2011/10/2
「一年が二年」→「一年が二人」
誤字を修正しました。
1−2<表>暖かな日常
休み時間。
俺はトイレに行くため廊下を歩いていた。
「はっ、殺気――!」
殺気を感じると同時に、俺はその場を飛び退いた。
「永瀬光貴、覚悟ォ!」
直後、教室のドアから女生徒が飛び出し、さっきまで俺のいた場所に薙刀が空を切る。
「チ、避けたか」
女生徒は舌打ちすると、手首を回して薙刀を回し、再び構える。さながら武芸者のようだ。
というか、いちおうこの人は武芸者だったりする。アマチュアだけど。
ちなみに薙刀はちゃんと刃引きされている。
「あ、危ないじゃないですか羽生先輩! いつも言ってますけど、校内で獲物を振わないでください!」
俺は三年の先輩、羽生春見さんに、無駄だと知りつつ抗議する。
「宿敵を相手にして獲物を抜かぬなど、武芸部の名折れだ!」
「誰が宿敵ですか誰が!?」
「問答無用! 今日こそお前に一撃を与えて見せる!」
相変わらず、こちらの話など聞きやしない。
去年の文化祭の時、武芸部の催し物である無差別武道大会に剣太と面白半分で参加して、ついこの先輩に勝利してしまったのだ。
羽生先輩は実家が道場で幼い頃から武芸をやっていた為、帰宅部の俺に負けたのがよほどショックだったらしい。
以来、何かとあれば先輩は俺に勝負を挑んでくる。
最初は正々堂々の決闘を挑戦してきたのだが、俺がサボって帰ったのがよほど腹に堪えたのか、このように奇襲を仕掛けるようになってしまった。
ああ、あの時ちゃんと勝負しておけば良かった、と毎回後悔するのだが、後の祭りだ。
ちなみに武芸部とは、武道に関するあらゆる武術を行う部活だ。
この街の住宅街には道場がけっこうあり、子供の頃から道場に通っている者も多い。
そのおかげか、うちの剣道部、柔道部、空手部は全国大会クラスだ。過去に何度か優勝経験もしている。
剣太もそのくちで、今では剣道部の二年エースだ。
また道場で剣術などを学んでいる生徒もおり、彼らの大半は武芸部に所属している。
羽生先輩の実力は、彼女がその武芸部のキャプテンであることが証明している。
(さて、どうするか……)
俺は周囲を見回して、すぐさま作戦の方針を決める。
「よし! 戦術的撤退!」
俺は一瞬で回れ右をして駈け出す。
「逃がすか!」
案の定、羽生先輩は追い掛けて来る。
俺と先輩の間を確認して、俺はすぐさま横の教室、先輩が潜んでいた空き教室に飛び込んだ。
先輩も同じく教室に駆け込んでくる。
後ろ扉から入った俺は、そのまま教室を前に突っ切り、前扉から飛び出す。
「逃げるな永瀬光貴! 貴様も武芸者ならば戦え!」
「いやです! というより、俺は武芸者じゃありません!!」
<お主は退魔師じゃからな>
ソラのつっこみを無視して、俺は再び横へ飛んで、ある空間へと飛びこむ。
「なッ!?」
背後で羽生先輩の足が止まった。
「き、キサマ、男子トイレに逃げ込むなど……!!」
「俺は元々トイレに来たんです!」
背後でわめく先輩を無視して、俺はトイレの中へと入って行った。
「……フフフ、確かに私はこの中へは入れない。だが、トイレの出口はここのみ! 判断を誤ったな永瀬光貴! 今やお前は袋の鼠だ!」
羽生先輩が入り口で何やら騒いで、薙刀を振り回している。
「よっと」
俺は気にせず、窓から外へと出た。
ちなみに、二年の教室は二階にあるので、ここのトイレも当然二階だ。
とはいえ、二階程度の高さなど俺にとってはまったく余裕である。
地面に着地を決めて、先生に見つかる前に校舎の中へと入った。
それにしても、三年の教室は三階なのに、羽生先輩はわざわざ二階まで下りてきて待ち伏せていたのか。
人の執念、恐るべし。
俺が教室に帰ってくると同時に、予鈴が鳴った。
先輩は今もトイレの前で待ち構えているのだろうか。
(まあ、自業自得だし)
<そんな対応をするから、お主は目の敵にされると思うのだが……>
ソラの言葉に、俺は思わず苦い笑みを浮かべた。
何だかんだいって、結局は羽生先輩の襲撃を楽しんでいるのだから。
「お、おおい、もう授業始まったぞぉ……。さっさと出て来いよぉ……。ずっと隠れているわけにもいかないだろう……。というより、居るよな?」
その後、恐る恐る男子トイレに入ろうかどうか迷っている羽生先輩を先生が見つけ、思いっきり怒られたらしい。
昼休み。
俺は鞄から母さんから貰った弁当を取り出した。
「剣太、先に行ってるぞ」
「おう!」
剣太は返事をすると同時に勢いよく教室から飛び出して行った。
昼休みの購買部は戦争状態になるからな。早く行かないと最後には菓子パン一つ残らないし。
「お兄ちゃん」
「光貴、行くわよ」
雪菜と未希がそれぞれ弁当を持って俺に声をかける。
「ああ、行こうか」
俺も席を立った。
五月の屋上は暖かく、昼食を食べるのにちょうど良い環境だ。
俺たちがいつもの場所に行くと、そこには二人の先客がいた。
「永瀬光貴! 貴様よくも私を騙したな!? 先生に怒られてしまったではないか!!」
羽生先輩が俺を見るなりいきなり詰め寄ってきた。
「自業自得です」
「何だと! この外道め!」
「薙刀で一般生徒を奇襲してくるような人に言われたくありません」
「まぁまぁ、春見ちゃん。落ち着いて」
羽生先輩とは対照的に、落ち着いた感じで羽生先輩を宥めているのは、先輩の天野皐月さんだ。
この街で最も大企業である総合電機メーカー、アマノ電機の社長令嬢で、羽生先輩とは中学校以来の付き合いらしい。
何で社長令嬢がこんな普通の私立高校にいるんだろう、謎だ。
「皐月先輩の言う通りですよ、羽生先輩。昼休みは休戦っていう約束です」
「むむ……」
天野先輩と未希の言葉で、羽生先輩は渋々といった感じで座った。
「はぁ、まったく、お兄ちゃんも羽生先輩も……」
後ろで雪菜が深い溜め息を吐いた。
「せんぱーい!」
俺たちが座ると、屋上の入り口から見知った顔が三人、こちらへ歩いてきた。
いや、訂正。一人はこっち、というより俺に向かって走ってくる。
「永瀬先輩! 一緒にお昼にしましょう」
そう言って機嫌よく俺の横に座ってきたのは、陸上部の未希の後輩の和泉真理だ。
「ああ、そうだな。和泉」
俺が頷くと、和泉は嬉しそうにしながら弁当を取り出した。
相変わらず“親しい友人たち”と一緒に食べるのが好きなんだなぁ、と俺が思っていると、ふと俺を見る視線に気付いた。
俺が振り向くと、未希と雪菜が非難がましくこちらを見ていた。
「二人ともどうした?」
「何でもないわよ」
俺が尋ねると、二人してそっぽを向いてしまう。
何なんだ、一体?
「永瀬先輩、今日もモテますね」
「まったくだ。そしてそれに全く気付かない鈍感ぶり、男と女の敵だな」
何やらコソコソと話しているのは剣太と、剣太の後輩で剣道部所属の一年、草野敦矢だ。
「何コソコソしてんだ? さっさと座れよ二人とも」
「あいよ」
「それじゃ」
剣太と草野がそれぞれ座る。
この“九人”が、いつも昼食を共にしているメンバーだ。
三年は二人、武芸部キャプテンの羽生春見、図書委員長の天野皐月。
二年は四人、帰宅部の俺、図書委員である妹の雪菜、幼馴染で陸上部の森沢未希、剣道部の山口剣太。
一年は二人、陸上部の和泉真理、剣道部の草野敦矢。
そして、皆には紹介できないけど、俺の相棒のソラ。
「それじゃ、食べるか」
羽生先輩の一声で、皆はそれぞれ会話を弾ませながら食べ始める。
「未希ちゃんのお弁当は今日も手作り?」
「はい、皐月先輩のも手作りですよね?」
「ええ、自分で作る方が楽しいから」
「いいなぁ、私もお母さんにお弁当の作り方を教えてもらおうかな?」
「そうしなよ、雪菜。けっこう楽しいよ」
「あ! おい敦矢! それは俺のパンだ!」
「油断大敵ですよ、山口先輩」
「その通りだ、剣太」
「って、光貴! てめぇ何で弁当あるのに俺の菓子パン食ってやがる!?」
「美味そうだったからついつい――ふっ!」
「む!?」
「俺からおかずを奪おうなんて甘いですよ、羽生先輩」
「くっ、気配は消したはずなんだが。流石だな、永瀬光貴」
「ところで、前々から思ってたんですけど、何で俺だけフルネームなんですか?」
「宿敵だからだ」
「……あ、そうですか」
「あ、あの永瀬先輩。良かったらこのおかずもどうぞ」
「お! ありがたく頂くよ、和泉」
「いえ! お構いなく!」
<平穏じゃな>
(ああ――)
皆のやり取りを見ながら、ソラののほほんとした一言に俺は同意した。
(本当は、皆にお前の事も紹介してやりたいんだけどな……)
<それは止めておくがよい。現代の退魔師は影に生きる者。一般の者に正体を明かすことは禁則事項じゃ>
(わかってるけど、な……)
<安心するが良い。ワレは光貴と共にある、それだけで充分じゃ>
(……サンキュー)
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