1−1<表>暖かな日常
今日は五月の中旬。空は天気も良く、五月晴れだ。
「ほらお兄ちゃん。起きて!」
ゆさゆさと身体を揺さぶられて、俺はゆっくりと目を覚ました。
「うーん、あと五分、いや五時間……」
「増えてる!? というか五時間って寝過ぎだから!!」
ほら起きてと、再び俺の身体を大きく揺さぶった。
「わかったよ……」
仕方なく俺は上半身を起こして、俺を起こした相手を見た。
「おはよう、雪菜」
俺が挨拶すると、妹の永瀬雪菜は静かににっこりと笑った。
「おはよう、お兄ちゃん」
「ふわぁ、まだ眠いな……」
「もう、本当にお兄ちゃんは朝に弱いね。昨日は夜の十時くらいには寝てたのに、なんで起きられないかな?」
「甘いな、雪菜。俺なら二十四時間寝られますか、という怠惰の極みをきっと遂行できるはずに違いない」
<実際の睡眠時間は三時間ぐらいじゃからな>
(違いない。まぁ、術式で疲れは取ってあるけどな)
心の中でソラと会話をする。
ソラの声は雪菜には聞こえていない。
「先に下いってるからね。二度寝しないで、ちゃんと起きてよ?」
「わかってるって」
俺が軽く手を振ると、雪菜は俺の部屋から出て行った。
「さて、と……」
俺が立ち上がると、いきなり目の前で白い光が収束し、手のひらサイズの小さな人影が現れる。
青い無地の着物姿をした、黒いショートヘアの少女。
昔の日本に住んでいた少女が、そのまま小人サイズになったような容姿。
ぷかぷかと宙を浮いている彼女を人が見れば、まさに妖精と呼んだだろう。
実際、俺の中にある刀の精霊なわけだし。
「おはよう、ソラ」
「うむ、おはようじゃ。光貴」
彼女、ソラは屈託ない笑顔で俺に向かって言った。
ソラとは心の中でも挨拶はできるが、朝はこうしてお互いに顔を合わせて挨拶をしている。
最初の頃のソラは「そんな必要もないじゃろ」と無関心に言っていたが、今ではすっかりお気に入りの様子だ。
「それにしても、昨日も随分と修練に励んだの」
「ああ、先週になってようやくソラから免許皆伝を貰ったからな。ちょっと嬉しくて最近は気合が入ってるんだ」
ソラはふわふわと飛んでくると、俺の右肩にちょこんと座った。
そこが普段のソラの定位置だ。
「光貴が蒼來之剣の担い手になってから今年でもう九年目じゃな。にしても、十年未満で蒼來之剣を使いこなすとは、やはり光貴には天賦の才があるの。ワレの見こんだどおりじゃ」
我が事のように自慢するソラを見て、俺は苦笑した。
「ちゃんと努力したからな。それに、半分はソラのおかげでもあるんだぞ」
「当たり前じゃ、ワレは光貴の相棒じゃからな。ワレの役目は、光貴を支えることじゃ」
胸を張って答えるソラに、俺はそっと指先で彼女の髪を撫でる。
「ああ、ソラには感謝してる。未希と雪菜を助けてくれたあの日から今まで、そしてこれからもずっと」
あの日、俺が初めて退魔を成し遂げた日から、俺はずっとソラに助けられてきた。
「思えばこの九年間、色々あったなぁ……」
「そうじゃの。特に家族を誤魔化すのに苦労しておったもんな。ワレが幾度知恵を貸してやった事か」
「うっ……感謝しております。ソラ様」
「うむ、宜しい」
「そして今じゃあ、この街の退魔担当者。フ、俺も出世したな」
「光貴ならもっと上を目指せるじゃろ。ワレが保証する、光貴は誰にも負けん」
力強くソラは宣言してくれた。その信頼が、俺にはとても心強い。
「まぁ、出世に興味は無いんだけどね。俺が戦う理由は他にあるからな」
「そうじゃの。それに、ワレもいるぞ、光貴」
優しく包み込むような声で、ソラが言ってくれる。
「ああ、これからも宜しく頼むよ、相棒」
「うむ!」
二人で笑い合っていると、一階から雪菜の声が聞こえてきた。
「おにいちゃーん! もう朝食できてるよぉ!」
「ほれ、雪菜が呼んでおるぞ」
「ああ。それじゃ、今日を始めようか」
ソラは満足げに頷くと再び光に包まれ、そのまま光は俺の中へと入り込んだ。
<行こうか、光貴>
(ああ)
制服に着替えて朝食を食べた後、俺は雪菜と共に家を出た。
「いってきます、母さん」
「いってきます、お母さん」
俺と雪菜は玄関で見送る母さんに手を振る。
母さんも軽く手を振ると、家の中へ入って行った。
まだ家にはこれから会社に行く親父がいるから、その準備の手伝いだろう。
家から少し歩いた先にある十字路で、雪菜と同じ制服を着た活発そうな女の子が俺たちを待っていた。
「遅いぞ、光貴!」
「お前が早いだけだ、口より先に手が出る凶暴な野獣にして我が幼馴染、森沢未希!」
「ど、どうしたの、お兄ちゃん?」
「これが俗に言う説明口調ってやつだよ、雪菜。これは重大な使命なんだ」
「何よ、使命って?」
うさんくさげな顔でこちらを見て来る未希に、俺は使命感をもって答える。
「勿論、未希の凶悪性を世間に早急に言伝し、皆さまの注意を喚起するという社会に大きく貢献する使命――フッ」
言い終わる前に飛んできたハイキックを、バックステップでかわす。
「チッ、相変わらず帰宅部のくせに運動神経だけは抜群にいいわね」
忌々しげに俺を睨む未希。
「フフフ、その程度の蹴りじゃ俺には当たらんよ」
「もう、お兄ちゃんも未希ちゃんも、こんな道路の真ん中で恥ずかしいことしないでよ」
「いつもの事だろ、気にするな」
「アンタが言うな光貴!」
恥ずかしそうに顔を伏せる雪菜、吼える未希。
いつものやり取り、いつもの光景。
「ほら、遅刻する前に行くぞ」
俺は内心で安らぎを覚えつつ、二人を連れて歩き出した。
俺たちの通っている黎鐘高校は実家から歩いて行ける距離にある。
俺と未希と雪菜の三人は同じクラスで2−Aだ。
どうして俺と妹である雪菜が同じ学年であるかというと、雪菜が義理の妹だからだ。
親父が母さんと再婚した時から、同い年だが俺より誕生日が遅い雪菜は俺の妹になった。
「うっす、光貴!」
「よう、剣太」
教室に入って席に着くと、俺の前に座っている山口剣太と気さくに挨拶を交わす。
ちなみに未希と雪菜はそれぞれの友達と談笑している。
「ところで光貴、剣道部に入らないか?」
「だが断る」
「そいつは残念」
俺の即答に、剣太はわざとらしく肩を竦める。
「懲りないわね、あなた達も」
そこへ、大宮由佳里が話に入ってきた。
「永瀬君も剣太も毎朝おなじ会話してるわね」
「だってよ由佳里、光貴の実力は正直惜しいぜ。剣道の授業で剣道部のレギュラーを一発で仕留めてるんだし、光貴なら即レギュラーになれると思うぞ」
「そういえば陸上部からも誘われてたわよね、永瀬君。体育祭では一年の部のリレーでアンカーやってたし」
「その代わり、勉強は中の下だけどな」
<それはお主が授業中に術式を構成しているからじゃろ。退魔師の修行は大いに構わんが、勉学ぐらいは真面目にやったらどうじゃ?>
(要点は抑えてるからいいんだよ)
心の中でソラにつっこみを入れる。
<ほほう、それなら今度のテスト中にワレに答えを聞くのをやめると言うのだな?>
(……すいません。以後は善処致します)
<やれやれ……>
ソラを敵に回すのは非常に良くないな。特にテスト期間中とかは。
「ホント、光貴、どこかの部活に入らないのか?」
「ん? 俺が剣道部以外に入ってもいいのか、剣太は?」
「あー、たしかにお前となら全国優勝を目指せるってのが本音だけど、俺はお前が本気でやるところを見てみたいんだよなぁ」
「本気って?」
由佳里が疑問の声をあげる一方で、俺は内心の驚きを表面に出さないようにするのに苦労していた。
「光貴、お前って体育とか体育祭とかで全力出してる?」
「俺は真面目にやってるぞ」
「それはわかってるんだけど、なんていうかさ、見ててまだ余裕がありそうな、そんな気がするんだよなぁ」
<ほほう、よく見ておるの>
それには大いに同感だ。
実際、俺は体育関係には可能な限り手を抜いている。
というのも、俺には蒼來之剣の恩恵があるからだ。
間違って本気を出した場合、あらゆる競技の世界記録を塗り替えてしまう。
もっとも、退魔師の連中はほとんどそんな感じなんだが。
(一度、世界中の退魔師を集めてオリンピックをやってみたいな。はたしてどうなるか……)
<おそらく世界中のスポーツ選手が泣くじゃろうな>
つまり、退魔師>>越えられない壁>>>オリンピック選手、といったところか。
「俺はどこの万能超人だ」
そんな内心などおくびにも出さず、俺は笑った。
web拍手を送る
一言いただけると励みになります。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。