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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第八十一章 凍りつく時間

 ――夕暮れ。

 赤く染まる世界の中で、俺は一人の男と数メートルの距離を空けて向かい合っていた。

「まさか、本当にこの時がやってこようとは思わなかったよ」

 向かい合う男、ヒサメ道場の道場主であり、ミツキの父でもあるアサヒが、そう漏らした。

「俺は、最初から分かってましたけどね」

 余裕を装ってそう返す。
 ミツキは俺との約束を守り、リンゴと二人で試練のことごとくを跳ね返し、この瞬間まで俺を守ってくれた。
 今度は俺が彼女の信頼に応える番だ。

「気合充分、と言った顔つきだね。
 しかし、覚悟はいいのかな?」

 いまだ柔和な仮面をつけてそう問いかけるアサヒに、俺は、

「あなたの方こそ、覚悟は出来ていますか?」

 逆に、不遜とも言える言葉を投げ返した。

「……なに?」

 一瞬、アサヒの仮面が剥がれ落ち、そこから獰猛な本性を覗かせる。
 ぶつけられた殺気に、足がすくみそうになる。
 だが、それでこそ、だ。

 今から命懸けの賭けをしようというのだ。
 このくらいで臆してはいられない。


 ゲームでの俺は、結局はアサヒの『金剛徹こんごうどおし』に対して有効な手立てを見つけることが出来ず、その一撃を受けることで何とか試練を乗り切った。
 しかしそれも、隠しダンジョンをクリアしただけのHPと防御力、それからカスタムされた強化魔法があって初めて出来たことだ。
 今の俺の能力では、あの『金剛徹し』の一撃に耐えることは出来ない。

 防御力のほとんどは『貫通』属性で無効化されるものの、この試練で有効なのは実質HPと防御だけだったので、当然防御力も生き残るための重要な要素となってくる。

 『最後の試練』でアサヒが狙ってくるのはプレイヤーの眉間なのだが、そもそもこのゲームにおいて、頭部というのは常に急所だ。
 防御力が高い防具をつければ全体に補正はかかるものの、一応このゲームでも防具がある場所に攻撃した時と防具がない場所に攻撃した時では、後者の方にダメージが多く入るように設定がなされている。
 そして残念ながら、このゲームに『頭につける防具は存在しない』のだ。

 サザーンの仮面、シェルミアのティアラ、国王の王冠などの一部例外を除けば、基本この世界には頭に装着するアイテムはない。
 ほかにそれっぽい物としてレッドキャップの赤い帽子とかもあるが、あれはノライム金貨と同じ単なる換金用アイテムである。
 頭装備がないという珍しい仕様はネット上でも論議を呼んだが、これについて公式のコメントは一切なかった。

 ネットでも「キャラクターの顔を露出させるためにわざと作らなかった」「弱点を残すことで戦闘に緊張感を持たせる試み」「プレイヤーの視界を遮る可能性があるため、導入が技術的に困難だった」「蒸れるとヤだから」などの様々な意見が飛び交う中、『ゲーム誌のライター』を名乗る人物が掲示板に現れ、『真相』を明かした。
 彼が言うには、内容が内容だけに没にしてしまったが、開発者の一人にインタビューをして、その理由は聞いていたそうなのだ。

 話によると、彼が、

「そういえばこのゲーム、頭に装備するアイテムがないですよね。
 それはやっぱり、何か理由があるんですか?」

 そんな風に尋ねると、そのスタッフは真顔で言ったそうだ。

「何を馬鹿なことを言ってるんですか。
 ちょっとでも考えればすぐ分かるでしょ。
 頭装備なんて作ったら、猫耳が隠れちゃうじゃないですか!」

 と。

 本当か嘘かは分からないが、まさに『猫耳猫』にふさわしい逸話である。
 しかし、その書き込みがされたのは残念ながらゲームの発売前だった。

「作り話にしても雑すぎる」「信じられる要素が皆無」「猫耳wwとかw」「さすがにありえない」「ゲーム制作舐めすぎ」「今世紀最大のほら吹きを見た」「嘘つくにしてももうちょっと考えてほしい」

 その『ゲーム誌のライター』はその場の全員から嘘つき呼ばわりされ、二度とネットの海に姿を見せることはなかった。
 これがゲーム発売後だったらみなの反応はどうだったのか、とは思うが、どちらにせよ真相は闇の中である。

 ただ真相はどうあれ、実際問題頭部に装備出来る防具はなく、『金剛徹し』がその急所を確実に狙い撃ってくるという事実は変わらない。
 他の防具や破壊不可能オブジェクトを額に当てて防ぐという手も考えたが、それでは『ヒットした』ことにならない。
 俺の頭に直に当たるまで、『金剛徹し』の動きは止まらないだろう。

 ――つまり結論として、俺に『金剛徹し』の一撃を防ぐ力はない。

 だから、俺が取る手段はもっと別のもの。
 避けることも防ぐことも出来ないなら、その元を断ってしまえばいい。
 すなわち……。

(飛んでくる槍自体を、排除する!!)

 それこそが、俺の生き残る唯一の手段だ。


 しかし、こんな解決法はゲームにはなかった。
 実際にやってみて、やはりそれは通りませんでは何の意味もない。
 だから俺はあえて挑発的な口調で、アサヒから言質を引き出す。

「俺は、俺の命を懸けてここに立っています。
 だけど今のあなたに、何かを失う覚悟がありますか?」
「何が言いたい?」

 苛立たしげなアサヒの声。
 押し寄せる威圧感に耐えながら、俺は声を張り上げる。

「俺は、この試練で手段を選ぶつもりはありません。
 これが終わった時、あなたやあなたの槍が、無事であるという保証は出来ないということです」

 それを聞いて、アサヒは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「ふん、下らん。心底下らん質問だ。
 ワシが試練で命を落としたり、武器が壊れた程度で騒ぐとでも?
 好きなようにやればいい。
 試練の結果がどうであれ、ワシはそれを受け入れよう」

 よし、と心の中で快哉を叫びながらも、俺はもう一度、念押しする。

「ではその結果、その『金剛徹し』が二度と使い物にならなくなっても、あなたの許に戻らなくなっても、それを受け入れるということですね」
「くどい! 男に二言はない!」

 これで、言質は取った。
 俺が内心してやったりと笑っていると、

「まさかとは思うが、ソーマ君。
 君は槍の一撃に耐えるのではなく、この槍そのものをどうにかしようと考えているのではあるまいな」

 アサヒが不気味なほど静かな声で、そう尋ねてきた。

「……そのつもりだ、と言ったら、どうしますか?」

 手の内を明かしたくはない、が、嘘をつくのも嫌だったので、素直にそう答える。
 すると、

「わははははは! あーっはっはっはっは!!」

 一体何がそんなに面白いのか、アサヒは大きな声で笑い始め、


「――出来ねえよ」


 ゾクッと震えのくるような声で、そう言い切った。

「そ、そんなこと、やってみなければ……」

 ここで気圧されてしまってはいけない。
 俺は必死に反駁するが、それをアサヒが遮った。

「この槍は、歴代の当主たちが代々『最後の試練』に用いていた品だ。
 試練を受ける奴の中には、あわよくばこいつを壊してやろうって気概のある奴もいた。
 かく言うワシも、その一人だ」

 そういえばアサヒも試練を受けたことがあると言っていたが、その内容についてはあまり考えていなかった。
 しかし、あの槍がヒサメ家の家宝だというのなら、それが昔から試練に使われていたとしてもおかしくはない。

 そして、だとすれば過去に槍を破壊することを考えた者は当然いただろう。
 だが……。

「だが、この槍はまだ壊れずにここにある。
 ……この意味が分かるか?」

 分からない、はずがない。

「それはつまり、今まで誰も……」
「この槍を壊すことが出来た人間は、いや、傷一つつけられる人間は、いなかったということだ」

 ごくり、と唾を飲み込む。
 アサヒの背後に、歴史という名の亡霊がうごめいている様が見える気がした。

 それは偽りの歴史だ。
 ゲームの設定が生み出した、ただの辻褄合わせだ。
 そう信じ込もうとしても、アサヒから感じる圧力は消えない。

「……そうだな。
 覚悟がどうとか言っていたが、本当に君にそんな覚悟があるのかね?」
「何を……」

 必死に反論しようとするが、アサヒはその隙を与えない。

「この槍が投げられたら、君は死ぬ。
 君の身体ではこの槍は受けられないし、槍を壊すなど不可能だからね。
 そして、もしかすると日没まで逃げ切ればなんとかなると思っているかもしれないが、日没になって試練が終わっても、この槍は止まらない。
 君の死は、もう確定された未来だ」

 先程までとは違う、淡々とした語り口で未来を語る。

「ワシは本当に、君のことを惜しいと思っているのだよ?
 君がこの道場に入ると決めて、ミツキに近付かないと誓うのなら、ここで試練をやめてあげてもいい」
「そんな、こと……」

 そんな甘言に乗るはずないと思いながら、即答出来なかった。
 今まで半ば麻痺状態にあった死ぬことへの恐怖が、アサヒの言葉によって呼び起されていた。

 ちらりと視線を横に向ける。
 リンゴが無表情ながら心配そうにこちらを見ていて、ミツキはいつも通りの無表情だが猫耳を不安そうに伏せていて、くまは楽しげに手を振っていた。

「……ははっ」

 詰まっていた息が、漏れる。
 心に溜まっていた恐怖という澱が、少しだけ軽くなる。

「それは、出来ません」

 俺ははっきりと、首を横に振った。

 正直に言えば、魅力的な提案ではあると思う。
 道場に入るのは嫌だが、命は惜しいし、別にミツキに近付きたいとも思っていない。
 だけど、あの時のミツキの微笑みを、ミツキの信頼を、俺は覚えている。
 それを裏切ってしまうような真似だけは、絶対にしたくなかった。

「そうか。残念だよ。
 最後に、何か言い残すことはあるかね?」

 俺は、その言葉には何も答えなかった。
 俺は生き残る。
 だから、何も言う必要はない。

(……くそっ!)

 しかし、いくら強がっても恐怖は消えない。
 手は震えるし、膝は笑っている。
 本音を言えば、待ってくれと叫びたかった。

 だが、無情にも時間は過ぎる。
 約束の時が、訪れる。

「……そうか。
 遺言くらい聞いてやりたかったが、もう日が沈む。
 これで、お別れだな」

 その無慈悲な宣言を聞きながら、俺は必死に自分を奮い立たせようとする。
 俺を信じてくれている人がいる。
 それに応えなくてはと思うのに、身体が委縮する。

(大丈夫、大丈夫だ!
 まだ、勝ち目がないと決まった訳じゃない!)

 投擲スキル『金剛徹し』は強力な技だ。
 効果は、投げたアイテムの攻撃力を増強し、『貫通』の性質を付加させ、さらには目標に確実に当てるというものだと推定されている。
 だが、弱点がない訳でもない。

 投擲までの溜めが存在し、その間に攻撃されればスキルが中断されること。
 投げられる槍自体はスキルエフェクトではなく属性付加されたアイテムなので、迎撃が可能だということ。
 そして、目標を決めてスキルのモーションに入ったら、もう自分の意思では目標の変更も、スキルの中断も不可能だということ。

 モーションの起こりも投擲のタイミングも、どこを狙われるかまで分かっている。
 この勝負は圧倒的に俺に有利なはずだ。

(はず、なのに……)

 手の震えが止まらない。
 アサヒの言葉に崩され、今更ながらに当たり前の死の恐怖が蘇り、俺を縛っている。
 こんなことでやれるのかという不安、あんなやり方で、本当に『金剛徹し』を攻略出来るのかという不安が、一時に襲ってきて俺の動きを妨げる。

「……終わりだ」

 虚ろな視界の中。
 アサヒが槍を手に取り、それを担ぐように構えるのが見える。

 始まる!
 いや、始まった…!

 心臓が、痛いくらいに騒ぎ出す。
 耳元を流れる血流が、どくんどくんと脈動を告げる。

(来る。……来る!!)

 何度も見たモーション。
 何度も見て、何度も殺された、独特の動き。

(――動け!)

 縮こまっている場合じゃない。
 今動かないと、俺は本当に死ぬ。

(――動け!)

 うまく行くかなんて考えるな。
 今はただやればいいのだと、自分に言い聞かせる。

(――動け!)

 そして、


「――『金剛徹こんごうどおし』」


 アサヒがその技の名を呼び、振りかぶった腕を、大きく、前へ。

 槍が、放たれる。

 その光景を前に、俺は、俺は――



「ていっ」



 俺は、顔の前に箱を構えた。
 槍は目にも留まらぬ速さで箱の中に飛び込んでいって、消えた。



 しばらくは、まるで時間が凍りついてしまったかのように誰もが口を開かなかった。
 だが、やがて、

「……………………は?」

 槍を投げた姿勢のまま固まったアサヒの口から、そんな間の抜けた声が漏れる。
 一方俺は、額に浮かんだ汗をぬぐい、

「ふぃー。怖かったぁ……」

 安堵の言葉を吐きながら、念のために箱の蓋を閉める。
 うん、これでバッチリだ。
 無駄にドキドキしてしまった感はあるが、どうやらうまくいったようだった。

「……ま、待て!
 な、なんだ、今のは?
 や、槍は?
 ワシの、『金剛徹し』は…?」

 おそらくまだ何が起こったか分かっていないのだろう。
 呆然というより混乱している様子のアサヒに向かって、俺は感謝を込めて深々と頭を下げた。


「それでは約束通り、この『金剛徹し』はもらっていきます!
 色々とお世話になりました!!」


 長いこと頭を下げ続けて、ゆっくりと顔を上げる。
 そうして俺が顔を上げた瞬間、まるでそれを待っていたかのように、空から急速に光が失われていく。

「……日没、か」

 待ちに待った、三日目の日没。
 それは、長い長い試練の終わりを意味していた。



 ――こうして俺は無事試練を終え、『ヒサメ家訪問イベント』で入手可能な三つの成果、すなわち『ミツキ』『勢力友好度』『金剛徹し』の全てを手に入れた俺たちは、意気揚々と道場を引き上げたのだった。





※『猫耳猫』アイテム紹介※

『クーラーボックス』
10個までのアイテムを保存出来る収納アイテム。
この中に入れた物はその時間を凍結され、入れた瞬間の状態を保つ。
その性質上、時間経過で変化するアイテムと相性がよく、熱々の食べ物や冷たい飲み物、鮮度の高い肉や魚などの食材のほか、活きのいい槍などを保存するのにも適しているとされる。
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