ソヨカゼの日常2(ユーレリア大陸略地図有り)
長期間更新出来ず、申し訳ありませんでした。
ヒルダ姉との模擬戦後と改造魔術のうんちくです。
地図入れて見ました。
何とか形にしようとしましたが、小説本文と矛盾が結構ありまする。
本作品をお読みになるうえで、少しでもイメージの補完になれば幸いです。
感想等に御指摘頂いた通り、結構そのまんまだったりします(^^;
ユーレリア大陸略地図(直時の移動ルート有り)です。
シーイス周辺略地図です。地形のイメージは色分けしてます。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
手合わせを終え、直時、ヒルダ、フィア(治癒担当と見届け役)の三人は、ソヨカゼ観客一同の前に降りて来た。ひとり、どんよりとした雰囲気を纏っているのは直時である。
「――愛用の『盗賊の槍』がぁ……。ううう、まっぷたつぅ……」
「タ、タダトキっ。そう! もっと良い武具をしつらえてやるからっ、な? それにお前の槍は銘入りとはとても思えないほど見るべき所が無いぞ?」
未練がましく断ち斬られ落ちた部分を拾って、未練がましく切断面をカチカチ合わせている直時。しゃがみこんだ背中が煤けている。風獣フーチが肩に乗り、頬を舐めて慰めていた。
ヒルダは直時の槍を業物だと勘違いしているが、『盗賊の槍』とは彼が勝手に言っているだけに過ぎない。言い訳しながら近寄ろうとするヒルダの肩を、フィアが背後から叩いた。
ボソボソと交わされる会話の中でヒルダの表情が変化する。焦ったような困ったような顔が、怪訝な顔に――そして、怒りを堪えるように……。
身体を小さく震わせながら、ヒルダが大股で直時へと歩み寄る。居合わせた皆の耳に、何かがプツリと切れる音が聞こえた気がした。
「このバカモノがぁあああああああ!」
空気を震わせる怒声と共に、いじけた男の頭頂へ垂直に拳骨が打ち下ろされた。フーチは素早く逃げている。
「おまっ! 命を預けるべき武器に盗賊の盗品? 今までそれで通して来たのかっ? 装備のための金はあったろうがっ! そもそもそんな粗末なモノで今まで私の黒剣を凌いでいただとっ!」
何やら怒りが全方向に向かっているようである。地面に顔をめり込ませた直時は痙攣しながらも、元の体勢に戻る。打撲部を庇うように、頭を抱えていた。痛みでヒルダの怒声も届いていない。
「……フィア。……治癒をぅ……。瀕死です……」
「自業自得だバカモノっ! フィア! 駄目だぞっ?」
直時の要請に苦笑いで首を横に振るフィア。
「殺生なっ! ほ、ほら。ここ、へこんでるぅ。頭蓋骨陥没の重傷だよっ?」
「うるさいっ。そのうち膨らんでくる!」
ヒルダの怒りが鎮まるまで、直時の治療はお預けとなってしまったのだった。
一頻り憤懣をぶつけて落ち着いたヒルダ。彼女へ大きなタンコブを付けたままの直時が訊ねた。
「姉さん。精霊術の修練を見るんじゃなかったのかい? えらく格闘戦に拘っているようだけど……」
「当然だ。いくら威力のある精霊術でも、隙を突くことは可能だと判っただろう? 相手が精霊術師なら尚の事。それに、お前はこれからも『冒険者』をやっていくのだろう?」
直時が頷く。
「依頼には採取や討伐も多い。対象に近付かねばならんことも多々ある。間合いの外から一気に殲滅――と、ばかりにはいかんぞ? 」
(まあ、タダトキの魔力量なら精霊術で相手を魔力まかせに拘束した後、どうとでも出来るだろうがな……)
厳しい言葉とは裏腹に、内心では直時の非常識な魔力を認識して苦笑している。
「普人族の軍隊なら、魔術師隊で遠距離攻撃するだけで良い。前衛が接近戦をするからな。だが、冒険者はひとりで全てをこなして一人前だ。あらゆる局面に対するには――」
「――使える手段は多ければ多いほど良い。当然、手持ち武器による格闘戦も重要……」
直時が途中で言葉を被せるが、ヒルダは機嫌を損なうことなく「その通り」と、肯いた。格闘戦の重要性を理解した様子だったからだ。
「お前の武具については後で選ぶとして、精霊術の発動は早くなっている。褒めてやろう。特に水砂の鞭を風で操る精霊術は良い反応だ。欲を言えば槍術――いや、杖術と言っていたな――並にまで高めてみせろ。それと人魔術はどうした? 使わなかったな?」
まだまだ鍛えるべきことは多いが、全般に高評価を得ている。そう感じて、大きく伸びをした直時へヒルダが訊ねた。
「精霊術の上達具合を見てもらうつもりだったからね。それに、人魔術は手順が必要になる分、発動に時間差があるから使わなかったんだ」
「状況によりけりだ。間合いをとった上での支援系や防御系なら、自分を中心に施術するから照準に手間取ることもあるまい。同系統の精霊術師相手では精霊術にばかり頼るのはどうかと思うぞ。それに、あれだ。あの新しい人魔術とやらはどんな術なのだ?」
尤もらしい説教だが、ミケの隠れ家で魔法陣だけを見せた『積層型魔法陣』と『立体格子型魔法陣』が、実際にどのような魔術であるのか興味津々のようである。
《フィア。皆の前で披露することになるけど問題無いかな? 改造魔術自体は色々と試していることだし》
《改造の方法がバレなければ良いわ。新しい人魔術については今更でしょう? 転写で教えてるじゃない》
ヲン爺からクニクラドの耳には入っていたが、人魔術改造に関する情報開示は直時の決定に任せると伝えられている。それと同時に有用な人魔術については、対価を用意するから教えてくれとも言われていた。実際に『岩盾』派生の防御魔術や応用した石造建築魔術、それと各種警戒用魔術は希望者全員に転写済だった。
直時は、フィアの返事に苦笑しながら左手で足元の石を拾った。義手代わりの篭手は、風の精霊術で動かしている。
「無理矢理小型化したんで、術自体は大したことないから期待しないでね」
念を押した上で、石を握った左手を前方に伸ばす。やや、上向きである。
「射っ!」
篭手内部に編まれた魔法陣が発動、拳大の石が風切り音を引いて発射された。反動は少なく、直時の腕は微動だにしない。
遠ざかっていく石はまだ落ちない。――二百……三百メートル超えたあたりで軌道が下がる。着弾点の草がちぎれ、土煙が上がった。弾に使った石も木っ端微塵に砕け散る。最終的に五百メートルを超えた。周囲から感嘆の声が上がった。
「遠距離射撃用に開発した術だけど、攻撃力はともかく射程はなかなかのものだろ? 既存の攻撃魔術の有効射程より上だよ。弾の形状によっちゃあ、もっと伸びる」
自慢げに胸を張ってみせる。『空気銃』をイメージして開発した魔術だが、弾体の大きさから空気砲と言べきだろう。
「ま、当てられるまで標的が動かないってことは無いから、相手が余程大きくて鈍足か、群れてでもいないと最大射程に意味はないわね。弾速はあるから、中距離あたり使い勝手が良さそうよ」
開発に混ざっていたフィアの評価である。
「弾は何でも良いのか?」
「組み込んだ『浮遊』の制限重量一〇〇キロ以下ならね。トマトから戦斧まで何でもいけるよ」
ヒルダの問いに直時が答える。
「『浮遊』の術式? 重さを消しては、あの破壊力は出ないだろう?」
「俺もこの世界の物理法則がどうなっているのか判らないんだけど――」
さらなる疑問点に、直時が前置きしてこの魔法陣の構成を話し始める。
積層型魔法陣、試作第一号である『空擲・壱式』は複数の魔法陣を繋げたものである。連なった魔術回路の同時発動も可能だったが、直時達は敢えて僅かの時間差を設けた。
先ず、弾体の重量消去。次に旋回。そして空気の圧縮と限定方向への解放。加速した弾体が飛び出す瞬間、最後の魔術回路で重量消去の解除がなされる。
運動エネルギーを与えられた後で本来の重量が戻り、弾体の破壊力は本来のまま発射される。反作用や慣性などがどうなっているのか不明だが、とにかく反動無しで質量弾の発射が可能な術となった。
試作段階で通常の円形魔法陣型も開発された(『空擲・零式』)。消費魔力が大きい分、弾の制限重量と射程が大きい。魔力消費を大きくしたのは、普人族の使用を難しくするためである。
「あんまり変な形状だと空気抵抗で明後日の方向に飛ぶから、椎の実型とかが良いんだけどね」
「それこそ石材を造る『石化』の魔法陣を改造すれば良いんじゃない? 用途によってはバラけるよう切れ込みを入れておけば霰弾にもなるわね。近距離ならもともと複数の弾体を飛ばせば良いんだし」
直時の考察に物騒な提案をするフィア。
「なかなか使えそうではないか。発動時間も早い。精霊術で迷うくらいならこの人魔術の方が良さそうだ。もうひとつはどのような術だ?」
ヒルダが身を乗り出して訊ねる。立体格子型魔法陣のことである。形が形だけにどんな珍しい魔術だろうかと思っている。
「もうひとつは目眩ましなんで、そんなに期待しないで」
「『幻影』とか『霧海』とかのようなものか?」
「アレを使うなら充分離れてよ? 傍迷惑な魔術なんだからね」
フィアが嫌そうな顔で直時を追い払う。苦笑しながら離れる直時。
「それでは、『閃響』」
構えも何もない。直時の篭手の内部で立方体の魔法陣が編まれ、魔力が巡った。彼を中心に目の眩む光が放たれ、同時に爆音が轟く。
注意を受けていたギャラリーと違い、偶々居合わせた魔鳥が数羽落ちた。痙攣するそれをホルケウがご飯として確保していた。
光も音も一瞬のことだったが、離れていても影響があったのか、多くの者が顔をしかめて頭を振っている。
魔術のモデルとなったのは言わずと知れた『音響閃光弾』である。特殊部隊等が無血制圧で使用する手榴弾で、爆発時に凄まじい光と音を放ち視覚聴覚を一時的に奪って、麻痺状態にするのだ。
この手榴弾は、使用者側に遮光眼鏡、耳栓等が必要になるのだが、それらは術に織り込み済みである。光も音も中心である術者の周囲から外側に向かってのみ放たれる。
正六面体のうち、対面する二対の回路は発光と音響を構成している。試行錯誤の途上、偶然にも同じ魔術回路を二面使用することで飛躍的に効果が高まることを発見した。組み合わせを変えて組んだ中で、対面に反転した回路を配置すると高い相乗効果が得られることが判明した。
実際に『灯火』と『警笛』という魔力消費の少ない魔術回路が閃光と轟音を発するようになったのである。立体格子型魔法陣は人魔術の魔力効率を飛躍的に向上させる技術と言えた。それ故、普人族への普及には慎重を要する技術となった。
「つつつ……。まだ耳鳴りがするわ……」
「タダトキ。この魔術は中途半端な精霊術より有効だぞ。先ほどの手合わせで何故使わなかったのだ? 二つとも詠唱無しで使っているのに勿体無いではないか」
「何度も言うけど、てっきり精霊術の練度を確認するためだと思ってたから」
フィアとヒルダの傍へと戻った直時は頭を掻いた。人魔術の使用がすっぽりと考えから抜け落ちていたのだ。
人魔術の詠唱は必ずしも必要ではなく、術の発現をしっかりとイメージし、正確な魔法陣を編むことが出来れば問題無い。開発に立ち会い色々と試行錯誤したため、直時、フィア、ヲン爺の三人はこれらの魔術回路をよく理解しており、詠唱無しで扱うことが出来た。
「で、姉さんから見て俺の出来はどんなもんだったかな?」
「手合わせ当初は迷いが多かった。論外だな。最後の方は反応が良くなっていた。精霊術は遠距離で少し間があく。接近戦では先程も言ったが、水砂の鞭は良いな。武器戦闘は善戦したが、やはり片手では軽い。それに、受けが出来んから回避ばかりだったのだろう? 攻めは虚を突いたなかなかのものだったが、右腕だけでは槍の重さに負け気味だったな。鋭さに欠けた」
神妙に評価に耳を傾ける直時。武器については思う所もある。
篭手を精霊術で動かせば槍を両腕で構えることは出来るが、感覚のない篭手では自在に操る事は不可能だった。
変な喩えになるが、遠隔操作のマジックハンドで箸を操って豆をつまむようなものだ。そんな面倒なことをするくらいなら、精霊術で豆を取った方が早いのだ。
「ま、以前と較べて格段に成長したと言えるだろう。褒めてやる!」
火炎を突っ切ったヒルダは、煤まみれのまま直時の首を抱え込み頬を寄せた。そのままぐりぐりと黒髪を乱暴にかき混ぜる。
「ちょっ! 痛い痛い痛いっ! 姉さんっ、タンコブがもげるっ! そして禿げるっ!」
へこんでいた頭頂部はすでに腫れ上がっている。そこを容赦なく撫でられたため悲鳴を上げた。必要以上に大きな声は、押しつけられた胸だったり、ヒルダの汗の香りだったり、至近距離から見る美貌への照れ隠しだったりする。
「タダトキ、朝風呂を用意してくれ。汗を流したい」
ヒルダはやっと解放した弟分に風呂焚きを要求した。
「砦の内風呂? フィアに頼むよ。俺は汗を流すのと水の精霊術の鍛錬を兼ねて、海に行ってくる。仕掛けに集まってる獲物の捕獲もあるし」
風砦に常住しているのは人族では直時とフィアだけであるが、広い浴室を欲した直時により大浴場が作られていた。どうせ二人だけだからと男湯女湯の区別は無い。しかし、もらい湯にソヨカゼ住人が結構訪れていたりする。各住居には風呂が設置されてはいるが、皆、ゆったり出来る大浴場に集まってくるのだ。風呂文化の普及に満足する直時だったが、毎回風呂焚き役をするのは正直御免被りたい。
彼の言う海の仕掛けとは、雑草や小枝を錘を付けて海上に浮かべてある筏である。小エビや小魚等の集まってくる獲物を、水汲み魔術『給水』を改造した魔術で捕獲するのだ。主に、飛翔が可能な直時とブランドゥの役割である。昆布だけでなく、出汁ジャコ、干しエビを作るためだ。
「タダトキ、海は止めておきなさい。雨が来そうよ。風が生温いわ」
「りょーかい。皆、雨だってさ! ソヨカゼに戻るぞー」
フィアは、南、海側から吹く風から天候の変化を感じた。直時は集まっていた野次馬を促した。
帰宅する頃には、晴れていた空に黒雲が流れ込んでいた。風が強い。嵐かもしれない。
マリーを背負ったマーシャとエマは干したばかりだった洗濯物を取り込む。他の娘達の分もだ。
リノ達三人とミケは浜の干物の撤収、ヲン爺達クニクラド組はソヨカゼ各所の側溝の排水状態確認に回った。フィアとヒルダ、ブランドゥは上空で天候の監視、連絡である。黒狼親子は既に巣穴に戻っている。
そして、直時は巨漢の鬼人族、クベーラと岸壁に来ていた。
「波が高い。岸壁に打ち付けられては困る。龍驤は沖に出しておいた方が良いな」
「そうですね。沖で錨を下ろしたら、俺は龍驤に留まります」
「いや、儂が行こう。タダトキは他にも見て回るのだろう? 操艦と錨泊だけは頼む」
「判りました。有難うございます。でも、いざという時に動かせないと困るんで、龍驤を拠点にして他を回りますよ」
クベーラは頷いて、自分の仕事道具を取りに船渠へと向かう。直時はフィアへ念話し、龍驤に留まる旨を伝えた。
《私もそっちに行こうか?》
《いや。嵐の間、フィアはヒルダ姉さんと砦で待機しておいて。何かあったら頼むよ。嵐は何時頃来るかな?》
「間もなく」との返事通り、雨粒が直時の頬を叩いたのは三〇分もかからなかった。
「お疲れだったな」
「クベーラさんこそお疲れ様です」
お互いに労いながら向かい合って酒を飲むのは直時とクベーラである。場所は龍驤の下部。荷物室だった。
うねりに合わせて船体が上下左右するため、酒は水筒から直に飲み、肴はぶら下げた革袋から各種の干物を取り出しては齧っている。
激しかった風雨は夕刻には止み、暴風圏は通り過ぎた。今は夜だが、波が高いため念の為に二人は船中泊となったのである。
龍驤を沖に避難させた直時達は、錨を下ろして停泊。波浪に備えた。
暴風のピーク時は船体に無理をさせず、直時が精霊術で風と波をなだめた。心配された漏水や浸水はなく、クベーラの修理が完璧だったと確認された。
嵐の中心が去った後、船をクベーラに任せた直時は、ソヨカゼ各所の確認へと飛び回った。用排水路、農地、ソヨカゼ川(誰も川の名前を知らなかったので勝手に付けた)等である。毎年台風災害を経験する日本出身ということもあり、神経を尖らせていたが大事には至らなかった。今は皆、警戒を解き疲れを癒している頃だろう。
「お前はまだ休まないのか?」
「川の水位が心配なんで。ちょくちょく確認に行くつもりです」
フィア達飛行組にも交代で確認してもらっているが、目に見える増水は無いとのことだ。尤も、嵐は南から北へと向かったので上流の降雨が予測される。直時としては、数日間警戒は続けるべきだと考えている。
「フィアの予報じゃ、今夜にも晴れるそうだし、明日は川の堤の補強に行きますよ」
「ふむ。休息はしっかりと取れよ? ――話は変わるが、竜人族と猫人族の娘達とはどんな関係なんだ?」
普段のクベーラからは思いもつかない質問に、直時は口にした酒を噴き出しそうになった。いつもの厳しい顔に興味の色が窺える。
「エルフの嬢ちゃんは何食わぬ顔だったが、マーシャとエマ、他の娘達もやきもきしていたようだぞ?」
「マーシャさんには文句言われましたけど、他の娘達が何か思うはず無いじゃないですか。ましてやエマちゃんとか……。最近やっと打ち解けてきたかなぁってところなんですよ? まあ、雇用関係としては良好だとは思いますけどね」
余所余所しかった娘達も、直時をご主人様と呼び率先して御奉公(直時は労働に見合った給金を渡している)と言うマーシャに引っ張られ、自分達の家事以外に仕事を求めてくるようになったが、それも漸く最近のことである。
「雇用関係か……。とてもそうは見えんがな。族長、いや、家長というところか」
「そんな権威ありませんて――。まあ、開拓村の責任者ってだけですね。彼女達が家族と思ってくれてるなら、それはとても……嬉しいことですね」
クベーラの言葉に照れて、直時は鼻の頭を掻いた。
「で、誰が正妻で側室は何人くらいを考えているんだ?」
「俺はどこぞの王族ですかっ!」
「しっかり養えておるではないか。それが出来るなら何人娶ろうがお前次第だ。獣人族の娘達も普人族ではないと判れば怖がらないだろう」
「……ヲンさんから聞いたんですか?」
「詳しい話は知らん。しかし、お前の面立ちは普人族の個性の範疇からはみ出ているように見える。だからと言ってどんな種族かと言われれば困るが、普人族とは似て非なる種族と見えるのだ」
確かに普人族はコーカソイド系の人種であり、モンゴロイドの直時とは見た目からして異なる。ただ、アースフィアには特徴に差異の大きな人族が溢れているため、その少しの差に注目する者がいなかっただけなのだ。
「何より、ただの普人族がクニクラド様から直々に呼ばれたりはせんだろう? 聞けばヴィルヘルミーネ様とも面識があるそうだしな。それにその魔力と精霊術は……。まさかとは思うが、神々の御子か?」
クベーラが口にした御子は新たな種族の第一世代のことを意味しているのではなかった。神々と結んで産まれた御子――一括りにされてしまうが――、所謂神人族のことである。
「いやいやいや! 誓って神様が親とかありえませんっ。そんな畏れ多い――」
浮ついた話題からとんでも無い方向へと会話が進みそうになる。直時は慌てて首を横に振った。
「ハァ。でも、そうですね……。その種族ってのを考えると、色々と二の足を踏んでしまうんですよねぇ」
一転して深い溜息を吐く直時。クベーラは黙って次の言葉を待つ。直時が何やら溜め込んでいることを察していたからだ。
「――神人族の人達って、同種でも浮いた存在だけどあくまでも同じ血を引いてますよね」
「まあ、特別扱いはされるな」
「自分は単独種……。種族としてはこの世界に自分だけ。俺だけなんですよ」
「なに?」
「神人『族』じゃなくて……。ヲンさんは祖がいない単一の存在という意味で『神人』と言っておられました――」
神々や神霊、高位の神獣や魔獣も単一種であると言えるが、親祖となる大元の存在がいる。直時のように異なる世界からの異邦人はこの世界では特異な存在で、それを認知しているのは神々やそれに連なる長命種の長老達くらいであった。クベーラも当然そんなことは知らない。直時の言葉に驚き、聞き入るだけである。
直時が彼に内心を吐露しようと思った理由は、普人族以外で長く接した男性人族がクベーラだけだったからだ。因みにヲン爺はクニクラドの直臣であるし、長命種過ぎて自分とは感覚がかけ離れていると感じていたのだ。
実際のところ、直時にはそこまで深い考えがあるかどうかは疑問である。龍驤の修理改装と、新造船で色々衝突しつつもひとつの物を造るという中で接した職人気質のクベーラが、浮ついた話題を振ってきたことを良いことに自分より成熟した大人の男性へ愚痴っているだけだったりする。
「俺も男ですからね。憎からず想ってくれる女の娘は勿論、良いなぁ~って女には色々と衝動を感じたりは当然するわけですよー」
「とんでも無い事情から、いきなり落とすんだな」
クベーラの呆れたとの突っ込みをスルーした直時は、水筒から酒を一口飲んで舌を湿らせて続ける。
「で、本能に従った結果、産まれた子はどうなるのかなぁーって思っちゃったりしたんですよねー。その子は家族以外からは孤独な存在になってしまうんじゃないか? なんてね……」
他種族でも親しい友人はいくらでも作れるだろう。その中から将来、伴侶となる人がいるかもしれないだろう。
だが、直時は心配してしまう。血を分けた両親以外、いや、両親すらも自分とは半分はこの世界と縁のない種族であるということにその子は堪えられるのだろうか? と、……。
懸念は他にもある。全ての事情をクベーラは知らないが、普人族の始母は異世界の人族であったということだ。直時が無意識で子の孤独を解消するために何らかの性質を与えることも有り得る。新たな種族の祖となったとして、子供可愛さのあまり普人族のように世界に火種を振り撒くとも限らない。
「細かいことをグダグダ言うな!」
俯き加減の直時へ突然クベーラが喝を入れた。言葉だけではなく大きな掌が振り下ろされ、直時は床に叩きつけられる。
「惚れた女がいて、女もそれを望んでいる。それに応えるのが男だろうが? ごちゃごちゃと小さいことを理由にするなっ」
クベーラの怒声が船底に響いた。
直時は暫く床にへばりついていた。クベーラの言葉を反芻し感情と理性、現状と未来を思考していた。
それは出口のない思考と言えた。それぞれ相反するものを比較したとしても答えなど出るはずもない。
『好き』という己の感情。世界も種族も異なる相手との感情の差。
相手を想うならば彼女(達)にとって何が幸福なのか? 自分にとっての幸福と重なるのか? 共に在ることが不幸にはならないか? その判断が正しいのか?
今、己の望むままに振る舞って、未来に禍を残してしまうのではないか? 今は今、先は先と割り切れるのか?
自分への問いは延々と続く。出せるはずのない設問への答え。
要するに直時は怖かったのだ。自分の行動が好意を寄せる相手の不幸となることが……。
「……何か言うことはないのか?」
何時まで経っても起き上がろうとしない直時の襟首を持ち上げるクベーラ。下を向いたままの彼を覗き込んでいる。目は厳しい。
「……小さいっすかね? 俺にとっては重いんです。背負いきれないです……」
直時がなんとか押し出した声は小さかった。
どのような未来になるか判らないのに、それを不確定だからと回避するのは『逃げ』であると彼も自覚している。だからこそ反論は小声となった。
「なら、強くなれ。見栄を張れ! 好いた女を守れる男になれ。一緒になったからこそ気張ることが出来る。なぁに、そんなに難しいことじゃない!」
元の世界でも散々聞かされたことである。何処の世界でも年配者からの叱咤は同じだなぁと苦笑する直時。それでも少しだけ目に意思の力が宿っていた。
「――ありがとうございます」
人生の先輩からの言葉には重みがある。繰り返し聞かされ辟易としてはいても、自分が成していない所帯を持った先人の言葉なのだ。直時は心から感謝の言葉を口にした。
「でも今はやるべきことは多いんで、そっちの話はおいおい考えるということで――」
だが、結局ヘタレて逃げた。
クベーラは無言で直時の襟首を離し、再び彼は船底に落っことされた。
直時の迷いは間違いか否か。答えは出るものかなぁ?
地図はやっぱりマウスじゃなぁ……。
ペンタブ買おうかなぁ。