昼間は依頼人の訪問やら小五郎のヨーコちゃんコールやらで何かと騒がしい毛利探偵事務所も、比較的静かな今は夜。
三階に設けられた自宅の一室の壁にかけられたシンプルなカレンダー。所々小さな文字で何か書き込まれている。恐らく依頼人との約束が大半であろう。
――その何の変哲もないカレンダーを丁寧にめくる髪の長い少女の姿があった。言わずもがな、ここの住人、毛利蘭である。蘭は何か神妙な面持ちでカレンダーを見つめていた。
「(ねぇ、新一……。あなたが私の前から姿を消してからもうこんなに経つんだね……。時間はあなたをずっと見てきてる。いつになったら戻ってくるのかな……。あと何枚、このカレンダーを破れば帰ってくるのかな……。私はこのまま我慢して待てるのかな?)」
蘭はそっとカレンダーを元の状態に戻し、窓側に寄ると、鍵に手をかけ、ロックを解除し、窓を全開にした。
「……月だ」
蘭は窓から少し身を乗り出し、空を見上げた。まぁるい満月が蘭を見つめていた。
「(時々不安になるんだよ。新一がもう戻ってこないんじゃないか……って。信じてないわけじゃない……。直接ではないけれど、『待っててほしい』って、そう言われて嬉しかった。単なる幼なじみだけれど堂々と待ってていいんだって、嬉しかったんだ。……でもね、こんなにも会えないと、悲しくて、寂しくて、心配で……)」
そう思った蘭の冷えた頬には、涙が流れていた。その涙は、彼女の心までも濡らした。
「蘭姉ちゃん――?」
「コナン君……」
風呂から上がったコナンは頭にタオルを被って、蘭の名前を不思議そうに呼んだ。その様子を見た蘭は、慌てて涙を拭った。
「そんなところにいたら、風邪ひいちゃう……」
“よ”まで言いかけた時、蘭に呼ばれて言葉を遮られた。
「コナン君、来て。満月だよ」
そう言ってコナンを自分のいる窓の方に招いた。
「……綺麗でしょ? コナン君、よく見える? 私が抱っこしてあげようか?」
蘭はそう言うとコナンを抱き上げた。一方のコナンはというと、恥ずかしいのか顔を真っ赤にさせて、足をジタバタさせている。
「ぼ、僕はいいよっ! 蘭姉ちゃん……」
「遠慮しないで、コナン君。私、空手やってるから結構力持ちなのよ」
そう言いながらウィンクする蘭に『結構かよ……大分の間違いだろ……』と心の中で突っ込みを入れたのも束の間、蘭はコナンに話し掛けているのかいないのか、まるで独り言のように呟いた。
「 ……お月様はいいね。いっつも新一を見守っていられるんだもの。新一が何処にいるのか、今何してるのか、どんな表情をしてるのか、全部わかっちゃう」
「蘭姉ちゃん……」
先程のおどけた様子とは打って変わった蘭の寂しげな表情に、コナンは自らの顔をも寂しげに変えた。
「ねぇ、コナン君。新一も見てるかな……この月を」
「(蘭……)」
「こんな綺麗な月も見る暇なかったりしたら、困っちゃうよね?」
「……そう……だね」
下を向いたまま返事を返すコナン。
「ちゃんと戻ってきてくれるよね? 信じていいんだよね、あの言葉……」
『蘭に待っててほしいんだ』
「大丈夫だよ、蘭姉ちゃん……。新一兄ちゃんは何があってもちゃんと約束を守る人だよっ! だから……だから信じてほしい」
そう言葉を発したコナンの瞳は、蒼く輝き、納得させられる力強さがあった。
「そうでしょ? 蘭姉ちゃん?」
抱きかかえられたままのコナンは、蘭の顔を見上げ、無邪気に微笑んだ。
「……コナン君、ありがとう」
蘭はその無邪気な少年に心から微笑んだ。
「……おいっ! 蘭っ! いい加減窓閉めねえかっ! 寒いぞ」
小五郎はテレビを見ながら、蘭に窓を閉めるよう促した。
「もう、何よお父さん。風情も何もないんだから」
コナンを下ろして、渋々窓を閉めようとする蘭。
「ヘックシュンッ」
「やだコナン君! 風邪ひいちゃったっ? ごめんね……」
慌てて窓を閉め、申し訳なさそうに手を合わせた。
「ううん、平気だよ。……じゃあおやすみ蘭姉ちゃん」
コナンは蘭にそう言って、部屋を去った。
「……おやすみ、コナン君」
――ねえ、新一。私信じてるよ……。何日経とうが、何ヶ月経とうが、何年経とうが、あなたは帰ってくる……って。いつか、ううん……絶対にまたこんな月を二人一緒に見よう。
心の中でそっと誓う蘭の姿を、月は遠く離れた夜空で優しく穏やかに見つめていた。 |