おいでやす! 名探偵の宿 なぜ行く先々で殺人事件が起きるのか?
数々の短編4
ど田舎県、ど田舎村。ここに名探偵に愛される宿があるという。
そこは一見すると、ごく普通の宿だった。どんな秘密があるのだろう?
私は突撃取材を試みた。
取材ですか? もちろん大丈夫ですよ。ええ、名探偵の方々にご贔屓にして、いただいております。居眠り探偵さまに、孫探偵さま、最近では探偵の探偵のそのまた探偵さま、まで……。本当にありがたいことです。
名探偵に愛される理由ですか? とくに変わったことはしてないんですよ。ごく普通の家庭的なところが、お好きなのかもしれませんね。
そちらの壁に、写真を飾っているボードがありますよね? 是非、ご覧になってください。当館をご利用いただいた、お客さまの記念写真を飾っています。
思い出の写真が沢山なんですよ。こちらがわらべ唄殺人、そちらは牛追い祭り殺人のときです。それは宿泊者皆殺し殺人の写真ですね。
みなさん良い笑顔ですよね? この笑顔が見たくて、ご奉仕しているんですよ。
当館に来られるまでが大変でしたでしょ? 交通機関がありませんので、お車でお越しになるしか方法がありません。この都会の喧騒を忘れられるのが、好まれているのかもしれませんね。
途中で橋を渡られましたよね? あれが落ちてしまうと陸の孤島になってしまいます。
また、その橋がよく落ちるんです……。探偵の方々には、すぐに逃げ出せないのが良いと褒めていただいてます。
……電話が鳴っていますので、少し失礼しますね。……失礼いたしました。
そうそう、この電話も人気の秘密なんですよ。ここは携帯電話の電波が届かず、昔ながらの黒電話だけなんです。当然、Wifiなんてありませんから、電話線が切れると大変です。外部への連絡手段がなくなってしまいます。
また、すぐ切れちゃいますけどね。
そこが好評なんですよ。毒された機械文明から、離れれるのが良いんでしょうね。警察を呼べないのが素晴らしいと絶賛していただいております。
館内をご案内しますね。こちらは離れになっております。ごらんのとおり、かなり隔離されております。
人の喧騒から離れるので、複雑な人間社会の癒やしの場になってますね。周りの人が、誰も信用できなくなった時に、逃げ込む人が多いんですよ。
「こんな殺人犯達と一緒にいられるか!」みなさん、そうおっしゃるんですよ。
温泉もありますよ。当館、自慢の露天風呂です。こちらは火サス探偵さまがご愛用なさってますね。なんでもお色気シーンを入れないと不味いんだとか……。
こちらが大広間になっております。最後の最後に、みなさん、お集まりになって決める場所ですね。『犯人はお前だ!』……毎回楽しみにしています。
掛け軸に書いてある謎の唄ですか? 村長の自作ですね。村おこしのために、変わった風習や唄を作っているんですよ。これがあると何かと便利ですよね。
伝統とか嘘を言ってますけど、飽きさせないために毎年の様に変わっています。こちらは新作ですね。これから使われるかもしれませんね……。
先程の電話ですか? 嬉しいことに、居眠り探偵さまと孫探偵さまが、お早めにお付きになるそうです。インタビューされますか?
おや? 顔色が悪いようですが大丈夫ですか?
え、もうご出発ですか?
ご遠慮なさらずに、ごゆるりとなさってくださいな。そろそろ探偵さま方もお見えになりますよ。
あら、いらっしゃったようですね。
――その後の記者の運命は誰もわからない――