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内緒のラブストーリー
作:藤村香穂里



第31話 キス


 玄関の鍵を回し、そうっとドアを開ける。
 明かりは、玄関口の照明のみ。
 手探りで壁をさぐり、廊下の電気を点ける。
 家族はみんな寝てしまった様子で、中はしんと静かだ。
 携帯を開いて見ると、もう午前1時をゆうに回っている。
 いくら大晦日から元旦にかけてとは言え、当然だろう。
 大体、元々我が家は寝るのが早い。
 物音をたてない様に抜き足、差し足で廊下を歩く。
 そうして自分の部屋にたどり着くと、コートを脱いで部屋の真ん中にへなへなと座り込んだ。
 体がふわふわして、半分夢見心地。
 今までマスターと過ごしていた興奮がしずまらない。

 花火を見ていた屋上で、マスターがくれた一回のキスで、私は思考が飛んでしまった。
 今、何が起こったのかにわかに信じられなくて。
 くちびるを離すと、薄明かりに照らされたマスターの顔が近くにあった。
 磁石がすいつくみたいにまたくちびるがくっつく。
 顔を離して、思わずお互いクスリと笑いあう。
 ひとつ禁を破ってしまった共犯者だから? 
 ううん。照れ隠しもあったかも。
 それから幾度となくキスを繰り返し、気がつくと、マスターに抱え込まれるように膝の上に乗っていた。

 だってね。
 今まで、ほとんど黒薔薇でしか会えなかったから。
 抑えこんでいた気持ちが、たががはずれたみたいにあふれ出していた。
 オークションが終了してしまった時は、ハプニングでこんな体勢になってしまったけれど、今は明らかに違う。
 離れたくなくて、両手を広げマスターを抱きしめた。
 次にマスターとこんな風に二人きりでに会えるのはいつだろう。
 胸が痛くなって、閉じた目から涙がこぼれる。

「何で泣くの」

 少し体を引くと、気配に気づいたマスターが腕を緩めた。

「だって」

 顔を見合わせると、またマスターの顔が近づいてきた。
 人差し指でそのくちびるを止める。

「このくちびるが悪い……」

 マスターは身を引くと、ぱくりと私の指をくわえた。

「あ」

 慌てて指を引っこ抜く。もうマスターったら信じられない。
 見つめあうと、今度は自分からマスターのくちびるを迎えに行く。
 誰に習ったわけでもないのに自然にこんな動作が出来てしまう自分に驚きながら。
 くちびるを離す。
 マスターがお返しとばかりに包み込むようにくちびるを覆う。
 今度はもうちょっと長く。

「誰かに見られるかもよ」

 私はいたずらっぽく言った。
 何回繰り返したかわからなくなったキスの後で、もはや意味を成さない言葉をあえて口にした。
 冷静に考えれば、5階建てのビルの屋上とは言ってもここは外。
 しかも繁華街にあるここの周りには高いビルやホテルが立ち並んでいる。

「いや。暗いし。ま、覗きたかったら、覗かせておけばいいんじゃない」

「そっか……」

 故意に覗こうとしない限り、明るい部屋から暗い外なんて、はっきり見えるものじゃない。
 マスターは、私の額に鼻の頭に頬に口付けると、そのままアンサンブルのタンクトップから覗く鎖骨をくちびるでなぞった。
 胸に顔をうずめられ、母親みたいな気分になって、マスターの頭を抱きしめる。
 一回りも上のマスターがたまらなく愛しかった。
 どれだけの時間が経過しただろう。 

「さぁて、帰るか……。屋上で凍死する前に」

 朝帰りはNGだって親から言われた事を最初にマスターに告げていたから、それはそうなんだけど。
 キスしておきながら、保護者然として言うマスターが少しばかり憎らしい。
 首をかしげ、不満気にマスターを見つめた。

「いい加減に帰ってくるように言われているんだろう?」

 言い含めるような優しげなマスターの瞳。 
 そのとおり。現実、帰らなきゃいけない。
 渋々うなずいた。
 もう一回、マスターが軽くちゅっとくちびるに触れる。

「これで、おしまい」

 マスターがクスッと笑った。
 それから、もうとっくにアルコールは抜けているからと、車で家まで送ってくれた。
 ハンドルを握りながら、「今日は、喜和子の夢見て寝るかな」って一言。
 “ちゃん”が取れていることに体を熱くしながら、おやすみなさいを言って車から降りた。


 今まで抑え気味のストーリーで、いろんなエピソードを入れてゆるい展開だったので、今回、一気にドッカーンと書きました。
 ハズカシさをかなぐり捨てまして。
 読者さんに引かれないことを祈っております。どんなものですかね……。 
                            








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