表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ナスとキノコと傘の擬人化恋愛短編

さぁ、俺というナスを召し上がれ!

作者: 空乃智春

 日向夏様主催のうりぼう杯の参加作品です。お題は茄子で、ジャンルはコメディです。

 下ネタちっくな言動がありますが、清い心で見れば健全なシーンなのでR15はつけてません。

「さぁ、俺というナスを召し上がれ!」

「誰が食うか、こんな変態ナス!」

 腕を大きく広げて私に笑いかける、紫の髪をしたイケメンに、とりあえずフォークを刺してやる。


「っ、茄々子ななこもっと優しくしてよ。でもまぁ、フォークを刺してくれたということは、ようやく俺を食べる気になってくれたんだね。どこもかしこも熟れている俺を、さぁ食べて!」

 キラキラとした目で、私を見てくるこの紫髪のイケメンは、ナスの化身だ。

 私に食べられることを、至上の目的としている。


 どうしてこうなってしまったのか。

 それには、深いようでまったく深くない事情があった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 私の父は、植物学者であり、科学者だった。

 そしてナスに愛を注ぐ変な人だった。

 素晴らしいナスを作ることに人生を注いでいた父は、愛娘である私が、愛するナスを食べられないことを心の底から残念に思っていた。


 ぶっちゃけ、私がナス嫌いなのは父のせいだ。

 日本人だというのに、我が家の主食は幼い頃から米じゃなかった。

 ナスだった。

 学校給食でどうしてナスが毎日出てこないのか不思議に思って、そこでうちの家が変なんだと気づいた。


 そして、絵画に始まり、家の壁紙に食器の柄まで全部ナスなうちの家。

 ここまでナスづくしだと、嫌いにもなる。

 幼い頃に食べ過ぎて、ナスなんてもう見たくもなかった。

 さらに言えば、父はナスの事ばかりで構ってくれなくて、寂しい思いをして育ったという理由もあった。


 まぁそれは置いといて。

 父はナス嫌いに育った私に、どうにかナスを好きになってもらおうと考えたようだ。

 そこで、私の好きなものとナスを組み合わせようと考えついたらしい。


 私は少女マンガに出てくる、とあるキャラが大好きだった。

 名前をジル様という。

 二十代前半で、さらさらの髪に、怜悧な目元。

 オレ様で少しSの気があり、クールな言動が魅力。

 けれど、ヒロインにだけは時折可愛い面を見せる、ギャップのあるキャラだ。


「はぁ、ジル様可愛い。食べちゃいたい」

 うっかりマンガを読みながら、そう言ってたのを父は聞いていたようで。

 何を思ったか、ナスとジル様を掛け合わせてしまった。


 そして出来上がったのが、目の前にいる『茄子なすジル様型』通称『ナル』だ。

 父の最高傑作にして、謎の生き物。

 見た目はジル様そっくりなんだけど、髪も目も紫。

 体はナスの味がするらしい。


 一度我が家の愛犬チャッピーに齧られたところを見たことがあるけれど、欠けた腕からはナスの果肉が見えていて、血がでてくるよりもある意味ホラーだった。

 まぁ、すぐに元に戻ったんだけどね。


 ちなみにナルの主食は水。

 時々植物栄養剤。

 あと多分、日光。

 曇りの日ばかりになると、元気がなくなり髪が色あせたりする。

 この三つさえあれば、体を食べられてもしばらくすると元どおりになるらしい。


「茄々子、父さんはお前に辛い思いをさせてきた。父さんの事を嫌いになったってしかたないと思う。でも、ナスだけは。母さんの愛したナスだけは嫌いにならないでくれ……」

 それが父さんの最後の言葉。

 私は父さんの最後の研究の成果であるナルと、二人っきりで生活する事になったのは、今年の初めの事だ。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 父さんが父さんだっただけに、私は順応力が高かった。

 家に人型のナスがいようとも、夏になる頃には大分なれてしまっていた。


「お帰り、茄々子。ご飯ナスにする? 一緒にお風呂(茹でナス)にする? それともナスを頂いちゃう?」

 学校から帰ったら、ナルが裸エプロンで出迎えてくれる。

 ナルはいつも何から情報を仕入れているんだろう。

 選択肢にナスしかないことを突っ込むべきか、それとも裸エプロンから突っ込むべきか。


 そんなことを悩んでいたら、ナルが私が手にしていたスーパーのビニール袋を見てよろめいた。

「な、茄々子。俺というものがありながら、浮気だなんて!」

 何を言ってるんだこのアホナスは。

 袋の中には、隣のおばちゃんから貰ったトマトが入っていた。


「たしかに俺にはこいつのようなビタミンはないよ。94パーセントくらいは水分だし。赤いやつが戦隊ものでもリーダーで、紫なんて影も形もない。でも、俺の紫にはポリフェノールが含まれていて、生活習慣病にいいんだからな!」

「何を張り合ってるんだお前は」

 涙目のナルに呆れながら、家の中に入る。


 ナルはトマトとジャガイモとピーマンに対して、なぜかライバル心を持っていた。

 実はこの三つ、ナスと同じナス科らしい。

 やつらを食べるくらいなら、俺を食べればいいじゃんというのがナルの主張だった。


「ねぇ、どうしてトマトはそんなにおいしそうに頬張るのに、俺は頬張ってくれないの? 赤く丸いそいつより、黒光りしてるなすのほうが大きくてぷりぷりしてて、美味しいよ?」

 サラダのトマトを食べる私の横で、ナルが何か言っている。

 私の大好きなジル様と同じ、艶っぽい声で、誘惑するように。


 ちょっと卑猥に聞こえるのは、私の脳が腐ってるからなんだろうか。

 いや、たぶんナルの声が無駄にイケメンボイスだからだ。

 無心になれ、私。

 これはジル様じゃない。ただのアホナスだ。


「俺も茄々子に食べられたいな。茄々子のその可愛い口を俺でいっぱいにして、体も心もナスのことしか考えられないようにしちゃいたい……」

 己の願望を声に出すナルの声は、吐息交じりだ。

 想像して、それに興奮しているという様子だった。

 イケメンで、野菜じゃなければおまわりさんを即呼んでいるところだ。


「ナルって、いちいち言い方がアレだよね。天然? 天然なの?」

「天然? もちろん俺は肥料からこだわって作られた有機野菜だよ!」

 うん、会話がかみ合わない。

 有機っていうか、怪奇野菜だろ。

 ジル様はこんなキャラじゃなかったのに、ナルの性格は父に似て残念仕様だった。

 

 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 自分を食べろと言ってくることと、残念な言動を差し引けば、ナルはとてもいい同居人だった。

 私が高校に行っている間、部屋を掃除したり、洗濯をしてくれたりする。


 ちなみにナルは料理もできるが、もれなくナスが入ってくるので作らせたりはしない。

 ナルと暮らし始めて初期の頃は、よくナルは私に料理を勧めてきた。

 一見ナス料理と見えないものもあったけど、ナルの腹の辺りが妙にへこんでたり、腕に包帯が巻かれてたりすると、食べる気をなくした。

 たぶん体の一部を……いや、考えるのはよそう。

 そんなわけで、私は同居してから半年たっても、ナルを一度も食してなかった。



「俺、気づいたんだ。最近、茄々子にナスとして認識されてないんじゃないかって。むしろ都合のいいヒモとか、家政婦くらいにしか思われてないんじゃないかって」

 深刻な顔で、ある日ナルがそんなことを言ってきた。


「ナスよりずっといいじゃん」

「よくないよ! 俺はちゃんと茄々子に食べてもらいたい。そう隣の美鈴ちゃんに相談したら、言われたんだ。ナル兄はちゃんと相手に丸ごとぶつかっていってるのかって」

 正直な感想を返したら、ナルはそれじゃ駄目なんだと首を横に振った。


 ちなみにナルの相談相手は、隣の家の自称モテガール美鈴みすずちゃん(7歳)だ。

 すでにこの歳にして、彼氏が3人もいる。

 以前ナルが裸エプロンをしていたのも、美鈴ちゃんの入れ知恵らしい。


「相手に好かれたいなら、姑息な手段なんて使わずに、己の実一つで体当たりするべきよって言われたんだ。嫌われたくないからって、大切なものを隠したら、伝わるものも伝わらないって。それってナスとして意識されてないんだよって言われた」


 正直、小学生に相談するナルもナルだが、美鈴ちゃんの将来もちょっぴり心配な今日この頃。

 あと多分、ナルと美鈴ちゃんの会話は食い違ってる。

 でも成立しちゃってるあたり、超不安でしかない。


「確かに美鈴ちゃんの言うとおりなんだ。俺、実を細かく刻んでハンバーグに入れたり、自分を隠しても食べてもらうことしか考えてなかった」

 なんで感銘を受けたみたいな顔してるんだろうね、このナスは。

 頭に何がつまってるんだろう。

 果肉かな? 

 

「俺、明日から茄々子にちゃんと俺自身を意識してもらえるよう、頑張るから!」

 そう宣言したナルに、私は嫌な予感しかしなかった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「見て見て、校門前に超カッコいい人がいる!」

「あっ、本当だ。誰か待ってるのかなぁ」

 次の日、授業が終わって帰ろうとしたら、窓の外を見ながら女の子たちが騒いでいた。


「どこの国の人なのかな。髪の毛変わった色だけど」

 彼氏にお迎えとか、いいなぁ。

 私とは無縁の話だね。

 そんなことを思っていたら、なんだかちょっと嫌な予感がした。


 ちらりと窓の外を見たら、女の子たちに囲まれているナルの姿があった。

 即効で門まで走って行った。


「茄々子、迎えにきたよ!」

 ぱぁっと私を見て、ナルが顔を輝かせる。

「えっ、何。この子がお兄さんの彼女?」

「ううん。彼女じゃないよ。俺が一方的に、食べられたい人」

 きゃーと女の子たちが興奮した声を上げる。

 何いかがわしいこと言ってくれてるんだコイツは。


「なんで迎えにきたの! 学校にはきちゃ駄目って最初の時に約束したよね?」

「ごめん……でも、美鈴ちゃんに言われたんだ。そんな風にのんびり構えてたら、他の野菜やつに茄々子が心奪われちゃうよって。茄々子を待ってる間、学校を案内してもらったけど……美鈴ちゃんの言うとおりだったよ」

 自分の間違いに気づいたというように、ナルは暗い顔をしていた。


「ここには、俺以外の野菜やつがたくさんいた。茄々子が他の野菜やつを食べるのは、しかたないってわかってるんだ。でも、茄々子が心を傾けてくれるのは俺だけだって信じてた。なのに、どうして俺以外のやつにもみずを注いでるの!」

「ここ農業高校だし。私栽培専攻なんだから、野菜くらい育てるよ」

 なんでそんな浮気を問い詰める旦那みたいな感じなんだよ。

 ぶっちゃけ、ナルが野菜だと知らない周りの子たちの視線が痛かった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「今日は焼いてみたんだ。どうかな、ちょっとドキッとする?」

「あぁ、ドキッとした。皮捲れて、中身見えてるし」

 ワイルドな男に女は惚れるのよという美鈴ちゃんのアドバイスで、校門にやってきたナルは、焼きナス使用だった。

 日焼けした男の人くらいにしか見えなかったけど、香ばしい匂いでやばいと思って、すぐに校門から引きあげる。


 これでナルが学校に迎えにくるのは何日目だろうか。

 野菜を知るために育てているのはしかたないけど、学校が終わったら俺だけを見てほしいとの事らしい。


 あの手、この手でナルは私にアピールしてくる。

 この前なんて、チョイ悪も人気があると美鈴ちゃんから聞いて、ナルは日光を絶っていた。

 チョイ悪を、状態の悪い野菜と勘違いしたらしい。

 ナル自身にその魅力は全くわからなかったみたいだけど、私に好かれるためならと頑張って、しおしおになっていた。


 その前は、風呂あがりに女の子はドキッとするとアドバイスされ、茹でナスとして私の前に現れた。

 ナルの次に入ったお風呂は、ほんのりナスの香りがしたので、湯はまるっきり変えて風呂に入った。

 

 

「あのさぁ、いいかげんあんなに好かれてるんだから、ちょっとは相手してやったら?」

 何も知らない友人が、今日も校門前で私を待つナルを見て、そんな事を言う。

 季節は夏から秋になり。

 いつの間にやら、学校では私がイケメンを袖にしているとの噂が立っていて。

 そんなに好かれてるんだから、受け入れてやれよとの意見が多数になっていた。


「そんなこと言われてもね。好かれるなら、普通の男の人がよかったよ」

「贅沢な。あんたの大好きなジル様そっくりのイケメンで、優しくて茄々子しか見えてない。どこが不満だっていうの?」

「……野菜っぽいとこかなぁ」

「草食系ってこと? あぁ、ジル様って性格肉食系だったもんね。いいじゃないそこは調教しちゃえば」

 私の憂いは、悲しいくらいに全く伝わらない。


「別に性格は嫌いじゃないんだよ。犬っぽいし、世話してくれるし。ただ、食べて食べてって迫ってくるのがなぁ……」

「イケメンに迫られて何が不満なのよ。彼、茄々子一筋みたいだけど、冷たい態度ばっかりとってると、他の子に食べられちゃうよ? 結構彼に目をつけてる子いるみたいだし」

 そういう甘酸っぱい話では断じてないのだけど。

 でも、他の子たちに囲まれているナルを見るのは、ちょっぴり複雑な気持ちもあって。

 私は大きく溜息をついた。


●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「どうして茄々子ななこは一度も俺を食べてくれないの? 今秋だよ? 俺、今が旬なのに、食べごろなのに!」

 九月。

 学校から家に帰ると、もう我慢できないと、ナルが訴えてきた。


「そんな事言われても、嫌いなものは嫌いだしさ……」

「っ!」

 あぁもうまた涙目になる。


 ナルは私の好きな少女マンガのヒーロと同じ顔。

 つまりは、好みのど真ん中の顔だ。

 その顔でそんな風にされると、私は弱かった。

 

「あのさ、別にナスが嫌いなんであって、ナル自体は嫌いじゃないよ? 一応愛着も湧いてきたし」

「本当?」

 希望をのせて、私を見てくるナル。

 うるうると潤んだ瞳は、小動物のようだ。

 実際は野菜だけど。


「じゃあ、食べて?」

「それは無理だわ」

 即答する。

 見た目ナルは人っぽくて抵抗あるし、それにやっぱりナスを食べようとは思わない。


「……じゃあ、最初は舐めるだけでいいよ? 先の方だけでもいいし、飲み込まなくていいから、歯ごたえだけでも楽しんでよ」

「なんかもっと無理だわ。言い回し的にアウトだわ」

 反射的に答えてからはっとする。

 ついいつもの癖で突っ込んでしまったけれど、ナルは傷ついたように唇を噛み締めていた。


「どうして茄々子は俺を拒むの? 昔はあんなに俺の事、大好きだったのに」

「いや、昔って会ったの今年の一月だよね」

「違うよ。幼稚園の時、俺を育ててくれたじゃない」

 言われて思い出す。

 

 あれはまだ母が生きていた時の事。

 母が好きなナスを私は一生懸命に育てていた。

 きっと、私が育てたナスを一緒に食べたら、お母さん元気になってくれる。

 幼かった私は、そんな風に思っていた。


 そのナスの鉢植えに、愛情をたっぷりかけて育てたけれど、現実はそううまくいかなくて。

 ナルが小さな実を付けたその日、母は病気で返らぬ人となった。


 あぁ、そういえばその日からだ。

 私がナスを食べなくなったのは。

 父さんが、余計にナスの研究に打ち込むようになったのは。

 忘れていたのに、苦いものが喉までこみ上げてきた。


「俺、茄々子のことちゃんと覚えてる。他の苗は売れていったのに、残って半額で売られてた俺に、茄々子は名前までつけてくれた。毎日話しかけて、水もくれて。あの時、実をつけるのは間に合わなかったけど、嫌われたままなんて俺は嫌なんだ」

 ナルの言葉に、記憶が呼び起こされる。


 あぁ、そうだ。

 実がなりますように。

 そう願って、私はナスの鉢植えにナルと名づけた。

 結局成ったあの実は、枯れて朽ち果ててしまったけれど。


「俺、食べられたいんだよ。美味しいって言われたいんだ」

「……それなら、ちゃんと美味しく食べてくれる、私以外の人のところへ行けばいいでしょ」

 母に食べさせてあげられなかった。

 あんなに育ってくれたナルを、枯らしてしまった。

 嫌な思い出が呼び起こされて、私はついそんな事を言ってしまった。


「……そっか。そうだよね。わかった」

 力なくナルはそう言って、家を出て行ってしまった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 酷いことをナルに言ってしまった。

 あんなの八つ当たりだ。

 本当はナルが嫌いなんじゃなくて、母さんに何もできなかった自分が私は大嫌いだっただけだ。

 それをナルのせいにして、傷つけて。


 帰ってきたら謝らなくちゃ。

 そして、一口だけでもナルを食べよう。

 そう心に決めた。


 けど、なかなかナルは帰ってこなくて。

 次の日になっても、ナルは姿を見せなくて。

 日曜の朝から、ナルを捜して街を歩き回った。


 お昼になって、偶然入った人気の料理店でナルの姿を見つけた。

 コックさんと仲良くお喋りしている。

 なるほどと思う。

 ナルは彼らに料理されることを決めたんだろう。


 心配して損したと思った。

 私じゃなくても、食べられる相手は誰だっていいんじゃないか。

 自分勝手なもので、そう思うと妙にむかむかした。


「すいません、これ私のナスなので、連れて帰ります」

「茄々子?」

 気づけば、私はナルをその場から連れ去っていた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「なんでにやにやしてるのよ」

「だって茄々子、俺のこと迎えにきてくれて、私のナスって言ってくれた」

 公園のところまできて立ち止まる。

 私に手を引かれるナルは、幸せそうな顔をしていた。


「あれは……」

「心配しなくても、俺が食べられたいのは、茄々子だけだよ? 他の誰でもない、茄々子に食べられたいんだ。ヘタの先まで茄々子に食べられたい」

 さすがにヘタは棘々してるから勘弁してほしいとかそういう事も、頬を赤らめて、両手をぎゅっと握られてしまえば言うことができなくなった。


「俺ね、茄々子の手が好きだよ。荒れてて、土の香りがして、触られてると指先から愛を感じるから。この手を、この口を、茄々子の全部を俺で満たしてあげたいってずっと思ってた。茄々子が俺にくれたものを、返したかったんだ」

 真っ直ぐな目で、見つめられて。

 不覚にもちょっぴり胸が高鳴る。


「一流の人に料理してもらえば、茄々子が食べてくれるんじゃないかって思ったんだ。本当は茄々子以外のヤツに料理されるなんて嫌だったけど、無理言って頼みに行った」

 どうやら、ナルが店にいたのはそういう理由らしい。


「そしたら、言われたよ。お前は料理を食べさせることが目的なのか。違うだろう、その先にある、彼女の笑顔がみたいんじゃないのかって。はっとしたよ。俺、大切なことを見失ってた」

「ナル……」


「例え茄々子が俺を食べてくれなくても、茄々子が笑ってくれるなら、俺はそれでいいよ」

 そう言ったナルだけど、無理をしてるのは明らかだった。

 こんな優しくて私思いな野菜を、私は他に知らない。


「私こそごめん。ナルが野菜でナスだからって、酷い事いっぱい言った。食べる努力もしなかった。これからちょっとずつ食べられるようになるから……だから、私だけの野菜でいてよ」

「……うん、俺はいつだって茄々子だけのものだよ!」

 私の言葉に、ナルが嬉びを抑えられないように抱きついてくる。


「ねぇ、茄々子。早速だけどちょっとだけ、俺を味見してみない?」

「うーでも、どこかかじらないといけないんだよね?」

 家まで我慢できないというように、ナルが言う。

 でも、それはやっぱり抵抗があった。


「俺の手を舐めるだけでもいいよ?」

「外でそれしたら変態だよね。あと、外側じゃ本体の味しないと思うけど」

「それもそうだよね……あっ、これだ!」

 困ったようにしていたナルが、周りを見てひらめいたというような声を出した。


 何かヒントでもあったのかと思って、その視線の先を追う。

 カップルがキスをしていて、はっと思ったときにはもう遅い。

 ナルに顔をぐいっと引き寄せられて、唇を重ねられていた。


「……どう? 俺の味した?」

 少し蕩けたような顔で、ナルが訪ねてくる。

「……いきなりだったから、わかんない」

「そっか、それならもう一度」

 これナルが味見されているというより、私が味見されてるんじゃないか。

 そんな戸惑いがあったけれど。


 こういう味なら、ナスも悪くない。

 そんな事を思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「うりぼう杯」他作品&結果は こちらから。主催の日向夏様のページに飛びます。
 続編「食べて食べられる」もよければどうぞ。
― 新着の感想 ―
[良い点] 読みました。うん、なんていうか……全体的にキレイな文章で素敵なストーリーゆえにアレなネタのアレさがなお際立つというかなんというかアレですね ひどい(笑)
[良い点] いかがわしい点 [気になる点] いかがわしい点 [一言] お互い何一つとして嘘ついてないのに周りから誤解されまくるところは楽しいですね あと麻婆茄子食べたいですw
[良い点] 無性に茄子が食べたくなりました。(肉味噌あえだな)
2014/10/02 00:33 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ