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サンタの贈り物

作者: 椎名 朝生


暮れゆく空に、気の早い星が一つ、瞬いている。

まるで沈む陽の灯りと競うかのように、どんどんとその輝きが増していく。

周囲に遮る物が何もない屋上には、取り込み忘れたシーツだけが風に靡いていた。

そんな屋上に、佇む女性が一人。

彼女はただ、輝く星を眺めながら、遠い記憶に思いを馳せていた。


パタパタという軽い足音が止まると、屋上へ続く扉が勢い良く開いた。

そのままの勢いで、青いパジャマ姿の男の子が飛び出してくる。

その後ろを、三つ編みの少女が続く。

「ミーちゃん、早く、早く」

屋上を囲むフェンスの前に辿り着いた少年が、振り向きながら少女を手招いている。

ずっと走ってきたのか、苦しそうに息を弾ませながら。

「ここで待っていたら、本当にサンタさんに逢えるの?」

真っ暗な屋上が怖くて仕方がない少女は、心細そうな声を出す。不安の現われなのか、

非常灯の灯りが反射して、顔色が真っ白に見える。

「ホントだよ。あの一番明るい星から、ソリに乗ってやってくるんだ。

プレゼントが入った箱を、いーっぱい持ってね」

得意げに胸を張ると、空に煌めく星を差す。その指先を追って、少女も星を

見上げた。だけどすぐに、ある疑問が頭に浮かんで、首を傾げてしまった。

「そんなにたくさん持ってたら、ソリが重くて、トナカイさんが動けなくなっちゃうよ」

「大丈夫。箱の中は空っぽだもん。軽いから、トナカイだって平気なんだ」

少女の疑問にも、臆することなく言い返す。サンタクロースの事なら、何でも知って

いるんだと、満面の笑みが物語っている。

「サンタさんは空っぽの箱を配ってるの?」

「そうだよ。サンタのプレゼントは、僕達には見えないんだ。だから空っぽでも良いの」

「サンタさんからのプレゼントは、見えないの?」

サンタクロースのプレゼントを楽しみにしていた少女は、少年の言葉がショックだった。

つい泣き出しそうになる。涙を浮かべた少女を見て、説明が足りなかったと慌てだす。

慰めるように少女の手を取ると、力一杯握り締めた。

「サンタのプレゼントは特別なんだ。僕達には見えないだけで、ちゃんと届けてくれる

から大丈夫。サンタからもらったプレゼントには、願い事を叶える力が入ってるんだよ。

前に読んだ絵本にそう書いてあったもん。それに、プレゼントは目に見える物ばかり

じゃないって、看護師さんも言ってたし」

病院のキッズルームに置かれていた絵本。その中の一冊に、『サンタの贈り物』という

タイトルの絵本があった。その絵本が大好きな少年は、飽きる事なく何度も読んでいた。

サンタクロースからの贈り物には、“願いを叶える為の力”が入っている。

箱を開けると、叶える力が飛び出してきて、身体の中へと染み込んでいく。

贈り物の箱を開けるたび、身体の中には叶える力が、どんどんと蓄積されていく。

力が身体一杯に満たされた時、一度だけその力を使うことが許される。

こうして願いは叶えられるのだ。

「サンタクロースは、あの星からやってくるんだよ。一番明るいのが目印なんだ」

そう言って、繋いでいない方の手を高く掲げる。少年が語る物語に、涙を浮かべていた

少女の顔にも笑顔が戻ってきた。白かった顔色にも、少しだけピンク色が混ざる。

「サンタさんからのプレゼント。フミくんは何をお願いするの?」

「うん。僕はミーちゃんの病気を治すお医者さんになるんだ。いっぱいいっぱい頑張る

けど、上手くいかないかも知れないだろ。そうなったらダメだから、僕がお医者さんに

なれるように、ちゃんと叶えてくださいってお願いするんだ」

自信満々に披露する少年の願い事に、少女は驚いて目を丸くする。

「フミくん、お医者さんになるの!!」

それからまた、悲しそうな顔に戻ってしまった。

「それなら、自分の病気を治しなよ。私の病気は、何度も手術をしないとダメだって、

お医者さんがママに言ってたの、私、聞いたもん。でも、心臓が弱いから、きっと

手術には耐えられないだろう、って。だから、サンタさんにお願いしてお医者さんに

なったら、自分の病気を治した方が良いよ。フミくんだって、ずっと苦しいの、我慢して

きたんでしょ」

同じ入院生活をしていた少女には、少年の苦しさがよく判っていた。病気は違うけれど、

苦しさや痛さには違いない。

「嫌だ!! 僕がミーちゃんを治すって、もう決めたんだ。僕の病気はすぐに治るもん。

ちょっと走ると息が苦しくなるけど、それ以外はもう、全然平気なんだ。

すぐに退院出来るって、お医者さんだって言ってたもん。だから、サンタのプレゼントで

お医者さんになって、僕がミーちゃんを治すんだ」

キッパリと宣言するように言う。その言葉に、少年から聞いたサンタクロースの物語が

重なる。もし贈り物の箱に“願いを叶える力”が入っているのなら、そして少年が願いを

叶えて医者になる事が出来たら、二人分の病気を治してくれるかもしれない。

その思い付きは、少女を嬉しい気持ちにさせてくれた。

「……なら、私もサンタさんにお願いする。私、フミくんのお嫁さんになりたい。

フミくんがお医者さんになって、私の病気を治してくれるんでしょ。そうしたら、私、

すっごい元気になるの。大人の女の人になって、フミくんと結婚する。みんながダメって

言っても大丈夫なように、サンタさんにちゃんとお願いしておくんだ」

更に頬をピンク色に染める少女に、少年は今日一番の笑顔を浮かべる。

「それ、ホントにホント? 約束だよ」

「うん」

まるで約束の指切りのように、繋いでいた手に力を込める。絶対に忘れない約束。

二人で空を見上げていると、屋上を探しに来た看護師に見付かってしまった。

「ちょっと二人共。そんな処で何をしてるの? クリスマス会、始まっちゃうわよ。

温かいココアと美味しいケーキが待ってから、早くいらっしゃい」

「はーい」

元気に返事をすると、病棟へと駈け出していく。その二人の手は、いつまでも硬く結ば

れていた。


太陽は完全に沈み、すっかり星空が天を覆っていた。吐く息の白さが、余計に寒さを感じ

させる。

「美緒。こんな処に居て、寒くないのか? 中で待ってれば良かったのに」

声に気付いて振り向くと、両手に紙コップを持った白衣の青年が、優しげな微笑みを

浮かべて立っていた。その笑顔が、記憶の中の少年と重なる。

「貴文こそ。抜けてきちゃって、大丈夫なの?」

差し出されたカップを受け取ると、ココアの甘い香りが鼻孔を擽る。

思い出の続きのような気がして、少し可笑しくなった。

「ちょっと休憩。悪いな、せっかくのクリスマスなのに。当直なんて運がない」

「仕方ないわよ。クリスマスなんだもん。家族がいる方が優遇されるのは当然だわ。

こうして少しだけでも逢えるから、私はそれで全然構わないの」

恐縮する青年に、気にしないでと笑顔を向ける。

「……家族、か」

彼女の言葉に、青年が小さく呟いた。遠くを見つめる視線が、吸い寄せられうように

空へと導かれる。その視線の先には、一番明るく輝く星があった。

「……あのさ、美緒。クリスマスの日に、ここへ来た時の事、覚えてるか?」

サンタクロースの星に勇気付けられて、真っ直ぐ彼女の顔を見据える。

彼女の笑顔は、あの頃と少しも変わっていない。

「うん。私もね、その時の事を思い出していたの。私が今、こうして生きていられる

のは、貴文のお陰なんだな、って。あの時の約束を、貴文がちゃんと守ってくれた

から、私は大人になる事が出来た。……だから今度は、私が約束を守りたい」

「待ってくれ、美緒。その先の言葉は、俺に言わせて欲しい」

遮るように言葉を紡ぐと、青年は彼女の手を握り締める。あの夜と同じ、約束の指切りの

ように、繋いだ手に力を込めて……。


空に輝く満天の星。その中に一際輝く星が一つ。

小さな鈴の音を響かせながら、一筋の光が地上へと降りていく。

Merry Christmas。


完(2012.12.26)


*****

お題:

「夜の屋上」で登場人物が「プロポーズする」、「ココア」という単語を使ったお話。


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