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なんとも意味深なマスターからのメール。
これじゃぁ、また熱が出そう……。
内緒のラブストーリー
作:藤村香穂里



第20話 喜和子。仕事に復帰する


 えっ!?

 画面の文面をまじまじと見直した。 

(実は、俺もね)

 昨夜、私が大好きと言ったから……?

 とっさに昨夜の事が思い出され、かっとほほが火照った。
 胸が息苦しくて、携帯を持つ手までが脈打っているような感覚。
 画面を何度も見つめながら、その後に続く言葉を考える。

 実は、俺もね……。

「発熱した」だったらどうしよう。
 そんな事のためにこの文面は、打たないよね。
 マスター。やっぱり返信したいよ……。
 もしかしたら、返信するとその言葉の後を探られるから、あらかじめ返信は要らないと打ったのだろうか。
 もしそうなら……やっぱりその続きは。
 次に会った時に、マスターは続きの言葉を言ってくれるだろうか。
 それだと来週になってしまいそうだ。 
『黒薔薇』の閉店時間をゆうに超えた22時。
 医者からもらった薬が効いたようで、再び熱は出なかった。

 決めた! 電話しよう。

 ベッドの端に座り、携帯からマスターの番号を呼び出す。 
 1コール、2コール……一つ鳴る毎に動悸は激しくなる。
 マスターは、私からの電話に気づいただろうか。
 6コール目で呼び出し音が途切れた。

「はい……」

「マスター?」

「喜和子ちゃん……」

 口調から、マスターの驚いた様子が伝わってくるようだ。

「ゆっくり休めって言っただろう?」

 言い方はやさしいけれど、お説教めいた言葉。
 休めるものですか。
 あんなメールをもらったら……。

「だって、メールに返信するなとは書いてあったけど、電話するなとは書いてなかったもん!」

 私は、精一杯の屁理屈をこねた。

 少しの沈黙?

 いいえ、マスターがクスクス笑っている気配が聞こえる。

「参った。喜和子ちゃん……。最高!」

「え?」

「好きだよ。大好きだ」

 不意打ちのマスターの言葉に顔が熱くなる。
 ああ、また熱が出てきそうだ……。

「マスター……」

 思いっきり構えていた気持ちが緩んで一気に涙が溢れ出した。
 
「喜和子ちゃん……」

 何か返事しなきゃ。黙ってちゃ電話の役割を果たさない。
 けれど、喉の奥が痛くなって鼻がつんとして、返事が出来ない。

「泣いてるのか?」

「マスターのバカ」

 やっとそれだけ言えた。

「あいたたた。喜和子ちゃん。厳しいなぁ」

「だって……」

 涙でそれ以上の言葉もまた続かない。
 だって……。
 私をこんな気持ちにさせて、はぐらかしてばかりで。
 早く言って欲しかった。

「いや、俺もおんぶした喜和子ちゃんに好きって言われちゃ……」

「え?」

「そのまま俺の家に連れて帰りたくなったぞ。喜和子ちゃんを」

 そんな事を言われたら、もう……。
 ますます切なくなってくる。
 もう、さっきから涙が止まらないじゃない。
 涙交じりの鼻声でやっとの事で言い放つ。

「連れて帰ってくれたって良かったのに!」

 ありえない事をあえて言うのは過ぎてしまった事だからだ。
 すかさずマスター。

「そんなわけにいくか! 喜和子ちゃんは熱があったし、家の人だって待ってるのに」

 だけど、あの幸せな時間がずっと続いてて欲しかったよ。
 車庫までだけのわずかな時間しかなかったもの。
 それでもちゃんと、私の気持ちは伝わっていたけれど。
 何がどうしてこうなったんだろう。
 マスターと私はお互いずっと前から知っていて、ため口叩く間柄だったのに。
 今は、もう一日も早くマスターに会いたい。
 手の甲で涙を拭う。

「マスター」

「なんだ?」

「治ったら『黒薔薇』に行くからね」

「待ってるよ。だけど無理するな。落札のお金はちゃんと預かっているから」

 携帯を握り締めながらこくこくとうなずく。
 何だか、体がだるくなってきたことに気づく。
 さんざん眠ったのに。
 24時間前は熱に浮かされていたと思えば、まだまだすっきりとはいかないのは当然だ。

「何だか疲れてきちゃった。もっと長く話したいけど……」

「うん。喜和子ちゃん。もう休みなさい。またメールするよ」

「うん……おやすみなさい」

「おやすみ」

 先に私から電源切のボタンを押した。
 それからベッドに横になる。
 マスターから好きの言葉が聞き出せたらもう充分だ。
 なんだかすごく気恥ずかしい。
 誰が見ているわけでもないのに、ごろんと寝返りをひとつうつと、にやけた顔を覆った。
 好きだ。大好きだって、さっき言われたマスターの口調を何回も呼び起こして。

 結局、その翌日の金曜日も仕事を休んだ。
 当然ながら、木曜の茶道教室には行けなかったから、この12月は香織さんとずっと茶道教室で会っていない事になる。
 その間にマスターとの関係がずいぶんと変わってしまった。
 香織さんに、すぐにでもこのことを言いたいけど、そのときはマスターの了解をとらなきゃ。
 私一人の話じゃない。
 
 ***

「病み上がりなんだから、早く帰ってきなさいよ」

 月曜日。
 朝の出掛けに母が言う。 

「わかった」

 一応そう答え、バス停までの道のりを歩く。
 日曜日まで、外出しないようにじっと家にいたから、もうすっかり体調はいいのだけど。
 まだ週の初め。
 マスターは、無理するなって言っていたし、ここは母の言う事を聞いて、寄り道せずに帰ろうか。
『黒薔薇』に行っても営業中だから、どのみち2人ゆっくり話す事は叶わないし。
 それをしようとすれば、閉店まで待ってなきゃならないから、結局帰りが遅くなる。 
 あれからマスターとは、毎日メールしているから、寂しくはなかった。
 好きとかそんな言葉は、最初に電話した夜だけで、メールの話題は世間話だったけれど。
 業務が終了して残業にならなかったら、顔だけでも出そうかな。
 でもマスターに会ったら顔を出すだけじゃ済まなくなって、ゆっくり過ごしたくなりそうだ。
 何でそんなに『黒薔薇』に行きたがるのか、母は不審に思うだろうな。
 頭の中は色んな思いが堂々巡り。
 バスを降り、職場に到着する。
 おはようございますと共に二日間も休んですみませんと周囲の同僚に挨拶を言って回る。

「杉木さん。大丈夫?」 

「あの前の日、残業になったからね。勤務中からおかしかったんじゃない?」 

 同僚が口々にねぎらってくれた。

「大丈夫です。ありがとうございます」

 溜まった机の上を片付けると、窓口に座った。

 9時。
 オープン直後は、割と静かなものの数名の高齢のお客さんが入ってくる。
 2人ほど処理を終え、再び局内が空いてきて、うつむいて手元の作業を始めた。

「いいですか?」と上からお客さんらしき声がして、顔を上げた私は、あっと息を呑んだ。

――私の前にはマスターが立っていた。 


 何故、ここにマスターがいるの!?
 いつもお読みいただきありがとうございます。

 そうそう……メッセージをいただきました。
 とても励みになりました。
 ありがとうございます。

 現在、続きを書き進めています。
 平日は仕事ではかどらないため、更新は週末パターンになると思います。
 
                        7月4日 藤村香織








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