瑞穂の日常『大勝負』
「瑞穂~」
お父さんが呼んでいる。
いつもなら無視したいところだけど今日は違う。
今日は月初。そう、今日はお小遣いの日だ。
私は元気よく部屋を飛び出しリビングに向かう。
「お、来たか。今日はお小遣いの日だ」
「うん」
私はこれから始まる勝負に武者奮いする。
「今日は、前回の傘の件で瑞穂もツライ思いをしただろうから特別ルールを採用する」
な、何?特別ルール?私は警戒心むき出しでお父さんを睨みつける。
「おいおい、そんなに怖い顔するな。今日は瑞穂にとって有利なルール変更なんだから」
「ホント?」
「あぁ、本当だ。この前の判決は後で考えてみると瑞穂に不利だったからな」
なんだかんだ言ってもやっぱりお父さん!私の事考えてくれてるんだ。
「ありがとう」
私は元気いっぱいに応える。
「ではルールの説明だ」
そう言ってルールの変更点等の説明を始める。
「まず、お小遣いはじゃんけん1回勝利で二千円。それを5回勝負で5勝すれば最大一万円を手に入れることが出来る。というのが今までのスタイルだったが、今回は特別措置として1回勝負とする」
「え?1回勝負?じゃ負けたら0円?そんなの嫌だ~」
「まぁ、まて。慌てるな。それだけじゃぁ瑞穂のお助けルールにならないだろう?」
私は力強く2回頷く。
「今回は1回勝負だが、勝てばもちろん一万円、負けても五千円でどうだ!」
「おおー!お父さん素敵!」
お父さんにしては信じられない大盤振る舞いのルール変更だ。
「では、いくぞー」
私は両手を重ねて握り、胸の前に持ってくる。そして目を瞑って祈る。
どうか勝てますように……
「じゃんけんぽん」
二人同時の掛け声の後お互いに腕を突き出す緊張の一瞬。
「おっ、瑞穂やるな」
おおー!やったー勝ったー。
私は喜びのあまり立ち上がり小さなジャンプを繰り返す。
「よし、一万円は瑞穂のものだ」
お父さん、いつもは訳のわからないことを言うけど、こういうことに関してケチな事は言わない。
だから一万円は間違いなく貰えるはず。
「さて、ダブルアップはするか?」
そして恒例のダブルアップゲームのスタート。
「これも特別ルールを適用するぞ」
「ほんと?どんなの?」
ダブルアップはギャンブル性が高い為普段は殆どやらない。
じゃんけんに1回しか勝てなかった時などは、お小遣いが二千円なのでやることもあるけど、それ以外はまずやらない。
「いつもはトランプを1枚出してハイ&ローだよな」
「うん」
「今回もそこは同じだが、少しだけ瑞穂に有利にしてやろう」
今日はどうしたんだろう?何か悪い物でも食べたのかな?
「どうした?なにか腑に落ちない顔をしてるな。問題でもあるのか?」
やばい、ここで機嫌を損ねたらせっかくのチャンスが台無しだ。
「ううん、そんなことないよ。お父さん優しい~って思ってただけ」
そう言うとお父さんは満足げにルール説明に入る。
「まずは、いつものダブルアップゲームでは、手に入れたお金全額を掛けて、勝てば倍だが負けると0だったよな。それを今回はハーフダブルと言って負けても半分は自分の手元にお金が残るルールを採用する」
「ほんと?それいい!それすっごいルールじゃん!」
テンション上がっちゃう。
「本来ハーフダブルというのは半分残る代わりに勝っても半分しか増えないが、今回は全額に対して倍の金額が増える仕組みだ」
なに?今の説明についていけない……
「どういうこと?ちょっと分かりにくい…」
どこに危険が潜んでるか分からないから、騙されないようにしなくちゃ。
「なんだ?分からないのか?バカだな」
バカとは何よ!
ううん。ここで怒らせてはダメ。私はへらへらしながら。
「ごめん。ちょっと難しかったから分かりやすく教えて」
「仕方ないな。要するに、瑞穂は今一万円獲得してるだろ?その一万円の半分の五千円を手元に残して残りの五千円を掛けるんだよ」
「それは分った」
「で、そこで負ければ掛けた五千円がなくなる」
そりゃそうよね。納得。
「勝った場合だが、本来なら五千円しか掛けてないんだから勝っても五千円しか貰えず合計金額は一万五千円なるよな?」
「うんうん」
「でも今日は特別に一万円全額掛けたことにして勝てば二万円やるっていってるんだよ!」
「お父さんかっこいい!」
「そうか?」
お父さんにやけてる。ここはもう一杯お酒を飲ませよう。
「お父さん景気付けに焼酎のおかわりつくろうか」
「気がきくな。じゃ芋焼酎ロックで作ってきてくれ」
「はぁ~い」
私は琢磨ばりに甘えた声で、元気いっぱいに返事をし、台所へ向かう。
そして冷凍室から氷を取り出しロックグラスに入れる。
「あんた、そんなに甘やかせていいの?」
なに?お母さん余計な事を言わないで!せっかくのチャンスが!
私は大急ぎで芋焼酎のロックを作ってお父さんの元へ戻る。
「お父さん勝負するよね?」
「当たり前だ」
何か言いたそうなお母さんに、お父さんが、
「まぁ、たまにはいいじゃないか。瑞穂も楽しんでるし」
お父さんがそう言うと、お母さんはため息をひとつついただけでそれ以上何も言わなくなった。
らっきー。今日は二人ともどうしたんだろ?まぁなんでもいいや。
今はこの状況をありがたく楽しませてもらおう。
「瑞穂、勝負するか?」
「もちろん!」
「今日はさらに特別だ。トランプの数字を見てから勝負をするかやめるか決めていいぞ。ただしダブルアップの回数はいつも通り最大5回までだぞ」
「やった!」
私は小躍りしたい気分になる。数字を見てから決められるというルールは大きい。
これで一万円から5回連続成功すれば一体いくらになるんだろう?
考えただけでワクワクする。
まぁそこまで勝負する勇気はないだろうけど。
「さぁ早速いくぞ!まずはこれだ!」
そう言ってお父さんが出したトランプの数字は8
「どうする?やるか?やめるか?」
いきなりなんて微妙な数字を出すのよ!
「8かぁ」
同じ数字はやり直しだから、確率的には7:5でローが若干有利だ。
だけど…これくらいの差だとどっちが有利なんて関係ない。
「どうした?やめるか?」
「やる!」
こんなチャンスは滅多にない。もし負けても5千円は残るんだし、このチャンスを生かさない手はないわ。
「ハイ&ローどっち?」
「ロー」
「いいんだな?」
お父さんの目を見つめたままゆっくりと頷く。
お父さんがゆっくりとトランプをめくる……
「4!瑞穂の勝ち~!」
「やった!」
私は小さくガッツポーズをとる。これで二万円。今までで最高のお小遣いだ。
今までの最高は、以前じゃんけんに4回勝った時、8千円から無理やりダブルアップさせられ、結果的に成功して獲得した一万六千円だ。今回はそれを超えた。
これが嬉しくないはずがない。
「瑞穂やるな。あそこで勝負に出たのは偉い。さすが俺の娘だ」
私は喜びのあまり、親指を立ててお父さんにウインクする。
「瑞穂」
「なに?」
「気持ち悪いからやめろ」
ぬ!こんな可愛い娘をつかまえてなんてこと言うのよ!
まぁ今は私も超機嫌が良いので許そう。
「さて次いくぞ。次の数字はこれだ」
そう言ってテーブルの上に出された数字はクイーン、12だ。
これをやらない人はいないだろう。
「やる!これはローでお願いします」
「即答だな。勝てば四万円だが、負ければ一万円だぞ」
そんなことは分かってる。しかしどう考えてもやらなきゃ損よ。
私が有利するぎる。にやにやした顔が元に戻らない。
ただ完全に有利だと思うからこそ負けたくないという思いが大きい。
だからだろうかさっきより胸の震えが激しい。
お父さんがトランプをめくる。
「10だ」
やった!私は両手を握りこみ勝った喜びを噛み締める。
でも勝つには勝ったけどちょっと危なかった。
「これで四万円だ」
す、凄いわ。四万円なんて大金もらってもいいのかしら?
「次行くぞ、次は5だ」
これも圧倒的にハイが有利か。
でもそろそろ期待値に反する結果が出てもおかしくないような気もする。
「どうした?悩んでるのか?お父さんが決めてやろうか?」
なんでそうなるのよ。決めるのは私よ。
「いい、私が決める」
「じゃどっちだ?」
ここは覚悟を決めた。
負けても二万円はもらえるんだ。確立通りにやろう。
そして今後も迷わず確立通りやろう。そうすれば負けても納得できる。
私は意を決して「ハイ」と答える。
「9だ。瑞穂凄いな。これで八万円ゲットだ」
ちょっと怖くなってきた。
八万円もお小遣い貰ってもいいのかな?最後までやろうと思ったけどこれ以上は貰い過ぎな気がする。
「さて、瑞穂、残り2回だぞ」
「うん、分かってるけど八万円ってちょっと多くない?」
「なにがだ?」
「だって高校生のお小遣いに八万円って多すぎない?」
「たくさん貰って文句をいうやつがあるか!」
げっ!なんで怒ってるの?
「勝負に私情を持ちこむな!正々堂々とやれ!」
私情って、意味分かんないし……
お母さんの様子をうかがうと。
「瑞穂、あと2回勝ったら三十二万円よ。お母さん欲しいバックがあるの」
私と目が合ったお母さんまでこんなこと言いだすし、なんだかなぁ……
まぁ本人たちが良いって言ってるんだからいいか。
「覚悟は決まったか?」
「うん」
「いくぞ!今度の数字はこれだ!」
3って… これってまた勝ちが決定したようなものじゃない。
「さぁハイ&ロー、どっち?」
私は迷うことなく「ハイ」と答える。
「7、正解だ!瑞穂すごいな。これで16万だ」
な、なんか素直に喜べない金額になってきた。
「さて、次ぎは最後の勝負だが。ここでもう一度ルールの変更だ」
ここにきて何?やっぱりお金が惜しくなった?まぁ当然だろうけど。
「ここまで瑞穂に有利な条件で勝負をしてきたけど、最後は本来通りのちゃんとしたダブルアップゲームだ」
なるほど。そういうことか。
「要するに0円か32万円か、はたまた勝負を避けるかということね」
「そうだ」
そういう変更なら臨むところだわ。
今まで私に有利すぎたし、最後くらい正々堂々とやりましょう。
「了解。いいよ。受けて立つわ」
「瑞穂、男らしい良い返事だ。がんばれよ」
褒めてるつもりなのよね?
でも女子高生の私に向かって男らしいと言われても、そんなにうれしくないんですけど。
「ラストはこれだ!」
そう言ってテーブルに出された数字は『5』
微妙だ。確立は4:8。3回やれば2回はハイが出る確率だけど絶対ではない。
今やめれば16万。勝てば32万の大金を手に入れることが出来る。でも今回は負ければ今までのお金が全部パーになる。
確立は2/3でハイだ。どうしよう。
「どうだ?決められないか?」
「ちょっとまって、考えさせて」
「いいぞ、1時間待ってやる」
そこまで考えません。
今まで使ったトランプを見ると、3,4,5,5,7,8,9,10,12だ。
数字は万遍なくでているといえるだろう。
そして5を起点に考えるとローが2つ、ハイが5で2/3の確立に則した結果となっている。
今までの出目に偏りは無い。
「あと、58分30秒」
なんかカウントダウンしてるし。
私が答えなかったら1時間中カウントダウンするつもりかしら?
「お父さん!」
「どうした?やるか?」
「ごめん、やめる」
「そうか、勝負事は引き際が肝心だからな。いい選択だろう」
へー。てっきり勝負しろって言われるかと思ったのに、さすがお父さん、勝負師は言うことが違うなぁ。
「では今月の瑞穂のお小遣いは16万で決定!」
わーい、やったぁ。
「お父さんありがとう」
「でも最後の数字、気にならないか?もし勝負するならどうしてた?」
「そうだね、やるならもちろんハイを宣言してたよ」
それを聞いたお父さんがトランプをめくると……
「瑞穂はなかなかの勝負師だな。勝負所を弁えてる。やめたのは良い選択だったわけだ」
ギャンブルのことで褒められても素直に喜べないけど、でもお父さんに褒められるっていうのは嬉しい。
「来月からはまたいつものルールに戻すから今回のお小遣いは大事に使うんだぞ」
「うん。ありがとう。お父さん」
そう言って手渡されたお金をよく見ると……
「お、お父さん!これ」
「なんだ?何か問題あるか?」
「問題大有りよ!これコピーじゃない」
「そうだ、上手くカラーコピー出来てるから使い方を間違えなければばれないはずだ」
何を訳のわからないことを…
勝負で勝った物に対してこんなケチなことをする人だとは思わなかった……
「お父さん、お金をコピーするなんてそれだけで犯罪だよ。それにそんなお金使えるわけないじゃない」
「なんだ?16万も貰っておきながら文句か?」
逆に聞きたい、コピーのお金を貰って文句がない人っているんだろうか?
「とにかく、そんなもの要らない」
どうせ初めからそんな大金くれるつもりなんて無かったのよ。疑いも無く喜んだ私がバカだったわ。
「仕方ないな。じゃぁこれをやる」
「え?これ?」
本当に?これくれるの?
「それはコピーじゃないぞ」
「わかってるよ。本当にいいの?本当にくれるの?」
「勝負に勝ったんだから当然だ。さっきの物は瑞穂をからかう為に用意した物だ。ちょっとしたお遊びだ、俺を犯罪者扱いするな」
お遊びでもなんでもお金をコピーしたら犯罪なのよ…… でもまぁいいか。
「よし、今日のお小遣い勝負はこれにてお開き」
16万は少し貰いすぎで申し訳ないと思いながらも、私は大喜びで自分の部屋に戻る。
「あんた、瑞穂にお小遣い16万ってやりすぎじゃない?」
「まぁいいじゃないか。傘の一件ではちょっとからかいすぎたしな」
「そうね、あの時はちょっとやりすぎたわね」
「あぁ、あそこまでマジ泣きするのは久しぶりに見たからな。でも16万もやったんだじ、これでまたしばらく瑞穂をおもちゃに遊べるだろ」
そう言って二人は卑しい笑いを漏らす。
布団に入ってさっきの勝負を思い返していると、急に背筋が冷たく感じてぶるぶると震える。
「寒っ。もしかして風邪なか?」
今日はもう寝よう。
枕の下に大金を敷いて寝る体制を整えていると、リビングから微かにだが卑猥な笑い声が聞こえる。
嫌な予感……
とにかく今日は、問題が起きる前に寝よう。