蝶の蛹を見つけたのは私だった。雨のせいか5月にしては寒い日で、ママはコタツに入ってテレビを見ていた。蛹のついた山椒の枝は重みで少し歪み、蛹の表面は膨らんで黒い斑点が透けていた。私はそのまま羽化を見守ろうとした。でも、ママが「寒いから家に入れましょう」と枝を手に取った。心細い音がして枝は折れた。
翌朝、目覚めると蛹は羽化していた。生まれたばかりの蝶は苦しい息をつくようにゆっくりと羽を震わせていた。虫篭にはママが蝶のために切ったオレンジがひとかけ入っていた。私も蝶を元気付けようと瓶の蓋に砂糖水を作って入れた。蝶はオレンジにも砂糖水にも寄り付かなかった。蝶が何を欲しがっているのかが分からない。私が図鑑を見ていると、ママが「理科の先生に聞いてみたら」と言った。私はしばらく学校を休んでいた。「電話で聞けばいいじゃない」ママはいつも私より先に解決策を口にする。「あなたが見つけた蛹だから、あなたが電話して聞かなくちゃ」そして、一番心臓がドキドキするところを私にさせようとする。
先生は留守だった。奥さんが「帰ったら電話するわね」と言った。先生から返事があったのは夜遅くだった。「蝶のことをよく知らなかったから詳しい人に電話したんだ」先生は、砂糖水を綿に染み込ませて虫篭に入れるといいと教えてくれた。それから羽についている"リンプン"という粉が取れると蝶が弱ると教えてくれた。
私がお礼を言おうとすると、ママは受話器を取り上げて先生と話し始めた。「蝶が一晩何も食べないと死んでしまうんじゃないかとこの子が不安がって。本当に申し訳ありません」ママは、自分が遠隔操作みたいに私に電話をかけさせたことを先生に言わなかった。
数日後、私は虫篭の蓋をあけて蝶が出るのを待った。蝶は出口を見つけられずにいた。ママは見かねて手を入れ、さんざん追いまわしたあげく、蝶の羽をつまんで空へ放り投げた。蝶は一瞬バランスを失ったが、よろけながら飛び立った。私は"リンプン"をいじってはいけないとママに言おうとした。でも私は結局言わなかった。蝶はもう巣立ってしまったのだ。ママは蝶を見送ると、手の"リンプン"を払ってまたコタツでテレビを見始めた。 |