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  退魔師の夜 作者:空之風
1−3<裏>夜の退魔師
放課後。

図書委員の雪菜は当番なので図書室へ、未希は陸上部へ、剣太は剣道部へそれぞれ向かって行った。

帰宅部である俺は、そのまま一人で帰路についていた。

ソラと心の中で他愛無い会話をしながら歩いていると、マナーモードにした携帯電話が震動した。

瞬間、俺の意識が切り替わる。

高校生の永瀬光貴から、退魔師の永瀬光貴へ。

俺が持っている携帯は二つ。

一つは普通に使っている携帯。携帯の電話帳には雪菜や未希、先輩などの番号が登録されている。

もう一つ、いま震動している方は皆には内緒で所持している携帯。退魔師としての俺の携帯だ。

俺は周囲を見回して、誰もいない事を確認すると、携帯の通話ボタンを押した。

「もしもし」

『永瀬か?』

「はい。どうしました新野さん」

相手は俺の師匠で、退魔師の新野道久あらのみちひささんだ。

『さっき、“京都”から連絡があった。そこの隣町で妖魔が現れたらしい』

「種類は?」

『牛魔の一種だという話だ』

それに思わず俺は苦笑した。

(牛魔か。偶然とはいえ、今朝の会話を思い出すな)

<まったくじゃな>

俺たちの会話など知る由もなく、新野さんは続ける。

『犠牲者は今のところ二人。三人目に襲いかかろうとしたところを、現地の担当者が阻止したんだが、その隙に牛魔に逃げられたらしい』

「そうですか……」

犠牲者が出たか。知らない人とはいえ、悲しむ人はいるだろう。

それが、もしも未希や雪菜たちだったら……。

『周辺の担当者には、退魔が終わるまで警戒して貰いたい。そして、妖魔の気配を察した場合は、退魔と人命救助を第一としてくれ』

「わかりました」

『では頼むぞ、光貴、ソラ』

最後に俺とソラの名を呼んで、新野さんは電話を切った。

「ソラ、今夜から忙しくなるぞ」

<うむ、望むところじゃ>

俺は再び歩み始めた。







午前零時。

俺はいつものように術式で部屋に人除けの結界を張って、窓から外へ躍り出た。

そのまま隣の家の屋根に、足音を立てずに着地する。

俺の部屋の窓から屋根まで、距離にして20メートル弱。

蒼來之剣の担い手として気を会得している俺なら、この程度など助走無しでも飛べる。

そのまま足音を立てずに、人目につかぬよう静かに屋根伝いに飛んでいく。

更にソラが認識誤認の術式を展開しているので、仮に一般人が屋根を走る俺の姿を見たとしてもそれを記憶することができない。

今の俺は目立たない背景と一緒だ。

夜空の闇に溶けるように、俺は空を走った。



この街の中央には、街でもっとも高い三十五階建ての役所のビルがある。

剣太なんかは「あんな高いビル建てて、税金の無駄使いだ」なんて言ってたけど、俺からしてみれば仕事がしやすくなってありがたい。

壁を蹴ってビルの屋上に到着した俺は、瞑想する様に静かに目を閉じた。

ここからなら街全体の魔の気配を探知することができる。

とはいえ、俺がわかるのは方向だけだ。

正確な距離は掴めないし、このビルから離れれば魔の気配はわからなくなる。

気配察知も、それが俺だけなら街中を巡回して地道に探すしかない。

でも、俺には頼りになる相棒がいる。

「――」

一時間くらい、目を瞑って気配を探っていただろうか。

「――!!」

<いたぞ! 10時の方向、距離はおよそ8000メートルじゃ>

「了解!」

ソラのサポートは非常に優秀だ。

気配察知も精密なレーダーのように精確であるし、術式使いとしても一流だ。

俺はその場から駆け出し、地を蹴って落下防止用のフェンスを飛び越える。



眼下に広がるのは真夜中の街並み。

一瞬の浮遊感の後、重力が俺を虚空から引き摺り落とす。

その行動に一切の迷いなく、俺は三十五階のビルから飛び降りた。

急速に地面へと加速していく身体。

だがビルの途中、二十階付近で俺はビルの壁を大きく蹴った。

眼下の景色が横へと流れる。

真下に広がる視界が、道路から役所ビルの隣にあるオフィスビルへと移っていく。

そして、俺はそのままオフィスビルの屋上に着地した。



「追跡は?」

何事も無かったかのように、俺はソラに尋ねる。

この程度の芸当、他の退魔師と比較しても非常に高い身体能力を持つ俺ならば余裕だ。

<できておる>

間髪入れずにソラが答える。

「案内頼む」

<任せておけ!>







「う、あ……ぁ……」

声をあげたくても、恐怖のあまり声がでない。

私は、化け物を見て腰を抜かして動けなくなっていた。

どうしてこうなったんだろう。

いつもと同じで仕事の付き合いで飲みに行って、いつもと同じで終電で帰って来て、いつもと同じで近道をしようと公園に入って、いつもと違う状況になった。

そんなの、おかしいじゃない!

どうして私の目の前に、なんで公園なんかに、こんなでっかい牛みたいな化け物がいるのよ!

どうして、化け物は私の方へ歩いてくるのよ!

私が錯乱している間にも、黒い影は私の方へ近づいてくる。

これは夢だ。そうだ、夢に違いない。

きっとお酒を飲み過ぎて、私はまだ居酒屋で寝てるんだ。いや、もしかしたら電車の中かも。

ああ、明日は仕事がオフだからお昼まで寝ようと思ってるの。だから早く帰らないと。だからお願いだから早く目が覚めてよ――!!

「た、たすけ……」

なのに、目が覚めない。

化け物はゆっくりとした歩きから、徐々に速度を速めて駈けてくる。

「あ、あ、い、いや――」

そして、化け物はまるで闘牛みたいに私に向かって一直線に走ってくる。

あの化け物が駆けた後の地面が深く抉れている。まるで10トントラックが迫ってくるみたいで。

それじゃあ私死んじゃうよ。

普通、10トントラックに轢かれたら助からないよ。

だから、だれか、誰か助けてください!!

「いやぁあああ!!」

今更になってようやく声が出せて、でももう遅くて、あの化け物は次の瞬間には私を轢き殺しているんだから――。

でも、その衝撃はいつまで経っても来なかった。

「……?」

私は恐る恐る、ゆっくりと目を開けた。

そして、その光景に完全に目を見開いた。



あの10トントラックを思わせた化け物の突進を、私の目の前で一人の男性が押さえ込んでいた。

男性の手には刀が握られていて、それで化け物の角と鍔迫り合いをしている。

刀一本で、男性の絶対に三倍以上はあるだろう化け物と押さえ込んでいるんだ。

普通だったら止められるわけがないし、あの刀だって絶対に折れるだろうし。

そもそも目の前の光景が、あまりにも非現実的で。

でも、今の私はそんな常識な事が考えられなくて。

ただ、まるで蛍の光みたいにうっすらと白く光っている刀。

それが、本当に幻想的で、きれいだった。





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