気対策である。


「お? お前らも手伝ってくれるのか? ありがとなー」

 クロベエを除く精霊獣達が石材を運び出した。いじけているミケの相手はクロベエに一任された。


 フィア達が帰ってくる頃、リスタル別邸の改装はほぼ終わっていた。ミケの隠れ家に置いていた荷物も運び込まれている。二階の部屋割りは東側がヒルダ、南が直時、西側がフィアと決まった。

 直時の魔力に物を言わせた別邸改造で特筆すべきは、風呂ではなく物置の方である。床下の土を材料に圧縮した石材を浴室に利用したが、それとは別に地下室を造る目的があった。言うまでもなく『影の道』の出口を設えるためだ。リスタルには既に、ミケ宅の地下に一箇所あるのだが、隠れ家だけに、頻繁に利用することが憚られるからだ。


「……カエル?」

「おう! 背中に子蛙、孫蛙もちゃんと作ったぞ!」

 地下室に鎮座した奇天烈な石像を前に、皆が口を開けた。嬉しそうにこだわった部分を語る直時。彼へ向けられる女性三人の視線は、どこか生温いものであった。


序盤と後の落差ガガガ……。

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