内緒のラブストーリー(3/47)PDFで表示縦書き表示RDF


 大人気ない対応をしてしまったことを気に病んだ喜和子は謝りがてらに『黒薔薇』のマスターの所に遊びに行きます。
内緒のラブストーリー
作:藤村香穂里



第2話 喜和子。喫茶『黒薔薇』へ行く


 仕事帰り。
 午後6時ごろに職場を出る。
 私の足は喫茶『黒薔薇』に向いていた。
 昭和30年代から営業しているこのお店は、リニューアルを繰り返しつつも古き良き雰囲気を失わずに保っている。
 入り口の木製のドアを開けると、カラカラとドアに取り付けられた鐘の音が鳴った。
 お客さんは、テーブル席に何組かいるだけでカウンターは空だ。
 中途半端な時間帯だったかもしれない。
 マスターは、私を見つけると、軽く微笑んだ。
 その表情は私に「来たか……」って言ってるみたいだった。
 私も軽く会釈すると、カウンターの一番はじっこのコーナー部分に座った。
 隣の椅子にバッグを置く。
 香織さんと一緒に岩盤浴に行った帰りに買ったエルメス。
 今となっては、買い物をしまくっていた頃が恨めしいけれど、せめてフルに使って元を取らなくては。
 コーヒーを落としているマスターに声をかけた。

「この間は、ごめんなさい」

 マスターは私のほうを向き、ちょっと考えた風だったけど「ああ……」と合点がいったようにうなずいた。

「香織さんにも知られたくなかったんだな」

「なんかね。言うときは自分から言いたかったから」

 マスターは「そうか……」と言うと、一旦コーヒーを運んでカウンターの外に出て行った。
 他のテーブルでオーダーを取っているらしいマスターの声が聴こえてくる。
 手持ち無沙汰な私は、右手で頬杖をついて、携帯をいじり始める。
 受信メールを開き、ぼんやりと過去の友達からのメールを見直す。
 合コン話の内容。
 この頃は、絶好調でお金を使っていた頃だ。
 マスターは戻ってくると、再びコーヒーを落とし始めた。

「喜和子ちゃんもブレンドコーヒーでいい?」

 なんだか疲れていた。

「あー。甘いのがいいな。カフェオレで」

 しばらくして、カフェオレが私の前に置かれた。

「今日は、俺のおごり」

 マスターが言い、私は「えっ?」と、マスターの顔を見上げた。

「この間のおわび」

「いいよ」って言おうかと思ったけど、「はい。そうですか」とマスターがコーヒーを引っ込めるわけがない。

 ここは好意に甘えて、ありがたく戴こう。

 砂糖を流し込んでかき混ぜる。
 右手に取っ手をつかみ左手で包み込むようにカップを持つと、ふーっと冷まして一口飲んだ。
 ほろ苦く甘いミルクが喉にしみこんでいくようで、おいしかった。

「マスター。やさしいね」

 声をかけると「ふん。たまにはな」と返事が返ってきた。
 ここが安らぐのは、マスターの人柄のせいだろうか。
 それともマスターが38歳と、私よりも一回りも年上だから安心できるのだろうか。
 もっともマスターが8月生まれで私が6月生まれだから11歳差の時もある。
 まぁ、大した変わりはないけれど。
 店内に新たなお客さんが入ってくる気配はない。
 マスターは、先ほどのお客さんにコーヒーを運び終えると、カウンター内の椅子に腰を下ろした。

「相変わらず家に居づらいか」

「うん」

 私はうなずいた。
 300万円の一件はもう母は何も言わなかった。
 そうしたら今度は赤字の事がよみがえってきた。
 あれは、借り入れでかたがつくはず。
 母にばれないように気をつけなくちゃ。
 だけどなぁ。
 借金か……。

 私は、一つ大きなため息をつく。

「どうしたんだよ。300万の一件でまだ怒られてるのか?」

「そうじゃないんだけど」私は口ごもる。

 マスターはすっかり話を聴く体勢になっている。
 自分が遊びに来いって言ったから?

「言えよ。何でも聴いてやるぞ」

 どうしようかな……。
 カップの取っ手をもてあそびながら切り出した。

「あのさ……」

 マスターは、じっとこちらを見た。
 その表情は34歳のうちの兄よりも若々しい。
 多分、兄のように禿げてないからだ。
 白髪になるタイプだから染めてるって言ってたっけ。
 店の照明にあたった部分がほんのり茶色い。
 その顔を見ながら、マスターって結構、顔立ち整ってるんだ……と再認識。

「どうした?」

「残額の読み違いで、借金、作っちゃった」

 マスターの目を見て言えなくて、うつむいてそれだけ言った。

「何!?」

 マスターの驚いた声。ああ。そんな大きな声で言わないで。
 店内のお客さんが反応してこちらを見る。
 マスターはあたりを気にして、慌てて声を潜めると、身をかがめ、体を乗り出した。

「どう言うことだよ!」

 ちょっと口調が怒っている。

「カードの引き落とし金額が通帳の残額よりも大きいの」

 今度は、端的に言った。

「あ〜あ……やっちゃったのか」

 マスター。呆れてるんだろうな。
 だって、何でも聴いてやるって言ったじゃない。

「で、どうするんだ」

 どうするんだと言われましても……。
 その腕組み、その口調。止めて欲しい。
 何だか詰問されてるみたいだ。
 
「定額を担保に郵便局から借りる」

 ぴしっとそれだけ言うのが精一杯だった。

「さすが喜和子ちゃんだね。ちゃんと考えてるって訳か」

 ああ。その言い方、何だかいやみっぽいよ。
 そもそも考えなしだから借金作ったのに。
 次の言葉が出ずにまた黙り込むとマスターが言った。

「もうちょっと考えて使えば良かったな。言ったぞ、俺。使いすぎで借金にならないようにって!」

 ああ。もう充分、自分に嫌気がさしているんです。
 だから怒らないで欲しい。

「ごめんなさい」

 何故、マスターにごめんなさいを言ってるんだろう。そうだ。忠告を聞かなかったからだ。

「いくら足りないの」

 私は口ごもった。
 それを言ったらまた怒るでしょ。
 そんなに! って。
 マスターは、腕組みを解くと私の表情を読み取ったかのように言った。

「怒らないから言ってごらん」 

 私は上目遣いにマスターを見た。

「ホントに怒らない?」

「ああ」

 マスターは、うなずいた。

「203,500円の請求が来たんだけど、通帳残は88,000円ぐらいなの」

 それを聞いたマスターは、黙り込んだ。
 あの、黙り込まれると怖いんですけど……。

「え〜と、12万弱の赤字か」

 その沈黙は、どうやら頭の中で計算していたからのようだ。
 ちょっとほっとする。

「引き落としはいつだ?」

「来週の火曜日」

 そうか……とまた腕組みをして、来週火曜か……とつぶやくマスター。

 郵便局から借りる事にしたんだから、私の中ではもう終わった話だ。
 マスターには関係ないんだからさらっと聞き流してくれればいいのに。
 聞いてくれるだけでいいんだから。
 その腕組みがちょっと厭だ。

「喜和子ちゃん」

「ふぇっ?」

 私が思ったこと、見えてないよね……。

「リボ払いって知ってるか? ああ、でも引き落としが迫ってるからなぁ」

 勿論、知っている。
 でも赤字になるとも思っていないから、カードを使うときはいつも一括支払いだった。

「それは、知っているけど。いつも一括支払いにしていたから」

「カード会社の案内にさ、途中から支払い方法変更できるとか書いてなかったか? でもなぁ。来週の火曜日なら変更、間に合わないか……」

 あ。そうか……。
 途中で支払い方法を変更できるとか、あったような。
 でもさすがにもう変更はきかないだろう。

「多分……間に合わない。でも、次の請求が来たらそうする」

 リボ払いがすっと出てくるなんてさすがマスター。年の功だ。
 借金するのは、今回だけ。
 あとはきつくても月々の給料からリボ払いで払って。
 頭の中で今後のシミュレーションをしてみる。
 月々2万円のリボ払いとしてもコンスタントに2万円ずつ取られるのは、かなり苦しい。
 とりあえず、お昼は毎日お弁当必須で、コンビニで買ったり外食するのはやめて、遊びに行くのも控えて。
 ボーナスが出たら返済用にプールしておこう。

「まだ請求が来るのか?」
 
 マスターは怪訝な顔だ。
 その表情にはっと気づく。
 何気なくした次回の請求の話で、私は墓穴を掘ってしまったようだ。

「あ。ええ、まぁ」

「この際だ。全部でどれだけ足りないんだ。言ってみろ」

 また怒らないでよ……。
 
「ええと……全部で50万くらい」

 マスターは目を丸くした。

「喜和子ちゃん。使ったなーっ」

 また沈黙。マスターは呆れているんだろう。
 これで隠してることは何もない。
 マスターだけでも話せたから、気持ちが軽くなった。
 マスターは、何やら考えてるみたいだ。

「喜和子ちゃん」

「はい」

「明日も来いよ」

 ん? ここには、ちょくちょく来るつもりではあるけれど。
 正直、コーヒー代をケチりたい気持ちもなくはないが、これから切り詰めて生活していかなきゃならない。
 この程度の気分転換がなければ、本当に滅入りそうだもの。

「勿論。来るわ」

「貸してやるよ」

「え?」

「12万円」

 その言葉に、私は信じがたい思いでマスターを見つめた。


 なんとまぁ、太っ腹なマスターでした。
 12万円なのよ。1万2千円じゃないのよ? と驚く喜和子……。








「この作品」が気に入ったらクリックしてENTERを押し、投票してください。(月1回)


ネット小説ランキング>恋愛シリアス部門>「内緒のラブストーリー」に投票



いいなと思ったら拍手ください。 web拍手を送る








ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう