坂東蛍子、レーザービームを撃つ
大城川原クマは木陰に身を潜め、目の前で繰り広げられる戦闘を慄然とした面持ちで見つめていた。ジャングルジムを跨いだ向こうにある砂場の上では、彼女の高校のクラスメイトである坂東蛍子が少年の攻撃に必死に耐えていた。
「二重バリアー!」
「なんだと!?」
少年が蛍子のとった行動に驚嘆して仰け反った。どうやら彼にとっても想定外の技が繰り出されたらしい。クマは彼女達が扱っている不可視の攻撃の情報を少しでも多く記録すべく、メモ帳を開いてその過程を逐一記載した。
「あんたの攻撃は完全に遮断したわ!そして私の力を上乗せして、反射することになる!」
「や、やめろ・・・」
不敵な笑みを浮かべる蛍子に、少年は二歩後ずさる。どうやら撤退の隙を窺っていたようだが、その判断が下される前に無常にも蛍子が反撃を決断し、交差させていた両手を勢いよく少年の方へ伸ばす。
「食らえ!」
「う、うわあああああ!!」
少年は公園中に声を轟かせると、ビクビクと体を震わせながら砂場の上に崩れ落ちた。蛍子がポケットからハンカチを取り出して、未だ小刻みに震えている少年の上にそっと乗せる。どうやら勝負あったということなのだろう。クマは少年の犠牲を悼みながら、改めて坂東蛍子という未知の存在を畏怖した。大城川原クマの母星は科学文明の進歩の度合いでいうならば地球のそれを遥かに凌駕していたが、人体から生成されたエネルギー(クマは今までの戦闘からそう仮定していた)による不可視の攻撃を繰り出す技術は未だ生み出されていなかった。せいぜい熱光線や細菌チップを埋め込んだマイクロスピア、重力制御装置を体温で操作出来る程度である。今まで我々は地球人を侮っていたが、これは考え方を改めねばならないな、とクマは思案した。本部にもこの未知の能力に関しては報告を入れなければならないだろう。
「フッフッフ、芯太を倒した程度で良い気になるなよ」
公園の奥からくたびれたスーツを着た中年の男が、目をギラつかせながらゆっくりと歩いてきて蛍子の前に立ち止まった。丸めたその背からクマは異様な邪気を感じとった。
「出たな、オッサン星人」
蛍子が少し面倒くさそうな顔をして男と向き合った。オッサン星人?とクマは首を捻った。そんな星人の登録名義、銀河連盟の加盟国にあっただろうか。
「お前がこの公園で幅を利かせていられるのも今日この時までだ!エイヤァッ!」
オッサン星人と呼ばれた男は両腕を目一杯後ろに伸ばした後に、勢いよく前に押し出した。凄まじい気迫であったが、しかし攻撃を受けているはずの蛍子は依然涼しい顔を崩さない。
「知らないようだから教えてあげるわ。この力は歳をとるごとに減衰していくのよ」
「な、なんだって・・・!?」
「勿論弱まっていくのは攻撃力だけじゃない、防御力もよ。今あなたが私の力によって蘇った芯太ゾンビの力を受けたら、いったいどうなってしまうでしょうね・・・」
彼女が右手で天を指したのを合図に、砂場に転がっていた少年がゆらりと起き上がった。クマは叫び出しそうになる己を必死に諌め堪えた。
「ま、待て、俺には妻と子供が・・・」
「やれ、芯太ゾンビ」
狼狽するオッサン星人の会話を最後まで聴き終わる前に、蛍子は自身の配下へ指示を出した。芯太ゾンビは天を仰いで両腕を掲げ、暫く力を溜めこむように深い呼吸を繰り返した後、絶叫と共に力強く両腕を中年の男に向けた。男は攻撃を受けると、声にならない叫びを上げながら全身を痙攣させ、数瞬の間の後で膝からゆっくりと大地へ崩れ落ちた。口から泡を吹き、白目を剥いている。その凄惨な光景に大城川原クマは思わず後ずさり、足下の枝を踏み折ってしまった。
「気合入り過ぎだろケンゾー・・・」
剣臓の名演技を気持ち悪そうに眺めている芯太の向こうで木の陰から顔を覗かせている少女に気付いた坂東蛍子は、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にした。相手が自分のクラスメイトだったからだ。話したことあまり無いけど、確か美術部の大城川原クマさんだ。名前は特徴的だからよく覚えてる。
「・・・見た?」
蛍子の問いかけに、クマはクビをブンブンと勢いよく横に振った。気を使ってくれて無かったことにしてくれようとしているんだな、と蛍子は解釈し、自尊心に更なる傷を負った。
「こ、交渉しましょう」
蛍子はクマに対し口止めを図るべく交渉を試みることにした。彼女の提案に、クマは目を白黒させていたが、暫くの間の後ゆっくりと頷いた。
「クマさん、よね?何か、欲しい物とかある?出来る範囲で言ってくれれば用意するからさ、今見たことは皆には内緒にして欲しいの」
木の裏から姿を現したクマは、恐る恐ると言った感じで砂場の方へ歩み寄って来ると、蛍子に要求を伝えるべく口を開いた。
「ウチにも、今の技教えて欲しいっす」
「え?」
財布の中身を確認していた坂東蛍子は、クマの言葉に意表を突かれ、声を裏返してまた少し頬を赤くした。そんなことで良いの?と蛍子は再三確認したが、クマは考えを改める気はないようだった。蛍子はホっと胸を撫で下ろしながら、目の前のクラスメイトの優しさに心を打たれていた。この子、普段は喋らないし喋ったら喋ったで変なギャル語で近づき難いなと思ってたけど、こんなに良い子だったんだな。
「お安い御用よ!ね、芯太!」
「蛍子姉ちゃん以外にも、こういうことやりたがる高校生っているんだな」
芯太が感心したように腕を組んで頷いた。
「じゃ、まずはビームから行きましょう!」
「ま、待つし」とクマが慌てて姿勢を低くする蛍子を止めた。「防ぎ方分かんないと危険じゃね?」
「大丈夫よ!実戦をしていく内に覚えるわ!」
クマは足下に転がっている剣臓をチラリと見て、顔を真っ青にして更に慌てふためいた。ノリが良いわね、と蛍子は思った。
「行くわよ!」
「俺も全力だ!」
「わ!待て!マジで待てって!」
「ダァァァァ!!」
「わあああああああ!!!」
【大城川原クマ前回登場回】
間違いを犯す―http://ncode.syosetu.com/n9823ca/
【剣臓前回登場回】
桃園の誓いに立ち会う―http://ncode.syosetu.com/n4182bz/