プロローグ
その日、一人の少年が、一振りの刀と出会った。
「ハァ、ハァ、ハァ――」
僕は必死に走っていた。
両手で未希と雪菜を引っ張って。
「こ、こわいよぉ……!!」
「お、おにぃちゃん……!」
「だいじょうぶ、だいじょうぶだから!!」
半分は自分に言い聞かせるように、僕は二人に言った。
僕が悪いんだ。
僕が立入禁止になっている山奥へ探検に行こうなんて言わなければ……。
僕が見つけた洞窟に入ろうだなんて言わなければ……。
僕が一番奥にあったお札を誤って破らなければ……。
あんな化け物、出てこなかったのに――。
僕は一瞬だけ後ろを振り返る。
あの黒い牛みたいな化け物は、まだ僕たちを追っかけて来ている。
化け物の口から、涎で光沢を放つ鋭利な牙が見えた。
「ッ――!」
僕はすぐに顔を前に戻して、二人を連れて走り続けた。
僕のせいだ――
僕のせいだから――
未希は僕の大切な友達だし、僕は雪菜のお兄ちゃんだから――
せめて二人だけは護らないと――!
だから――!!
(おねがい、だれか助けて――!)
『ふむ、ならこっちに来るが良い』
その時、何かが僕の心の中に囁いた。
(え、だれ?)
『ほら、早くせぬと牛魔に追いつかれるぞ。ワレは自分じゃ動けんからな、お主が来ないと助けることもできん』
(わ、わかった!!)
助けてくれるという一言で、僕は決めた。
「こっちだ!!」
泣いている二人の手を引っ張って、僕は声のした方へと走って行く。
その後ろから、化け物が木々を薙ぎ倒して追ってくる。
何度も木の根っこで転びそうになりながらも、僕たちはひたすら走った。
やがて、一箇所だけ木々がない場所を見つけて、僕はそこを目指した。
そこには、古い小さな祠があった。
『ようやく来たか、祠を開けるといい。ワレはそこにいる』
再び声が響いた。
僕はすぐさま祠を開けた。
「こ、こうちゃん!? なにやってるの!!」
「お、おにいちゃん! 早くにげようよぉ!!」
二人が突然の僕の行動に驚いている。
二人とも、あの声は聞こえなかったらしい。
でも、今はこの声を信じるしかない――!!
祠を開けると、そこには一振りの刀があった。
鞘は無く、刀身は抜き身のまま。全体は錆だらけで今にも折れてしまいそうだ。
柄は木製、ところどころ風化していてとても使えそうにない。
(こ、これって?)
『よく来たの。では、ワレを手に取るがいい』
さっきよりもはっきりと声が聞こえる。力強く、でも優しく僕に話しかける。
『だが、ワレはあくまで力を授けるだけ。あの牛魔を倒すのは、他ならぬお主の意志じゃ』
(僕の、意志? 僕が、あの化け物を倒すの?)
『そうじゃ』
(む、無理だよ!!)
『いや、できるぞ。昔にワレが倒した物怪に比べれば、あの程度の牛魔など所詮は雑魚よ。倒す為の力は、ワレが授けよう。後は、お主次第じゃ。できるか?』
(僕が……でも……)
『後ろの二人を護りたいのじゃろう?』
そこでハッとなって、僕は後ろを振り返る。
未希も雪菜も、涙を溜めて僕を見ている。
その時、轟音と共に木が吹き飛んだ。
「っ!!」
「ヒッ!!」
「ぁ――!!」
吹き飛んだ木のあった場所から、あの黒い牛みたいな化け物が現れた。
化け物がゆっくりと、僕たちの方へ歩いて来る。
未希と雪菜は、恐怖のあまりへたりこんでしまった。
顔も全身も真っ青に震えている。
(僕が……)
その姿を見て、僕は決心した。
(僕が!)
僕のせいだから――。
未希は大切な友達だから――。
雪菜は僕の妹だから――。
だから――!
(僕が、護る!!)
僕は手を伸ばし、刀を手に取った。
瞬間、暖かな白い光が僕を包み込んだ。
『よかろう、契約はここに成せり。ワレの名は蒼來之剣。いまこの時より、ワレはお主の刀となり、お主はワレの鞘となろう』
声が、僕の中に響く。
何が起きているのか、僕には感じ取る事ができた。
さっきの刀が、僕の中に入ってくる。
この刀の使い方が、僕の中に刻まれていく。
『ふむ、お主の名は永瀬光貴というのか。――良い名じゃな』
さっきの声の主が、今は僕の中にいる。
光が収まると、僕の手には一振りの刀があった。
ボロボロだった木製の柄は、黒い鉄ごしらえの立派な柄になっている。
刀身は銀に輝く綺麗な刀で、うっすらと白く光っていて幻想的ですらある。
重さは全く感じない。
当たり前だ、僕にはわかる。
僕がこの刀の“鞘”になったんだ。この刀はもう僕の一部なんだ。
だから、重さなんて感じるはずがない。
「こ、こうちゃん……?」
「おにい、ちゃん……?」
呆然とした様子で、二人が僕を見つめている。
その様子に、こんな状況だというのに僕は少し笑いをこぼした。
「もう、大丈夫だから」
二人を安心させるように、僕は優しく言った。
そして、二人の前に立って、化け物と対峙する。
恐怖はあるけど、不思議と震えはない。
それに、後ろには護りたい人たちがいる。
だから――。
『さぁ、あの牛魔を倒すぞ、光貴!』
「うん!」
僕は力強く頷いて刀、蒼來之剣を構えた。
これが、僕にとって初めての退魔だった。
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