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薔薇の木の下
作:深水晶


 早朝、少女は一人、庭の薔薇の木の下に穴を掘り、何かを埋める作業をしていた。大きな麻袋の中身をそこかしこに埋めている。額ににじむ汗を拭い、手にしたスコップを地面に突き立て、一息ついた時。
「おはよう、精が出るね、理沙(りさ)
 気配なく背後に現れた男の声に、一瞬ビクリと肩を震わせ、少女は慌てて振り返った。
 そこには、純朴を絵に描いたような少年が、邪気のない笑顔を浮かべ、立っていた。それは少女の居候先の息子、つまり現在の同居人の譲治(じょうじ)だった。
 それに気付き、少女は肩の力を抜き、手の平をゆっくり開き、微笑んだ。少年は、少女の花が綻ぶような笑顔に見惚れ、しばらくぼうっと立ちつくす。
「驚いたわ。こっそり気配も感じさせずに、背後から現れるんだもの。泥棒かと思って、心臓が止まりそうになったわ」
 少女の言葉に、少年は苦笑する。
「ひどいな。こっそりと現れたつもりはないよ。君が庭仕事に夢中だったからだろう。また肥料かい?」
「ええ。薔薇はとても貪欲で、定期的に肥料を与えてやらないと、あっという間に土の中の養分を喰らいつくしてしまうから。肥料が足りないと美しい花を咲かすことはできないから、怠けることはできないの」
「薔薇の肥料って、何を与えるの?」
「薔薇が必要とするのは、リン、カルシウム等、動物性の肥料よ。例えば魚の身を砕いて乾燥させたものや、卵の殻などを使うの。だから、薔薇の肥料はとても臭うわ。長く作業していると、それが髪にまで染み付いてしまうから、シャワーでいつも洗い流すの。薔薇はとても貪欲で残酷な花だと思うわ。でも、その美しさは罪ではないの。自分が手をかけて育てた薔薇が花開くのは嬉しいし、充実感があるわ。私は、私が育てた薔薇が好き。とても愛しいわ」
「俺も、だよ」
 何故か少年は頬を赤らめ、照れ臭そうにいう。
「俺も好きだ。理沙の薔薇は、理沙にとても良く似ていて、綺麗で……」
「良かった。譲治に気に入ってもらえて。私のわがままで無理に言って植えさせてもらったから。嫌いじゃなくて本当に良かったわ」
「あのさ、理沙。俺は君がこの家に来てくれて、本当に良かったと思っているよ。理沙が来てから、殺風景だったこの家の中も外も、綺麗で華やかになったし、住みやすくなった。そりゃまぁ、最初、君が前触れなしに親父と共にやって来て、その当日からここに住むと聞かされた時は驚いたけど、今では君は俺の大切な――」
「あっ、いけない。もう、こんな時間。急いでシャワー浴びて着替えないと、遅刻しちゃう。ごめんなさい、先に行くわね」
 少女は慌てて走り去る。少年は肩を落として、がっくりとする。
「……うぅ、また不発か。まぁ、いいか。機会はいくらでもある。同じ家に住んでいるんだし、次は帰宅途中か、夕飯の後にでも……」
 少年はブツブツと呟き、一人頷く。


 平山(ひらやま)謙一(けんいち)とその息子譲治の家に、天野(あまの)理沙がやって来たのは、半年ほど前のことになる。平山謙一はフリーライターである。カメラ片手に家を出て一年以上音信不通、なんてことは日常茶飯事だ。仕事に没頭してそれ以外のことを失念しまうことが多い上に、電話回線や郵便などが不十分なところへ行くことが多いためだ。
 フリーライターと言えば聞こえは良いが、記事が掲載されても、写真が採用されても、名前は出ない。そのため譲治は、父親が実際どのような仕事をしているのか、さっぱり判らなかった。だが、額は毎回異なるが、概ね定期的に銀行口座に振込があったので、仕事をしていることだけは間違いないだろう。
 その謙一は、今は取材に行くと告げて家を出たきり、音沙汰なしだ。だが、譲治は全く気にしていない。父の事より、突然同居する事になった謎の美少女・理沙の事で頭がいっぱいだ。
 同居し始めて半年になるというのに、未だに譲治は理沙の素性を良く知らない。ここへ来る前はどこにいたのか、両親など保護者・親戚はどうしているのか、何故父に連れられてわが家へ来たのか。譲治がそれらを尋ねた時に見せた、理沙の悲しげで辛そうな微笑みを思い出せば、二度と同じ質問をする事はできなかった。いつかは、理沙の口から聞きたいという気持ちはある。だが、今はそっとしてあげよう、と思っていた。
 理沙は薔薇の花をこよなく愛している。園芸というか庭いじりが好きで、暇さえあれば、庭仕事をしている。
 理沙が来てからも、洗濯・裁縫以外の料理などの家の中の仕事はほとんど全て譲治の担当だったが、以前ほどそれが苦にならなくなっていた。誰かがいる食卓が、誰かのためにする家事が、こんなに楽しいとは思わなかった。理沙のために、と思っただけで、幸せな気分になれた。
 一ヶ月と経たずに、譲治は自分が理沙を好きだと自覚した。しかし、肝心の理沙の気持ちは皆目見当がつかない。何度か告白しようと試み、全て失敗に終わっていた。だが、譲治は焦ってはいなかった。好かれているとまでは思っていないが、ある程度の好意と信頼はあるという自信があった。
 譲治が知る限り、理沙は、譲治以外の人間にはそっけなかった。それはそれで心配ではあるのだが、他の人間には見せないような笑顔を、自分には向けてくれるというのは、幾分心地良かった。
 とりたてて理沙が教室などで浮いているという風もなく、校内の理沙はその容貌・容姿の割には、埋没してしまい、ほとんど目立たなかった。成績は中庸、運動能力も中庸、生活態度も中庸。
 理沙は家の中では、好んで黒い服を着た。黒い地味な服を着ても、理沙の美しさは陰ることなく、ますます映えると譲治は思っていた。理沙は庭仕事をする時にも、黒い服を好んで来た。譲治が以前、その理由を聞いた時、理沙は小さく笑って、
「黒は死を悼む色だから」
 と、言った。どういう意味かを尋ねた譲治に対し、理沙は曖昧な微笑を浮かべながら、
「そのままの意味よ」
 と答えた。理沙は不思議な少女だ、と譲治は思う。一生理解できないのではないだろうか、と思うことすらある。
 だが、いつか全て理解して、彼女の全てを抱きしめようと、心に誓っていた。焦る必要はない。ゆっくりで良い。ゆっくりでもいつか必ず、理沙の心を射止め、彼女を幸せにしてみせる。譲治はその日を夢見ていた。


(今朝は本当に危なかったわ)
 その日の放課後、一人平山家の庭を歩きながら、理沙は思った。
(もう少しで見られてしまうところだった。譲治が本当に鈍くて注意力散漫な人で良かった)
 ざくざくと庭の地面を掘りながら、理沙は思う。
(もし、謙一氏のように鋭い人なら、バレてしまっていたところだわ。中途半端に知られて騒がれたら困るから、もし大声を上げられたなら、気は進まないけど、譲治を殺さなくてはならなかったかもしれない。謙一氏とは違って、譲治はそういう事には慣れていないようだし、嘘をついたり、しらばっくれるのが得意なタイプではないし)
 理沙は譲治の事を、少しずつ好きになっていた。平山家に来るまで理沙の周囲にはいなかった、純朴で誠実で心優しく面倒見のよい少年だ。信じられないくらい親切にされて、最初は戸惑いすら覚えた。
(この世で何があっても、譲治だけは殺したくない。叶うことなら、命に替えても守りたい)
 理沙は知っていた。平山謙一が、もう、この世の住人ではないことを。
 本来なら彼がこの家を出るはずの時刻に、理沙の裏切りと逃走、それを手助けしたのが謙一だと知った暗殺組織『エデン』のかつての同僚が、謙一の命を理沙の目の前で奪ったのだ。
 その元同僚は、理沙に深手を負わされ、自決した。衣服に忍ばせた火薬による自殺。もう少しで理沙も命を落とすところだった。
 しかし、謙一の捨て身の行動によって、理沙は救われた。理沙には、譲治に一生かけても返せぬ負債がある。唯一の肉親を奪った罪ほろぼしのために、フリーの暗殺者として、仲介者を通じて依頼を受けて報酬を得ると同時に、組織から送り込まれる暗殺者をことごとく返り討ちにし、庭などに毎日異なる膨大な数の罠を仕掛け、譲治と自分の身を守っていた。
 ようやく満足のいく大きさの穴を掘り終え、理沙は大きく息を吐きながら、額の汗を拭いながら、呟いた。
「譲治が帰って来る前に、昨夜の残りと今朝かかったのを、埋めてしまわなくては」
 それから理沙が、麻袋から取り出した中身は、こまぎれに刻まれた肉片と、首をワイヤーで縛られたままの遺体だった。
 理沙はそれらを埋め終えると、新しい薔薇の苗を植えた。
「きれいに喰らい尽くして、きれいな花を咲かせてちょうだい」
 植えたばかりの薔薇の苗に、理沙がそう話しかけると、風が吹いて、枝がわずかにたわむように、ゆっくり揺れた。


The End.


ジャンルは悩みながらも一応ホラー。
元は中学時代に漫画用に作ったプロット。

暗殺組織『エデン』、その養成所『ガーデン』、暗殺者である少年少女達を『神の子供』と呼び、幹部は『十三使徒』、首領の呼び名は『知られざる神』みたいな感じの話でした。
あまりにベタ過ぎるので、お蔵入りにしました。
中学時代はそういうのがカッコイイと思ってたので。

長編を書くとしたらツンデレ系美少女理沙を主人公にしたゴシックホラー。
で、ちょっぴりラブコメ風味(ツンデレ天然気味美少女と鈍感純情少年の、感情・心情のズレを描く)。
今のところ長編を書く予定はありませんが、書くとしたらそういう感じです。













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