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シーイス公国の依頼

夏風邪はやばい

 高原の癒し水亭の食堂に突如として現れたヘンリー・ギルサン。彼の挨拶に直時が返す。


(フレンドリーな神様達と違って、普人族の軍長官だもんな。きちっと挨拶しとくか……)

 ヘンリーの身分は聞いている。権力者にはそれ相応の対応を心懸ける直時。無礼な振る舞いで知人達に迷惑を掛けるわけにはいかない。


「はじめまして。タダトキ・ヒビノと申します。いち冒険者である自分には、過分なお言葉です。自分は他の冒険者義勇兵と同じように、ただリスタル防衛に起ったに過ぎません。どうか頭をお上げください。軍務卿のことはヒルダ姉――ヒルデガルドさんより耳に致しております。シーイス公国の軍を束ねるお方とのこと。お目にかかれて光栄です」

 直時は素早くキヲツケの姿勢になり、十度の礼――軽く腰を折る――をした。ヘンリーが頭を上げた気配を察して直時も頭を上げる。揃えていた左足を肩幅に開き、後ろ手に手を組む。見慣れた所作では無いだろうが、敬意を表していることは分かる筈だ。


(こんなもんかな? 宮廷儀礼なんぞ知らないし、本職じゃないから怪しいところだろうけど、今の俺に出来る形式的な儀礼は消防団で受けた規律訓練だけだしな)

 内心の溜息を無表情で隠し、腰の後ろで手を組む。『整列休め』ではなく、尻まで組んだ手を下げている『休め』の状態である。最低限の敬意は表すが、従属しているわけではないからだ。後は相手の出方次第とばかりに無言である。


 ヘンリーは、直時の所作に少し驚いた様子を見せた。まじまじと見た後、身動ぎもしない姿を興味深げに見つめた。会話を続けたかったが、本来の目的はヒルダである。直時へ目礼し、ヒルダ達の座る卓へときびすを返した。彼が立ち止まるのと同じくして、直時がヒルダの斜め後へ移動。休めの姿勢で待機する。

 食堂から他の客は人払いされ、直時達四人とヘンリーと護衛二名のみが残った。グノウ親子は他言無用と釘を刺されているからそのままだが、女給は追いやられアイリスが給仕をしている。


「ヒルデガルド殿。ご機嫌麗しゅう――」

「ヘンリー殿もお忙しい身の上であられるだろうに。これまで通りのお誘いなら従卒でも何でも使えば宜しかろう? 何度来られても私の答えは変わらんよ」

 口元だけに笑いを刻んだヒルダが社交辞令を遮った。普人族以外の民を準国民とし、その領主をとの要請は「お頼みいたします」の繰り返しで、流石に聞き飽きていたのである。


「いえ。此度は絵に描いた城では御座いません。先ずは念話をお許し願えますか?」

 肯いたヒルダがミケを見る。闇の精霊術で建物を封じ、密談の体制を調える。


《念話ならここを封じること無かったんじゃないの?》

《他に漏らしませんっていう姿勢を見せるためよ。私とタダトキは部外者なのに同席させられている。守秘義務を強要されているようなものよ。素直に従う義理は無いけれどね》

《中継するか?》

 直時の問いに答えたのがフィア。相手に気を使っているのかどうか微妙なところだ。密談の内容を皆にも伝えるか、と提案したのはヒルダである。


《ヒルダっちは会談に集中して欲しいニャ。軍務卿の話を全部聞いた上で、即決はせずにお引き取り願うニャ》

 ミケが慎重に申し出た。フィアと直時も同意し、この場はヒルダに任される。


 無言のまま進む会談は、時折地図と思しき資料の獣皮紙の提示を挟んで緊張のまま続いた。傍らから見ているだけでは、何のことかさっぱり判らない。

 何杯目かのお茶を干した二人は、漸く話に区切りをつけたようである。ヘンリーが念話ではなく直接口を開いた。


「ヒビノ殿。先ほどの件ですが、どのくらいの量を調達出来ますかな?」

「塩のことですか? 五日に一度の納品で、一回に五百キログラムといったところですね」

 ソヨカゼとの往復、製塩、他の用事を考えるとそれくらいだと直時は答えた。塩調達だけに徹すればもっと大量に運べるが、万事に対して確実を期し、控えめに言うのは日本人の性である。

 尤も、ソヨカゼまで戻らなくても最短の海岸線で製塩して空輸すればもっと早い。精霊術と直時の魔力量を鑑みれば容易いことである。


「判りました。では、ギルドへヒビノ殿への指名依頼として出しておきましょう」

「申し訳ないですが、指名は外してもらえませんか? 他にも独自の入手手段を持っている人がいるかもしれないですよ」

 入手が困難であるなら、依頼を表に出して広く手段を探すべきだ。そう提案した。


《折角の儲け話を蹴って良いのニャ?》

《俺は商人じゃないからね。指名依頼で定期的に塩の納品なんてやってられないよ。それに御用商人なんかはこういう非常時、稼ぎ時なんじゃないの? 変な恨みを買うことは避けたい。それとは矛盾するけど、一般には適正価格で供給したい。掲示板に貼り出されるような、おやっさん達食堂組合の依頼なら高額な報酬にならないだろうしね》

 国が高額な報酬で依頼を出せば、必ず引き受ける者が出てくるはずだ。それとは別に、直時は高い報酬が出せない依頼を受けようと考えていた。


「調達量や日数等の条件を変えて、小口複数の依頼を出しておけば、対応できる冒険者もいると思います。依頼書に継続可能かどうかの質問を記しておけば、今後の予定もある程度は把握できるでしょう。緊急時における物資調達の良い資料になるのではないですか?」

「ふむ。今後への参考に記録せよ、ということですか? 大変興味深い提案です」

 平静を装いながらも、ヘンリーは内心舌を巻いていた。魔術が生活に浸透しているため、アースフィアでは直感が優先される傾向がある。情報分析も然り。重要視されるのはその時々の責任者の判断で、集められた記録や資料ではない。


「しかし、依頼を出しても引き受け手が居らぬ場合は?」

 政に関わる者として直時の考え方を無視するべきではないと直感が告げるが、塩不足は逼迫ひっぱくしている。目先のことも重要だ。


「出来る範囲で依頼を受けましょう。自分にも都合がありますから、掲示板で条件の合う依頼に限りますが」

 あくまでも条件次第と強調する直時。ヘンリーは視線を離さない。


「先程の条件で一件目だけは指名依頼として受けて頂けますか? 報酬は同じ重さの銀で支払います。その後はヒビノ殿がおっしゃるように複数の依頼を出すことに致しましょう」

 物流の停滞は、かなり深刻なようである。指名依頼分は王府で必要な塩だろう。

 肯いた直時へ、ヘンリーは今日中に手続きを済ませておくと言った。明日、冒険者ギルド、リスタル支部へ立ち寄ることを確約する。


「話はまとまったな? 我々は先に帰らせてもらう」

 ヒルダが皆を促して席を立つ。


「先ほどの件、何卒御一考を――」

「返答はギルド経由でする。全てとはいかんが、幾つか協力出来ることもあるだろう」

「有難う御座います。ところで公王がリスタル防衛戦の戦功に応えたいと、宴への招待を申し遣っております。タダトキ・ヒビノ殿、フィリスティア・メイ・ファーン殿共々、御入来ごじゅらい頂ければこの上ない栄誉。是非ともお願いしたいのですが?」

 踵を返そうとしたヒルダへ念押しと誘いの声。


《俺、パス! 王侯貴族が着飾ってオホホホって宴席は嫌だ! 何より着て行く服が無いっ!》

「謹んで御招待に与ろう」

 直時の念話を無視したヒルダが代表して答えた。王の誘いを断る非礼によるデメリットは大きい。彼女は次期族長として、体面を保つ重要性もそれなりに理解している。


 次の瞬間、ヘンリーが鋭い声を上げた。


「ヒルデガルド殿御一行にぃー、敬礼っ!」

 直立不動の後、45度腰を折るヘンリー。護衛の二人は腰の剣を逆手に抜いて胸の前で垂直に下げる。ちなみに屋外だと剣先を上にするそうである。


 ヒルダは鷹揚に相対し、無言で肯く。フィアとミケは彼等に顔を向けただけ。そして直時は――。

 ――踵を揃えキヲツケ。右踵と左爪先を軸に体の正面をヘンリーに向け、素早く左踵を引き付ける。次いで右手の五指を揃えてこめかみへ。肘は肩と水平に、手のひらは僅かに相手に向ける。一拍後、右手を体側へ戻し答礼とする。――消防団員としての条件反射であった。


《何やってるのよ?》

《いや、ちょっとね……。規律モードになってたから、ついやっちゃったんだよ》

 フィアが呆れたようなニュアンスを滲ませる念話を放った。言い訳をしながら身についた動作をなぞる直時。彼が手を降ろしたことでヘンリー達も敬礼をおさめ、緊張を解いた。


「ヒビノ殿は従軍経験がお有りのようですな」

「とんでもない。軍経験は無いです。本当ですよ? 地方自治体の規律に厳しいとある団体に所属していただけでしてね。災害に対する自警団みたいなものです」

 ちょっとした悪巫山戯が成功し、ヘンリーは満足そうに笑う。慌てて手を振る直時は、ヒルダが店を後にするのを良いことに、そそくさと逃げるように出ていった。


(報告も当てにならないものだな。彼の所作は指揮官を勤めたことのある者のそれだった……。あれほどの精霊術の使い手ならば当然かもしれん。ただ甘いだけの男では無いということか?)

 直時が言ったことは本当なのだが、ヘンリーの中では言葉通り取ってはもらえなかった。


 一般兵は戦いに必要な行動命令には従うが、荒くれ者とさして変わるところは無い。規律や儀礼を身に付けた者は、騎士階級以上の者くらいである。何より変則的ではあったが、直時は即座に答礼をとっている。これは彼が部隊を統率していたことに他ならない。ヘンリーはそう判断した。


「面白い。はるか東の出自というが、彼の国はどのような国なのだろうな?」

 彼の呟きに答えられる者は居なかった。




 高原の癒し水亭での会談を終えた一行は、リスタルでの定宿となったミケの家にいた。いつものように過剰な程の撹乱と隠蔽で尾行を撒いて、守りもきっちりと終えている。


「で、どんな変化があったニャ?」

「いつくかの指名依頼を提示された。シーイス公国内で保護した獣人族達を集めたようだ。主に犯罪被害者と傷病者だな。同族への取り次ぎが一件。これは私よりミケ向きだな。ギルドの冒険者を当たるほうが早いだろう」

 ミケが肯く。


「落ち着き先が無い者は開拓村を作り入植させる。リスタルから東へ二日程の山地だそうだ。所領は既に王府が接収しており、当分は無税。工兵が住居他を設営中で、入植は可能だが一段落するまで――十日間の護衛を依頼されている。今は工兵の護衛が可能な兵しか割けないらしい。住民の移動と共に護衛を依頼された」

「周辺国がピリピリしているから仕方無いわね。でも、どうして新しい開拓村なの? リスタルなりノーシュタットなり王都なりで受け入れれば良いじゃない?」

 フィアが疑問をぶつける。新しい土地に人が暮らせるように最低限のインフラを整えることは容易ではない。


「保護されたと言っただろう? 助けだされたといっても、犯罪被害者達なら経緯から普人族にかなりの不信感を持っているだろう。無用の軋轢を回避するためだそうだ」

「避難ってより隔離って感じがするなぁ。そんなのでシーイス公国の準国民になりたいと思うかな?」

「時間は掛かるだろうが、行き場のない者を受け入れることが計画の第一歩だそうだ」

 直時の疑念にヒルダが答える。皮肉気に鼻で笑っているところを見ると、ヒルダも善意だけとは思っていないようである。


「他に自治組織の立ち上げだとか、シーイスの役人との橋渡しだとか冒険者の依頼として疑問に思う件も数件ある――」

 その他の提示された依頼を検討した結果、引き受けると決まったのは同族の郷への連絡の取り次ぎをミケが、開拓村護衛にフィアと直時が、他の件で不可侵条約を結んだヴァロア王国への牽制にヒルダが国境の哨戒(威嚇としか思えない……)を引き受けることになった。他の依頼は却下である。

 ヘンリーはヒルダへの指名依頼だと言っていたが、内容は多岐に及び始めからフィアや直時も頭数に入っていたようである。今回の依頼はヒルダを代表として隊を組み、複数依頼の同時進行ということになった。

 報酬自体は高額であるが、ここに居る者達はミケ以外かなりの財産を所持しており報酬目当てではなく、保護された獣人族達の自立を目指すということで目的が一致したのである。


「では皆もこれで良いな? 依頼が発効してから十日間を遂行のための期間とする」

 ヒルダが最後に確認を取り、他の者は首肯してこの日は解散となった。




 翌日。冒険者ギルドリスタル支部に四人の姿があった。ミケが事前に連絡を入れておいたことで、すぐに別室に通される。支部局長が直々に応対に出た。直時とは少し因縁のあるエドモントである。


「これほど多くの指名依頼は何分初めてのことでして……」

 ヘンリーからの依頼書の束を一同の前に置く。彼も困惑しているようだ。


 ミケが手早く依頼書を取捨選択し、前夜に決めた依頼だけを提示する。本来なら指名依頼を断ると評価の低下に繋がるが、この場に居る誰もが気にもしていない。王府からも「可能な限り!」 と、いうどちらにも取れる但し書きがあるだけであった。


「依頼着手には王府の用意もあるようで、五日後とさせて頂きます。それと、タダトキ様には別件で指名依頼があります」

「ああ。塩の件ですね。了解です」

 直時は快諾する。ヘンリーからの指名依頼の他に、同様の依頼が食堂組合から出ていることを確認し両方を受けた。食堂組合からは指名ではなく公募で、報酬はヘンリーの三分の一以下であったが加盟店の無料食事権が付いている。掲示板に貼り出される前に直時はこれを引き受けた。


 手続きを終えた一行はミケ宅へと戻り、地下へと下りた。招き猫の石像の前で直時が魔力を込める。腹に空いた穴は奥行きを無くし、深淵の闇へと口を開いた。


「じゃあ、ヒルダ姉さんとミケさ――」

 ミケがぎろりと睨む。直時はわざとらしく咳を数回。


「ヒルダ姉さんとミケをソヨカゼに御招待するよー」

 そう言ってそそくさと穴へと身を躍らせた。フィアが続きヒルダとミケも頭を低くして入る。常人には苦痛でしか無い闇が満ちる『影の道』であったが、慣れたフィアと闇の精霊術を使うヒルダとミケにはこの道程も問題なかった。


 「面倒臭い」の一言で暗闇のトンネルを各自が移動スキルで増速通過した一行は、ほぼ三時間でイリキアより東のソヨカゼへと到達した。出口から身を出すと、まだ日が照っている。


 先頭の直時が出た途端、その日が陰った。巨大な生物が待ち構えていたようで、生臭い息がかかる。


「ヒャウン!」

 高い鳴き声と共に襲いかかる影が直時を押しつぶす。ヒルダとミケが臨戦態勢を取るが、二人の肩をフィアが押さえた。


「うぷっ。ホルケウ! 待ってたのかっ? ぷあっ。舐めっ、息がっ、止めっ――」

 両の前足で押さえ付けられた直時は、ただただ大きな舌に蹂躙される。


「――ヒルダ、ミケちゃん。ようこそ、ソヨカゼへ」

 仔魔狼と直時を尻目にフィアが二人へ腰を折り、右手を胸に左手を背中に当てて挨拶をした。


短くてごめんなさい。

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