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 行きがかり上。閉店まで店にいた喜和子は、マスターに車で送ってもらう事に。
内緒のラブストーリー
作:藤村香穂里



第13話 気づかされた想い


 それから、事もあろうにマスターは片付けを始めてしまった。
 すぐに送ってもらえると思っていたんだけど。
 これだとバスで帰ったほうが早かったかもしれない。
 手際よく動くマスターの様子にぼけっと見ているわけにも行かず、私もカップを手に取ると、食器棚に納めた。
 でも手伝ったのはそのくらい。

「悪いね。お客さんに手伝ってもらって」

 だって送ってくれるって言うのにぼけっとただ突っ立っているのもね。

「さてと。行こうか」

 片づけを済ませたマスターに勝手口から出るよう促される。
 先に店の外に出ると、マスターは店の照明を落とし、勝手口に鍵をかけた。
 しっかり施錠までしたマスターは、車庫前まで歩いていくと、またもや「待ってて」といったん、自宅に引っ込んだ。

 車庫前に一人。
 空を見上げれば、薄曇りにちょっぴり欠けた月が見える。
 いいや。
 どのみち、母には友達と会うから遅くなると言ってあるもの。
 少しして出てきたマスターは、起毛したジャケットを羽織り、車のキーを手にしていた。

 マスターの愛車の助手席に乗せてもらうのはこれで2回目。
 最初に乗ったのは、当選金でこの車を買ったと言うお披露目の時で、香織さんと2人でだった。
 私は、乗りしなに「おじゃまします」と言ったっきり、話すこともなくぼんやりと眼前にアスファルトの道路が流れていくのを眺めていた。
 何かうまくマスターが話題を提供してくれれば、弾みがついて話し続けられるんだけど、沈黙が続くと自分からうまく話せない。
 運転席側に目を向けると、すれ違う対向車のライトに照らされたマスターの横顔。 
 視線を前に向けたままでマスターが言った。

「喜和子ちゃん。珍しく静かだね」

 珍しく……ですか。私ってそんなイメージなの。
 でも、今はなんと相槌を打っていいかわからない。
 黙っていると、更にマスター。

「オークションでエキサイトしすぎて、疲れたか」

「そうかも」

 それだけ言った。

「いいよ。休んでて。家の近くに来たら教えて」

 マスターの助手席に乗ってる私。
 これって客観的に見てどうなんだろう?
 スポーツカーの運転席と助手席に座る男女。
 時間は22時台。
 ぱっと見、恋人同士みたいに見えるだろうか。
 こんなにマスターが気になるのは、一瞬の気の迷いかしら。
 香織さんに「マスター独身よ。どう?」なんて冗談めかして言われたときは、絶対いやだって思った。 
 いくら年上ったって、5〜6歳が限度。
 マスターは一回りも年上で、理想から言えばまるっきりの対象外だ。
 自営の人は休日だって合わないし、付き合うなら普通にサラリーマンでしょうって。


『黒薔薇』から我が家まで車で約15分弱。
 家が近づいてくる。

「次の信号を左」

 ウインカーをあげ、減速するマスター。
 その住宅街の端から2番目が私の家だ。
 玄関の少し手前に横付けにしてもらってドアを開けると、低めの座席から起きあがるようにして外に出た。

「マスター。ありがとう」

 互いに挨拶を交わし、バンとドアを閉める。
 ハザードを点滅させ、走り去る車が角を曲がって見えなくなるまで見送ると、私は家の中に入った。

「喜和子ちゃん。おかえりなさい」

 台所に義姉がいて、洗い物をしていた。

「あっ。ただいま」

「今の車。喜和子ちゃん?」

 車から降りる音が聞こえたらしい。

「あっ。ええ……」

 義姉は、ふきんで両手を拭うと、にっこりと微笑んだ。
 たとえ車に詳しくなくても、ドアの閉まる音の重量感、エンジン音からある程度の大きさの車であることは、判断できるかも。

「彼氏?」

「いえ。友達。ただ送ってもらっただけで」

 まだにこにこしている義姉。
 嘘だと思ってるのかしら。
 しかし、マスターの事を友達なんて言っちゃった。

「おやすみなさい」 

 私はそれだけ言って、自室にひっこんだ。

 今日は、朝からマスターのメールに始まって、オークションの落札を見守り、最後には車で送ってもらった。
 めまぐるしい一日。
 お風呂に入ろうかなと思ったけれど、12月のこの時期、汗をかいたわけでもないし、明日にしよう。
 それに……。
 マスターに受け止められた時の感触がよみがえる。 
 がっちりとしてて、安定感のある腕。あの瞬間が流れて消えてしまわないように。
 部屋を出て洗面だけを済ませ、再び自分の部屋に戻った。
 それからパジャマに着替え、やっとくつろいだところで、バッグから携帯を取り出す。
 パチンと蓋を開けると、受信メールが1件。
 愛からだった。
 20:25とある。
 そう言えば、オークションの終了に見入っていて、一度も携帯をチェックしていなかった。

『クリスマスパーティーのケーキ。予約お願い! 3,500〜4,000円くらいの』

 ケーキね。
 今日が9日だから、ケーキの予約をするには丁度いい時分だ。
 私は早速、愛に返信した。

『返事が遅くなってごめん。わかったよ。明日にでも予約しとく』

 愛は起きていたようで、折り返しすぐにメールが届いた。

『まどろっこしいから、電話してもいい?』 

『いいよ』

 それだけ打つと、私は、ベッドの上に座りこんだ。
 何故って愛と話し始めたら、長電話になるだろうから。

 まもなく着信音が鳴り、通話ボタンをピッと押すと耳に当てる。

「もしもし?」

「一週間ぶり! ケーキの件。了解したよ」

 メールでも返信したことをあらためて口にした。

「うん。お願い! 種類とかは任せるから」

 愛や仲間の好みは熟知しているから、独断で決めようと思ったけれど、折角、電話しているんだから儀礼的に聞いてみる。

「お店の希望とかある?」

「ううん。喜和子に任せる」

 予想通りの返事が返ってきた。
 当日は、愛の家で 仲間5〜6人で集う。
 私の家だと兄一家が同居しているから、こうした集合場所にはなりにくい。
 一通りのパーティーの話を済ませ、愛は話題を変えた。

「何か変わったことあった?」

 ありまくりかも。
 今日一日のマスターとの出来事がよみがえったけれど、そんな事言えないし。

「あ。いや別に」

 気のない返事をしてしまう。

「オークションに出品してるんでしょ。あれからマスターの所へは行ってないの?」

 つい先週、オークションの話をしてたばっかりだもんね。
 でも愛は、勘が良いというか鋭いんだ。

「あっ、行ってきた。今日」

 私は、聞かれた事だけ答えた。

「何か進展あった?」

「あ。売れたよ。無事に。今日が入札期限だったから」

 普通に答えると、案の定、不満そうな愛の声。

「ううん。もう、喜和子ったらとぼけて。マスターの事よ」

 ドキンとする。

「マスターは何でもないよ。オークションに代行出品してくれて……」

「それは違うでしょ」

 何でそんなにマスターの事ばかり言うんだろう。

「喜和子、マスターの話をする時、すごく楽しそうだったよ」

 そんな風に見えたんだろうか。先週。
 オークションの話をしていたつもりだったけど。
 必然的に代行出品してくれてるマスターの話もすることになるわけで。

「そうかな?」

「うん。ああ喜和子はマスターが好きなんだなって、そう思った。わかるよ。だって喜和子とは付き合い長いんだもの」

 好き?
 最初はただ家に居辛くて。
 だから『黒薔薇』に顔を出して、雑談してから帰れば気分転換になると思っていた。
 だけど、引き落とし金額が足りない事をマスターに白状してしまったときから、少しずつマスターの事が気になり始めていたのは、本当だ。

「そうなのかな……」

 ぼそっとつぶやく。
 まぶたが熱くなった。
 知らず知らずのうちにその熱いものが頬を伝って流れていた。


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