ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
初投稿になります。10年ほど前に書かれたものを掲載しています。掌編を連作にしての短編小説なので1作1作は時間もかからずに読みやすいと思うんですが・・・。完成品なので1日1作UPできればと思っています。よろしくお願いします。
ACT1-1 詳しい男
春、入学シーズンを少し過ぎたあたり、とある私立高校で高校生活最後となる3年の1クラスに1人の編入生がやってきた。

俗にいう帰国子女とかいうたいそうな生徒らしく、生物を担当しているクラスの担任は、イギリスからやってきたと紹介した。新参者というのは本来であれば、転入初日の一番はじめ、特に教壇の前に立っているときは神妙な顔をし、いかにも緊張した面もちでいるのだが、この男はどうやら違うらしい。

「イギリスでは・・・」

担任が帰国子女である彼の説明を続けているときである。

「先生」編入生が間髪入れずに口を開いたのである。それに驚いた表情で編入生を見つめる担任。以下、クラス中が一様に滑稽とも思えるほど同じ表情をしていた。クラス中が同じ雰囲気に飲まれている中、その発端者だけは顔色一つ買えずに、堂々とした態度で立っていた。教室という場での発言だけに威厳をも感じることができる。

「先生は生物を担当なさっているそうですが、大学を卒業されたのならイギリスの正式名称くらい答えられるでしょう?」

「・・・・・」

驚いた様子で彼の顔を見ていた担任教師だったが、しばらくして視線が床面に落ちた。「やれやれ、一介の高校教師がイギリスの正式名称も答えられないとは・・・」編入生は大仰にお手上げのポーズをして見せ、辺りを睥睨するかのように見回す。そして、ある一点で止まった。一番前の真ん中に座っている男子生徒だ。

「君、答えられるかな?」

編入生が指した男は以外にも、

「グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国だろ」

あてられたということに驚きを感じながらも、さも普通に返した。アメリカをアメリカ合衆国と答えるような感じで、打。クラスメートの視線が一斉に答えた生徒に集まる。答えた男は編入生に興味があるわけでもなく、机に肘をついて予想外に長くなった今朝のホームルームの終わりを待つ。

「なるほど、少しは知識があるらしい」

編入生は特に感心した様子もなく答えた生徒を見つめている。壇上の発言権はすでに教師から今入ってきたばかりの生徒へうつっていた。

「では、続いて質問しましょう」

 彼はその辺りの教師よりも威厳のある口調で個人授業を始めていた。周りの生徒は、担任ともども黙って聞き入るしかない。

「では、連合王国とあるように、一つの国から形成されているのではないということがわかりますが、この王国が形成されている地方名を答えて下さい。」
残念ながら、現代の高校3年生でそんな知識を持つものは少ないだろう。地理というよりもほぼ雑学の領域だ。ただ、この男は意外なことにも、

「イングランド、ウェールズ、スコットランド・・・北、アイルランド」

最後には北の部分を妙に強調して答えた。北をとれば一つの国になるというイージーミスをおかさない、自信に満ちた答え方だった。周りからは正解かどうかもわからない曖昧な表情が浮かぶ。あってもなくてもたいして役立たないような知識が日の目を見た瞬間だ。
それでも、回答者は相変わらずの無関心を装っている。

パチパチパチ

静まり返った教室に編入生のささやかな拍手が響きわたる。たった2問ではあったが彼の個人授業は終わったらしい。

「素晴らしい。日本の高校生はあまり勉強熱心ではないと聞いたのですが、彼は特別らしい」

混乱のうちに終わった朝のホームルーム。担任は情けない後ろ姿と無知さを生徒全員に見せつけて、とぼとぼと教室をあとにする。その後、生徒が一斉に編入生に群がる。さっきまで個人授業の的にされていた男は、やはり、その生徒に特別な好奇心を抱くでもなく、一番前の席から、一番後ろの席の編入生に群がる友人を見ていた。
編入生がふと今までやりとりをしていた生徒に視線を合わせる。

微笑み---------

そして、群れる生徒達を押しやって男の元へ・・・。

「さっきはどうも、これからよろしく。ぼくは・・・」

などと、どこにでもありそうな自己紹介をしあう。
とある編入生がしでかした教師への些細な悪戯・・・。ともすれば担任いじめとも考えられそうな行為。これがこれから始まる悪夢のほんの序章にすぎなかったとしても、誰も不思議には思わないだろう・・・。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。