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「退魔師の夜 4−4<裏>寒雨の殺人」公開です。
4−4<裏>寒雨の殺人
翌日、俺はいつも通りに学校へ向かった。
今日も雨。今朝見た天気予報では、来週まで雨が続くらしい。
(昨日は空振りじゃったな)
<うむ、ニュースでも誰か亡くなったという話は無かったの>
雪菜、未希と三人で登校中、俺とソラは会話を交わしていた。
(早く、あいつを見つけないと、な。これ以上、罪を重ねる前に)
今なら、まだ情状酌量の余地の可能性もある。
事情を説明してくれれば、“京都”もそれなりの対処をしてくれることだろう。
だが、二人以上はダメだ。
いかなる事情があろうとも、二人以上の犠牲者を出してしまったら、退魔師はその者を滅ぼす。
これは、“京都”と“出雲”の協定で定められた、言わば退魔師と妖魔の法だ。
(今日も帰ったら、すぐに出るぞ)
<うむ>
「ちょっと光貴、聞いてるの?」
未希の言葉に、俺は意識を二人に向けた。
「ん? ああ、悪い、寝てた」
「……あんたねぇ」
「それで、何の話だっけ?」
「陸上部の男子生徒の話だよ。ほら、二年生の――」
それでも、俺の日常は変わらずに回り続けていた。
【允彦side】
俺が捜査課のドアを開くと、中には既に門川と近藤がおり、コーヒーを淹れていた。
「おはようございます、周藤警部」
俺を見た二人は挨拶を交わしてくる。
「早いな、二人とも」
そう言いつつ、コートを脱いで椅子にかける。
「昨夜は泊り込んだんですよ」
「ちょっと気懸りな事がありましてね」
近藤、門川がそれぞれ答えた。
「気懸り?」
「はい」
門川は真剣な表情を浮かべて言った。
「もしかしたら、三堂悠は次の殺人を犯すかもしれません」
「何?」
俺は目を細める。近藤が続きを話す。
「もし、三堂悠が冬野冴香の復讐を考えているなら、標的となりうる人物が三人ほど浮かび上がります」
近藤はホワイトボードに三人の名前と役職を書き出す。
「一人は阿南融資社長、阿南天志。一人は阿南融資お抱えのチンピラの一人、切野立平。そして社員の田知花絃一です」
続けて門川が説明する。
「田知花絃一は、冬野冴香の執拗な取り立てを行った張本人。切野立平は裏で冬野冴香に悪質な嫌がらせを。阿南天志はそれを指示した人物です」
「なるほど」
二人の説明を聞いて、大きく頷く。
確かに、三堂悠が何らかの手段で恋人自殺の真相を知ったのなら、その三人は憎悪の対象となるだろう。
そして、その中の一人、田知花絃一は既に殺されている。
しばらく考えて、俺は二人に向かって言った。
「門川、近藤。お前たちは引き続き三堂悠について調べてくれ。江水たちにもそう伝えてくれ」
「わかりました」
「周藤警部は?」
「俺は、阿南を見張る」
俺はついさっき脱いだコートに手を伸ばした。
「お兄ちゃん、今日はどうしたの?」
自宅への帰り道、隣を歩く雪菜がいきなりそんな事を口にした。
雨の日の住宅街、俺と雪菜以外に人影は見当たらない。
だから、その言葉は俺に当てたものだ。
「えっと、何が?」
「だって、お兄ちゃん、今日は朝からたまに難しい顔してるから」
指摘されて、俺は内心で自分自身に舌打ちした。
考えていたのは無論、半妖のことだ。
どうやら顔に出ていたらしい。
心に余裕がないから、無意識に顔に出るのだ。
俺はもう少し余裕を持つべきなのだろう。
持てるかどうかは少し疑問だけど……。
「フ、俺も年頃の男の子だってことだよ、雪菜」
「え……」
俺の冗談じみた返事に、なぜか雪菜は衝撃を受けたらしく顔を凍らせる。
「も、もしかして、お兄ちゃん……」
だが次の瞬間、驚くべきスピードでぐいっと顔を寄せてくる。
つまり、俺のすぐ近くに雪菜の顔があるわけで。
雪の名前が似合う白い肌に、ぱっちりとした目、整った顔立ち。
こうして改めて見ると、雪菜は美人だよなぁ。どうして彼氏がいないのか不思議なくらい。
……じゃなくて!!
義理とはいえ妹に胸をときめかせてどうする!? 変態か俺は!
慌てて頭を横に振って邪念を振り払う。
だがそんな努力をする必要もなくなるほど、雪菜の次の一言で俺の頭は真っ白になった。
「だ、誰か好きな人できた!?」
「……は?」
いま何て口走った? 我が妹は?
キョトンとした俺とは対照的に、雪菜の必死の形相だ。
「と、とりあえず落ち着け、まずは離れてくれ」
「え? あ、ご、ごめんお兄ちゃん!」
ようやく今の状況に気付いたらしく、慌てて俺から離れる。
「で、雪菜、いま何て言った?」
確認の意を込めて改めて問う。
「だ、だから、その、お兄ちゃんに、す、好きな人が、できたのかなって……」
さっきとは反対に恥ずかしそうにおずおずと尋ねてくる。
このギャップはいったい何だろうか……。
「で、何でそんな質問に至ったんだ?」
「だって、さっき、俺も年頃の男の子だって……」
はぁ、と俺は軽く溜め息を吐いた。
「ただの冗談だよ、好きな奴なんてまだいないし、言葉自体に深い意味はない」
「そ、そうなんだ」
心なしか安堵の溜め息を吐く雪菜。
「やっぱり、雪菜も恋愛話には興味を持っているのか」
「う、うん。人並みぐらいには。よく話題になったりするし」
「ほう、ならここは兄として、雪菜の好みの異性のタイプなどを把握しておかないと」
「な、何で!?」
「何で? 兄ゆえに、だ! さあ雪菜、どんな男性が好きなんだ? さぁ、きりきり吐いた方が罪は軽くなるぞ」
「愛することって罪ですか!?」
そんな冗談交じりの軽い会話をしながら、俺と雪菜は笑い合って自宅へと歩く。
心が少し楽になったのを自覚しながら。
家に着いて、玄関を開ける寸前、ドアノブに手をかけた雪菜が俺の方を見ずに言った。
「何か悩み事とかあったら、私にも相談してね。力になれるか、ちょっとわからないけど」
俺が返事をする前に、
「ただいまー」
と、雪菜は家の中へと入っていった。
「……気を使わせた、かな」
<そうじゃな>
小声の呟きに、ソラが同意した。
「本当、俺には過ぎた妹だよ」
苦笑しながら、俺も玄関を潜った。
【允彦side】
三堂悠、24歳。現在は伝奇小説などを手掛ける若手フリーライターとして活躍している。
冬野冴香とは幼馴染で、小学校時代から交友があり、高校生の時に二人は交際を開始。
大学生時代に喧嘩が原因で一時別れたが、大学卒業と同時に交際を再開。
そして今年の三月、三堂悠の誕生日にあわせて婚約。
十二月の冬野冴香の誕生日に結婚予定、であった。
そう、それはもはや過去形で語らなくてはならない、一つの幸せの終焉。
江水から送られてきた三堂に関する報告メールを読み終えて、俺は溜め息を吐きつつタバコを取り出した。
昨日の今日だというのに、よくここまで調べられたものだ。
「それにしても、昨今では珍しい大恋愛だな。それだけ憎悪も深くなる、か」
最愛の恋人が理不尽なことで追い詰められて自殺。
生憎と俺にはそんな女性はいないが、同じ状況に置かれたら俺も憎悪に駆られていたかもしれないな。
「冴香さんよ、あんたの責任も重いぜ」
どうして彼氏に相談しなかったのか。他にも弁護士や被害者団体、あるいは俺たち警察でも……。
(いや、警察には頼らないか)
近年の警察の不祥事には失望せざるを得ないかもしれない。
確かに日本の警察は優秀だが、事件が起きる前となると途端に腰が重くなる。
それによって、未然に防げたはずの事件がいくつあったことか。
とはいえ、事件を起こしていない人間にできる事など、釘を差しておくぐらいしかできないのも現状だ。
人権の主張が激しい現代。秘密警察や公安でもない限り、自由に家宅捜索や署へ連行する事もできないのだから。
それでも彼女には彼が、三堂悠がいた。彼ならば全力で助けに動いただろうに。
(……いや或いは、脅迫材料となっていたのは三堂悠か?)
誰かに言えば彼女本人ではなく、三堂悠を害すると脅迫したのかもしれない。
連中はこの街一帯を仕切る暴力団「桐嶋組」とも繋がっている。
出版社に手を回してフリーライターに仕事を回さなくすることなど造作もないし、場合によっては傷害事件や殺人事件も起こす連中だ。
恋人が、自分のせいでそんな連中に目を付けられる事になると言われたならば、どうだろうか?
「チッ」
思わず舌打ちして、吸い途中のタバコを車内の灰皿に押し付ける。考えるだけで不快感を覚える。
俺は再び視線を阿南融資のテナントがあるビルに移した。
時刻は午後六時前。
朝に車を近くの駐車場に停めて車内からビルを見張っていたが、阿南天志は午前九時過ぎにオフィス入りしてから出てきていない。
「だが、これからが危険だな」
オフィスにいる時は安全だろうが、帰宅最中や帰宅後は一人になる機会も多い。
狙うとすれば、阿南が一人になる時だろう。
その時、一人の男がビルから出てきた。
相手の姿を確認した途端、一瞬で気が引き締まる。
「昨日の江水達といい、本当に噂をすれば何とやら、だ」
その姿は紛れもなく阿南融資の社長、阿南天志その人であった。
阿南は傘を差すと、さっさと繁華街方面へ歩いて行った。
「徒歩か、てっきり車による送迎かと思ってたんだがな」
俺は車から降りて、後を追った。
今日も俺は外へ出て、半妖の気配を探している。
ただ今日はそこまで長時間外出できない。
外出してくると言うと、雪菜も母さんも揃って心配する視線を送ってきたからだ。
雨天に二日続けて、しかも殺人事件が起きたばかりという事もあっては仕方がないかもしれない。
次の犠牲者が出る前にハーフを捕らえたいという気持ちも強いが、あまり母さんや雪菜に心配かけたくないという気持ちもある。
だから今日はオフィス街か繁華街、どちらか一つだけを見て回ることにした。
昨日は二つとも回ったが、ソラと相談した妥協の結果、今日は繁華街と決めた。
その代わり、ソラがいつも以上に神経を尖らせて気配を探ってくれるという。
気配を探るのは精神的にとても疲れる事だが、ソラは文句も言わず当たり前のように引き受けてくれた。
本当にソラに対する感謝の念が絶えない。
繁華街へ行くには、住宅街を抜けて駅前を突っ切る必要がある。
ちなみに、駅の反対側へ出ればオフィス街だ。
繁華街へ行く為に、俺はまず駅前へと向かった。
傘を差しながら繁華街を歩く人々。
部活帰りに寄り道して遊ぶ学生たち。商店街で買い物を済ませる主婦。オフィス街から住宅街方面に帰宅するために通過していく社会人。
雨の日であるというのに、繁華街の活気は相変わらずだ。
阿南天志は繁華街のメインストリートから外れた、風俗店が立ち並ぶ通り裏通りを苛立った様子で歩いていた。
その少し離れた後ろから、周藤允彦が密かに阿南の後を付けている。
先ほど阿南が風俗店の一つに入って行った時は、周藤は自分も中に入るかどうか判断に迷った。
中で何が起こるかわからないが、流石に自分が店へ入れば目立ってしまうだろう。
だが、そんな躊躇も僅か三十分間ほどで杞憂に終わった。
阿南は憤慨した様子で再び店外へ姿を現し、一緒に出てきた店長らしき中年男性が阿南に何度も頭を下げていた。
店側が不始末を働いたのか、阿南が理不尽な怒りを店にぶつけたのかはわからないが、とにかく阿南は平謝りする中年店長に何事か怒鳴り散らした後、ガードレールに置いてあったポリバケツを蹴り飛ばして、再び風俗街へと繰り出した。
その様子を見て、周藤は嘆息した。あれではそこらにいる性質の悪いチンピラと何ら変わらない。
今の時間帯だと、この裏通りは少し閑散としており、人通りも疎らだ。
とはいえ、ここは夜の街だ。
あと一時間か二時間もしたのなら、この通りは隣の繁華街以上に盛況するのだろう。
阿南は相変わらず、不満といらつきが収まらない様子で通りを歩く。
そんな彼を見つめる、二対の視線に気付くことなく。
一つは、猜疑と嫌悪感と呆れが混ざった、探る者の目。
もう一つは、憎悪と殺意に満ちた、悲哀の目。
「あん?」
何かに気付いたのか阿南は足を止めて、建物と建物の隙間、裏路地へと顔を向けた。
そして、そのまま裏路地を見つめている。
怪訝な目でそれを見ている周藤を余所に、阿南は再び足を動かした。
ふらふらと、無意識のまま誘われるように、その裏路地へと。
(何だ、いったい?)
その様子を見ていた周藤は、阿南の不思議な行動に疑問を覚えながらも、己も裏路地へと足を踏み入れた。
PV48,000アクセス、ユニーク10,000人を超えました。
これからもよろしくお願いします。
追伸:ユニーク10,000人突破記念として、第4章終了後に外伝を掲載したいと考えています。
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