内緒のラブストーリー(17/47)PDFで表示縦書き表示RDF


 マスターへの気持ちで苦しくなった喜和子は、友人の愛に電話して、今日あった事を話します。愛は独特の見解を披露して!?
内緒のラブストーリー
作:藤村香穂里



第16話 喜和子の心境


 何の進展があったわけでもない。
 マスターの言った言葉をたどって、ああでもないこうでもないと愛と話しているだけ。
 たったそれだけでも、だんだんと高ぶっていた感情は落ち着いてきた。

「ああ。喜和子。じれったいなぁ! 私、マスターに言おうかなぁ。喜和子の気持ち」

「えー。それは、やめて」

 愛は、協力する気満々みたいだ。

「ウソウソ。でも近々『黒薔薇』に行ってみようっと。マスターの顔見たくなっちゃった。私、何にも言わないから安心して」

「ほんっとに言わないでよ。私の事」

 愛だったら、そのまんまじゃなくってもそれを連想させるような言葉をするりと言ってしまうんじゃないかって不安になる。
 マスターは、察しがいいし。

「わかってるわよ」

「ホントにホンッとに言わないでよね!」

 充分念押しすると、立ち止まって電話を切る。
 愛と話している間中、動物園の熊みたいに部屋中ぐるぐる回っていた。
 そう言えばケーキを予約していなかった事を今の愛との電話で思い出した。
 日中、電話で予約しようと思うとつい忘れてしまうし、ケーキの種類も見たいから、直に出かけた方が間違いないだろう。
 明日の帰りにでもケーキ屋に寄って直接申し込んで来よう。

 クリスマスイブまであと2週間を切った。
 今年のイブは日曜日だから、カップルだと前倒しで23日に会うことになるのかしら。
 マスターは、年内ずっとお店を休まないって言ってたから、仕事してるんだろうな。
 ふと思考が飛んで、今年の夏前の事がよみがえる。
 茶道教室の帰り、例によってカウンターでお茶してた時。
 マスターが香織さんに「誰か紹介してよ」って、冗談めかして言ったことがあった。

「私の友達はみんな結婚してるもん。職場に適当な子もいないし。あ。喜和子ちゃん、独身よ。どう?」

 香織さんはそう言うと、やにわに私の方を振り向き「マスター、独身よ。どう?」

 私も「香織さんの会社にでも誰か良い人いませんか」って言った事があるから、そう尋ねてきたみたい。
 香織さんは、たまたま私がそこにいたから適当に話題を振っただけの、どこにでもあるような喫茶店での軽口。
 私は「いやぁ、あはは……」ってはぐらかすしかなかった。
 だって、まるっきり対象外だったんだもの。
 あの時、マスターは何て言ったんだっけ。

「おいおい。そこにいるからって、適当な」そんな風に言った気が。

「やっぱり駄目かしらね。独身なら誰でもいいって訳にいかないものねぇ」

 その話題はそれで終わったんだっけ。
 今。冗談じゃなくなってます……香織さん。
 香織さんに話したら、きっと骨を折ってくれるだろうな。
 でも私は愛にも香織さんにも間に入ってもらうことを望んでいない。

    ***

 昼休みに携帯をチェックすると、マスターからのメールが入っていた。

『今日。バッグの落札代金155,000円の入金を確認したよ。下記にバッグを送って。送ったらメールして』

 昨日のうちに職場に時計とアクセサリーの入った袋とバッグの箱を紙袋に入れて持ってきていたから、すぐに発送は出来る。
 ロッカーから、バッグの箱を持ってきて、携帯を見ながら送り状に宛名を書き込むとぺたりと貼り付けた。
 それから郵便窓口の同僚にお願いして。
 郵便局勤務は、送金にしても発送にしてもオークションをするには最適な環境かも。
 一通り終えると、マスターにメール。

『今、発送の手配を終えました』

 本当は、長々とメールしたいけど。
 そこはマスターが落札者相手に発送した事を伝えなきゃいけないから、手短かに。
 オークションみたいな顔の見えない取引だと、ルーズじゃ駄目だろうな。
 そう思ったら、元々私が撒いた種なのに、私に代わってやり取りしてくれてるマスターには感謝してもしきれない。

『了解。喜和子ちゃん、流石早いね』

 たったそれだけのやり取りだったけど、私はマスターのメールに保護をかけた。

 一時間ほど残業をして職場を出ると、早速ケーキ屋に向かう。
 愛に任せられて迷った結果、選んだケーキ屋は、繁華街のはずれにあった。
 以前にクリスマスコフレを取りに行った時みたいにまた『黒薔薇』から遠ざかってしまうけれど。
 今日は行かないでおこう。
 本当はマスターに会いたくてたまらないけれど。
 昨日のマスターの言葉の余韻に浸りたいから、今日起こるであろう出来事で上書きなんてしたくない。
 本当ならば、今日は入金があったから『黒薔薇』に行ってしかるべきなんだ。
 けれどあえて行かない事で、マスターが今日は私が来ないなぁって思ってくれたらいいのに。
 そんな事を考えながら、繁華街を抜け細い路地に入る。
 店の外にまで漂ってくる甘い香り。
 レンガ色の建物には、『アリスのティータイム』と書かれた木製の看板がかかっている。
 足を踏み込んだらまず目に入るショーケースには宝石みたいなケーキが並んでいて、つい目を細めて見てしまう。
 入り口は狭いけれど、縦に長いこのお店の奥には、喫茶室も備えている。
 夜の10時まで開けているから、仕事帰りのお客さんで一杯だった。
 ショーケースの小脇に置かれたクリスマスケーキのリーフレットに気がつき、手に取った。
 マスターとクリスマスに一緒に過ごすなんて叶わない夢だろうな。

「お決まりでしたらおっしゃって下さい」

 顔を上げると、目のくりっとした小柄な、まさにこのケーキ屋の雰囲気にぴったりな販売員さんがショーケースの向こうで微笑んでいた。

「あのう。クリスマスケーキの予約をしたくて」

 色々見ていたけれど、無難な生クリームの直径18センチのものにして、名前と連絡先を告げる。
 控えの紙と領収書を受け取ると、店を出る。
 バス時間調整にふらふらとウィンドウショッピングをして帰った。

     ***

 お風呂からあがると11時になっていた。
 タオルで髪を乾かしながら、携帯を充電しようとバッグの中をさぐる。
 ベッドの枕元に充電器を置いているからここにセットし、目覚まし代わりにしているのだ。
 携帯のやさしい音楽だけじゃ効果がないときもあるから、ダメ押しに目覚ましもかけている。
 セットしようとして、メールが1件入っていることに気づいた。
 送信者、内田宏樹。受信時刻22:20
 丁度、私の長風呂の間だ。
 メールを開く。

 『今日入金があったから、喜和子ちゃんが来ると思ったけど。お金を渡したい。明日は来られる?』 

 オークションの事で、こんなに動いてくれているのに……。
 胸がちくりと痛み、自分の想いだけで一杯になって、今日『黒薔薇』に行かなかった事を……私はちょっぴり反省した。


 気づかぬうちに入っていたマスターからのメール。
 喜和子はなんと返信するのでしょう。
 引き続きお楽しみください。








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