「唯子って、近くで見ると可愛いよねー」
昼休み、向かい側でお弁当をつついていた香織が唐突に言った。
「は?」
何をいきなり。
褒めても何も出ないぞ。
「だからー唯子は可愛いって話」
「…何企んでるの」
「ひどい!キタンのない意見を述べたのに!」
ちょっと、“忌憚”て今カタカナで言ったでしょ。
「もうっ親友を疑うようなヤツには教えてあげないっ」
「はいはい、スミマセンデシタ」
誠意が足りない、とぶちぶち言いながらも教えてくれた。
基本、香織は素直で根に持たない性格だ。
「今何て言った?」
「だからー入谷先輩が唯子のこと好きなんだって」
イリヤイリヤ……て、あの入谷先輩のこと?
「和也が直接本人から聞いたんだから間違いないよ」
すごいね唯子〜なんてうきゃうきゃしている香織。
いや、ありえないから…。
入谷雪人と言えば、校内で知らない人なんていないんじゃないかな。
それぐらいの有名人。
一際目立つ金髪に青い瞳は、彼が半分外国の血を引いているから。
背が高い、足が長い、頭が小さい。
そしてとにかくめちゃくちゃ整った顔立ちをしている。
ただそこにいるだけで視線を集めてしまう、美貌の持ち主。
もちろんファンクラブだってある。
そんなすごい人とこの私に接点なんてあるわけがない。
「あのね香織、私そういう冗談嫌いなんだけど」
「だから!本当なんだってばっ」
「はいはい」
その後も香織がきゃんきゃん吠えていた気がするけど、今日の夕飯は何かな〜とか考えていたからよく覚えていない。
「ふん!唯子の不感症め!」
聞く耳を持たない私に、とうとうキレた香織が捨て台詞を吐いて走り去っていった。
…ちょっと、何もこんな下校生徒で賑わう校門で叫ばなくても。
視線が痛いんですけど…。
さすがに気まずくて俯き加減で歩いていると、ふいに視界がかげった。
あれ、今日って曇ってたっけ?
と思って顔を上げたら、視界いっぱいに金色が広がった。
「ちょっといい?」
うわ、本物の金髪だ青い瞳だ。
うーんこうやって間近で見ると目がチカチカするなぁ。
目に優しくない色だもんね。
「――て、いい?」
「…え、あ、はい」
やばい、全然聞いてなかった。
あれ、何か顔が近づいてない?
やっぱり目がチカチカして思わず目を瞑ると、唇に柔らかい感触が触れた。
「これで、俺のもの」
ニヤリと、目の前の眩しい生き物―入谷雪人が笑った。
「どういうつもりですか!」
信じられない!最悪だ!
「どういうって、お前は今日から俺のものってことだよ」
「はぁ?!」
意味がわからない。いきなり公衆の面前でキスしたと思ったら物扱い?
冗談じゃないっ。
「おい、どこ行くんだよ」
「家に帰るんです!」
ついて来るな!と目線で訴える。
あーもうっ。明日からどんな顔して学校に行けばいいのよーっ!
今まで地味に地道に、そこそこ平穏な毎日を送ってきたのに。
暗雲とした気持ちで歩いていたら、いつの間にか家に着いていた。
「へーこれが唯子の家かぁ」
……え?
「な、ななな何でいるんですか?」
「一緒に帰って来たから」
「一人で帰ってください!」
「やだ」
子供か!
もう無視しよう。うん、そうしよう。
「お邪魔しまーす」
「帰ってくださいーっ!!」
「おー唯子's room〜」
人のベッドの上で、茶ぁ出せーとかわめいている先輩に殺意が湧いた。
入谷先輩は必死で追い出そうとする私を難なくすり抜けて、あろう事か母親を懐柔してしまったのだ。その美貌で。
く〜顔が良ければ何でもいいの?!
我が母ながら情けない…。
そして何だかんだと、お茶とお茶菓子を出してしまう自分が一番情けない……。
あ。しかもよく考えたら、ファーストキスだったよ。
はぁ〜がっかり。
「どうした、でっかい溜め息なんかついて」
あんたのせいだよ!
ぎろりと睨むけど、全然効き目がない。
「ひゃっ。な、何ですか」
顔近いっ。
「キスしていい?」
「嫌です」
「ケチ」
…けち?今けちって言いました?
ファーストキスを無断で奪われた上に、勝手に人の家に人の部屋に上がりこんで、人のベッドの上でくつろいでいる全然面識のない先輩にお茶とお茶菓子まで出してあげた私がけち?
怒りと殺意で震えている私に、先輩は嫌な笑みを向ける。
「…何ですか」
気味が悪い。
「いや、拒まれると燃えるなぁとおも」
「ひいぃぃぃっ!」
か、神様。いったい私が何をしたというんですか…?
「じゃあ唯子、また明日」
明日なんて、永遠に来なければいいのに…。
翌日、香織が得意げに言った。
「ね、本当だったでしょ?親友の言葉に偽りなし!」
「…申し訳ありませんでした」
私は心底反省した。
end
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