太陽が蒼天を照らすお昼頃、ある占い師の家にオイラは訪れた。
和風な造りをした家のインターフォンを、オイラは軽く押す。すると家の入口から大福のようにふっくらとした優しげな顔付きのお婆さんがでてきた。
「こんにちはっす〜」
お婆さんに明るい笑顔で挨拶するオイラに、
「ふふっ、久しぶりね烈狐丸君。相変わらず元気ねぇ」
まるで最初からオイラが来るのを解っていたようにお婆さんは微笑んだ。きっと占いでオイラが来ると知ったのだろう。
「久しぶりっす千代婆さん。はい、これ」
オイラは買物袋を千代婆さんに渡す。千代婆さんは袋を軽く探ると、
「あら、黒酢ね」
嬉しそうに中の黒酢を取り出す。
「フッフッフのフ。これは原産の特注品っすよ〜♪」
「まぁ」
頬に手を添えて嬉しそうに驚く千代婆さん。
大の黒酢好きの千代婆さんにとってそれは喜ばしい物なのだ。
「でも良いのかしらこんな高そうなの貰って?」
「良いっす良いっす! 占い料だと思って貰ってっす」
支払いの請求書は知り合いの妖狐の彩行きっすからね、フッフッフのフ。
「玄関で話すのもなんだから上がりなさいな烈狐丸君」
「そうっすね、お邪魔しますっす〜」
応接間に行き、ソファーに腰を降ろし寛いでいると、千代婆さんはさっきの黒酢を入れたコップと湯飲みを盆に載せて運び、
「はい、どうぞ」
テーブルにコップをオイラが座っている側に湯飲みを自分側に置き、千代婆さんはソファーに腰掛けた。
「ありがとうっす」
オイラはコップを取り中の黒酢を喉へ流し込む。
「う〜ん。美味しいっす」
正直な感想を漏らしたオイラに、
「ほんとねぇ」
千代婆さんも啜るように一口飲んでおっとりした表情で同意する。それからほのぼのとした静かな雰囲気が長らく続くのだが、やがて千代婆さんが閉じていた口を静かに開く。
「烈狐丸君……。どうしても知りたいの? ……あなたが捜している人の居場所」
そう言って湯飲みを丁寧に持ちゆったりと黒酢を口にそそぐ千代婆さん。唇から小さく黒酢を啜る音が、静かな部屋の中で響いた。
オイラも一口飲みコップをテーブルに戻す。
「……用件、解っていたんすね千代婆さん。やっぱり占ってたんすか? オイラが何用で訪ねに来るのかを」
わずかに口元を緩めコップを眺めてたオイラは、上目遣いに千代婆さんを見据える。自分の大きな目が薄く鋭くなっていくのがわかった。内心じれったいと感じている。そう、オイラは本当はこんなほのぼのと黒酢を飲む為にここへ訪ねにきた訳じゃない。
ある人の、オイラの昔から友達の。オイラを助けた為に命を落とした友達の生まれ変わりの“居場所”を知る為にオイラは占い師の千代婆さんのところに訪ねたのだ。
千代婆さんはただの占い師なんかじゃない。世間でテレビ等で映ったりしているインチキではなく本物の占い師だ。
「………えぇ、わかっていたわ」
そう頷き呟くと千代婆さんは黙り込む。表情は穏やかだが、辺りからは重苦しい威圧的な雰囲気が感じられた。
「……前は適当にごまかして相手にしてもらえず帰ったっすが――。今回はちゃんと教えてほしいんすよ千代婆さん」
オイラがそう言うと千代婆さんのおっとりした笑顔が少し悲しげな表情へと変わる。
初めて会って占いを頼んだ時もその無惨なものを見るような、哀れみの眼差しでオイラを見ていたな千代婆さんは。きっとオイラには近い内にあの人を捜す事が原因で何か残酷な出来事が起こるのだろう。千代婆さんはそれを占い、知ったのだと思う。
それでも、例えどんな結末を迎えるとしても、オイラは止まる訳には行かない。あの人との約束と自分の決意を果たすまでは。
「……わかったわ」
千代婆さんは鋭く睨み据えてるであろうオイラを一瞥すると、仕方ないと諦めた様子で首を横に振り呟いた。
「教えてもいいわ……。あなたが捜している人の居場所を――。知っている人の居場所を」
「知ってる人の居場所?」
「えぇ……」
訝しげに訊ねたオイラに千代婆さんはすました顔で頷き湯飲みの黒酢を啜り飲む。
「千代婆さん。何でそんな遠回りな事を……。オイラはあの人の居場所を千代婆さんから聞き出したいのに、千代婆さんなら解るはずじゃないっすか!」
そんなオイラの不満の一言を余所に。千代婆さんはその場所を話しだした。その場所を聞いた時、オイラは驚きを隠せなかった。
「――え、ちょっと待ってっす千代婆さん! そこはオイラが三年くらいまえに行った場所っすよ!」
本当に予想外だった。まさか、過去オイラが行ったことがある地域にその人物がいるとは……、それもオイラが一度会ったことがある人物だと千代婆さんは語る。
「私から聞くより……。その人物から聞いた方がいいわ……」
「それは何故っすか……」
黒酢を飲み啜る千代婆さんに、オイラは怪訝な様子で問い詰めた。
「……必然だから………」 しかし千代婆さんはこの一言から口をより重く閉じてしまい。これ以上は語らなかった。その千代婆さんの態度にオイラは口を渋るしかなかった。
「わかったっす千代婆さん。――千代婆さんがそういうなら、オイラ行ってくるっす。その人物は誰っすか?」
そしてオイラはソファーから立ち上がり、千代婆さんに聞いた。
「行けばわかるわ。あなたが今からその場所に向かえば必ずその人物と会い、そして教えてもらえる」
「それも必然なんすか?」
オイラが訊ねると千代婆さんはゆっくりと頷いた。
「……わかったっす。じゃあ行ってくるっす。千代婆さん、また機会があれば来るっすね。そしたらまた黒酢を土産に持って来るっすよ」
「ありがとうね烈狐丸……、いってらっしゃい」
千代婆さんの言葉を信じ。オイラはこの場を後にした。
暫く電車に乗ったりバスで移動すること、オイラ久しぶりに少し田舎な町に着いた。
「久しぶりっすねこの町に来るのも――」
この町には一度、導かれるかのように来た事があったが、今思うと千代婆さんが言った事がもしかしたら関係しているのかもしれない。そういえば、オイラが導かれて来てしまった原因だった思われるあの家族は元気にしているだろうか。
“武蔵家”
少し変わり者で不思議な人達。彼らが持つ不思議な力が原因でオイラは導かれたと武蔵家の執事だと思われるナオキさんが語っていた。
――もしかして、千代婆さんが言ってた人物はその武蔵家の誰かなのだろうか。しかし前に会った時は初対面で何も知らなかったはずだ。まさか、ここ最近武蔵家の誰かが知ったのだろうかあの人の居場所を……。
どちらかにしろ、会いに行く方が良いかもしれない。そう考えたオイラは早速武蔵家に足を運ぶのだった。
「う〜む、本当に久しぶりっすねここに来るの」
そう思いながら武蔵家敷地内をうろつくオイラ。武蔵家の庭は意外と大きく広い。初めて来た時は武蔵家の土地とは解らず間違って入ってしまった事があったな。
「やっと玄関に着いたっすね」
オイラはインターフォンのボタンを軽く押す。中で音が鳴り響くのだが、10分くらい待っても人が出る気配はない。仕方ないのでもう一度ボタンを、そしてまたボタンをと10分毎に押して鳴らすのだが、いっこうに出る気配はない。
「留守なんすかね?」
いまさらながらオイラがドアの手前で思っていると、勢いよくドアが開きオイラをぶっ飛ばす。
「ぐふぁっ!」
ぶっ飛ばされたオイラはうめき声をあげて地べたに落下した。
「うるさいわよっ! ピンポンピンポンインターフォン鳴らすんじゃないわよ!」
ああ、懐かしい声が聞こえる。オイラが仰向けで霞む視界の中そう思っていると、その声の主はオイラに近付いて来て、オイラを一旦確かめるように見下ろすと奇声に近い悲鳴をあげる。
「れっ! 烈狐丸ちゃんじゃない!」
「あ……、あはは。久しぶりっす零さん。デジャヴュっすね」
驚いてる武蔵家の当主、武蔵零さんにオイラは起き上がり挨拶した。
「ごめんね烈狐丸ちゃん! 妖怪戦争だけは勘弁して!」
応接間に招いてくれた零さんは必死にオイラに謝った。本当にデジャヴュだよ。前も同じような事があったんだよな。
「まあ、気にしないでっす零さん。ところで今日はナオキさんやムサシ君達はいないんすか?」
「よかったあ! ありがとうね烈狐丸ちゃん。あ、ムサシ達は学校。ナオキは買い物よ」
ムサシ君達は学校でナオキさんは買い物か、ちょっと参ったな。武蔵家で普通なのってムサシ君とナオキさんくらいなんだよなぁ。零さんは一番変人だからオイラは苦手なんだよ。どこら辺が思に変かと言うと、
「あの、零さん」
「なぁに烈狐丸ちゃん?」
「いくら自分の家とはいえ――、下着姿でうろつき、しかもオイラに抱き着くのはちょっと止めてほしいんすが」
零さんは年齢不明だが、銀髪の紅い瞳のかなり若く美しくスタイルのよい美女なのだが、会話の通りの露出癖がある人なのだ。
「えぇ〜、服着るのめんどくさくて〜。それに烈狐丸ちゃん可愛いから放したくな〜い」
前来た時もナオキさんがいろいろ失礼だと指摘したのにそんな風に聞く耳持たずな反論したっけな零さん。思い出すと懐かしい。
オイラがしみじみ抱かれながら思い耽っていると、
「あ、そうだ。せっかくだから今から一緒に鉄ちゃんのお家に行かない? 私呼ばれたのよ」
「鉄ちゃん? 零さんの知り合いっすか? まあ別に良いっすけど」
「よし決まりー! ウフフ、今日も飲むわぁ」
ムサシ君とナオキさんも帰りが遅いみたいだし、このまま家で待つのも何だからと言う零さんの意見に同意し、オイラは零さんの言う鉄ちゃんと呼ばれる人の家に行くことになった。
その後車で移動中に聞いたのだが、鉄ちゃんはヤクザらしく。零さんとはよく杯を交わす仲らしい。微笑みながら車を運転する零さんを見てオイラはよっぽど仲がいいんだなと思いながら、これから行く場所に少し興味を持った。
――しかし。
「何よこれ? どうなってるのいったい」
意外な光景に眉を顰る零さん。同様にオイラも驚いた。鉄さんの居る屋敷に着いたと思えば、庭いっぱいが血とそれに塗れた負傷者達で染まっているではないか。
「だ、大丈夫っすか?」
オイラはまだ意識があるスキンヘッドの黒スーツの負傷者に駆け寄り上体を起こしてあげて訊ねた。
「く……組長が、やばい」
呻きながら呟くと、男は気を失った。
「とにかく、奥にいって見ないと解らないわね。鉄ちゃん大丈夫かしら」
真剣な面立ちで零さんは奥へと走り出す。オイラもその後を追い奥へと進む。
廊下を駆け抜け、部屋の奥まで進むと、
「鉄ちゃん! どうしたのよそんな血まみれになって! シャレにならないわよ!」
流血してる肩を押さえた四十代くらいの着物を着た白髪のおじさんが壁にもたれ掛かっているのを発見した。このおじさんが零さんの言う鉄ちゃんらしい。零さんは心配そうに駆け寄り、鉄さんの体を支え起こす。
「ちきしょうが……、なんなんだあの……バケモンは……。何をしてもこっちの攻撃が全くきかねぇ、見えない壁みたいなので防御しやがって……」
呻きながら悔しそうに鉄さんはぼやく。
「喋るのはよした方が良いわ鉄ちゃん。この傷はヤバイわよ。早く救急車呼ばなきゃ」
「うぐ……てやんでぃ………これくらいの傷……っ!」
鉄さんはそう呟くと気絶してしまった。体中が傷だらけなんだ、普通は出血多量で死んでもおかしくないくらい負傷していたにも関わらず。それだけ喋れて動けるだけでもたいしたものだ。しかし、いったい誰がここまでこの組長や屈強そうなこの屋敷の組員を……。
「ちょっと! 鉄ちゃん!」
オイラは零さんに揺さ振るられながらも俯せに倒れたままの鉄さんを見てそう思ってると、
「ん?」
オイラはあることに気が付いた。
倒れている組長から組員全員から、僅かながら妖気が漂っていた。もしかしたら組を遅ったのは妖怪なのだろうか。そうオイラは推測した。
しかし何故この組を遅ったのだろうか、それにこの妖気。オイラはどこかでこの妖気を感じた事がある。
暫くして、救急車が来て鉄さん含めた組員全員が病院へと運ばれた。オイラ達も病院へ行き彼らの容体を聞くと、
「一命は取り留めました。驚きました。凄い生命力ですよ」
そう医者から大丈夫だと聞いたオイラ達は安心した後、武蔵家に戻ってきた。
武蔵家に戻って来るとナオキさんやムサシ君が帰っていた。オイラが彼らに久しぶりの挨拶を交わした後、零さんはさっき事件の事を話す。
「えっ! 馬鹿な、あの鉄殿が!」
とても信じられないと驚きの表情を浮かべるナオキさん。ムサシ君や居候の麻蔵 蘭さんも動揺している。
「多分、今頃あすかちゃんも病院に向かっているはずよ」
零さんは深刻な面持ちで話す。いつも見せていた軽るそうな表情が嘘みたいにだ。周りが重い空気に包まれる。
「零ねーちゃん。俺も病院に行って来るよ」
「あたしも行く!」
直ぐさま家から出ようと駆け出すムサシと蘭に、
「待った。今日は遅いから明日皆でお見舞いに行こう」
ナオキさんがそう引き止めようと声を掛けたが、二人は神田あすかさんが心配だからとそのまま出ていってしまった。
「全く……、困ったやつらだな」
ナオキさんは小さな溜息をもらし呟く。零さん同じくと溜息を漏らす。
しかし、あの人の居場所を知る人がこの地域にいると聞いて来たのに、まさかこんな事態に巻き込まれてしまうとは思ってもみなかった。武蔵家の人達にあの人の居場所を知っているか聞き出したいのだが、今はそれどころではなさそうだ。そう思っていると、
「どうしたんだい烈狐丸君?」
ナオキさんが尋ねてきた。どうやらオイラが渋った表情をしていたから、気に掛けさせてしまったようだ。
「えっ……、あ、いや、ちょっと良いっすかね二人共」
せっかくだからと思い。オイラはこの町に来た理由を話し、そしてあの人の居場所を知っているかを訊ねてみた。
「う〜ん、悪いが俺は全く聞かないな。その生まれ変わりの事は」
「ごめんね烈狐丸ちゃん、私も同じくよ」
「そうっすかぁ……」
残念だが二人は千代婆さんの言うあの人の居場所を知ってる人ではないようだ。この様子だと、ムサシ君と蘭さんの可能性も薄いかもしれない。
だが、そうでないとしたらいったい誰なんだ。オイラが過去会った事がある人物。この地域では武蔵さん達以外は全く知らない。
今回会った鉄さんだって初対面だから違う。
オイラがそう腕を組んでしばし考え込んでいると、ナオキさんの携帯電話が鳴り響いた。
蘭さんからの着信らしい。
「どうした? ……なに! ムサシがっ! ……解ったすぐにいく!」
急ぎ携帯をしまうナオキさん、オイラがどうしたのか訊ねると、
「訳は後で話す。零、ムサシ達が危ない!」
それを聞いた零さんは、
「解ったわ、直ぐに行くわよ!」
軽く頷き直ぐに外へ出る。オイラもナオキさんと一緒に零さんの車に乗る。家に居といても良いと言われたが、何故かオイラも行くべきだと言う不思議の使命感に圧され、同行することにした。
「あすかちゃんと合流してタクシーで一緒に病院に向かっている最中。突然正面から白髪の黒いスーツの男が現れ、タクシーを襲ったらしい。……ムサシ達が三人で闘ったみたいだが、圧倒的強くに状況は不利で危険な状態だって蘭が言っていた。まずいぞ、零」
車の助手席に座るナオキさんが淡々と話す。しかし、落ち着いてるように見えるが声が少し焦ってるように感じた。それにナオキさんは遠回しに急げと言ってるようにも聞こえる。
零さんもそのつもりなのだろう、真剣な表情で言葉を返さずに車の速度を上げている。
そして、オイラ達は現場にたどり着く。
車から降り前を向いた時、オイラ達は目の前の光景に息をのんだ。人気のない道路の中央でひっくり返り炎上してるタクシー、そして痛々しい姿で俯せに倒れている二人の女の子、一人は蘭さんで、もう一人は多分神田あすかさんだ。
「大丈夫か二人共!」
ナオキさんがすかさず言って蘭さんに駆け寄りしっかりしろと揺さ振る。零さんは神田さんの方に向かう。
「……な、ナオキ、ムサシが……。ムサシが危ない」
かすれた声で炎上しているタクシーの方を指差す蘭さん。オイラはすぐに駆け出し炎の立ち込める奥に突き進む。すると、
「はぁ――、――はぁ……」
「ほぅ、まだ粘るか。しかし――、私はただこの男の居場所を知らないかと聞いているだけなんだが――。何故、無駄だと解っていて抵抗するのか、な?」
「く、あすかにも! 蘭にも手を出すな! うおおおおおおぉぉっ!」
満身創痍気味の状態でムサシは雄叫びを上げて、正面にいる黒スーツで白髪の男を目掛け突撃してるではないか。白髪の男は写真をヒラヒラと見せびらかしたまま避けようとしない、そのそぶりすら見せない。
勢いよく突っ込んで振りかざしたムサシの拳が、白髪の男に当たったかのように見えた。
――だが。
「なっ!」
ムサシの拳は空を切るだけで、白髪の男はいつの間にかムサシの後ろで呆然と立ち尽くしていた。
「所詮、人間だな」
白髪の男はそう呟くとムサシをデコピンでオイラのいる位置、約六メートルくらいの所まで弾き飛ばした。飛んで来たムサシをオイラは受け止める。
「大丈夫っすかムサシ君!」
「うぅ……、烈狐丸。蘭は、あすか……は?」
「二人はナオキさんと零さんが……。だから大丈夫っす」
それを聞いて安心したのか、ムサシは気を失ってしまった。オイラはムサシをゆっくりと地面に寝かし、白髪の男を睨み据えた。
「あんた、少年少女相手にこれはやり過ぎっすよ。妖怪の風上にも置けないっすね」
白髪の男は睨み据えるオイラに、
「この少年少女が無駄に抵抗するからだ。私は――、単にこの男の居場所を聞き出したかっただけだったんだが。あのヤクザ同様、その血縁の少女も知らないと言うばかりなので、力付くで聞き出そうとした――」
そうすました様子で語りながらオイラに歩み寄る。口ぶりからしてこの男が鉄さん達を襲った張本人みたいだ。しかし、
「この妖気と声どこかで……」
そうオイラが不可解に思っていたら、近くで炎上する炎の明かりが、白髪の男の顔を照らした。
「お、お前は!」
白髪の男の正体。それはとんでもない人物だった。
「ふむ、どこかで聞き覚えのある声と感じたことのある妖気だとは思っていたが、あの時の子狐か」
忘れもしない。あの日、オイラの友達を、あの人を殺した男。奴の名前は――
「覇鬼!」
覇鬼はオイラを見下した眼でわずかに口元を吊り上げる。オイラの中で沸々と怒りが込み上げてくる。
「あの時の子狐も、千年生きればこれだけの妖気を放てるようだな」
「黙れ! あの人の仇!」
奴が喋り始めた瞬間には、オイラはもう拳が届く位置まで距離を詰めていた。オイラは完全にキレていた。消火不可能なくらい怒りの炎を爆発させていた。
「しかし――」
オイラは怒りの感情を写し出したかのような烈しい炎を纏った拳を奴の顔面に思い切り打ち込んだ。
――だが、
「まだ未熟だ」
オイラの拳は顔面に当たらず、奴の掌の中におさまっていた。
「なっ!」
驚くオイラに奴は余裕の表情を浮かべ、オイラをデコピンで軽く弾き飛ばす。
「ぐあっ!」
認めたくないものだった。妖狐でもっとも強い天狐のオイラが、デコピンであしらわれているのだから。何よりも、相手は親友の仇なのだ。これほどの屈辱はない。
「弱すぎるな、お前ごときには、あの男の時のように変身するまでもない」
またデジャヴュだ。オイラは昔、奴に親友が殺されたあの時、今と同じような台詞を吐かれたんだ。
奴の発言がオイラの怒り炎をより燃え上げる。もはや完全に消火は無理だ。
「く、まだだ! まだこれからだ!」
オイラは立ち上がり、冷徹な視線で見据える奴に鋭い怒りの目付きで睨み返し構える。お互いの殺気が滲み出る緊迫感溢れる張り詰めた空気の中、不意をつくかのように零さんが奴の後ろから現れ、
「よくも可愛い弟達をやってくれたわね!」
言い放つと同時に零さんは奴の後頭部目掛け鞭のようなしなりとキレのある上段蹴りを放つが、あっさりとかわされ。首を捕まれ吊り上げられた。
「ほう、人間にもやる者がいたのだな。まさかこれ程まで背後に近付くとは驚いた。だが、甘いな」
「零さん!」
オイラが助けに行こうと駆け出すが、奴の放つ超能力に弾き飛ばされた。まるで見えない壁に勢いよくぶつかったみたいだった。
「無駄だ、お前はあの時同様、今度はこの女が死ぬのを見届けるがいい」
奴は吊り上げた零さんの首の締め上げる力を強める。零さんの首がミシミシと締め上げる音を立てる。
「や、止めろ覇鬼!」
オイラが立ち上がり言い放ったその時、
「はあっ!」
ナオキさんが横から奴の顔面に拳を入れた。奴にとって予想外の一撃だったのか、吊り上げていた零さんを開放した。
「げほっ! げほっ! ナオキ遅い! あなたもしかしていいとこ狙ってたんじゃないの!」
「んなわけないだろ!」
そう言い合いながら奴から二人は距離を取る。
「二人共、そんな事を言ってる場合じゃないっすよ! 組の人達を始め、ムサシ君達にあんな怪我を負わせたのはコイツっすよ!」
等と軽口を言い合う二人にオイラが注意する。
「そうだったわね! あんた! 覚悟してもらうわよ」
「鉄さんやムサシ達のお返しはしないとな」
そう言って二人は構える。オイラも構えて奴を睨みつける。しかし、それに対し奴は、
「せっかくやる気になっている所悪いが、私はそろそろ行かせてもらうとしよう」
腕時計に眼を通すと軽く溜息をもらし、唐突にオイラ達に背を向け歩き出した。
「逃げる気か! 覇鬼!」
オイラは奴に怒鳴った。すると、
「逃げる? ……勘違いするな!」
いきなり奴から悪寒がはいあがるような殺気が滲み出る。零さんとナオキさんも奴の殺気を前に動揺し後ずさる。こめかみから冷汗が流れ落ちる。
「私は――、無駄な時間を増やしたくないから退いてやっているのだ。有り難く思えよ」
奴はそう言うと振り向いてオイラを指差す。
「お前に、一つ良いことを教えてやろう。あの男は、この時代に〇〇で生まれ変わっている。名前は草薙 炎。姓は変わったが名はあの時のままだ」
「なっ!」
これはあまりにも予想外な事だった。まさか、千代婆さんの言っていたあの人の居場所を知っている人物が、あの人を殺した覇鬼だったなんて……。
「待て覇鬼! 何故あの人の生まれ変わった場所と名前を知ってるんだ!」
オイラは問いかける。しかし奴は答えずに意味ありげな小さな笑みを浮かべその場を立ち去ってしまった。
オイラは奴の意図を理解出来ないまま、やり切れない気持ちのまま今回の目的を成し遂げたのだった。
それから次の日の朝。
「烈狐丸ちゃん。本当にもう行くの?」
昨日あの戦いの後にオイラは武蔵家に泊めてもらい。そして今日、直ぐさま親友の生まれ変わり、草薙 炎と言う者に会うために出発しようとしていた。
「うん、零さん。ナオキさん。入院中のムサシさん達にもよろしく言っておいてっす」
「わかったよ烈狐丸君。……君の親友に、会えるといいね」
軽く頷いたオイラはナオキさん達と握手を交わして、武蔵家を後にしたのだった。
こうしてオイラの千年近くも時を掛けての旅、親友の生まれ変わりを捜す旅は終了した。
そしてオイラはこれからもう二つの目的を達成しに行く。親友との約束、生まれ変わってもまた友達になろうと言う約束と、今度こそオイラが守ってやろうと言う決意を果たしに。
終 |