ルーメニアアシエスソフィーナチェルットナタリアエミリーモリスラミルサラケルン=ヴィットメルヘン=キラコルトン伯爵令嬢の恋愛事情
初投稿で人生二度目の1人称です。リハビリ作なので、文が拙いのはご容赦を。誤字脱字等ありましたら、教えていただけるとありがたいです。
何も考えずノリで書きましたが、楽しんでいただけると幸いです。
わたくしの名前は、ルーメニアアシエスソフィーナチェルットナタリアエミリーモリスラミルサラケルン=ヴィットメルヘン=キラコルトン。ヴィットメルヘンが侯爵家出身であるお母様の、キラコルトンが伯爵であるお父様の姓ですの。そして、一番最初についているのが、呆れるほど長いわたくしの名前。
何故こんなに長い名前なのかというと、大層な理由があるわけじゃあありません。「三十字以内の名前を付けると、この家に呪いをかけるぞ」とか脅されたわけでもないのです。むしろ、その方が納得がいくというものですわ。
理由は単純。優柔不断なお父様とお母様が名前を絞り切れず、これまた優柔不断なおじい様とおばあ様が「それなら全部つけておしまいなさい」とかふざけたことを抜かしやがったからですの。あら失敬、少々言葉遣いが悪くなりましたわね。
物心ついた頃に、二つ上のお兄様が「すまない、僕がふがいないせいで!」と謝ってきました。別に兄様に責任はありませんのに。ただ「ヴィルヘルム」という至極まともな名前を見るたびに、殺意が湧き上がるだけですわ。
さてこの名前、書類などをかくときには不便ですけれど、その他に困ることはありません。もはや省略とも言えませんが「ルーメニア」という名前で名乗ってしまえば問題ありませんし、第一家族だってまともに言えるか怪しいですのよ。他人で言えるのは親しいメイドと親友くらいなものです。
だけど、一つだけ問題が。
わたくし、好いている男性にだけは本名を知っていてもらいたいんですの。至極まっとうなお願い事でしょう?
「ということで、また失恋しましたわ~!!!」
「はいはい、それはご愁傷さまでした」
わたくしは、どう見てもそんなこと思っていないだろう目の前の男性を睨みつけました。嘘をついても駄目ですわ。本のページをめくるスピードが、全く変わっておりませんもの!
「先輩!」
「………」
「ゼノン先輩」
「………」
「ゼノン=アイク=ジーメンス先ぱーい!!」
「ああもう、うるさいなあ!」
本を読んでいた男性――国立ラストア学院でのわたくしの先輩にあたるゼノン=アイク=ジーメンスは叫びました。ここ、図書館ですのに。マナーがなってませんわ。
「君に言えたことじゃあないと思うけどね」
「あら?口に出ていましたか?」
先輩の顔が苦虫をかみつぶしたように歪みましたが(といっても先輩の髪はぼさぼさで、前髪が顔を覆っているので表情なんて見えませんけど)、眼光鋭く無言の圧力をかけてくる図書館員さんを見て怒鳴るのは諦めたようでした。ああ、短気な方って嫌ですわね。
「君の相手をしていると、自分の寛大さが試されている気がするよ」
「あら、良いことでは?」
「……うん、もういいよ。話聞いてあげるから、終わったらもう帰ってね」
素敵な笑顔(多分)の先輩に向かって、わたくしは元気よく返事をいたします。
「はい、二時間ほどお時間をいただければ!」
「…………」
先輩、口元が引きつってますわよ。
***
事の起こりは、そう三時間前。わたくしはある男性に呼び出されました。その方は、わたくしがここ三カ月ほど気になっていたお方。切れ長の瞳が素敵な男性ですわ。呼び出されたのは校舎の裏庭という何ともベタベタな場所でしたから、当然わたくしの胸も高鳴るというものです。
案の定、その方は熱い眼差しでわたくしを見つめながら、その言葉を口にしました。
『ルーメニア嬢。私と交際してはいただけないでしょうか』
『交際、とは…?』
『もちろん…』
ここで、その方のはにかんだ笑みがわたくしをノックダウンさせました。
『結婚を前提に、だよ』
リーンゴーン。
祝福の天使がわたくしの頭上を飛び回っているのが見えました。見えたんです、誰が何と言おうと見えたものは見えたのです!
浮かれてしまって流されそうになったわたくしですが、そこは曲がりなりにも伯爵の娘。しっかりといつもの質問をいたしました。
『あの…、一つお聞きしていいでしょうか?』
『何ですか?』
甘い声でその方は仰いました。
(今度こそ、きっと大丈夫ですわ!)
勇気一つを友にして、わたくしは尋ねました。
『貴方様は、わたくしの本名が言えまして?』
その瞬間、わたくしはその方の一切の動きが止まるのを目にしました。ぎこちない笑顔を浮かべて、その方は仰います。
『…ええ、もちろん。貴女のお名前は、ルーメニアアシ、エスソフィーナ…チェルットナ……ナメコ………?』
『……』
この方、ピエロでも目指しているんでしょうか。
わたくしの期待に満ちた瞳はにごり、冷たく言い捨てました。
『馬鹿ですか』
「乙女の名前に、みょうちくりんなキノコの名前が入ってるわけがありませんでしょうが―――!!!」
ぜいはあ。息が切れました。
「大体、わたくしが告白された際に名前を言えるか試すのは知れ渡っているはずですのに!なぜ、どいつもこいつも、暗唱出来ないのか理解しかねますわー!!」
ぜいはあ。またもや息が切れました。だけど叫ばずにはいられないってものです。乙女のハートはボッキボキですわ!ちなみに、思いっきり叫びたかったわたくしは、中庭に来ています。周りの視線が突き刺さるようですが、気にしたら負けです。
「でも、それって失恋っていうよりは君が一方的にふったんだよね?」
「確かにそうですが、あんな男よりわたくしの心の傷の方が深いですのよ!」
「あー、そうですか。それはお気の毒に」
「棒読みで言われても嬉しくありませんわ」
先輩は大きくため息を吐きました。むむ、失礼ですわね。そんなわたくしのじと目には構わず、先輩は立ち上がりました。自然とわたくしの目線も上を向きます。むう、やはり顔を見えませんわ。鉄壁の前髪です。
「大体さあ、なんで君僕に構うわけ?好きな奴は他にいるだろうに。まさか、実は僕が好きとかないだろう」
「それはないですわ。断じて」
「……あ、そう」
「わたくしが先輩に付きまとう理由は簡単ですわ」
「付きまとってる自覚があってよかったよ」
「わたくし、先輩の素顔に興味がありますの」
先輩が怪訝な顔をしています。まあ、当然ですわね。わたくしは、にっこりと笑いました。
「だって美形だったら見てみたいじゃないですか」
「そんなんだから、ろくな男が引っかからないんじゃないか」
先輩の指摘にきょとんとした後、わたくしは大声で言い返しました。
「面食いの何が悪いんですの!!」
堂々と言います。わたくしの幼いころからの持論ですから。ええ、三歳くらいからの。その時、前髪で隠れているはずなのに先輩が呆れているのが分かりました。これって以心伝心?
「いや違うから」
先輩はいつも冷静ですわ。
***
それから三日後。わたくしは、またもや先輩と図書館で話し込んでいました。先輩の苦虫を百匹ぐらい噛み潰して飲み込んじゃったようなお顔が、今日も素敵です。
「もう勘弁してくれ…」
また徹夜で本でも読んでいたんでしょうか。憔悴しきっていて、わたくしは心配になりました。
「子守唄でも歌ってさしあげましょうか?」
「究極の安眠妨害を繰り出してどうする」
わたくし、歌は結構上手ですのに。
(まあ、いいですわ)
そんなことより、わたくしには報告しなければならないことがあるのですから。
「先輩、わたくし好きな人ができましたの」
「失恋の三日後に、か。気が多い女だね、君は」
むう、先輩はいつも一言、いえ二言三言多いです。最初に先輩の噂をリサーチした時は「物静かでクールな人」という話でしたのに。噂って当てにならないものですわね。
「あんな男、もう忘れました。わたくしの錯覚だったんですわ」
「三か月、君の恋愛相談に費やした僕の時間を返せ」
「時は金なり…、いくらですか?」
「もういい。もういいから先へ進めてくれ」
律儀に返金しようと思ったのに。迷惑そうな言葉に少しむっとしましたが、抑えて続けることにします。
「今度の方は間違えありませんの!なんていっても学院のスターですから」
「スター?」
「ええ。眉目秀麗、成績優秀、おまけにジェントルマン!三拍子どころか、完璧に全てが備わった方ですのよ。しかも公爵家のご子息だとか」
「高望みすぎなんじゃないの?憧れに終わるんじゃないか?」
もっともな先輩の言葉ですが、今のわたくしに恐れるものなどありません。
「ふっふー!わたくしも最初はそう思っておりましたわ。でもこないだの夜会で『いつも貴女のことを見つめておりました』と仰って、ダンスに誘っていただいたのですわ!」
「ただのストーカーじゃないか」
「先輩とは違うんですのよ!」
奮然と言いますと、先輩が珍しく声を荒げました。
「僕がいつストーカーしたんだよ!!むしろ君にされているんだろうが」
人聞きの悪いことを言いますわね。わたくしも、いい加減にムカムカしてきました。ばーん、と机をたたきつけて立ち上がります。先輩が積み上げていた本の山が、少し揺れました。崩れたら恰好がつかないので、さりげなく支えます。ふう、危ない。
「もう先輩なんて知りませんわ!ミルトン様に慰めていただきます!!」
逃げるように、わたくしは走り去っていきました。まあ、逃げたかったのは図書館員さんたちの冷たい視線からなんですが。
最後にちらりと振り返った時、先輩が何か言いたげにしていたのは気のせいでしょう。
とりあえず寮に戻ろうと、わたくしは学院の廊下を歩いていました。夕方もそろそろ過ぎ、夜が訪れたようです。廊下は薄暗く、人気がありませんでした。先輩に送ってもらおうかと思いましたが、(一方的な)喧嘩別れしたことを思い出して断念しました。
(そういえば、いつもは遅くなると先輩が送ってくれましたわね……)
ふと思い返して、なんとなく罪悪感が湧いてきました。ズキズキと胸が痛みます。
(追ってきてくれればよかったのですわ)
理不尽な思いに、戸惑いました。なんで、こんなこと思うのでしょう。分かりません。
わたくしがはてなマークを頭に浮かべながら歩いていますと、後ろから足音が聞こえました。思わず先輩が来たのかと期待してしまったわたくしに、またもや戸惑います。
「やあ、ルーメニア嬢」
いらっしゃったのはミルトン様でした。嬉しいと思ったはずなのに、何故かがっかりした自分を否定できません。ああ、混乱してきましたわ!
「こんなところで、どうなさったのですか?」
お優しいミルトン様は、心配そうに尋ねられました。本当のことなど恥ずかしくて言えるはずもないので、適当にごまかします。
「ええと、お散歩を……」
「散歩?はは、面白い方だ」
爽やかな笑みに、頬が赤くなります。うう、ばれていなければ良いのですが…。黙り込んでいると、ミルトン様が顔を覗き込んできました。
「もしよければ、寮までお供しましょう」
「ぜ、ぜひお願いいたしますわ!」
噛みそうになりながらも言い切ると、ミルトン様はまた微笑まれました。そのままわたくしの手を引いていきます。わたくしはドキドキと胸を高鳴らせました。辺りはどんどん暗くなって、いつも歩いているはずの道が違う場所に見えてきます。ちがう……、違う?
「み、ミルトン様?ここは、寮へ向かう道ではありませんわ」
「ええ、分かっていますよ」
なんとなく嫌な予感がして、繋いでいた手を離そうとしました。ですが離れません。逆に一層強い力でつかまれてしまいましたの。焦って、ミルトン様を見上げました。その笑顔に、どことなくうすら寒いものを感じます。
「ミルトン様…?」
「なんでしょう?」
そう言いながら、ミルトン様はわたくしをじりじりと追い詰めていきます。壁のひんやりとした感触を背中に感じた私は、いよいよ慌てました。
「あの、近くありませんか…?」
「いいえ。私はいつも貴女に近づきたいと思っておりましたから」
理由になっていません。どうやらわたくしの意志は関係ないようです。意固地にならず先輩に送ってもらえばよかったと、過去のわたくしを殴り飛ばしたくなりました。そう思っている間にも、ミルトン様のお顔が近づいてきます。
(ああああああ)
まさにパニック状態です。確かに好きな方ですが、こうも強引に迫られては幸せに浸る間もありません。むしろ嫌です。
(先輩――!)
神頼みならぬ先輩頼み。まあ、でも現れるわけがありません。かくなる上は、入学するときに兄様から聞いた急所を蹴りあげて撃退するしかありませんわ。そう心を決めて、気づかれないように足を引きます。
「ルーメニアアシエスソフィーナチェルットナタリアエミリーモリスラミルサラ=ヴィットメルヘン=キラコルトン嬢、愛していますよ」
(惜しい。最後にケルンが抜けていますわ)
今までで一番本名に近く名前を言えた方ですが、わたくしのファーストキスはあげられません。わたくしは、一字一句間違わない方としかしないつもりなのです。それに、今ので完全に好意が失せました。これで、容赦する必要はありませんわね。
「覚悟してくださいませ!」
そう叫んで渾身の力を込めたわたくしの蹴りは、あえなく避けられてしまいました。
ミルトン様が華麗に身をかわしたからではありません。
先輩がミルトン様を引き離してくださったおかげで。
「せ、先輩…?」
なぜここに、と尋ねようとしましたが、何やら不穏な雰囲気を感じましたので、やめておきましょう。先輩は、ミルトン様の耳元に口を寄せると何事かを囁きました。最初は憤っているのか顔を染めていたミルトン様でしたが、だんだん赤から青へと顔色を変えていきます。
「あ、あのせんぱ」
「ひいいいいいいい!!」
「ミルトンさ」
「うぎゃああああああ!」
「どうなさったので」
「うへひひゃあああああああああ!!」
あの、それは叫び声なんですの?わたくしの素朴な疑問に気づくわけもなく、ミルトン様は這う這うの体で逃げて行きました。一体何を言われたのでしょう。ますます謎が深まるばかりでしたが、先輩を目にした途端それも吹き飛びました。
「あの……、怒ってますの?」
「別に」
「いやでも、覇者みたいなオーラが放出されてますわよ」
「気のせいじゃない」
「………申し訳ありませんでしたわ」
先輩の手に本はないですから、きっとわたくしを気にして追ってきて下さったんでしょう。追って…、追ってきて下さった。
(何ですの。何やら変な感じが……。ぽかぽかしますわ)
本日何度目かの混乱をしておりますところに、先輩のため息が聞こえました。思考を中断して、先輩を見つめます。ばちり、と目があいました。
「……一人で帰るのは危ないって、分かるだろう」
「…はい」
「しかも、気になってきてみれば襲われてるし」
「やっぱり襲われてたんですの、今の」
ぎろりと睨まれましたわ(多分)。前髪の後ろで、眼が光っている気がします。
「ミルトンって、手が早いことで有名なんだよ。知らなかった?」
「存じませんでした」
「…僕が来なかったら、どうする気だったの」
「急所を蹴りあげるつもりでしたわ」
「………そう」
若干先輩が身を引いた気がしました。不思議に思って見ていると、先輩はごほんと咳をしました。仕切り直しということでしょうか。
「とにかく、これからは僕と一緒に帰ること。いいね?」
「わかりましたわ」
「まあ、君が僕のところに来なければいい話なんだけどさ」
先輩は、またため息を吐きました。その様子を見た途端、ちくりと胸が痛みました。気が付くと、反射的に返事をしていました。
「嫌ですわ」
何故だかわかりませんけど嫌でした。すごく嫌でした。先輩に「来なくていい」と言われるのも、ため息を吐かれるのも嫌でした。
本当に、理由もわかりませんのに。
これでは、また呆れられてしまいます。
落ち込んでいると、先輩は案の定息を吐きました。でも、その後に聞こえてきた声は予想外に優しい声音でした。
「まあ、君のしたいようにしなよ」
驚いて見上げると、先輩の口元が笑っていました。わたくしはすごく嬉しくて、はしゃいで先輩に近づきました。
「それじゃあ、また何時間でもいていいんですの?!」
「え、いやそれはちょっと…」
目を逸らす先輩に、上昇していた心が沈んでいきます。比例して肩も下がりました。それを見かねたのか、先輩は(多分)苦笑して言いました。
「分かったよ。好きなだけいるといいよ」
その言葉に喜んだわたくしは、勢いよく先輩の方に顔を上げました。すると、先輩はぐぐっと顔を近づけてきました。不思議に思いながらも、わたくしはちゃっかり思いました。
(先輩の顔が拝めますわ!)
わたくしは、凝視しようとさらに極限まで顔を近づけます。すると先輩はまた笑いました。
そして、こう言ったのです。
「その代わり、僕も好きなようにさせてもらうよ。ルーメニアアシエスソフィーナチェルットナタリアエミリーモリスラミルサラケルン=ヴィットメルヘン=キラコルトン伯爵令嬢」
「……はい?」
顔を見るという目的も忘れて、わたくしはぽかんと口をあけました。