茶山ぴよの18きっぷ旅〜2006年夏〜(5/5)縦書き表示RDF


茶山ぴよの18きっぷ旅〜2006年夏〜
作:茶山ぴよ



5◆奈良井〜多治見


1時間しかないので、ロクに茶もできずに、奈良井をあとにする。

結局名物が何かもわかんなかった(ショボーン)。

大学時代にゼミ旅行でいった妻籠も似たような、こげ茶色を基調とした宿場町だったと思うが、

あっちは栗きんとんがバカみたいに美味しくて、ゼミ友達と争うように買ったのを覚えている。

これはゼミ友と再会するたびに出てくる話題ベスト10に入る。

うう。栗きんとん、食べたいなあ。ちなみに正月のおせちみたいなねっとり系じゃなくて、

「栗をそのままくずして固めました」みたいな素朴な栗の味。すっかり酒党になったいまも懐かしく、思い出せば食いたい。

それはそうと、再び中央西線の鈍行にのりこむ。

あまり深く考えずに空いてる席、空いてる席と歩いて、男性1人で座っているボックス席に会釈して斜め向かいに座った。

奈良井を出た列車は再び、中仙道ぞいの緑濃い沿線を行く。

私は、今日何時に高山につけるかなあと、分厚い時刻表を出して確認した。

土曜の今日は『チャングムの誓い』があるのでこれは見逃したくない。

もし特急1区間とかで時間を効率化できるなら、それをやってもいい、と熱心に時刻表を追う。

……と。

分厚い時刻表を見る私に注がれる熱い視線。

ハッ。

斜め向かいに座っていた男性が私を見ている。

気付いたとたんに、

「あの、18きっぷで旅行されているんですか」

と話し掛けてきた。思い切って話し掛けた感じだが、おずおずとした感じだ。

「ハァ」

私が気乗りのしない返事をしたのは、ひとえにその男性の容貌が冴えないのがひと目でわかったからだった(すまんっ!)。

「長時間の列車旅は疲れるでしょう」

なんだか地声なのにファルセットのような声に似合って、

若いんだか、年をとってるんだか、もともと広いオデコなのか、それが後退したものなのか、判別しかねた。

泣きそうなかんじの目はちょっと子泣きジジイを思い出した。

「いえ、べつにー」

そんな私の回答に仲間を得たりと思ったのか、

「どこまで行くんですか?」

と訊いてきた。

−−このまま、ついてきたらヤダナー。まさかね。

と用心した私は、

「ええと。九州方面まで」

といちおう嘘ではない答えをいっといた。すると

「僕も、九州までなんですよ」

とちっこい目を輝かせた。

「僕、電車好きなんですよね」

「ハァ」

「しょっちゅう乗るんですよ」

「ハァそうですか」

「イベントにも行くんですよ」

と嬉しそうに彼は傍らの紙袋からはみだしていた行き先プレートを指し示した。鉄オタだということははっきりわかった。

「ハァ……すごいスね」

私は、ハァ、ハァと文面だけ見たら、激しく萌えてる男性か、相撲取りのインタビューみたいな返事をしながら、

悪いけど『空気読んでくれえ〜』と心で叫んでいた。

ちなみに、『空気嫁』というのは、ふだん私の嫌いな言葉ワースト5に入る単語である。

「空気なんて読んだらロクなことないって!ストレスばっかたまっちゃってさ〜」

と他人には豪語しているわたくしである。

しかし、それをいま、こころから欲している、自分勝手な自分なのである。

『スマソ(←2ちゃん古語)。私は君のエルメス(←自意識過剰)にはなれないんだ。だから空気嫁〜〜』

と心で絶叫しているわたくし。

と、そのとき救いの神が現れた。

途中の駅で乗ってきた地元人らしいオバチャンである。

派手な顔立ちのオバチャンは太めの体を私の前に座らせた。

ふだんだったら、

「ちっ、足置き場が狭くなるぜ」

とハタメイワクな場所であるが、鉄オタくんに辟易している私には女神である。

私は、鉄オタが沈黙した一瞬の隙を狙って、携帯にイヤホンを差し込んだ。

CDからダウンロードしておいた、『小田さんづくし』が耳に流れる。

イヤホンしてれば話し掛けられないだろう。と思いきや。

鉄オタめ、イヤホンをはずさせてまで、いろいろ話し掛けてくる。

おかげで、ジャストシーズンの『秋の気配』が中断されてしもうた。

私へのインタビューは終わったのか、こんどは自分語りをはじめおった。面白くない。エンタメ性ゼロ。オチもない。

私は思い切り興味なさそうに相槌を打ったのだが、おかまいなしである。

−−あ〜、もしかして多治見までずっと一緒なのかなあ。

そう思うと少々げんなりした。

イヤホンだけでなく携帯本体をいじくるふりを始めて防御を試みる。

特にみるメールもないので、暇潰しに『小説家になろう』を開く。

タダで小説を読めるのは素晴らしい。山ン中だというのに携帯の電波が届くのも素晴らしい。

時間はたっぷりあったので、久しぶりに私が大好きな小説である森本エリさんの『水色』を最初から通しで読む。

さすがに、こちらが携帯に集中し始めると、こっちに話し掛けるのをあきらめて、鉄オタはオバチャンに話し掛けはじめた。

オバちゃんは、いきなり話し掛けられてびっくりしたようだったがさすがジモティ、心が広い。

満面の笑みというわけではないが、笑み10%ぐらいを浮かべて、相手をしてあげている。

私はそれを見て、少し自分の狭量さに少々自己嫌悪した。

少々、自分語りが過ぎる鉄オタだけど、そこまで無碍にすることもなかったのではないか。

と後悔する。

それにしても、出会いはともかく、あまり積極的にコミュニケートしたくないな、と思う理由は、

情けないがこのトシになっても『見た目』なのである。

それをまのあたりにして自分の成長してなさにがっかりする。

もし、これが。

速水もこみちそっくりの鉄オタだったら。

赤西仁そっくりの鉄オタだったら。

筒井道隆(←いきなり傾向違うって?でも好きなんだもん)そっくりの鉄オタだったら。

と想像をしてみる。

『どこまで行くんですか?』

「えっとお、高山本線の高山駅です。そちらはどちらまで〜?」



『僕も、九州までなんですよ』

「え〜、ホントォ!すっごーい。どういうルートでいくんですかぁ?」



『僕、電車好きなんですよね』

「きゃー、あたしも!あたしも乗り鉄なんですぅ〜。私、博多から札幌まで18きっぷで行ったことあるんですよぉ〜」

と、声はさっきのようなドスの効いた『姐』のような声ではなく、1オクターブ高く、

すべての語尾にハートマークをつけて訊かれてもないことまでベラベラとしゃべっていたに違いない。

うん、違いない。

結局、面食いなんだなぁ〜、ハァ。

通路側にこっそりとため息をついた私は、通路の先に、さっきの袴姿の書生が立っているのを発見した。

……ウソ。

私が奈良井で降りた後、書生さんもどこかで降りて、再びこの列車に乗ってきたようなのだ。

書生さんは、袴姿でドアの近くに佇んで、窓の外をじっと見つめていた。

その視線の先をみて、通り雨が、いま降っていることに気付いた。

山も遠ざかって、雨の中に青田が揺れていた。














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