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第32話 〜『枕』と『ぬいぐるみ』と繋いだ『手』〜
「ウズヒ……」

目の前で膝を抱えてベッドに座っている少女はボクの存在に気づいていない。

「ウズヒ!」

近くに寄り、少し声を大きくして声を掛ける。
綺麗だった髪の毛は所々跳ねたりしていて艶が……。

「…………」

俯いていた顔を上げたウズヒの焦点が合っていない。

「ウズヒ!!」

「……キ、ラ……くん?」

視点が合ったウズヒの瞳に、光が戻ってきた……と思ったら目尻が急に吊り上がった。

「なんでこんな所に居るのよ! 私の事が嫌いになったんでしょ!? あの女の所へ行けばいいじゃない!!」

「ちょっ、ウズッ!!」

ウズヒが近くにあった枕やぬいぐるみをボク目掛けて投げ、その中の一つが顔面にヒットした。

「ごめんなさい! ウズヒ、本当にごめん!!」

土下座をして必死に謝る。悪いのはボクだから、声を振り絞る。

「……」

「ごめん! ボクが君の話をろくに聞かずに、あんな事言っちゃったから!!」

あの言葉がどれだけウズヒを傷付けたか……。謝って赦される事じゃないかもしれない。でも、ボクにはこれ以外に謝る方法を知らないから。

「君が見た事もボクが招いた事態だから、君に責められても反論する権利なんて無かったのに……。本当にごめんなさい!!」

「……それだけ?」

「……はい?」

「他に言う事はないの?」

他に言う事は……舞衣の事? それとも『遊び』発言……は、さっきの『あんな事』の中に入ってるし……。

「私を責めないの!? 私だって綺羅君の話を聞かずに、勝手な事を言っちゃったんだよ!?」

土下座の体勢で顔だけを上げたまま、思わずポカンとしてしまう。ボクが謝るべき事だと思っていたのに、ウズヒを責める事なんて思いつく訳もないし……。

「いや、そんな気は全然ないんだけど……」

「別に嫌いな女になら、何でも言えるでしょ!? 最後くらい好きな事言えばいいじゃない!!」

ウズヒの目が真っ直ぐボクを見つめてくる。その目にいつもの意志の強い光が灯っていて、こんな状況だけど少し安心してしまう。

「……好きな事言っていいの?」

「そう言ってるじゃない!!」

本当にいいのかな……?

「貴女の事が好きです。愛してます」

「何、言ってるの……?」

「いや、『嫌いな女』ってウズヒが言ったから……。ボクはウズヒの事、本当に好きだよ?」

本当に言いたい事はこれだから。土下座しながら言う事じゃない気がしないでもないけど……。

「そんな事……」

「嘘じゃないよ? この指輪に誓ったからね。君の前で」

そんな台詞を吐きながら、服の中に入っていて見えなかった、ネックレスの先に付いている指輪を取り出す。

「ね? 覚えてる?」

「覚えてるけど……あれも私に付き合ってくれただけなんじゃないの?」

ウズヒの声が少し涙声になっている気がする……。

「そんな事ないよ。あの時ウズヒから指輪を貰って、とっても嬉しかった。本当はボクが婚約指輪や結婚指輪を贈れればよかったんだけどね」

「…………」

「あと『あれも』って表現はおかしいよ。ボクはいつも楽しくて、安心出来るからウズヒと一緒に居たんだもん。君に合わせてただけなんて事は一度もない」

「……ン……ウゥ……」

さっきの涙声はボクの気の所為じゃなかったみたい。ウズヒの瞳から雫が落ちている。

「ウズヒ、本当にごめん」

土下座を解いて立ち上がり、ウズヒの隣に正座で腰掛けて、彼女の左手をボクの両手で握りしめる。
立ち上がった時に見えた、まだあの時の指輪をしていてくれた左手を。

「最後に一つだけ。赦してもらえるなら、ボクは君の隣に居たい」

これだけ言えればボクはもう十分。全ては彼女が判断するべき事なのだから。

「嫌!!」

ウズヒがボクの胸に顔を埋めながら叫ぶ。

「ずっと一緒に居てくれなきゃ赦さない!!」

――よかった。ホッと一安心して、左手をウズヒの背中へ回す。もちろん右手はウズヒの左手を握ったまま。
大粒の涙が、ボクの胸元を濡らしていく。






 ・
  ・

どれくらいの時間が経ったのだろう。まだ杏奈さんと悠真さんが帰ってきていないから、とりあえず2時間は経っていない。

「ウズヒ、大丈夫?」

心臓が鼓動を打つのと同じくらいのスピードで背中を軽く叩き続けながら、出来るだけ優しい声で語り掛ける。

「まだ……」

そう言いながら、今までよりも強い力で頭を擦り寄せてくるウズヒが可愛くてしょうがない。

「ねぇ……綺羅君?」

「ん? なに?」

「あの女の子にも、こんな風にするの……?」

あの女の子……舞衣の事だよね。不謹慎だけど、未だにウズヒが舞衣との関係を疑っている事を笑ってしまいそうになる。

「する訳ないよ。ボクにとって大切な女性ヒトはウズヒだけだから」

「でも、あの娘にキスされてた……」

一昨日のように、お互い冷静さを失って怒鳴り合うのではなく、ゆっくりとした空気の中で静かに語り合う。

「うん、それはごめん。……実はね、ボクと舞衣は昔付き合ってたんだ」

ずっと俯いていたウズヒの顔が上がり、真っ赤だけど澄んだ瞳の中にボクが映っている。

「でも、何もなかったよ? 付き合っていた事があるのも事実だけど、これも本当の事だから」

名残惜しかったけど、ウズヒの左手を握っていた右手を離して彼女の髪を梳く。

「や……。手は離さないで……」

またしても俯いてしまったウズヒがボクの右手を掴んだ。指輪が輝いている左手で。

「綺羅君にとって私は初めての彼女じゃないんだね……」

「いや、まぁその……ごめん」

「ううん。私がもっと早く綺羅君の前に現れてればよかったの。……そう考えたら、私が全部悪いんだね……」

「そんな事ない。そんな事ないよ」

また泣き出してしまいそうなウズヒの背中を優しくさすって落ち着いてもらう。もう泣いてほしくない。

「綺羅君……」

「なに?」

「私、眠いよ……」

「ふふっ。ゆっくり眠って、ウズヒ。ボクはずっとここに居るから」

母親が子供を寝かす様に背中を叩いてあげると、すぐに規則正しい静かな寝息が聞こえてきた。
ウズヒの体を横にして眠りやすいようにし、一声掛ける。

「おやすみ」

彼女の鼓動が、握った手を通して伝わってくる気がした。






 ・
  ・

ウズヒが眠り始めてから杏奈さん達が帰ってくるまで、ボクはずっと彼女の手を握り続けた。いつ目覚めても傍に居る事が出来るように。

『コンコン』

満足に寝ていなかった所為か、不覚にもウトウトしていた所にドアをノックする音。眠気を振り払うように首を振って、ノックに応える。

「綺羅君? 入ってもいいかしら?」

「はい、どうぞ」

部屋に入ってきた杏奈さんには、少々奇妙な光景だったかもしれない。ウズヒがベッドで眠っていて、その手を、床に正座したボクが握っている。2時間前にこんな状況が想像出来たかな?

「その様子だと仲直り出来たみたいね?」

「はい、一応は。でも、まだ起きた時に追い出されるかもしれませんし……」

「ふふっ。そんな事はないと思うわよ? 寝顔がとっても穏やかだもの」

杏奈さんがウズヒの顔を見ながらそう言ったけど、正直ボクにはそこまで読み取る事が出来ない。これが母親の凄さなのかな。

「ウズヒもしっかり眠っているみたいだし、下に降りて昼食を取りましょう?」

「ありがとうございます。でも、ボクはウズヒの目が覚めた時、傍に居たいので……」

これは絶対にしなければいけない。約束した事だから。『ずっとここに居る』って。

「ふふっ。じゃあ私は下で悠真と待ってるわね」

そう言い残して杏奈さんは部屋を出ていった。
ありがとうございます、杏奈さん。






 ・
  ・

杏奈さんが部屋をあとにして少し経った頃、ふと携帯を開くと新着メールが約10通。全て未来からだった。大抵『大丈夫か?』とか『今、何処に居るんだよ?』という内容だった。

「大丈夫だよ。今はウズヒの家に居るから……っと」

そう返信してすぐ、電話の着信を知らせる音楽が部屋に響いた。

「もしも『お前、何でウズヒの家に居るんだよ!!』……」

『もしもし』くらい言わせて下さい……。
そこから必死に未来を宥めて、今日の事も説明……したけど、ちゃんと聞いていてくれたのかは定かじゃない。

『まぁとりあえず分かったぜ。お前はウズヒからボコボコにされたけど、最終的には赦してもらえたと』

「…………」

ボコボコにされたなんて、一度も言った覚えはありませんが?

『次はウズヒと代わってくれよ』

「ごめん。今、ウズヒ寝ちゃってるんだよね」

起こすのはあまりに可哀相なくらいぐっすりと。

『おいおい……平日の昼間だぞ?』

「なんか、ずっと寝ていなかったらしくて」

主に原因はボクにあるんだけど……。それにボクも全然寝ていないから、凄く眠かったりもする。

『それなら仕方ねぇな。それよりお前は大丈夫なのか?』

「なにが?」

『だってウズヒがボコボコにしたんだろ?』

いや、だからそんな事言ってないって……。枕やぬいぐるみでボコボコになんてなりません。

「ボコボコになんてされてないよ?」

『あれ? そんな事言ってなかったか?』

「言ってない言ってない」

『おかしいな〜……』なんて言う未来にもう一度、きちんと一から説明する。気の抜けたような返事が返ってきたら、一々質問をして話を聞いていたのかを確認。
未来って、案外人の話を聞いてなかったりするんだよね。唯一賢の話だけは絶対聞き逃したりしないんだけど。最近はウズヒの話もかな。……もしかして適当に聞かれているのはボクだけ? ハハ……。そんな訳ないよね?

『――っと、そろそろ午後の授業が始まる時間だな。お、賢。代わるか?』

……今更ですか? というか今まで賢は何をしてたの?

『…………』

お願いだから喋って! 電話口で表情から何かを読み取るなんて無理です!!

「賢?」

『……綺羅か』

未来との会話を聞いてたんだよね? ボク以外、誰も出ないから。

『……ちゃんと帰ってこいよ、ウズヒを連れて』

……なんで賢はこういう心にくる事をサラッと言うかな。ちょっと感動しちゃったよ。

「大丈夫、約束するよ。仲直りもちゃんとしたからね」

『……そうか。……じゃあな』

それだけ言い残して賢は電話を切ってしまった。
きゅ、急過ぎる……。未来にも代わらなかったけど、良かったのかな?

「――ウズヒ、どう思う?」

応えが返ってこないのは分かっていたけれど、思わず語りかけてしまった。目は覚めていないけど、声は届いていると思う。手と手で繋がっているから。


良かったよね、ウズヒ。ボク達には本気で心配してくれる親や親友がいて。ね?















結局ウズヒが目覚めたのはそれから2時間後。
目覚めたウズヒが1番始めにとった行動は、悲鳴を上げながらボクを部屋の外へと追い出す事だった。後で理由を聞いたら、髪はボサボサでお風呂も十分に入っていない自分の状態に気がついたからだそうです。

さっきまでのボクの努力は一体……
まず始めに、今回の件で多くの読者様をご不快な気持ちにさせてしまった事をお詫び致します。申し訳ありません。

ただ弁解の余地を頂けるのなら、今回の出来事は綺羅君の太陽ちゃんに感じていた劣等感と、太陽ちゃんの『綺羅君への想いは一方通行なのではないか』という疑問が積もりに積もって起こった結果です。そして恋人同士に喧嘩は付いて回るという事。
その二つをもって描いた事にご理解を頂ければと思います。


今話で綺羅君と太陽ちゃんは仲直りをしましたが、まだ解決していない問題もあります。次話からはそれらを2人(と周りの人々)でスッキリ整理していってもらいます。

これからもどうかお付き合い下さい。次回更新は30日(月)です。よろしくお願い致します。


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