マッド菜園ティスト
「ふひひひ」
今日も不気味な声が響く。ヌメッと、じっとりと、陰湿で、奇怪な声だ。
私はこの声の主を知っている。
自分の声だ。
「見たまえ、この見事なまでの紅と碧!これぞルビーとグリーンサファイア!とても人工とは思えない輝きだ!」
自分の細い指でグリーンサファイアを撫でる。それは私が作り出した人工物。資金繰りに困った私が作った作り物。
「ええ、でもサイズがこのサイズでは」
助手の持っている、いや、抱えている紅玉の大きさはバレーボールサイズである。
「よく熟れているだろ?ふひ」
助手の顔が離れた此処からでもはっきりと映り込むほどきれいに輝くそれを指さす。
「このサイズでは売れませんよ?市場でこのサイズを売りに出せば一発で偽物だと思われます」
「ちっちっちっ!甘いね、助手~。これのルビーは分子配列も相違なくルビー、つまり、コランダム。つまり、ルビーそのものだ。なんの問題がある?」
熟れているのに売れないとはこれ如何に。
「博士、宝石はその美しさと希少性に高値が付きます。それはルビーやサファイアのほとんどの宝石のサイズが小さいことを示しています。つまり、このサイズでは」
「宝石として認識されないか。なら、砕けばよい」
「博士、そうは言いますが、ルビーとサファイアのモース硬度はとダイヤに次ぐ9ですよ?そんな簡単に砕けるわけが」
本当に……
「君という人は物事を数字と文章でしか知らないようだねぇ。ひひ」
ハンマーを取り出し、机の上に置かれたサファイアに叩き付けた。
叩き付けられたサファイアは見事、砕け散った。
「な?!わ、わかった!そのハンマーに細工が「してない」なら人工サファイアの結合が弱「くない」ならなんで!」
「君はもっと知るべきだ。モース硬度は傷つきにくさを表しているのであって壊れにくさを表しているわけでは無いのだよ。だから、案外、砕くのは簡単だ。ほら、これぐらいの大きさでいいか?」
人差し指の爪より少し大きい程度に砕かれたグリーンサファイアを助手に投げる。
「それをカッティングすればさぞ高値で売れるだろう。ふひっひ。オーバルブリリアントカットとサファイアカットが妥当だろうねぇ、ひひっ」
カッティングとはダイヤを綺麗に宝石にする作業だ。このままでは宝石とは呼べない。
「で、カッティングは誰が?」
「それは、君がやり給え、私にはその手の才能は皆無だ」
残念ながら私から見て美しいモノと他人から見て美しいモノというのは違うようだ。つまり、どういうことかというと
「博士は、デザインセンスないですからね」
「超巨大なきなお世話だよ、助手」
「しかし、今回は大成功ですね、博士」
助手は嬉々としてルビーを砕く作業に移る。
「今まで散々実験してきましたが、初めてじゃないですか?成功したの」
この助手は嫌味とわからず、口にしているのだから末恐ろしい。
「失敬だな、君は。成功だが君が認めなかっただけだ。私なりには成功している」
ドーナッツのなる苗(賞味期限3分)。柿の味のするピーマン(成長まで7年)。発電する木(高さ10メートル辺り3V。高さに比例して電圧が大きくなる)etc
「これは宝石畑とでも名付けよう」
地面にはスイカのように蔦が生えその先からルビー系の宝石が実っている。
「もっと昔は残酷なことをしていたって聞きましたけど?」
「ひっひっひ。飽きたのさ。人間を実験に使うのは」
そう笑うと砕いたサファイアを地面に巻いた。
「ちなみに肥料の代わりにコランダムを巻かなければいけないから注意したまえ」
助手の「それじゃあ、何の意味もないじゃないですか」という声が聞こえた気がしたが、私の耳はそれを受け付けなかったようだ。
実に素晴らしい性能の耳だと私の耳をほめておこう。
高い評価を頂いたので連載させて頂きます。
連載は10月12日土曜日0時からです。
宜しくお願いします。