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  退魔師の夜 作者:空之風
大変お待たせしました。
5-5、更新です。
5−5<表>夜間の学校騒動
【未希side】

私と皐月先輩は残ったチェックポイントである音楽室を探して、廊下を歩いていた。

コツ、コツ――

無音の廊下に、足音だけが響き通る。

「……」

「……」

お互いに口数が少ないのは、やっぱりさっきの光景が衝撃的だったからかもしれない。

(大丈夫。あれは錆びの混じった水だったんだから……)

自分にそう言い聞かせる。

とはいっても、二人して周囲の物音に敏感になってしまっているけど。

(それに、この学校には皆だっているんだから――)

そこまで思い至って、ふと私はある事に気付いた。

コツ、コツ――

廊下に響くのは私と皐月先輩、二人分の足音。それだけだ。

あのいつだって騒がしい面子の皆がいるにしては、やけに静かすぎる気がする……。

「何だか静かですね」

私は皐月先輩に話しかける。

「そういえば、そうだね」

コツ、コツ、“コツ”――

「私は剣太か真理が騒いだりすると思っていたんですけどね」

「ふふ、真理ちゃんの場合は大袈裟に怖がって光貴くんに抱きついて、剣太くんの場合は……そうだね、逆にみんなを驚かせようとする、かな?」

「ああ、剣太の場合はありえますね、それ」

「私だって、これでも皆の事はよく見てるつもりだよ?」

コツ、コツ、“コツ”――

「案外、みんな怖がって委縮してるのかもしれませんね」

「うん。この学校、何だか思ったよりも雰囲気でてるから。どことなく空気も冷たい感じがするし」

コツ、コツ、“コツ”――

「そうな――」

その時、私は気付いた。



廊下に響き渡る足音が三人分(・・・)あること、つまり一人分多いことに。



「誰ッ!?」

反射的に振り返って懐中電灯を向ける。

でも、そこには誰もいない。ただ無人の廊下が広がっているだけだった。

「どうしたの、未希ちゃん? 誰かいたの?」

皐月先輩が怪訝そうに尋ねてくるけど、私は答えられない。

答えられるほどの余裕など持っていなかった。

「嘘……」

私は、確かに聞こえてきた“もう一人分の足音”と“目の前には誰もいない”という、相反する事実に慄然としていたから。

「せ、先輩! 先輩も聞こえていましたよね!? 足音が一人分多かったのに!」

「え? わ、私は気付かなかったけど……」

「そんな……」

「未希ちゃん、顔が真っ青だよ!」

皐月先輩が慌てた様子で、私の顔を覗き込む。

でも、確かに聞こえたのだ。

私たちの後ろを付けて来るような、そんな足音が。

途端、背筋に凍えるような寒気が奔った。

「先輩、やっぱりここ変ですよ……!!」

まるで、誰かに敵意を向けられているような、そんな不安が広がっていく。

「絶対に、早くここから出た方がいいですって!」



――あの時みたいに。



ふいに思い浮かんできた言葉。

私はそれを口にする前に、その言葉の意味に一瞬戸惑う。

(あの時? あの時っていつの事? あれ、でもずっと前にも、こんな気持ちになった事があったような……)

「うん。私も、さっきからずっと嫌な予感がするから、それには賛成」

皐月先輩の言葉で私は我に返った。

その時には、つい先ほど感じた戸惑いは微塵も無くなってしまっていたけど。

「でも、その前に皆と合流しないと」

「あ」

そうだ、ここには皆もいるんだ!

ついさっきその事で話をしていたのに、あの足音が印象的過ぎてすっかり忘れてしまっていた。

その時、遠くから聞きなれた声が廊下に響く。



――光貴! 森沢! 先輩! 誰かいるか!?



「あの声って、剣太君?」

先輩は声のした方に振り返った後、私へと視線を移して言った。

「はい、間違いなく剣太です。行きましょう、先輩!」

私たちは踵を返して、声のした方へと走り出した。

そして、十歩ぐらい走ったところで。



――ガシャーン!!



何かが割れる音が夜の学校に響き渡った。

「え? なに?」

驚いて周りを見回す私たち。

その時、

「な、なにかいる!?」

皐月先輩が引き攣った声をあげて私の手を握った。

「ど、どうしたんですか!?」

「いま、そこに何かいたの! 小さい影が確かに動いたの!!」

先輩の視線の先は廊下の端の方で、ライトを向けても何もいない。

でも、私は先輩を疑ったりしない。

ついさっき同じ経験をしたばかりだから。

「先輩! 早く行きましょう!!」

私は先輩の手を引っ張って走り出した。





森沢未希と天野皐月が走り去った後、ソラは空き教室から姿を現した。

「あ、危なかったの……。危うく姿を見られるところじゃった」

そう言って、一息吐くソラ。

さっきは二人の背後に忍び寄っていた亡霊を密かに追っ払った瞬間に未希が振り返り、慌てて廊下の端に隠れて、今度はこっそり移動し始めた時にどこかでガラスが割れた。

すぐさま空き教室に飛び込んだから良かったものの、もう少し遅れていれば皐月に姿を見られていたかもしれない。

「春美の時はあやつの気配を察知されてしまったワレのミスじゃが、今回は完全に運が悪かったの」

ふわふわと飛びながら、ソラは額を拭う。

精霊であるソラは汗などかかないが、本人曰く気持ちの問題だ。

「フォローも意外と大変じゃの。もっとも、そろそろ終わりじゃな。さて、ワレも光貴のところへ向かうかの」

そして、ソラは静かに移動を始めた。







【雪菜side】

私は羽生先輩と一緒に美術室を探し求めて、暗闇の廊下を歩いていた。

手元にある私と先輩の二つ分の懐中電灯だけが、唯一の灯りとして廊下を照らしている。

「よくある怪談話で美術室って言えば、絵が動いたりするんですよね。私はモナリザの目が動くって聞いた事がありますよ」

「もし本当に動いたら、目潰しが通じると判断していいだろうな」

「真っ先に思い浮かぶ感想がそれですか!?」

いかにも羽生先輩らしいんだけど、決定的に何かが違うような気がする。

この学校がどこか普通とは違うというのはわかっているのだけど、何せ隣を歩く羽生先輩が常にこんな感じだから、恐怖など消え去ってしまった。

本当、こんな状況での羽生先輩の豪胆さは、呆れるぐらいに頼もしく感じてしまう。

「確かに絵が動くという話もあるが、こんな怪談も聞いた事があるぞ」

羽生先輩はニヤリと笑って、ゆっくりと語り始める。





まだ年号が昭和だった頃の話だ。

ある街の外れに、全校生徒で百人程度という、小さな中学校があった。

その学校の美術の先生として務めていた男性は、絵を描くのが本当に好きな先生で、よく休み時間や放課後に美術室で絵を描いていた。

彼の描く絵はいつも決まっていて、生徒たちの姿。

部活に励んでいる姿や、校庭や廊下で楽しげに話している姿。

彼の描いた生徒たちは、とても活き活きとしていたという。

だがいつからか、彼の絵から活力を感じることはできなくなった。

彼は親友だと思っていた友人に騙され、膨大な借金を抱えてしまったのだ。

執拗な取り立てはやがて学校にも及び、そしてその噂は生徒たちにも広まった。

それからというもの、生徒たちは面白半分で彼に嫌がらせを行い始めた。

私生活では苦しい家計と取り立ての電話、学校では同僚たちの白い目と生徒たちの嫌がらせの日々。

彼の精神は急速に蝕まれていった。

そして、ある日。生徒の一人が、いつも彼が絵を描く時に愛用している筆を隠してしまった。

その日の放課後、心の安らぎを求めてキャンバスに向かった彼は、筆が無い事に気付いた。

「参ったな、これじゃあ絵が描けない」

何か変わりになるモノを探した彼の目に、“それ”が目に留まった。

「ああ、これで絵が描ける」

そして、彼は絵を描き始めた。



翌日。

最初に来た教師が、職員室の鍵棚に美術室の鍵が無い事に気付いた。

教師はきっと美術室の鍵を閉め忘れたのだろうと思い、鍵を探しに美術室へ向かった。

そして、美術室の扉を開けた瞬間、目に飛び込んできた光景は――。



食い千切った自らの指を筆に、手首から溢れ出る鮮血を絵の具に、血まみれの生徒の絵を描いた状態で死んでいる彼の姿だった。





「先輩それ怪談じゃなくて猟奇事件です! “怖い”の意味を履き違えていますから! 別の意味で怖いですから本当に!!」

「いや、これはちゃんとした怪談だぞ、まだ続きがあるんだ。それからというもの、夜になると誰もいないはずの美術室から――」

「もういいですから! もう聞きたくないです!!」

慌てて先輩の話を遮る。

妙にリアリティがあって生々しい話だ。何だかさっきの話の内容の光景が想像できて怖すぎる。

「ちなみに、この変死事件は本当にあった話だ。ちゃんと当時の新聞に載っている」

「せんぱぁーーい!!」

涙声で羽生先輩に訴える私。

この学校でその話は冗談が過ぎますから!

まさか、その舞台となった学校がここだなんてオチは無いと信じたい。

「それはそうと雪菜。今度はあの教室に入ってみるか」

何事も無かったかのように話題を変える先輩。

釈然としないものを感じながらも、私は視線を前に向ける。

羽生先輩がライトで照らしたのは、廊下の突き当たりにある教室だ。

「あそこが美術室ならいいのだが。山口あたりはもうチェックポイントを全て回って昇降口で待っているかもしれん」

先輩の言う通り、山口先輩と草野くんは最初に回り始めたタッグだから、順調に行っていればもう終わっているかもしれない。

私たちは羽生先輩が指した教室の前に来て、扉に手を伸ばした。



この時の私は、羽生先輩のおかげで恐怖など感じていなかった。

だから、私は何の躊躇もなく扉を開いた。

ガラガラ――

教室の中を見た瞬間、

「――ッ!!」

「――!!」

心臓が止まるかと思うぐらい一際大きく高鳴った。

教室の中には誰もいないし、机と椅子が数個あるだけで閑散としている。



ただ、五階であるこの教室の窓に、うっすらだけど人の顔が浮かんでいた。



私は悲鳴をあげかけて、

「貰ったぁぁぁああーーーー!!」

「って、えええぇぇぇーーー!!」

横から薙刀を振り回しながら教室の中へ飛びこんだ羽生先輩のせいで、悲鳴が驚愕に変わってしまった。

「はあ!」

そして、羽生先輩はそのまま薙刀を振り下ろし、

ガシャーン!!

人の顔が浮かんでいた窓ガラスを叩き割った。

夜風が教室の中に入り込み、羽生先輩の髪をゆっくりと巻き上げる。

私は、ただ唖然とそれを見つめていることしかできなかった。

「……手応え無し、か」

憮然とそんな事を口にして、薙刀を戻す羽生先輩。

「逃げられたか」

「って、何してるんですかぁぁーーーー!!」

ようやく再起動を果たした私は、とりあえず当然の疑問を投げつけた。

「雪菜、お前も見ただろう。ここに何かいたのを」

平然と先輩は言い放って、割れた窓を指差す。

「まあ、確かにいましたけど……」

私はさっきの光景を思い出して、思わず身体を震わせた。

窓に浮かびあがっていた顔は薄かったから、男か女かはわからなかった。

だけど、確かにいたのだ。あの窓の外に、誰かが――。

その時、



――きゃあぁぁぁーーーー!!

――いやあぁぁぁーーーー!!



どこからか、二人の悲鳴が聞こえてきた。





【未希side】

私は皐月先輩を引っ張りながら廊下を走っていた。

「もう何なのよこの学校は!!」

暗いし、寒いし、感覚がおかしいし、挙句にどこかで窓ガラスが割れるし!

先輩の手を強く握りながら、階段を降りて行く。目指す先は剣太の声がした二階だ。

「皆、無事だといいんだけど……」

「大丈夫ですって!」

心配そうに呟く先輩に、私は力強く答える。

だって他の組には、光貴や剣太、羽生先輩がいるんだから。

二階に着くや否や、私は暗闇の廊下に向かって声をあげる。

「剣太! どこにいるの!?」

静寂な廊下だというのに、ここは声の通りが悪いように感じる。

さっき物音一つ聞こえなかったのはそのせいだろうか。

でも剣太たちは案外近くにいたのか、返事はすぐにあった。

――未希か!? いま行く!

その後すぐに、駆け付けて来る足音とライトの光が私たちの所へ届いた。

それを見て、安堵の溜め息を吐く私と皐月先輩。

「良かった、無事みたいだな」

「そっちは大丈夫でしたか?」

駆け付けて来た剣太と敦矢がそれぞれ私たちに言った。

「――」

「――」

でも、私たちは絶句のあまり、それに答えられなかった。

私も皐月先輩も、剣太へと視線を注いでいた。

身体中の血の気が引いていくのがわかる。



何故なら、山口剣太は、血まみれだったからだ――。



「きゃあぁぁぁーーーー!!」

「いやあぁぁぁーーーー!!」

「うおおっ!?」

「な、なんですかっ!?」

悲鳴をあげる私と皐月先輩。そして悲鳴に驚く剣太と敦矢。

「け、剣太、あんたそれ……!!」

そう言って、剣太の胸元辺りを指差す私。

「それって……ハッ!」

「は、早く救急車呼ばないと!!」

慌てて携帯電話を取り出す先輩。

「ち、違うって!! これ血じゃないから!」

「ただの赤ペンキですから! 天野先輩、救急車は大丈夫ですから!!」

こっちも慌てて、今まさに119を押そうとしていた皐月先輩を止める剣太と敦矢。

どっちにしても電波が無いから通じないのに、そんな事に気付く余裕もない私たちだった。

その時、階段から雪菜と羽生先輩が駆け降りてきた。

「いま悲鳴が聞こえたぞ!!」

「みんなどうしたの!? って、剣太くん!!」

「な、なんだその血は!? 重傷じゃないか!!」

剣太を見るなり、仰天する二人。

そして、羽生先輩は流石に次の行動が早かった。

「早く傷口見せろ!」

言うや否や剣太の服に手をかける羽生先輩。

「ち、違う! これは血じゃなくて――」

「喋るな! 死ぬぞ!!」

「赤ペンキで死ぬかぁああ!!」

必死に服を脱がそうとする羽生先輩。それを拒む剣太。

そこへ、







「……何やってんだ、皆して」







どこか冷めた声が聞こえてきた。

瞬間、誰もがピタっと動きを止めて、声のした階段の方へ振り返った。

そこには、たったいま階段を昇って来たのだろう、光貴と真理が呆れた目で私たちのことを見つめていた。







「つまり、あの天井の血は剣太と敦矢の仕業だったわけね」

若干の怒りと、それ以上の呆れを混ぜて未希は剣太を睨みつけた。

天野先輩はただ苦笑いを浮かべている。

いま、俺たちがいる場所は昇降口前の校庭だ。

よほど怖い思いをしたのだろう、あの後すぐさま校舎から出る事を選択したのだから。

「悪かったよ、本当に」

罰が悪そうに頭を掻く剣太。敦矢も隣で「すいませんでした」と頭を下げている。

「それで、廊下でこけて赤ペンキ塗れになった訳か」

呆れた目で剣太を見遣る。

その視線の中に、観察を混ぜながら。

(思った通り、みんなそこまで瘴気に侵されていないな。せいぜい明日までちょっと不安を感じる程度か)

そして予想通り、みんな得体の知れない恐怖を感じて、背筋を凍らせていた。

つまり、本当の肝試しができたわけだ。

「あの時は慌ててたんだよ! 変な影見たし!」

「そ、そうなんですよ! 暗いのに黒い影絵みたいなのがはっきり見えて、僕たちの方に向かってきたんですよ!」

剣太の言い訳に敦矢も同調する。

「やっぱり剣太くん達も、何か見たんだね」

引き攣った顔で雪菜がぽつりと口を開くと、羽生先輩に視線を向ける。

雪菜の視線を受けて、羽生先輩も口を開く。

「私たちも妙な影を見てな。暗くてよくわからなかったが、廊下では小さな人影と、美術室では窓に人の顔のようなものが浮かんでいた。残念ながらどちらも仕留め損なったが」

「仕留めるって何を!?」

割れた窓ガラスは羽生先輩(あんた)の仕業かい!

「小さな人影って……」

驚きで目を見開く天野先輩。

「私も、一瞬だけどそんな影を見たよ、春美ちゃん」

「何、みんなして奇妙なもの見たり聞いたりしているの?」

未希の言葉にそれぞれ顔を見合わせる。どことなく顔色が優れない。

ふと視線を感じて隣を見ると、和泉が俺のことを見つめていた。

「私は何も見ませんでしたけど……永瀬先輩はどうですか?」

「いや、俺も何も見てはいないけど?」

嘘は言っていない。本当に見ていないのだから。

ただ気を発していたから、そういった類が寄ってこなかったからなんだけどな。

「二人は旧校舎側、つまり外にいたからだろう」

「危ないのは校舎内だけって事ですかね」

羽生先輩の推論に、敦矢が頷く。

本当は校庭にも瘴気は漂っている。俺以外が校庭を歩いたとしても、きっと同じ目にあったことだろう。

「まあ、夏の暑さが吹き飛ぶぐらいに背筋を凍らせたみたいだから、肝試しとしては大成功じゃないか」

肝試しというよりむしろ恐怖体験だったけど。肝試しなんてそんなものだ。

それに、いつかこの日も青春の思い出になるに違いないのだから。

俺ののほほんとした声に、剣太が呆れた目で俺を見る。

「あのなぁ、お前と和泉は何も見てないからわからないかもしれないけど、ここはマジでやばいんだって!」

「そ、そうだよお兄ちゃん!」

「確かに、何か得体の知れないものがこの学校にはいるな」

剣太の言葉に雪菜と羽生先輩が同意する。

「得体の知れないもの、か……」

俺は学校の方へ振り返る。

来た時と同じように黒い影だけを浮かべて、だがどこか不吉さを感じさせる存在感を醸し出す学校。

(本来なら、放っておいてもここの瘴気はいつか自然消滅するはずだったのだろうけど……)

この学校の瘴気が消滅する時は、本当に誰もがこの学校のことを忘れ去ってしまった時だ。

だが。

俺はちらっとみんなを一瞥する。

今夜、新たにこの学校を恐ろしい場所だと思ってしまった人々がここにいる。

薄く漂う瘴気に引き寄せられて、でも瘴気が薄いおかげで怨霊にはならない幽霊。

確かにここは、肝試しには最適な場所だ。

今のところは(・・・・・・)

でももし、この学校の恐怖体験の噂が広まり、俺たちのように誰かが肝試しでここに訪れ、その度に今夜のような体験をすればどうなるか。

瘴気は消滅するどころか更に増し続け、やがてこの学校は怨霊や妖魔の巣食う魔窟となってしまうだろう。

無論、ただの可能性の一つの話だが、退魔師にとって、“何か”が起きてからでは遅いのだ。

だから、災厄の芽は早めに摘み取っておくに限る。

「とにかく、今夜はもう帰ってゆっくり休もう」

「私も、春美ちゃんに賛成。いろいろありすぎて、何だかちょっと疲れちゃった」

「俺も少し調べたいことができたからな」

「今日は解散ですかね」

「じゃあ、とりあえず自転車の停めてある校門のところまで行きます?」

「そうね」

俺がある決意を固めている間に、羽生先輩、天野先輩、剣太、敦矢、和泉、未希が順に口を開く。

どうやら今日はこのまま解散という流れらしい。

そのままみんなで校門の方へと歩き出す。

俺はみんなの最後尾を歩いて――背後から忍び寄る気配を感じ取って、途中で足を止めた。

その気配はゆっくりと俺の背中に近づくと、僅かな光に包まれて俺の中へと溶け込んだ。

俺は自然と口元に穏やかな笑みを浮かべて、帰って来た相棒に話しかけた。

(おかえり。お疲れさま)

<ふぅ、ただいまじゃ>

俺の労いの言葉に、ソラは答えた。

(ソラ、羽生先輩と天野先輩に姿見られそうになっただろ? 二人して小さい影を見かけたって言っていたし)

<うむ、特に春美はたいしたものじゃ。気を会得しておらぬにも関わらず、あの場でワレの気配を感じ取ったのじゃからの>

(そりゃ、すごいというか、本当に退魔師としてやっていけるんじゃないか、先輩)

<同感じゃ>

そんな会話を交わしつつ、俺は再び足を動かし始めた。

少し先を行く、みんなに追い付くために。



「今日は本当に気を付けて帰ってくれよ。家に帰るまでが肝試しだ!」

「それだとむしろ事故起こしそうです」

剣太の発言の内容に冷静に指摘する敦矢。

二人とも、少しは調子が戻ってきたらしい。

剣太はニヤリと笑ったが、すぐに表情を改めて、

「まあ、冗談は抜きにして、マジで気を付けてな」

真面目な表情で、少し心配そうにみんなに言った。

<どうも、責任を感じているらしいの>

(噂どおりなら、このあと病気になったり交通事故にあったりするからな)

偶然ならともかく、少なくとも今回の影響でそれは無いと俺はわかっているが、それを口にすることはできない。

もっとも今回に関して言えば、知りつつも敢えて何もしなかった俺にも責任でもあるわけなので。

「わかってるって。お前も敦矢も和泉も、気を付けて帰れよ」

剣太を安心させるよう、そうしっかりと俺は答えた。

俺の視線と、剣太の視線が交錯する。

すると、剣太はどこか安堵したように口元を緩めた。

「羽生先輩と天野先輩も気を付けて。んじゃ、またなー」

そしていつもと変わらぬ調子で、剣太は自転車を漕ぎだした。

「それじゃ僕も失礼します」

敦矢は俺たちにそう言うと剣太の後を追う。敦矢も剣太と同じ方向に家があるから、帰り道も途中まで一緒だ。

そして、和泉も。

「今日は楽しかったです。また明日!」

「ああ、また明日」

「真理も気を付けなさいよ」

「じゃあね、真理ちゃん」

俺たちの返事に和泉はにっこりと笑うと、剣太たちの後を追って行った。

「私たちも帰るとしようか」

「光貴くん、雪菜ちゃん、未希ちゃん、またね」

羽生先輩と天野先輩も、剣太たちとは別の方向へ去って行く。

(きっと羽生先輩は、天野先輩を家まで送ってから帰るんだろうなぁ)

などとしみじみと思いつつ、俺は二人の背中を見送った。

「じゃ、俺たちも帰るか」

「そうね」

「うん」

そして俺たちもまた、帰路へとついた。

その帰り道、俺はソラに話しかける。

(ソラ)

<なんじゃ>

(今夜、やるぞ)

<心得た>

これだけでソラは俺が何をやるのかを把握してくれた。

即ち、瘴気の排除を。

俺とソラの間に、長い会話は不要だった。







あの夜の肝試しから三日が経った、平日の昼休み。

またしても剣太が言いだした突然の提案に、俺を含む全員の目が点となった。

「じょ、除霊ぃ?」

未希が、否、全員が「いきなり何を言い出すんだこいつは」みたいな視線を剣太に送る。

「ほら、あの学校、絶対に何かいるだろ? 俺たちはみんな無事だったから良かったけど、もしかしたら他の誰かが災厄に見舞われるかもしれないし」

<ほほう、さすがは光貴の親友。同じ思考回路じゃの>

(……うっさい)

からかうソラに反論しようとも、残念ながら反論できる要素がなかった。

「それで、いったい誰が除霊するんだ?」

ちなみにあそこはもう除霊済みだ、と言ってやりたい。凄まじく言ってやりたい。

言えないけど。

「除霊というより調査だな。実は俺の知り合いが、“そっち”に詳しい知人がいるんだって。それで、頼んで紹介してもらったんだ」

「相変わらずコネクション広いですね、山口先輩は」

「俺の人望さ」

そう言って敦矢に自慢げに胸を張る剣太。

「人望はともかく、確かに顔広いですよね、山口先輩って」

「そこを普通に否定する真理ちゃんも何気に酷いね」

苦笑いを浮かべる雪菜。でも剣太のフォローはしないみたいだ。

扱い酷いな、剣太。まあいつもの事だけど。

というか、“そっち”に詳しい知人って、まさか“京都”の関係者じゃないだろうな?

もしそうだったら、剣太の人脈に底知れぬ畏怖を感じるぞ、俺は。

<しかし、ありえない話でもないぞ。退魔の世界は狭いからの>

(まあ、確かに)

日本の退魔の組織は全て“京都”に集約しているからな。

「でもねぇ……」

現代人らしい感覚で、未希が胡散臭げな表情を浮かべる。

対して剣太は不敵に口元を歪める。

「甘いな、森沢。聞いた限りだとその人は国立大学の現役教授で、神話学やら宗教学やら神秘学やら、とにかくいろんな学問に精通した学際的研究者らしいぞ。国際的にも著名な学者だとか」

「はぁ!?」

驚愕に目を見開く未希。皆も同様に驚きを顕わにしている。

「それって、すごく偉い人なんじゃ……」

言葉を失う雪菜。

その心情は俺にも理解できる。

国立大学の現役教授で、様々な学問に精通しているとか。いったいどこの――。

(……あれ?)

ふと頭に何かが引っかかったが、それが何かわかる前に、羽生先輩が驚きを通り越して呆れた様子で口を開く。

「よくもまあ、そんな人物を紹介してもらえたものだ」

「最初は俺もビックリしましたけどね。それで、今日の夕方にでもその小学校に来るそうです」

「今日!? えらく急な話だな」

「何でも、来週にはエラノス会議だっけ? そんな名前の学際的会議に出席する為に日本を発つ予定で、空いている日が今日しか無かったとか」

「なんか、とてつもなく迷惑かけてるような気がするんですけど……」

「言うな、敦矢。俺もそう思うんだけど、なぜか向こうが乗り気なんだよ」

苦笑する剣太。

何だか当事者たる剣太を置いていって、とんとん拍子で話が決まっていくのが目に浮かぶようだ。

「とにかく、そういうわけで俺は今日もあの小学校に行くけど、皆はどうする?」

そう言って、剣太はみんなを見回す。

「僕も行きます」

「私も行こう。あそこに何がいるのか、気になっていたところだ」

「みんな行くなら私も行きます。永瀬先輩たちはどうします?」

和泉が俺たちに問い掛ける。

すでに瘴気の除去は終わっているから、剣太たちが小学校に向かっても心配はないし、行く必要もないのだが。

「俺も行くよ。どんな人か興味あるし」

「お兄ちゃんも行くなら、私も」

「みんな行くのに、私だけ行かないってのもね」

「なんだ、結局みんな行くのか」

「いつものことですけどね」

そんな会話を聞きつつ、俺は妙な不安を覚えていた。

(うーん……)

<どうしたのじゃ?>

(いや、何か引っかかるというか、嫌な予感がするというか……)

<なんじゃ、あの学校の瘴気は取り払ったじゃろ?>

(そうじゃなくて……いやでも、だって、まさかなぁ……やっぱり何でもない)

<ふむ?>

解せない俺の態度に首を傾げるソラ。どうやらあの話を聞いても気付いていないらしい。

(どうか人違いでありますように……)

昼の青空を仰いで、俺は心から願った。



そして、その日の夕方。

図書委員の教室で雪菜と天野先輩と一緒にみんなの部活が終わるのを待って、そのまま俺たちは再びあの小学校の校門前に集まっていた。

「……」

「どうしたんですか、羽生先輩?」

校門から校舎のある方に視線を注いでいる羽生先輩に雪菜が尋ねる。

「どことなく学校の気配が前と比べて変わっているような気がしてな。空気が澄んでいる、とでも言えばいいのだろうか。それともまだ日があるから、か……?」

不思議そうに学校を見つめる羽生先輩。

それを聞いた俺は、心の中で感嘆する。

あいかわらず勘が鋭いというか、気配を察する能力が高いというか。

実際、この学校に瘴気はもうなく、亡霊の類も消え去った。

あの肝試しを行った夜に、俺の蒼來之剣とソラの術式がこの学校を浄化したからだ。

「そろそろだな」

携帯電話で時間を確認しながら剣太がポツリと呟く。

丁度その時、向こうにある十字路から一台の車がこっちへ曲がって来た。白いワンボックスだ。

「あれかな?」

と、こちらへ走って来るワンボックスを小さく指差す未希。

そして、だんだんと近づいてくるにつれて車の全体像が徐々に見えてくると、誰もが口を開けたままポカンと車を見遣る。

バンパーは大きく凹み、フロントガラスには小さなヒビが入っており、ボンネットは凹凸で曲がっていて閉じ切れていない。

左右のドアはどちらも大きく歪んでいて、助手席側のサイドミラーは斜めに傾いている。

それだけでなく全体的に傷や凹みがあちらこちらに付いている。

リヤ側はここからだと見えないけど、きっと同じような感じなのだろう。

……どこの戦場を駆け抜けてきたんだ、このワンボックスは?

そう思えるぐらい、そのワンボックスは、おそろしくボロ車だった。

「ボロいな」

「そうですね」

「まさにボロボロだな」

「うん」

「凄いわね、別の意味で」

「同感です」

「ちょっと否定できないかも」

口々に車の感想をポツリと口にする皆。

ワンボックスは俺たちのいる校門の手前の路肩に寄せると、そのまま停車する。

そして、運転席と助手席のドアが開き、人が降りて来る。

運転席側から出て来たのは老年の男性。

白髪混じりのボサボサ頭にくたびれたワイシャツにネクタイ。

一見冴えない容姿だが、その目には強い光が宿っていて、齢に関わらず全身からエネルギッシュな気配が溢れ出ている。

助手席側から出て来たのは妙齢の女性。

しなやかな長い黒髪がそよ風に小さく舞うその姿は、一言で言うならば雅麗。

あのボロボロの白いワンボックスから出てきたのが途轍もなく似合わないぐらい、彼女の存在は優雅に感じられる。

今は白を基調とした私服を着ているけど、間違いなく彼女には和服が似合うことだろう。

「うわぁ……」

未希や雪菜といった女性陣は感嘆の溜め息を吐き、剣太と敦矢などぽかんと口を開けて彼女に見入っている。

そして、俺はというと。

「……」

<……>

ソラ共々、唖然と二人のことを見つめていた。

そして、二人は一瞬だけ俺の方に視線を向けると、してやったりとほくそ笑んで、剣太たちに向かって口を開いた。

「君が山口剣太君か?」

「あ、は、はい!」

「眞淵の紹介で幽霊調査に来た、東帝大学の淺倉兵吾だ。よろしく頼む」

「淺倉教授のお手伝いをしている結城琴音です、よろしく」

「い、いえ! こちらこそ!」

恐縮している剣太、興味津々に二人を見つめるみんな。

そして俺は、

「何してんの、あんたら……」

未だ唖然としながら、誰にも聞き取れないぐらい小さな声で呟いた。

“京都”所属の妖魔研究の第一人者、淺倉兵吾。

“京都”直属退魔師、結城琴音。

“京都”の関係者どころか幹部クラスと言っても過言ではない二人。

そして同時に、退魔師としての俺の知人でもあった。





ようやく更新です。
長々と時間をかけてしまったので、少しおかしい点があるかもしれません。
見直した限り大丈夫だとは思っているのですが、もしかしたら改訂が入るかもしれません。

以前に名前だけ出しましたが、新キャラです。
斯波達観、京極長将と同じく“京都”が誇る(なやむ)二人、淺倉兵吾と結城琴音です。
次回はこの二人の活躍が、たぶん見れません(笑)


次回の更新はまた不定期になります。


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