第27話 大晦日
大晦日。
午前中のうちに簡単に自分の部屋に掃除機をかける。
散らばったものを重ねて整頓している中に置きっぱなしの雑誌を見つけた。
まだ散財していたろ、買ったファッション誌。12月号と言う事は、その前の月に買ったものだ。
カードの請求が来たのが、この直後だった。
ずっしりと重たいファッション誌を膝の上に乗せてパラパラとめくる。
流行モノの洋服を着こなしたモデルがポーズをつけているの幾つもの写真が載っている。
とてもこんな風には決まらないけれど、ふと自分を重ね合わせてみる。
マスターの隣にいる自分。ここ数週間、洋服を選ぶ時、メイクをする時、そんな事を意識するようになってしまった。
4年来の知り合いのマスターに、今更、格好つけてもと思うけれど。
マスターだって私の服装の微妙な違いに気づきもしないだろう。
今日の夜、マスターに会う。
嬉しくってそれだけで顔がほころんでしまう。
マスターのお店が終わったら、一緒に食事に行ってそれから……年越しのイベントを観に行く事になっている。
大概は『黒薔薇』で会っていたから、本当にデートらしいデートは今日が初めてかも。
いつまでも眺めていたらキリがない。
パタンと雑誌を閉じると片付けの続きに取り掛かった。
簡単に自分の部屋の掃除を済ませた後は、リビングなどの共有スペースの片付けに取り掛かった。
母はずっと台所に詰めて、正月用の料理を作っている。
やがて、玄関のドアの開く音。
カサカサと買い物袋の擦れ合うような音がする。
義姉が台所に入ってきた。スーパーに買い物に行っていたようで、両手に持った買い物袋をどさりとテーブルの上に置いた。
買ってきたものを冷蔵庫などに仕舞いこむと、義姉は料理作りを手伝い始めた。
私のすることといえば、言われるままに食器を並べたり、簡単な手伝いだけ。
テレビでは、年末ジャンボの当選発表の放送を始めた。否が応にもサマージャンボの事を思い出してしまう。
今年の8月。マスターと香織さんと私の3人で宝くじを共同購入した。
そして当選した3等は、当選金額1千万円。
散々使ってきたくせに今でも信じられない。
夢の中にいたんじゃないかって。
一生のうちであれだけの金額を当てるなんて有り得ないだろう。
マスターったら大盤振る舞いして、分配金の約333万円に更に5万円手出ししてスポーツカーを買ったんだ。
まさかその助手席に私が座る事になるなんて思わなかった。
あの時は。
本当に密度の濃い時期を過ごしたと思う。
今年って、つくづくすごい一年だったんだと。
夕食の準備も終えた頃。
部屋に戻り、お気に入りの赤いモヘアのアンサンブルに着替えた。
ちなみに先ほどのファッション誌はちっとも役に立っていない。
大体、持っているアイテムに限りがあるから、雑誌どおりになんていかない。
「私。出かけてくるね」
リビングにいる母に声をかけた。
「喜和子。晩御飯は?」
手を拭いながら、玄関先に顔を出す母。
「いい。外で食べるから……」
バッグの中身を整え、コートを着込む私に声をかけてくる。
「いい加減に帰って来なさいよ」
含みがある言葉。
先日の叔母の家での一件があったから、マスターに会うのはお見通しのようだ。
見合いを蹴った原因の相手。反対しても会いに行くとあきらめているのだろう。
「ええ? 年越しの花火イベント見に行くんだから、無理」
「朝帰りなんてもってのほかですからね。ご近所にも恥ずかしいし」
ちくりと鋭い一言にドッキリする。釘を刺しているつもりなんだろうけど。
私だって、流石に朝帰りまでは考えていないんですけど!
「まぁ、朝にはならないけど。来年帰って来る」
仕方ないわねぇと言う表情の母。
「行って来ます」
浮き立つ心の内を悟られたくなくて、ゆっくりとした足取りで玄関のドアを開け、外に出る。
我が家の姿が見えなくなると、自然とバス停に向かう足が早まった。
だってね……年末はゆっくり会えなかったんだもの。
12月はほぼ年内無休でマスターが店を開けていたから。
マスター。疲れているんだろうなと思ったら、会いたいと思ってもわがままは言えなかった。
借金の事と言い、熱を出した時と言い、今まで散々マスターには迷惑をかけてきたから。
バスの乗降ステップを弾むように降りる。
むんとするバスの車内から出た体に冷気が心地よい。
繁華街は、まだまだ人通りも多かった。腕時計が7時を指している。
人波に紛れながら、通いなれた『黒薔薇』への道のりを急ぐ。
約5分ほどで到着した『黒薔薇』のドアには、closeの札がかかっていたけれど、まだ明かりが点っている。
扉のガラス越しにそうっと覗いてみると、テーブル席の椅子は逆さに持ち上げられ、もうすっかり年内の営業が終わった様相だ。
マスターがカウンターの中にいて、なにやら作業をしていた。
その姿を目にして自然と顔がほころんでしまう。
回り込んで、勝手口から店内に入った。
「マスター」
「おお。来たな」
カウンターの中のマスターが振り向いた。
マスターの手には布巾が握られていた。
「私、手伝う」
コートを脱いでカウンターの椅子にかける。
「いいよ。もう終わってる。待ってる間にぼちぼちやってただけだから」
ああ。もうちょっと早めに来るんだった。気の利かない私。
マスターは一人でやっているのに。
思いが表情に出ていたのか、マスターが私の顔を見てクスリと笑った。
「じゃ、これ。洗ってそこに掛けといてくれる?」
軽く放り投げられた布巾をキャッチする。
「その間に着替えてくる」
「わかったわ」
布巾を丁寧に洗って干すと、私はカウンター席の備え付けの椅子に座った。
椅子を半回転させつつマスターを待つ。
大晦日には、食事をしてそれから年越しの花火のイベントに行こうと提案したのはマスターだ。
メールには、お店の名前も書かれていたけど、私はその店を知らない。
大晦日は家族で過ごすものと言ってやまない母のお陰で、こんな状況は初めてだ。
一体、マスターは、どんなお店に連れて行ってくれるんだろう……。 |