某自動車メーカー・開発部門の若き俊英・敷島は、上司である大和部長の居る部長室に駆け込んだ。
「部長!すごいものを開発しました!!」
唾を飛ばしながら語る敷島に少し辟易しながらも、ほとんど真っ白な髪を掻きながら大和部長は言った。
「落ち着きたまえ敷島君。なにをそんなに慌てているのだね。まったく、君は頭がいいのはいいのだが、いかにせん落ち着きがない。短気は損気だよ」
「これが落ち着いていられますか部長!!」敷島はそんな大和の言い分に、机を叩いて噛み付いた。「チャンス、新案特許ってものは、待ってくれません!電話の発明の時だって、まさにタッチの差で特許をとり損ねた人がいたそうじゃないですか!」
大和は笑った。「はっはっは。と、いうことは、君は電話に比肩するような大発明をしたとでも言うのかい?けれど、残念だ。自動車、という業界には、もうそんな大発明がなされる余地はないよ」
「いいえ、あるんです」
「な、なんだと?」
「部長、突然ですが、車の原動力はなんでしょう?」謎々のように問いかける敷島。
「君は、ワシを馬鹿にしているのかね」大和は、小学生が九九を暗誦するように容易く答えた。「ガソリン、だろう。ここのところ、電気自動車やら、バイオ燃料やらと色んなものが出来てはいるが、結局のところ、“石油”というものなしには車は動かないな」
「そうなんです。現在の車は、“石油”というエネルギー源なしには動かない。電気自動車のエネルギー源である電気だって、数割は石油を燃やすことで得られたものですし、バイオ燃料だって、ガソリンと混ぜ物をしないことには使えない。結局、今までの車は、石油とは切っても切れない関係にあるわけです」
「ほお、つまり君は、石油によらない、新しい動力を作り上げた、と言いたいのだな」
「はい」敷島は力強く頷いた。
「けれどなあ」大和はため息を吐いた。「君は若いから知らないだろうが、新しい動力、というのは詐欺の類なんかに良く出てくる常套文句なんだよ。新しい動力を開発したけれど資金が足りないから、一口乗りませんか・・・・ってな。・・・・・・あ、いやいや、君が詐欺を働くんだ、って言いたいんじゃない。要は、世間の目なんだ。世間が認めてくれるかどうかなのだ」
「つまり」敷島は言った。「世間は、“新しい動力”そのものに疑いを持つ、と?」
「まあ、そういうことだ」
「じゃあ、まずは、部長の持つ疑いを晴らさなくてはなりませんね」
「まあ、そういうことだ・・・・・って、え!?」
敷島は、にやっと笑った。
「では、ご足労願います。試験滑走路でお待ちしております」
それだけ言い残すと、敷島はまるで弾丸のように部長室を飛び出していった。
「はあ、安請け合いをしてしまった・・・・・」
白髪を掻きあげながら、大和部長はため息を一つ吐いた。
試験滑走路。
その真ん中に、敷島は立っていた。そして、その横には青く塗られた車が侍していた。
「ほう、この車が新発明の動力を積んだ車かい?」
大和の問いに、敷島は答えた。「はい。そうです」
「見たところ、ただの車だが・・・・?」大和は、青い車をなめるように見回した。
「そりゃそうですよ」敷島は言った。「違うのは、エンジンだけですから」
「ほう?」大和は、ボンネットを開いた。
ボンネットの中には、当然エンジンが入っていた。しかし、普通のエンジンにはあるはずのピストンやロータリー、つまりはガソリンを燃焼させて運動エネルギーに転換する装置がない。
一応、車の各部を点検した。しかし、どこにも怪しげなものはない。と、いうか、車には必要なはずのガソリンタンクすらない。
「どうですか?」敷島は訊いた。
車の下に寝そべって、何か怪しいものがありはしないかと点検していた大和は、車の下から答えた。「いや、とりあえず怪しいものは何もない。それに、燃料タンクがないが・・・・・。一体どこに?」
「え?そんなもの、ありませんよ」
「は?」車の下から身を乗り出して、大和は訊いた。
「だって、この車の動力は、形のないものなんですから」
「なんだと?」大和は、いよいよ訝しげな顔をした。
「あれ?話してませんでしたか?この車の動力について」
「まったく聞いておらんぞ」
敷島は指を立てた。「この車の動力は・・・・・追憶なんです」
「ハイオク?おいおい、この環境利権の時代に・・・・・」定年間近の大和部長、耳が遠いのであった。
「いえ、違います!追憶!つまりは、思い出を動力にしているんです」
「おおおお、思い出!?」
「ええ」敷島は頷いた。「正確には、追憶がつくり出した活力。これが動力です」
「・・・・・・ず、頭痛がしてきた。すまんが、日を改めてくれんか」頭を抱える大和。
「待ってください!!」
「ワシは、ずっと技術畑なものでな。そういった、オカルトじみたものは信じられないのだ。いや、確かに米ソ冷戦時代には、そういう超能力の国家的研究があったそうだが、成果がなかったそうだ。それを・・・・・」
「たかだか一企業の、ケツの青い一研究員が果たせるはずない、と?」
「そこまでは言わないが・・・・・」
「ならば」敷島は大和の肩を掴んだ。「お試しになる価値はあるのでは?」
「むむむ・・・・・・、まあいいだろう」大和は言った。「ダメで元々。もしうまく行くのであれば、それこそ儲け物だからな。それに、部下の開発したものに、上司は目を通す義務があるからな。たとえ、それがどんなにオカルトじみたものであろうとも」
敷島は笑った。「さすが部長!物分りがよろしい!」
「まったく」大和はため息を吐いた。「君のような部下を持つと、本当に気苦労が絶えんよ、まったくもう」
「す、すいません。けれど」敷島は言った。「その気苦労は、きっと名声、という形で跳ね返ってきますよ。世紀の大発明の、最初の目撃者、という」
そんな敷島の言い分に、大和部長はただ苦笑いをした。
さて、二人はその青い車に乗った。
「あれ?ワシが運転するのか?」大和は、ハンドルを前に不服を申し立てた。
「申し訳ない。けれど」敷島は言った。「追憶で動く、という性質上、運転者は部長でないといけないんです。ご理解ください」
「ほお、つまり、思い出が多い人間ほどエンジンの効率の良いということか」
「そういうことです。・・・・・では、これを」敷島は、後部座席から、金属製で、ところどころコードにつながれた帽子のようなものを取り出した。「おかぶりください」
「ええと・・・・・これは・・・・・」その帽子を受け取りつつ、大和は訊いた。
「ヘッドギアです。追憶をエネルギーに転換するために必要なんです」
「二つ、訊いて良いかね」
「なんでしょう?」
「これは、安全なのか?それに、追憶を動力にするということは、大事な思い出が消費されてなくなってしまうということではないのか?」
敷島は答えた。「大丈夫です。この車の精神上・肉体上の安全性はしっかり確認されております。それに、この車は、別に追憶を消費して動くわけではないんです」
「むむ?」大和は首をかしげた。
「いえ、これは、思い出の周りで渦巻いている、その人の感情をエネルギー源にしているんです。このエネルギーは、しばらくすれば回復するものですのでまったく問題ありませんし、思い出そのものを損なうことはありませんからご安心ください」
「本当だな?」
「本当です」
「じゃあ」大和は、ヘッドギアをかぶった。「で、どうするんだ?」
「では」敷島は言った。「ギアをパーキングからドライブに入れて、ハンドブレーキを解除してください」
ガチャ。「やったぞ」
「そうしたら、アクセルを押す代わりに、思い出を思い出してください」
「え、結構めんどうだな・・・・」
「ほら、早く」
「ああ・・・・・」大和は、敷島に促されるがまま、思い出をサルベージし始めた。
日本随一の自動車メーカーに、開発者として入社したときの、青雲の情。当時の部長の娘に見初められ、プチ逆玉の輿に乗った結婚。あれよあれよの間の出世。そして、生まれた愛娘。
けれど。学問の世界で活躍しようという夢を捨てて一開発者として生きようと決めた挫折感。自分を長年支えてくれた恋人を捨て玉の輿に乗ってしまった罪悪感。開発者としてではなく、玉の輿の乗ったことだけで得た、実のない出世。そして、愛娘もいつしか自分に対して冷たくなった。
あの頃は良かった。大和部長は思った。
開発者として夢のあった昔。「学問の世界に残れないのなら、日本の車業界で名を挙げてやるんだ!」という青雲の情が、身を焦がすように燃えていたあの頃。あの頃が懐かしい。あの頃に戻りたい。
その瞬間だった。
二人を乗せた青い車は、猛烈な勢いでバックし始めた。
「え!?部長、ブレーキを!!」
「あ、ああ!!」大和は、ブレーキを思いっきり踏み込んだ。キキー、っという、ゴムが擦れる音を響かせながら、二人を乗せた青い車は止まった。
「部長、ダメですよ。バックにギアを入れちゃあ。・・・・・ってあれ、ドライブに入ってる・・・・・。どうしたんだ?」
大和は何も言わなかった。
「きっと、エンジンが逆回転してるんでしょう。・・・・・う〜ん、じゃあ、今度はバックにギアを入れてみてください。そうすれば前に進むでしょう」
ガチャ。「・・・・・・・入れたぞ」さっきよりも心なしか細々とした受け答えをする大和部長。
「じゃあ、また思い出を・・・・・・」
ウォ〜〜ン!!
やはり、結果はさっきと同じく、青い車は猛烈な勢いでバックしてしまった。
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