内緒のラブストーリー(27/47)PDFで表示縦書き表示RDF


 年末休暇にゆっくりマスターに会おうと思っていた計画は、母の一言で覆されてしまったのでした。
内緒のラブストーリー
作:藤村香穂里



第26話 喜和子。叔母の家を訪ねる。


 翌日。
 我が家の紺色の軽自動車に乗り込む。
 たまの休日くらいにしか車を運転しない私がおそるおそる細いハンドルを握る。

「ああ。喜和子と車で出かけるのも久しぶりねぇ」

 助手席のシートに体を預け、上機嫌の母。
 一人で話しているぶんにはいいけれど。
 それに同意したり、複雑な会話をする余裕は運転中の私にない。 
 そもそもペーパードライバーでも今の勤め先は中心街にあるから、不都合はなかった。
 そんなレベルの私でも、おそるおそるアクセルを踏めば、車はちゃんと言う事を聞いて、走り出す。
 一車線の一本道ならば、私にでも何とかなる。

「ほらっ。喜和子、赤よ。止まりなさい」

 母は自分も一緒に走っているかのごとく、信号毎に、右折左折毎にいちいち注意してくる。
 気にしてくれるのはありがたいけれど、わかってますって。
 叔母の家までは、片道16〜17キロほどだ。
 ドアミラーに注意を払いつつ右折レーンに車線変更したり、細い道での対向車とのすれ違いにはもう泣きそうなりながら、必死な思いでハンドルを握る。
 ようやく到着した頃には、緊張の連続だったせいか、肩がガチガチになっていた。

「いらっしゃい。待っていたのよ」

 出迎えた叔母にすすめられ、居間に腰を下ろす。 
 お茶をすすりながら、叔母は着物を仕立てるに至ったいきさつやら、着物の業者の事を話し始めた。
 居間に甲高く響く叔母さん族特有の笑い声交じりの会話。
 ふんふんと調子を合わせてうなずくけれど、私はちっとも可笑しくなかった。
 さしづめ私は、自分の着物を運ぶための運転手だ。
 息子さんが県外で居を構え、娘さんが嫁いでいるからこの家には叔母夫婦だけで暮らしている。
 退屈だ。
 せめて従姉妹でもいれば気がまぎれたのにと思う。

「そうそう。待っててね」

 叔母は居間を出て行くと、おもむろに畳紙たとうがみに包んだ着物を持ってきた。
 畳の上に置くと、母が身を乗り出し、私もテーブルを回って、着物を囲むように場所を移動した。
 ゆっくりと広げられた包みの中に四角くたたまれたピンクの小花を散らした模様の着物が納まっている。
 母が反物を見てほれ込んで勝手に注文したものだから、私が目にするのは初めてだ。

「まぁ! 可愛らしい」

 母は目を細めて見入っている。

「でしょう? 可愛らしい柄よね」

 着物を手に取った母は大満足の様子だ。
 そして、私が言葉をさしはさむ余地もなく、また母と叔母で話が弾みだす。
 そんな2人をよそにじっと着物を見つめた。
 うん……。確かに可愛い。
 私がこれを着たら、似合うだろうか。
 やっぱり一番にマスターに見せたい。
 マスター。驚くかなぁ。
 また眉がぴくりと動いて、次に目を見張って……。
 でもきっと綺麗だと言ってくれそうもない。
 テレ屋さんだから「ふん。馬子にも衣装だな」なんて言うだろうな。

「喜和子ちゃんも誰かいい人いるんじゃないの」

 唐突に叔母さんに言われ、思わず絶句する。

「あら。いたら今日、一緒にここにはいないわよ」

 すかさず母がそう言ってさえぎる。
 どうやら兄は、母には何も言っていないらしい。
 黙っていよう。言う義理などないもの……。 
 けれど、話は違う様相を示してきた。

「実はね。いい縁談があって……」

 うわっ! 来た。

 どうして叔母さん族は、こうした話が好きなんだろう。
 丁度良い具合の年齢の私は、絶好のカモなのかも。
 母の様子をそっと盗み見る。

「あら。どんな相手?」

 あいたたた……。
 母は乗り気だ。

「あの……」

 やっと私は口を開いた。

「私、そんな気ないからね」

 母と叔母が私のほうに目を向ける。

「会ってみるだけでもいいじゃないの。どこにご縁があるかわからないし。いやなら断ればいいんだから」

「そうそう。会ってみなきゃわからないわよ。喜和子ちゃん」

 口元に笑みをたたえ、諭すように話す叔母。
   
「私。会っても無駄だから」

 ぴしりと言った。

「もう。喜和子は面倒くさがりなんだから」

「やっぱり誰か好きな人がいるんじゃないの?」

 叔母が私の顔を覗き込むようにして言うと、軽く母を小突いた。
 好きな人は、間違いなくいる。
 この調子で任せていたら、見合いまでとんとん拍子に話が進んでしまうに違いない。
 もうやけっぱちな気持ちで私は叫んだ。

「います!」

「ええっ!?」

 ビックリして反射的に大きな声が出てしまったらしい母とやっぱりねと言った表情で、微笑む叔母。
 もうあとには引けない。

 しばらくは、母は無言だったけれど、やがて「喜和子がねぇ……」とまじまじと私を見つめた。 
 帰宅して、リビングのテーブルに腰掛けてからも「そんな人がいるなら、家に連れてくればいいのに」と言っている。 
 返事を求めるでもなく、独り言の延長のような母のつぶやきに、私は自分の部屋に引っ込んだ。
 いくらマスターの事を好きと言っても、母が言うように家に連れてくるには時期尚早じきしょうそうすぎる。
 まして、マスターが先の事をどう思っているかわからないから、詳しい事は何にも言えなかった。









「この作品」が気に入ったらクリックしてENTERを押し、投票してください。(月1回)


ネット小説ランキング>恋愛シリアス部門>「内緒のラブストーリー」に投票



いいなと思ったら拍手ください。 web拍手を送る








ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう