太平洋戦争後期、日本海軍にはある空母建造計画が存在した。
改マル五計画と呼ばれる空母大建造計画の事だ。
大戦初期のミッドウェー海戦で無敵を誇った日本機動部隊の主力空母四隻を撃沈され、さらにその後の泥沼化したソロモン諸島での激戦で次々に空母を失った日本海軍は大量の空母が必要だった。
計画の概要はミッドウェーの海に沈んだ歴戦の英雄中型戦闘空母『飛龍』の改造発展型の中型空母――雲龍型空母建造だ。
雲龍型空母は当初一隻の建造予定だったが、ミッドウェーの大敗北で計画が改修され、異例の十五隻建造計画となった。
雲龍型空母は全長二二七・三五m、全幅二二m、機関出力十五万二〇〇〇m、基準排水量一万七四八〇トン、最高速力三四ノットという中型空母としては超高性能の空母だった。
まるでそれは日本海軍が世界に誇った日本海軍史上最強の戦闘空母である翔鶴型空母を小型化したような高性能だった。
だが、雲龍型空母建造計画は思うように進まなかった。
戦況の悪化で十五隻のうち半分の六隻しか実際に建造される事にはならなかった。さらにその六隻も悪化し続ける戦況の中で損傷艦の修理を優先させたり、資材や熟練工の不足などの影響で建造は思うようにはいかず、雲龍型空母『雲龍』『天城』『葛城』『笠置』『阿蘇』『生駒』『鞍馬』のうち三隻が半分以上建造した途中で建造が中止され、実際に竣工したのは一番艦『雲龍』、二番艦『天城』、四番艦『葛城』の三隻だけだった。
結局、十五隻中完成したのはたったの三隻となってしまった。
だが、紆余曲折を経て完成した三隻の新鋭空母は生誕が遅すぎた。
日本機動部隊最後の決戦であるマリアナ沖海戦の後に完成した三隻は次のレイテ沖海戦にも飛行機不足や搭乗員不足の影響で専属の航空隊がおらず、少ないながらも専属航空隊を持つ歴戦の空母達にその座を渡すしかなかった。
そしてレイテ沖海戦で、日本機動部隊は壊滅した。
マリアナ諸島、フィリピンと重要拠点を失った日本はもはや遠い外洋に出る空母は不要となり、日本軍は陸海軍共同で基地航空兵力の増強を図った。
陸に離着陸する基地航空部隊ならともかく、滑走路が短い上動く空母に離着艦するという特殊な技術を必要とする艦載機の搭乗員は育成が難しい。それに対し育成の速度よりも消耗率の方が圧倒的に高く、まともな補充も利かないまま空母艦載機部隊は幾多の戦いの中で壊滅し、新鋭空母三隻に載る艦載機はもはや残っていなかったのだ。
そんな希望を込められて完成した三隻の新鋭空母は、自分の力を発揮できる戦場もなく、毎日自分達の上空を飛んで行く基地航空隊の飛行機を見送るしかなかった・・・
戦争が悪化して追い詰められた日本海軍は外洋戦から本土近海防衛戦に戦法を変えていた。
そんな中、日本最大の軍港都市呉には多くの艦艇があるかどうかわからない出撃の機会を待ち続けていた。
その中で、『雲龍』『天城』『葛城』の三隻は並んで停泊していた。その横には南太平洋海戦で猛虎と化して敵正式空母一隻を戦闘不能に追い込んだ商船改造空母『隼鷹』が停泊している。他にも航空機時代となった今ではもはや時代遅れとなった戦艦『大和』『長門』『榛名』も自慢の巨砲を沈黙させて停泊していた。
もはや飛行機を持たぬ機動部隊の旗艦を務める『雲龍』の甲板には三人の少女達が天空を翔けて行く基地航空機を見詰めていた。
「お姉ちゃん。また基地航空機が飛んで行くね」
「そうね・・・」
「わずかに残っていた航空部隊も全部航空基地に取らたでありますからね」
軍艦には通常女は乗れない。だとしたら彼女達は一体何者なのか。その理由はいたって簡単――彼女達は人間ではないのだ。
彼女達は艦魂である。
艦魂とは艦に宿るその艦の魂の化身である精霊のような存在だ。
その姿は通常の人間には見えず、霊感の強い者や艦魂の精神波長に近い波長を持つ人間にしか見えないのだ。
そんな艦魂である三人の少女の瞳はどれも悲しそうに揺れていた。
それもそうだ。彼女達は新鋭空母の艦魂なのに、その攻撃力である艦載機が一機もなく、出撃の機会もなくなってしまっているのだ。
悲しい目で空を飛ぶ基地航空機を見詰める学園物語に出て来るような委員長みたいなメガネ少女は『雲龍』の艦魂。
つまらなそうに空を飛んで行く飛行機を見詰める三つ編み少女は『天城』の艦魂。
空を翔る飛行機を見詰めてため息するどこか特徴のある口調をしたツインテール少女は『葛城』の艦魂。
雲龍三姉妹とは彼女達の事である。
そんな雲龍三姉妹が飛んで行く基地航空機を見詰めていると、そのすぐ隣に二つの光が輝き二人の少女が現れた。
「そんな悲しい目で青空なんか見ちゃダメよ。せっかくのかわいい顔だ台無しになっちゃうわよ」
優しげな笑みを浮かべる大人びた少女は戦争初期まで連合艦隊旗艦を務めた戦艦『長門』の艦魂。そしてその横にいる小さな少女は南太平洋海戦の英雄である空母『隼鷹』の艦魂。
「長門さん・・・こんにちは」
「はい。こんにちは」
暗い気分になっている三人にとって、明るく優しい笑みを浮かべ続ける長門はまるで輝く太陽のような存在だった。
一方、見た目は自分達より年下に見えるが、実は先輩に当たる隼鷹はどこか寂しげな表情をしていた。詳しい理由は知らないが、話によると彼女が片思いしていた大好きなある少年士官が去年の終わりに起きたレイテ沖海戦で重傷を負って今は内地の病院に送られていて会えないかららしい。艦魂は自艦と近くにいる艦艇を行き来する事はできるが、決して陸には上がれないという弱点がある。
悲しい表情をしている隼鷹だったが、三人を見詰めると小さいながら笑顔を浮かべた。
「こんにちは。雲龍、天城、葛城。今日もいい天気だね」
小柄な体格なので見た目は三人よりも年下だが、彼女は歴戦空母の艦魂。心配する後輩達に心配かけまいと努力しているのだ。そんな隼鷹の純粋な笑顔に三人の表情は明るくなる。
「本当に今日はいい天気だよねぇ」
「こういう時はのんびりするのもいいかもしれません」
「こういう日はこたつでみかんでも食べて四季を感じるのが良いでありますよ」
「そうよね」
長門は笑顔でうなずいた。だが、ふとじーっと葛城を顔を見詰める。
「な、何でありますか?」
「いや、葛城っておもしろい話し方するわね」
長門は葛城の口調に興味津々のようだ。それに対し葛城は「そうでありますか?」と困った顔をする。
「いや、あなた本当に変よ」
「そうだよ。もっとかわいらしい口調でしゃべろうよ」
雲龍と天城も葛城のしゃべり方を注意するが、当の葛城はさらに困った顔をするだけだった。
「自分はそんなに変なしゃべり方ではないと思うのでありますが」
すると長門は隣にいる隼鷹を見詰めて何かを思い出したように「確か大鳳もこんなしゃべり方だったわよね」と言った。
「そういえば、大鳳も『〜であります』って付けてたね」
二人の会話に対し、今度は雲龍姉妹三人が疑問符を頭に浮かべた。
「空母『大鳳』の艦魂がですか? 確か『大鳳』はあ号作戦の時に初陣で敵潜水艦の攻撃で致命傷受けてそのまま沈没した新鋭正式空母でしたよね」
「あら雲龍。詳しいのね」
「それは一応勉強はしてますので」
長門にほめられて顔をほんのりと赤らめて雲龍は嬉しそうに笑う。そんな雲龍を見て長門は昔自分を慕ってくれた無敵と呼ばれていた頃の機動部隊の旗艦を務めていた少女を思い出した。
「赤城・・・」
「え? 何ですか?」
つい口から漏れた言葉に雲龍が反応した。
「う、ううん。何でもないわ」
長門の言葉に雲龍は少し引っ掛かりがあったが、きっと自分が触れるべき事ではないのだろうと思ってそれ以上の追求はやめた。
「で? その大鳳さんのしゃべり方が葛城そっくりだったの?」
一方純粋に興味津々の瞳で天城は隼鷹を見詰める。
「う、うん。本当に葛城みたいなしゃべり方で、お兄ちゃんとも仲良かったからよく覚えてる」
『お兄ちゃん』という単語を口にした途端、隼鷹の表情は再び暗くなり、そのつぶらな瞳には涙を浮かべていた。
「あ、あれ?」
「天城! あなた先輩に何したのよ!?」
「わ、私は何も――」
雲龍に怒られるが、自分は何も悪い事をした覚えのない天城はただただ慌てるだけだった。そんな二人に長門は苦笑い。
「ごめんね。ちょっと今この子大好きなお兄ちゃんがけがで病院にいて今は会えないのよ。だからちょっと・・・」
長門の説明に三人はようやく状況を理解し、天城はしゅんとなって「ごめんなさい」と隼鷹に頭を下げた。
「ううん。気にしないでよ」
涙目ながらも後輩を思う優しい先輩に天城は心から彼女を尊敬した。そんな二人を見詰め、長門はにぱぁと明るい笑みを浮かべた。
「うーむ。初々しいね」
「長門さん。あなたが言うとなぜか恥ずかしい言葉に聞こえます」
「なーに雲龍。やきもち焼いてんの?」
「そ、そういう訳では・・・」
顔を真っ赤にして慌てる雲龍を見て長門はむふふーと何か意味ありげな笑みを浮かべ、そんな長門の横では恥ずかしげにしている隼鷹に天城が懐いていた。
一方、ただ一人蒼穹の天空を見詰める葛城。その瞳は天空を翔けて行く航空機群を見詰めていた。
「・・・飛行機を載せて・・・出撃したいであります・・・」
葛城のつぶやきに、長門は小さく首を振る。
「その気持ちはわかる。私だって出撃して自慢の巨砲で日本を守りたい。でも、それはできないわ。今じゃ日本本土近海には敵の潜水艦が悠々と出没してるし、それに今の搭乗員じゃまともな戦果も挙げられないわ」
「なら、あの攻撃隊は何でありますか!?」
葛城は天空を翔けて行く陸上基地から飛び立った飛行機群を指差して怒りの声を上げた。
だが、そんな葛城の言葉に長門はため息し、悲しげな瞳で空の彼方へ消えて行く飛行機を見詰めた。
「あれが普通の攻撃隊なら・・・搭乗員達も自分を誇れるのになぁ」
「そ、それってどういう・・・」
「あなた達も知ってるでしょ? 今の日本軍の太平洋戦線に対する主力攻撃は戦艦以下の水上打撃部隊でも、日の丸を掲げて翼を羽ばたかせて大空に飛行機を飛ばす空母でもない・・・」
長門の悲痛な声に、雲龍達は瞳を曇らせた。
「・・・特攻隊でありますか・・・?」
「えぇ」
長門の返事に、雲龍達は涙目になって大空へ消えて行く攻撃隊――特攻隊を見詰めた。
特攻――それは死を覚悟した決死の攻撃戦法。
日本という誇らしい文明を持つ国が追い詰められた末に生み出した古今東西どこにもない史上最悪の卑劣な攻撃。
搭乗員自らの命さえも爆薬にして敵艦に体当たりして爆発し、敵艦を葬り去る攻撃。
だがそれは、日本が追い詰められて狂った象徴でもあった。
自らの正義を信じ、無謀にも圧倒的な力を持つアメリカに牙を向き、そして追い詰められて狂った。
時代に翻弄された悲劇の国の、世界に『日本は最後まで国民ただ一人になってでも戦い続ける』という思い訴える最後の手段。
日本海軍が大敗北したレイテ沖海戦以降に生み出され、今では日本軍の主力攻撃となっている。
今や日本は本土防衛戦の主力攻撃として特攻を用い、外洋攻撃作戦の手段である空母は、もはや必要がなくなっていた。
「私達は、生まれる時代を間違えたでありますか?」
落ち込む葛城に、長門は優しげな笑みを浮かべる。
「・・・そうかもしれないわね。でも、あそこに浮かんでいる戦艦『大和』だって生まれる時代を間違えたわ。世界最大最強の戦艦として建造し、日本海軍の象徴とまで謳われたのに、空母に海上作戦の主力の座を奪われてしまって、今では出撃する機会すらない。それでも、彼女は戦い続けてる。違う?」
「それは・・・そうでありますが・・・」
「たぶんもう、あなた達は空母としての出撃はないかもしれない。それでも、かつて瑞鶴達がしたような輸送任務くらいはあるわよ。本来の仕事じゃないけど、それをがんばってみなさい。それも、私達日本連合艦隊艦艇の仕事なんだからね」
長門の言葉に、雲龍達は敬礼した。
自分達は生まれる時代を間違えた。
だが、それでも《今》を生きる事はできる。
今を生きて、そして戦う。たったそれだけでも自分達の存在意義が見つかるかもしれない。それができるなら、戦い続けられる。
結局何しに来たかわからなかったが、長門はその後隼鷹と共に去った。
再び天空を見詰める三人の瞳に映った特攻機群。
三人はそれを見詰め、静かに敬礼をした。
それは、愛する祖国の為に散る桜のような若人達に対する、最上級の敬礼であった。
それからしばらくした一九四四年十二月十九日、五島列島を『雲龍』が物資輸送任務を受けて航行していた。
本来の使命である敵艦隊撃滅任務ではなく物資輸送任務だったが、それでも雲龍は喜んでその任務を受けていた。
自分でも祖国の為に戦える。そんな思いが雲龍の心を突き動かしていた。
防空指揮所で自分の受けた任務に誇りを持って期待に胸を膨らませる雲龍の表情はとても楽しそうだった。
だが、日本海軍の空母の中でも悲運の雲龍型空母は、そんな彼女のわずかな想いさえも、奪ってしまった。
「え? あれって・・・っ!」
顔を真っ青にした雲龍は指揮所から見えた景色に我が目を疑った。
――それは、海中を翔ける数本の魚雷だった。
「敵潜魚雷!?」
そして魚雷は視界から消えた。次の瞬間、
ドガアアアアアァァァァァンッ!
突如『雲龍』左舷で大爆発が起き、さらに続いて連続的に爆発が続いた。
一瞬にして『雲龍』の甲板は火の海になった。
左に大傾斜した『雲龍』の左舷は海に洗われ、兵達が甲板を滑り台のように滑って海に投げ出された。
兵達の想いも空しく、『雲龍』の被害は致命的でもはや復興の見込みはなくなっていた。
徐々に沈んでいく『雲龍』の防空指揮所では、その艦魂である雲龍が血まみれの顔で泣き叫んでいた。
「こんなの・・・嫌だよぉっ!」
一体自分は何の為に生まれてきたのか。
たった四ヶ月の命で、自分は死ぬ。
まだ生きていたい。
まだ妹達や仲間と一緒にいたい。
そんな想いも空しく、雲龍は泣き叫び続けた。
その悲痛な叫び声は、護衛に当たっていた駆逐艦の艦魂にも届いた。
悲しみ、怒り、苦しみ、憎しみ。様々な負の感情が渦巻いた声に、駆逐艦の艦魂は涙した。
そして、『雲龍』はゆっくりとその体を艦尾から静かに海に消した・・・
――空母『雲龍』、物資輸送任務中に女島沖で敵潜水艦の雷撃を受け、わずか四ヶ月という短く儚い命を終え、海の底に沈んだ――
一九四五年七月二八日、もはや戦争に勝利を望む事が不可能になったその日、呉は敵機の爆撃を受けた。
レイテ沖海戦以降日本の石油不足は深刻化し、もはや日本艦艇はほとんど動く事ができなくなっており、青空を埋め尽くす敵機の攻撃を、日本艦艇は回避する事もできず、次々に敵機の攻撃を受けた。
呉の街や軍港が燃え、そして海に浮かぶ多くの艦艇も黒煙と真っ赤な炎を上げた。
歴戦の武運艦である戦艦『榛名』、世界海軍史上類を見ない航空戦艦『伊勢』『日向』もこの爆撃で徹底的な攻撃を受けて大破着低した。
そんな中、雲龍型空母二番艦・空母『天城』も敵機の攻撃を受けて大破横転した。
左舷が完全に海に浸かった『天城』の防空指揮所で、天城は力なく笑って去っていく敵機を見詰めた。
「お姉ちゃん・・・ごめんね・・・私・・・お姉ちゃんの分まで生きるって決めたのに・・・できなくて・・・ごめんね・・・」
三つ編みが解け、力なくその場に倒れている天城は涙を流しながらそうつぶやき、意識を失った。
死んではいないとはいえ、重傷を負った天城はそれから先ほとんど眠ったような状態となり、わずかに起きている間妹の葛城を支え続けた。
――空母『天城』、一方的に空爆されて大破横転。そして戦後、『天城』は一度浮上されてその使い道を模索されたが、結局解体処分にされた――
一九四五年八月十五日、長きに亘った太平洋戦争は終結し、雲龍型空母最後の『葛城』は『天城』が大破横転した時の空爆で被弾したが、被害はたいした事なく、その後戦後復員船として活躍した。
太平洋の海を一隻の空母――いや、大型復員船が走っていた。
かつて敵機を撃ち落とす為に装備されていた対空機銃や高角砲、噴進砲などの武装は全て撤去され、飛行機を積む為の格納庫には仕切りがされて居住スペースが確保されている。
さらにその艦体には新しい塗装が施され、側面には大きく描かれていた。そして、その大きな日の丸の横には大きく白い文字で『KATSURAGI』とローマ字表記で書かれていた。
――空母『葛城』。
過去にそう呼ばれていた少女は今、復員船として外地に散っていた日本軍の兵達を収容する作業を受け持っていた。
皮肉にも、飛行機を滑らせて空に舞い上げる為の飛行甲板は、兵達を乗せる為にかなり有効利用された。
防空指揮所で嬉しそうに本土に帰る事を喜んでいる兵達を見て、葛城も嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「姉さん・・・私・・・こんなに役に立っているであります」
今はもういない姉達に、葛城はそっとつぶやいた。
悲劇の雲龍型空母最後の一隻である『葛城』は、そんな姉妹達の想いを一身に受けて生き続けていた。
そして、そんな彼女には今・・・
呉に戻った葛城は本土に戻った事よりももっと嬉しい事が待っていた。
碇を下ろして停泊する『葛城』の横には『隼鷹』が停泊していた。『隼鷹』も、復員船として活躍していた。
葛城はすぐに停泊している『隼鷹』の防空指揮所に移動した。そこには、メガネをした青年が隼鷹と楽しげに会話していた。
「でさ、瑠璃ったら毎日のように皿を割るんで困ってるんだよ」
「そうなの? まったく瑠璃は。私ならお兄ちゃんの為にがんばって家事をするのになぁ」
「ははは、ありがとう」
優しげな笑みを浮かべる青年に、葛城は片思いしていた。
姉の死に一人落ち込んでいた葛城に、突如その青年は現れ、その優しく温かい手を差し伸べてくれた。
彼は多くの艦魂仲間を失っているのに、愛する人を失っているのに、それでもこうして今を明るく生きている。そんな彼の強い想いに、葛城は惹かれたのだ。
笑顔の絶えない青年をじっと陰から見詰めていると、その青年がふとこっちを向いて笑みを浮かべてくれた。
「葛城! おかえり。久しぶりだね」
「はい。お久しぶりであります」
葛城は嬉しそうに陰から顔を覗かせて笑顔を浮かべた。そんな彼女を見詰め、青年は笑みを浮かべて葛城を手招きした。
「ほら、そんな所に隠れていないでこっちにおいでよ」
突如声掛けられた葛城は顔を真っ赤にして焦ったが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「はいであります。航海長殿」
葛城は満面の笑みを浮かべて愛する彼に向かって走り出した。
蒼い空の下、三人は楽しそうに会話を始めた。
それは戦後の混乱が止まないある夏の日の事だった・・・
姉上・・・私は今・・・恋しているであります・・・
戦中は活躍する機会を得られなかった『葛城』だったが、復員船として大いに活躍し、多くの日本兵を日本本土に連れ帰った。
そして終戦一年後、空母『葛城』は日立造船桜島工場にて解体処分される事になった。
自らの体が徐々に解体される中、葛城は防空指揮所から空を見上げていた。
蒼い空の下、葛城の表情は明るかった。これが死刑宣告を受けた少女のする表情だとはとても思えなかった。だが、そんな彼女の心は表情以上に晴れ晴れとしていた。
「姉上・・・遅れてしまって申し訳ありませんであります」
葛城は笑顔で言った。
自分の人生を振り返り、葛城はある結論に至っていた。
――いい人生でありました・・・
兵器として生まれた自分が、人の命を救う復員船として活躍し、多くの人の笑顔を運ぶ事ができた。こんな嬉しい事はない。
「それに・・・」
葛城はそこから見える町並みを見た。
ここは呉のある広島県ではなく大阪府だ。大阪も戦争後期に空襲を受けて街は壊滅したが、今はゆっくりとだが復興してきている。そんな街並みを見て、葛城は瞳を少し寂しげに揺らした。
「ここが呉だったら・・・航海長殿に会えたのでありますが・・・。それも叶わぬ夢でありますね」
葛城の片思いする相手は今も呉にいる。自分の最期を看取ってくれる人はいない。
でも、それでも彼は別れの際涙を堪えて笑顔で見送ってくれた。それだけで、彼女は十分だった。
葛城は呉のある方向に向くと、静かに敬礼した。
「航海長殿。今まで本当にありがとうございましたであります」
葛城は静かに笑みを浮かべると、どこまでも澄み切った蒼い空を見上げた。「姉上、今からそっちに逝くであります。もう、一人にしないでほしいであります・・・」
葛城は手の平を光り輝く太陽にかざし、いつまでも明るい笑みを浮かべて続けていた。
――空母『葛城』、最後の雲龍型空母として戦後は復員船として活躍。多くの日本兵を本土に運び、一九四六年の終わりに解体された・・・―― |