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夕日と視覚

作者:佐賀東
「人は外界で得られる情報の約8割を視覚から取り入れているらしいよ。あとの少しを聴覚とかが分け合っているんだって」
そう彼女は言った。

彼女がこの街から出て行く日。
友人たちが気を使って僕らを二人きりにしてくれた。
でも僕が言えたのは、「元気で」という使い古された陳腐な言葉と、「またね」なんて確証のない約束だけ。
本当に伝えたかったことは一ミリも言えやしなかった。
電車に乗り込むほんのちょっとだけの距離。
彼女が僕の目の前を横切る瞬間。
僕はどうだっただろうか。
自分の持っている最大限の視覚を、8割の視覚を使えただろうか。
ふわりとたなびく黒髪。
端正な横顔。
口に当てた手のひら。
潤む大きな黒い瞳。
溢れた雫。
普段つけないイヤホンは彼女が見せた強がり。
彼女は振り返りもせず、電車の中にその身を隠すかのように入っていった。
発車のベルが鳴る。
扉が閉まり、電車が動き出す。
僕は遠ざかる電車を見送ることしかできなかった。
何もない線路をぼんやりと見ていると、近くのスピーカーから七つの子が流れ出す。
顔を上げると真っ赤な夕日が地平線に沈んでいるのが見えた。あたりの空は橙や赤に染まり、遠くの空は薄墨色に変わっている。僕はとっくに終わりが来ていたことを知った。
僕の記憶は役立たずでもうさっきの彼女の顔すらも思い出せない。真っ赤な夕日に乱されて、僕の記憶が薄れる。
8割も視覚が占めるなら、それに見合うだけの記憶力が欲しかった。
彼女はどんな表情をしていたっけ。
どんな様子だったっけ。
どんな顔をしていたっけ。
もうなにも思い出せない。いや、思い出したくない。
きっと彼女はもう、この町に戻ってこない。
そんな気がする。
夕日に照らされた教室で一人外を見つめる横顔。
屋上で真っ赤に染まった空を見上げる表情。
今思い出せば、君はいつだって夕焼け色の空を見ていた。そして、いつだって泣きそうな顔をしていたんだ。
今も泣きそうな顔で窓から見える、落ちていく日を見ているのだろうか。
ああ、彼女に想いを伝えれば良かった。
最大限使った視覚も覚えられなきゃ意味ないんだ。
僕の視界を真っ赤な夕日が染め上げる。
僕は静かに瞼を閉じた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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