第24話 年末の喜和子
つけっぱなしになっていたテレビに目をやると、ドラマらしきものをやっている。
コタツ布団にすっぽり腕まで温まっている私は、気になっていた事を切り出した。
「マスター」
「うん?」
「香織さんに言った方がいいのかな……」
「そうだなぁ」
マスターは少し考えていたけれど。
「もう少し後でいいんじゃない?」
「そうだね……」
香織さんに話したら、どんな反応が返ってくるだろう。
きっと驚くだろうなぁ。
うん。きっとそうだ。容易に想像できる。
えええ〜っと叫んで。
そのあと、良かったわねって、すごく喜んでくれて。
盛り上がりついでにうちの母との会話の中でポロリと言いそうだ。
それは困る。
マスターの事は、母には言っていないんだから。
かと言って、別段やましくもないのに口止めするのもね。
言う時は母にも香織さんにも言うべきだろう。
言わない時は、言わない。どっちかだ。
まじまじと向かいに座るマスターを見る。
なんなんだろう。この状況は。
初めて入ったこの部屋で、コタツに差し向かいでリラックスしきっているなんて。
「まぁ、前から喜和子ちゃんの事、知ってるし」
そう。さんざん香織さんと『黒薔薇』に集ってきた。
マスターと香織さんといつも雑談して、終いには宝くじの共同購入までして。
そんな馴染みのマスターがまさか恋人に昇格するなんて。
何だか面映くて、まだまだ馴染めない。
マスターは、籠からみかんを取り出し、むきはじめる。
「ねぇ。マスター。いつから?」
「何が?」
「私の事、好きになってくれたの」
「あー。いつからだろうね」
不意にマスターがこっちにみかんを転がした。
慌ててコタツ布団から手を出し、キャッチする。
私は、みかんを両手で握ったまま。
「聞きたい」
皮をむいたみかんを口に放り込むマスター。
「そんなの、どうでもいいよ」
「どうでもよくない。大事な事」
頬を膨らませて抗議する。
けれどマスターは、「そのうちにね」の一言しか言ってくれなくて、はぐらかされてしまった。
さっき、足でちょっかいを出してきたかと思えば、私が突っ込むと照れるんだから。
2人一緒の時間はすぐに過ぎていってしまう。
けれど、本当なら今日のこの時間マスターに会う予定はなかったことを思えば。
これで来週の一週間も何とか仕事を頑張れそうだ。
23時。マスターは翌日も仕事とあって、午前様にならないよう帰宅する事にした。
それでも車で送ってもらえば、マスターが家に帰宅して落ち着く頃には日付を回ってしまうだろう。
家の前に車をつけてもらうと、小声で挨拶を交わす。
マスターの車が走り去るのを見送って、玄関のドアを開けて中に入る。
リビングから明かりがもれて、TVの音声が聞こえてくる。
そっと覗くと、兄がくつろいでいた。
「ただいま」
声をかけると、兄がTVから視線を外す。
「今の車。喜和子だったのか」
「うん……」
「誰か付き合っている奴でもいるのか」
いきなり図星だ。
「えっ。どうして?」
「気配でわかる。かなり大きい車みたいだったしな」
義姉とおんなじことを言う。
やっぱりバレバレなのかな。
「実は、そうなんだけど。反対する?」
「別に。喜和子だっていい歳だし。いいじゃないか。喜和子を大事にしてくれる奴なら」
話しながら、ずっとバッグの持ち手をいじくっていた。
「まだ付き合い始めたばっかりなんだけど」
「そうか」
それ以上、兄は聞いてこなかったから、そのままリビングを後にした。
本当はもっとマスターの事を話したかった。
兄は、マスターが自分より年上だって知ったら何て言うだろう……。
そんな事を思いながら、私は、部屋に戻ると、マスターにおやすみなさいのメールを送り、ベッドにもぐりこんだ。
翌日、24日クリスマスイブ。
この日は、年賀状を書き上げる事にしていた。
午前中にリビングにあるパソコンで、裏面と宛名印刷を済ませると、自室に戻り一筆ずつ添え書きをしていく。
年賀状だけのやり取りの人から始めて、交流のある人は最後の方に。
愛には、クリスマスパーティーの時、配慮してくれた事にお礼の文言を書いた。
香織さんは、宝くじの当選金額がウチの親にばれた事などで、散々心配をかけたから、まずはそのお詫びを書こう。
それから、『落ち着いたら、また色々お話ししたいです』と締めて。
この『色々』に、ものすごく含みを持たせたつもり。
最後にマスター宛の年賀状を机の中央に置く。
一人暮らしだから、誰に見られることもないけれど、普段からメールをやり取りしているから、タイムリーな事も書けない。
『今年はゆっくり会いたいです。今度ドライブに連れてって〜』などと書いて、無難にとどめた。
それでも他の人がこの文面を見たら、2人の間柄に感づくだろうな。
昨日、クリスマスパーティーをしていたかと思えば、もうもらう相手の事を考えて年賀状の文面をひねっている。
今年も残り一週間しかないんだ……。
長く感じたのは、休日も仕事のマスターにゆっくり会えない。
それだけの理由だったのかもしれない。
今年、最後の週。
郵便局には次々とお客さんが訪れて、常に埋まっている窓口。
慌しく日中の業務が過ぎていく。
毎日、メールか電話のどちらかならしていたけれど、それじゃぁ、マスターの顔が見られない。
平日もう一度くらい会いたいと、水曜日になって仕事帰りにマスターのところに出向いた。
ドアを開け、店内に入ると、カウンターの定位置に座る。
何も言わなくても私のためにアメリカンを用意してくれたマスターと雑談を交わす。
そのままマスターは、別の作業にうつり、私はカウンターの端で一人コーヒーを口に運んでいた。
「ねぇ」
はっきりとした声が聞こえた。
私に向けられたもののようで、えっ? と思い、声のするほうを向いた。
見るとやっぱり20代くらいの男性が一つ置いて隣に座っている。
「一人なんでしょ。これから一緒に飲みにいかない?」
何? この人。
身頃が赤で腕が白いスタジャン姿で、明らかにこの店の雰囲気から浮いている。
この店でナンパなんてあり得ない。
「いいえ。結構です。私。行きません」
ビシッと断ったつもりだった。
けれど相手は尚も話しかけてくる。
「俺、芸人の○○に似てるって言われるんだぁ。面白いでしょ」
何か受け答えせざるをえない話しぶり。
困った……。
とにかく話に乗らないようにしなきゃ。
「すみませんけど、私。一人でいたいのでほっといて下さい」
バッグを抱きしめて、相手に背を向ける。
もう、ひたすら無視だ。
「おいおい。お兄さん。いやがってるじゃないか。この人」
顔を上げると、この店でしばしば顔を見かける常連さんだった。
気配に気づいて、マスターもやって来る。
「お客様。すみませんがこの店は静かにコーヒーを飲んでいただくところなので……」
やんわりとそれでも文句を言わせないマスターの口ぶりに相手は居辛くなったようだ。
「わかったよ」
不満げに言うと、さっさと会計を済ませて出て行った。 |