詩人と普通に話したからって、素敵な言葉を聞くことができるとは限らない。無理にひねり出した言葉ほど、醜いものはないと、本当の詩人は知っているからだ。美しい言葉を乱用するのは、ただの格好付け、キレイコトバの人でしかない。
四月の終わり、私はキレイコトバの人と話していた。
彼は風邪をひいたらしい。火照った顔に御手拭を当てている。
「頭クラクラする」
「家に帰りなよ。寝てたほうが良いって、絶対」
クラクラするはずの頭を大きく振って、大仰に溜め息をつく。
「わかってないなぁ。僕がここに居るのは、運命なんだよ」
「運命って、何言っちゃってんだか」
私の言う事に耳を貸す様子は微塵もなく、彼は窓の外を見ながら鼻で笑う。何がおかしいのかは分からない。
「第一、誘ってきたのは貴女じゃないか」
彼の言動に、私はいちいち腹の底で笑いを堪えるのに必死だ。なんて似合わないんだろう。まだ十歳にも満たないくせに、その言葉遣いはどこで覚えたのだろうか。
友人がデートに行くだとかいう皮肉とともに、私の家においていった彼女の息子は、見事に彼女にそっくりだった。長いまつ毛、強気そうな鋭い目、薄い唇、そしてこの性格。家でテレビを見ながらお茶を飲む、なんて気まずいのでファミレスにつれてきたものの、
「君を相手にしてると、疲れるわ」
「失礼だな」
平坦な声と同じく、表情に変化はない。遠回りでも、直球でも、皮肉や中傷が通じないのだ。そういえば、初めて会ったときの彼女にも苦労したな、と懐かしく感じる。
深爪になっている彼の指先は、手持ち無沙汰に机を叩いていた。
「もっとさ」
「え?」
強い視線が、私を刺す。
「面白い所、知らないの」
抑えたつもりの溜め息が、鼻から出た。
時計を見ると、十時をまわったところだった。
「遊園地はいかがですか、王子」
「いいね」
王子はすぐに店を出て行った。私はレジの前で、今日の出費は全額彼女に請求しよう、と考える。
遊園地と言ってもそれほど大きくないが、自宅から一時間と言うのはありがたかった。それ以上かかれば、私は運転をしながら財布と、眉間の皺の両方を心配する必要がある。
トロッコのレールが八の字になって宙に浮いているようなジェットコースターに乗る。スピードはあまりない。隣に座る王子は、恐怖からか、とても静かだった。子供相手に優越感を感じたのもつかの間、彼はジェットコースターを降りた途端、「次はメリーゴーランドだ」と駆け出した。
凛々しい笑みをたたえる奇妙な馬にまたがった、無表情な王子が、三回目の私の前を通り過ぎると、メリーゴーランドは止まった。
降りてきた彼に、「楽しくないの?」と聞くと
「次はあのブランコだ」
と、三六〇度回転している舟に向かって走りだした。
「無視かよっ」
まともに会話が出来るようになるまで、突っ立ってやる、と餓鬼のような意地を張ってみる。気付かないのだろう、王子はかなり遠くまで離れていった。ふいに鼻を何かがくすぐり、「ぶぇっくしょ」と、無様なくしゃみが出る。
すると、彼は立ち止まり、振り返った。
「早くしたまえよ」
ゴフッ、という音が出た。口と鼻を同時に噴出すと、笑えなくなるのだと知る。慌ててお気に入りのハンカチで拭った。少し悲しくなった。
王子はゴンドラの中でも無表情だった。
「楽しい?」
彼はこっくりと頷いた。
「最高だ」
「それは良かった」
母親が引き取りに来る時間は、午後八時。一日中デートのようだ。
「羨ましいこったな」
現在二時過ぎ。これを降りたら、遅めの昼食にしよう。
面倒な事に巻き込まれた。
王子が、
「昼ご飯なんていらない。ソフトクリームを買ってきてくれよ」
と言ってベンチに座り込むもんだから、こんなことになったのだ。
私は両手に持ったソフトクリームを、チャラチャラしたカップルにぶつけてしまったのだ。しかも、一人にソフトクリーム一つ、丸ごと全部押し付けた形だ。早足になっていたからとはいえ、これは大変だ。
「つめたあい!」
「あにすんだ、このババア!」
振り返りざまに凄んでくる。あからさまに私の方が悪いので、反論も出来ない。ババアはないだろう、と心の中だけで言う。
「すみません! 今拭きますんで!」
鞄をあさり、ハンカチを取り出して、ハッとする。これは、汚い。先ほど噴出したときに、唾だとか鼻水だとかをを拭き取った布だ。
使うのを躊躇っていると、また怒声が飛んだ。
「早くせえよ! 染みになっちまうだろが!」
「えぇー、それ困るぅー」
女の甘ったるい声に背筋をぞわりとさせながら、他に何か無いかとまた鞄をあさった。
突然、目の前に黒いハンカチが現れる。
「……王子……」
「ほら、早く拭いておあげよ」
やはり彼の口調が癪に障ったのだろう、男がまた怒鳴った。
「何様だぁ、このガキ!」
肩をびくりと振るわせておいて、王子は男をまっすぐ見つめる。
一方で私は女の服を拭いていた。「ありがとー」と応じるところ、男とは正反対の人間のようだ。少し心が広すぎる、将来が不安な女性である。
「金をせびらなかったことは褒めてあげよう」
「こんの……!」
男が腕を振り上げた。が、その腕に女が飛びついた。
「ねーえ。着替えたぁい」
「……しょうがねえなあ」
見る見るうちに男の鼻の下が伸びた。
助かった。
去っていくカップルを見送りながら、王子の小さく震える肩に手を置く。
「怖いんなら喧嘩売らないの」
「だって」
だって、とか言ってしまうところ、子供だな、と思っていると、続きがあった。
「だって、姫を守るのが、王子でしょう」
私は思わず目を見開いた。
「あ、貴女がそうやって、王子王子って呼ぶからっ」
私を見上げる彼の顔は真っ赤になっていた。
口角が上がるのを感じる。
「さすが王子様」
「当然だ」
ぼそっと言うと、彼は駐車場の方へ駆け出した。
「帰る!!」
「え、ちょっと、姫を置いていくのー?」
小さな背中を慌てて追いかけた。 |