さぁ、俺というナスを召し上がれ!
日向夏様主催のうりぼう杯の参加作品です。お題は茄子で、ジャンルはコメディです。
下ネタちっくな言動がありますが、清い心で見れば健全なシーンなのでR15はつけてません。
「さぁ、俺というナスを召し上がれ!」
「誰が食うか、こんな変態ナス!」
腕を大きく広げて私に笑いかける、紫の髪をしたイケメンに、とりあえずフォークを刺してやる。
「っ、茄々子もっと優しくしてよ。でもまぁ、フォークを刺してくれたということは、ようやく俺を食べる気になってくれたんだね。どこもかしこも熟れている俺を、さぁ食べて!」
キラキラとした目で、私を見てくるこの紫髪のイケメンは、ナスの化身だ。
私に食べられることを、至上の目的としている。
どうしてこうなってしまったのか。
それには、深いようでまったく深くない事情があった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
私の父は、植物学者であり、科学者だった。
そしてナスに愛を注ぐ変な人だった。
素晴らしいナスを作ることに人生を注いでいた父は、愛娘である私が、愛するナスを食べられないことを心の底から残念に思っていた。
ぶっちゃけ、私がナス嫌いなのは父のせいだ。
日本人だというのに、我が家の主食は幼い頃から米じゃなかった。
ナスだった。
学校給食でどうしてナスが毎日出てこないのか不思議に思って、そこでうちの家が変なんだと気づいた。
そして、絵画に始まり、家の壁紙に食器の柄まで全部ナスなうちの家。
ここまでナスづくしだと、嫌いにもなる。
幼い頃に食べ過ぎて、ナスなんてもう見たくもなかった。
さらに言えば、父はナスの事ばかりで構ってくれなくて、寂しい思いをして育ったという理由もあった。
まぁそれは置いといて。
父はナス嫌いに育った私に、どうにかナスを好きになってもらおうと考えたようだ。
そこで、私の好きなものとナスを組み合わせようと考えついたらしい。
私は少女マンガに出てくる、とあるキャラが大好きだった。
名前をジル様という。
二十代前半で、さらさらの髪に、怜悧な目元。
オレ様で少しSの気があり、クールな言動が魅力。
けれど、ヒロインにだけは時折可愛い面を見せる、ギャップのあるキャラだ。
「はぁ、ジル様可愛い。食べちゃいたい」
うっかりマンガを読みながら、そう言ってたのを父は聞いていたようで。
何を思ったか、ナスとジル様を掛け合わせてしまった。
そして出来上がったのが、目の前にいる『茄子ジル様型』通称『ナル』だ。
父の最高傑作にして、謎の生き物。
見た目はジル様そっくりなんだけど、髪も目も紫。
体はナスの味がするらしい。
一度我が家の愛犬チャッピーに齧られたところを見たことがあるけれど、欠けた腕からはナスの果肉が見えていて、血がでてくるよりもある意味ホラーだった。
まぁ、すぐに元に戻ったんだけどね。
ちなみにナルの主食は水。
時々植物栄養剤。
あと多分、日光。
曇りの日ばかりになると、元気がなくなり髪が色あせたりする。
この三つさえあれば、体を食べられてもしばらくすると元どおりになるらしい。
「茄々子、父さんはお前に辛い思いをさせてきた。父さんの事を嫌いになったってしかたないと思う。でも、ナスだけは。母さんの愛したナスだけは嫌いにならないでくれ……」
それが父さんの最後の言葉。
私は父さんの最後の研究の成果であるナルと、二人っきりで生活する事になったのは、今年の初めの事だ。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
父さんが父さんだっただけに、私は順応力が高かった。
家に人型のナスがいようとも、夏になる頃には大分なれてしまっていた。
「お帰り、茄々子。ご飯にする? 一緒にお風呂(茹でナス)にする? それとも俺を頂いちゃう?」
学校から帰ったら、ナルが裸エプロンで出迎えてくれる。
ナルはいつも何から情報を仕入れているんだろう。
選択肢にナスしかないことを突っ込むべきか、それとも裸エプロンから突っ込むべきか。
そんなことを悩んでいたら、ナルが私が手にしていたスーパーのビニール袋を見てよろめいた。
「な、茄々子。俺というものがありながら、浮気だなんて!」
何を言ってるんだこのアホナスは。
袋の中には、隣のおばちゃんから貰ったトマトが入っていた。
「たしかに俺にはこいつのようなビタミンはないよ。94パーセントくらいは水分だし。赤いやつが戦隊ものでもリーダーで、紫なんて影も形もない。でも、俺の紫にはポリフェノールが含まれていて、生活習慣病にいいんだからな!」
「何を張り合ってるんだお前は」
涙目のナルに呆れながら、家の中に入る。
ナルはトマトとジャガイモとピーマンに対して、なぜかライバル心を持っていた。
実はこの三つ、ナスと同じナス科らしい。
やつらを食べるくらいなら、俺を食べればいいじゃんというのがナルの主張だった。
「ねぇ、どうしてトマトはそんなにおいしそうに頬張るのに、俺は頬張ってくれないの? 赤く丸いそいつより、黒光りしてる俺のほうが大きくてぷりぷりしてて、美味しいよ?」
サラダのトマトを食べる私の横で、ナルが何か言っている。
私の大好きなジル様と同じ、艶っぽい声で、誘惑するように。
ちょっと卑猥に聞こえるのは、私の脳が腐ってるからなんだろうか。
いや、たぶんナルの声が無駄にイケメンボイスだからだ。
無心になれ、私。
これはジル様じゃない。ただのアホナスだ。
「俺も茄々子に食べられたいな。茄々子のその可愛い口を俺でいっぱいにして、体も心も俺のことしか考えられないようにしちゃいたい……」
己の願望を声に出すナルの声は、吐息交じりだ。
想像して、それに興奮しているという様子だった。
イケメンで、野菜じゃなければおまわりさんを即呼んでいるところだ。
「ナルって、いちいち言い方がアレだよね。天然? 天然なの?」
「天然? もちろん俺は肥料からこだわって作られた有機野菜だよ!」
うん、会話がかみ合わない。
有機っていうか、怪奇野菜だろ。
ジル様はこんなキャラじゃなかったのに、ナルの性格は父に似て残念仕様だった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
自分を食べろと言ってくることと、残念な言動を差し引けば、ナルはとてもいい同居人だった。
私が高校に行っている間、部屋を掃除したり、洗濯をしてくれたりする。
ちなみにナルは料理もできるが、もれなくナスが入ってくるので作らせたりはしない。
ナルと暮らし始めて初期の頃は、よくナルは私に料理を勧めてきた。
一見ナス料理と見えないものもあったけど、ナルの腹の辺りが妙にへこんでたり、腕に包帯が巻かれてたりすると、食べる気をなくした。
たぶん体の一部を……いや、考えるのはよそう。
そんなわけで、私は同居してから半年たっても、ナルを一度も食してなかった。
「俺、気づいたんだ。最近、茄々子にナスとして認識されてないんじゃないかって。むしろ都合のいいヒモとか、家政婦くらいにしか思われてないんじゃないかって」
深刻な顔で、ある日ナルがそんなことを言ってきた。
「ナスよりずっといいじゃん」
「よくないよ! 俺はちゃんと茄々子に食べてもらいたい。そう隣の美鈴ちゃんに相談したら、言われたんだ。ナル兄はちゃんと相手に丸ごとぶつかっていってるのかって」
正直な感想を返したら、ナルはそれじゃ駄目なんだと首を横に振った。
ちなみにナルの相談相手は、隣の家の自称モテガール美鈴ちゃん(7歳)だ。
すでにこの歳にして、彼氏が3人もいる。
以前ナルが裸エプロンをしていたのも、美鈴ちゃんの入れ知恵らしい。
「相手に好かれたいなら、姑息な手段なんて使わずに、己の実一つで体当たりするべきよって言われたんだ。嫌われたくないからって、大切なものを隠したら、伝わるものも伝わらないって。それって男として意識されてないんだよって言われた」
正直、小学生に相談するナルもナルだが、美鈴ちゃんの将来もちょっぴり心配な今日この頃。
あと多分、ナルと美鈴ちゃんの会話は食い違ってる。
でも成立しちゃってるあたり、超不安でしかない。
「確かに美鈴ちゃんの言うとおりなんだ。俺、実を細かく刻んでハンバーグに入れたり、自分を隠しても食べてもらうことしか考えてなかった」
なんで感銘を受けたみたいな顔してるんだろうね、このナスは。
頭に何がつまってるんだろう。
果肉かな?
「俺、明日から茄々子にちゃんと俺自身を意識してもらえるよう、頑張るから!」
そう宣言したナルに、私は嫌な予感しかしなかった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「見て見て、校門前に超カッコいい人がいる!」
「あっ、本当だ。誰か待ってるのかなぁ」
次の日、授業が終わって帰ろうとしたら、窓の外を見ながら女の子たちが騒いでいた。
「どこの国の人なのかな。髪の毛変わった色だけど」
彼氏にお迎えとか、いいなぁ。
私とは無縁の話だね。
そんなことを思っていたら、なんだかちょっと嫌な予感がした。
ちらりと窓の外を見たら、女の子たちに囲まれているナルの姿があった。
即効で門まで走って行った。
「茄々子、迎えにきたよ!」
ぱぁっと私を見て、ナルが顔を輝かせる。
「えっ、何。この子がお兄さんの彼女?」
「ううん。彼女じゃないよ。俺が一方的に、食べられたい人」
きゃーと女の子たちが興奮した声を上げる。
何いかがわしいこと言ってくれてるんだコイツは。
「なんで迎えにきたの! 学校にはきちゃ駄目って最初の時に約束したよね?」
「ごめん……でも、美鈴ちゃんに言われたんだ。そんな風にのんびり構えてたら、他の野菜に茄々子が心奪われちゃうよって。茄々子を待ってる間、学校を案内してもらったけど……美鈴ちゃんの言うとおりだったよ」
自分の間違いに気づいたというように、ナルは暗い顔をしていた。
「ここには、俺以外の野菜がたくさんいた。茄々子が他の野菜を食べるのは、しかたないってわかってるんだ。でも、茄々子が心を傾けてくれるのは俺だけだって信じてた。なのに、どうして俺以外のやつにも愛を注いでるの!」
「ここ農業高校だし。私栽培専攻なんだから、野菜くらい育てるよ」
なんでそんな浮気を問い詰める旦那みたいな感じなんだよ。
ぶっちゃけ、ナルが野菜だと知らない周りの子たちの視線が痛かった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「今日は焼いてみたんだ。どうかな、ちょっとドキッとする?」
「あぁ、ドキッとした。皮捲れて、中身見えてるし」
ワイルドな男に女は惚れるのよという美鈴ちゃんのアドバイスで、校門にやってきたナルは、焼きナス使用だった。
日焼けした男の人くらいにしか見えなかったけど、香ばしい匂いでやばいと思って、すぐに校門から引きあげる。
これでナルが学校に迎えにくるのは何日目だろうか。
野菜を知るために育てているのはしかたないけど、学校が終わったら俺だけを見てほしいとの事らしい。
あの手、この手でナルは私にアピールしてくる。
この前なんて、チョイ悪も人気があると美鈴ちゃんから聞いて、ナルは日光を絶っていた。
チョイ悪を、状態の悪い野菜と勘違いしたらしい。
ナル自身にその魅力は全くわからなかったみたいだけど、私に好かれるためならと頑張って、しおしおになっていた。
その前は、風呂あがりに女の子はドキッとするとアドバイスされ、茹でナスとして私の前に現れた。
ナルの次に入ったお風呂は、ほんのりナスの香りがしたので、湯はまるっきり変えて風呂に入った。
「あのさぁ、いいかげんあんなに好かれてるんだから、ちょっとは相手してやったら?」
何も知らない友人が、今日も校門前で私を待つナルを見て、そんな事を言う。
季節は夏から秋になり。
いつの間にやら、学校では私がイケメンを袖にしているとの噂が立っていて。
そんなに好かれてるんだから、受け入れてやれよとの意見が多数になっていた。
「そんなこと言われてもね。好かれるなら、普通の男の人がよかったよ」
「贅沢な。あんたの大好きなジル様そっくりのイケメンで、優しくて茄々子しか見えてない。どこが不満だっていうの?」
「……野菜っぽいとこかなぁ」
「草食系ってこと? あぁ、ジル様って性格肉食系だったもんね。いいじゃないそこは調教しちゃえば」
私の憂いは、悲しいくらいに全く伝わらない。
「別に性格は嫌いじゃないんだよ。犬っぽいし、世話してくれるし。ただ、食べて食べてって迫ってくるのがなぁ……」
「イケメンに迫られて何が不満なのよ。彼、茄々子一筋みたいだけど、冷たい態度ばっかりとってると、他の子に食べられちゃうよ? 結構彼に目をつけてる子いるみたいだし」
そういう甘酸っぱい話では断じてないのだけど。
でも、他の子たちに囲まれているナルを見るのは、ちょっぴり複雑な気持ちもあって。
私は大きく溜息をついた。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「どうして茄々子は一度も俺を食べてくれないの? 今秋だよ? 俺、今が旬なのに、食べごろなのに!」
九月。
学校から家に帰ると、もう我慢できないと、ナルが訴えてきた。
「そんな事言われても、嫌いなものは嫌いだしさ……」
「っ!」
あぁもうまた涙目になる。
ナルは私の好きな少女マンガのヒーロと同じ顔。
つまりは、好みのど真ん中の顔だ。
その顔でそんな風にされると、私は弱かった。
「あのさ、別にナスが嫌いなんであって、ナル自体は嫌いじゃないよ? 一応愛着も湧いてきたし」
「本当?」
希望をのせて、私を見てくるナル。
うるうると潤んだ瞳は、小動物のようだ。
実際は野菜だけど。
「じゃあ、食べて?」
「それは無理だわ」
即答する。
見た目ナルは人っぽくて抵抗あるし、それにやっぱりナスを食べようとは思わない。
「……じゃあ、最初は舐めるだけでいいよ? 先の方だけでもいいし、飲み込まなくていいから、歯ごたえだけでも楽しんでよ」
「なんかもっと無理だわ。言い回し的にアウトだわ」
反射的に答えてからはっとする。
ついいつもの癖で突っ込んでしまったけれど、ナルは傷ついたように唇を噛み締めていた。
「どうして茄々子は俺を拒むの? 昔はあんなに俺の事、大好きだったのに」
「いや、昔って会ったの今年の一月だよね」
「違うよ。幼稚園の時、俺を育ててくれたじゃない」
言われて思い出す。
あれはまだ母が生きていた時の事。
母が好きなナスを私は一生懸命に育てていた。
きっと、私が育てたナスを一緒に食べたら、お母さん元気になってくれる。
幼かった私は、そんな風に思っていた。
そのナスの鉢植えに、愛情をたっぷりかけて育てたけれど、現実はそううまくいかなくて。
ナルが小さな実を付けたその日、母は病気で返らぬ人となった。
あぁ、そういえばその日からだ。
私がナスを食べなくなったのは。
父さんが、余計にナスの研究に打ち込むようになったのは。
忘れていたのに、苦いものが喉までこみ上げてきた。
「俺、茄々子のことちゃんと覚えてる。他の苗は売れていったのに、残って半額で売られてた俺に、茄々子は名前までつけてくれた。毎日話しかけて、水もくれて。あの時、実をつけるのは間に合わなかったけど、嫌われたままなんて俺は嫌なんだ」
ナルの言葉に、記憶が呼び起こされる。
あぁ、そうだ。
実がなりますように。
そう願って、私はナスの鉢植えにナルと名づけた。
結局成ったあの実は、枯れて朽ち果ててしまったけれど。
「俺、食べられたいんだよ。美味しいって言われたいんだ」
「……それなら、ちゃんと美味しく食べてくれる、私以外の人のところへ行けばいいでしょ」
母に食べさせてあげられなかった。
あんなに育ってくれたナルを、枯らしてしまった。
嫌な思い出が呼び起こされて、私はついそんな事を言ってしまった。
「……そっか。そうだよね。わかった」
力なくナルはそう言って、家を出て行ってしまった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
酷いことをナルに言ってしまった。
あんなの八つ当たりだ。
本当はナルが嫌いなんじゃなくて、母さんに何もできなかった自分が私は大嫌いだっただけだ。
それをナルのせいにして、傷つけて。
帰ってきたら謝らなくちゃ。
そして、一口だけでもナルを食べよう。
そう心に決めた。
けど、なかなかナルは帰ってこなくて。
次の日になっても、ナルは姿を見せなくて。
日曜の朝から、ナルを捜して街を歩き回った。
お昼になって、偶然入った人気の料理店でナルの姿を見つけた。
コックさんと仲良くお喋りしている。
なるほどと思う。
ナルは彼らに料理されることを決めたんだろう。
心配して損したと思った。
私じゃなくても、食べられる相手は誰だっていいんじゃないか。
自分勝手なもので、そう思うと妙にむかむかした。
「すいません、これ私のナスなので、連れて帰ります」
「茄々子?」
気づけば、私はナルをその場から連れ去っていた。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「なんでにやにやしてるのよ」
「だって茄々子、俺のこと迎えにきてくれて、私のナスって言ってくれた」
公園のところまできて立ち止まる。
私に手を引かれるナルは、幸せそうな顔をしていた。
「あれは……」
「心配しなくても、俺が食べられたいのは、茄々子だけだよ? 他の誰でもない、茄々子に食べられたいんだ。ヘタの先まで茄々子に食べられたい」
さすがにヘタは棘々してるから勘弁してほしいとかそういう事も、頬を赤らめて、両手をぎゅっと握られてしまえば言うことができなくなった。
「俺ね、茄々子の手が好きだよ。荒れてて、土の香りがして、触られてると指先から愛を感じるから。この手を、この口を、茄々子の全部を俺で満たしてあげたいってずっと思ってた。茄々子が俺にくれたものを、返したかったんだ」
真っ直ぐな目で、見つめられて。
不覚にもちょっぴり胸が高鳴る。
「一流の人に料理してもらえば、茄々子が食べてくれるんじゃないかって思ったんだ。本当は茄々子以外のヤツに料理されるなんて嫌だったけど、無理言って頼みに行った」
どうやら、ナルが店にいたのはそういう理由らしい。
「そしたら、言われたよ。お前は料理を食べさせることが目的なのか。違うだろう、その先にある、彼女の笑顔がみたいんじゃないのかって。はっとしたよ。俺、大切なことを見失ってた」
「ナル……」
「例え茄々子が俺を食べてくれなくても、茄々子が笑ってくれるなら、俺はそれでいいよ」
そう言ったナルだけど、無理をしてるのは明らかだった。
こんな優しくて私思いな野菜を、私は他に知らない。
「私こそごめん。ナルが野菜でナスだからって、酷い事いっぱい言った。食べる努力もしなかった。これからちょっとずつ食べられるようになるから……だから、私だけの野菜でいてよ」
「……うん、俺はいつだって茄々子だけのものだよ!」
私の言葉に、ナルが嬉びを抑えられないように抱きついてくる。
「ねぇ、茄々子。早速だけどちょっとだけ、俺を味見してみない?」
「うーでも、どこか齧らないといけないんだよね?」
家まで我慢できないというように、ナルが言う。
でも、それはやっぱり抵抗があった。
「俺の手を舐めるだけでもいいよ?」
「外でそれしたら変態だよね。あと、外側じゃ本体の味しないと思うけど」
「それもそうだよね……あっ、これだ!」
困ったようにしていたナルが、周りを見てひらめいたというような声を出した。
何かヒントでもあったのかと思って、その視線の先を追う。
カップルがキスをしていて、はっと思ったときにはもう遅い。
ナルに顔をぐいっと引き寄せられて、唇を重ねられていた。
「……どう? 俺の味した?」
少し蕩けたような顔で、ナルが訪ねてくる。
「……いきなりだったから、わかんない」
「そっか、それならもう一度」
これナルが味見されているというより、私が味見されてるんじゃないか。
そんな戸惑いがあったけれど。
こういう味なら、ナスも悪くない。
そんな事を思った。