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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー

第六章 猫耳猫オフライン

 数々の伝説を生んだ『New Communicate Online』だが、このゲームの一番凄い所はどこかと言うと、なんと言ってもそれは『一人用である』という所だろう。
 タイトルにコミュニケートとかオンラインとか入ってるのに、MMOではないどころか他人と一緒にプレイする機能が全くないのだ。
 超びっくりである。

 俺が前にネットで色々調べた所によると、元々はCommunicateなんちゃらとかいうVRでもMMOでもないアクションゲームのシリーズを作っていた会社が、その続編として今流行のVRMMOを作ってみようという所から『New Communicate Online』の制作は始まったらしい。
 『Communicate』シリーズの新しいVRMMO作品だから、『New Communicate Online』。
 実に安直なネーミングである。

 ただ当然ながら制作会社にMMOのノウハウはなく、特にVRMMO関係は以前にサイバーテロ(VRMMOのサーバを一部乗っ取って、プレイしていた人たちに強制的に強い光と音の情報を流した。死者は出なかったが、何人かが意識を失って病院に担ぎ込まれたらしい)があって以来、色々と審査が厳しい。
 結局は技術的な問題で断念したらしく、普通の一人用VRゲームとして作り直したとか。
 ならタイトルも変えろよと思うが、宣伝などとの兼ね合いもあり、無謀にもそのままねじこむことに決めたそうだ。

 とはいえ、話題になっていたVRゲームの一つが一人用に変わったというのは当時の俺にとってはプラス要素だった。
 大学でもずっと孤高ぼっちを貫いているというのに、何でゲーム世界で他人と関わらなきゃならんのか。
 そんなことを考えていた俺は、多人数プレイを期待していた多くの者が嘆きの声を上げる中、発売日に喜び勇んで『New Communicate Online』を買った。

 だが、このゲームの本当の伝説が始まったのはその時からだった。
 発売された製品は、バグ満載でとてもゲームとしての体をなしていない、最悪の代物だったのだ。



 話をしている途中でキャラクターが突然瞬間移動をしたり、イベントの順番次第で死んだはずのキャラが平然と出て来る程度は当たり前。
 うまく条件をそろえて特定の三つのイベントを同時に発生させると、同じNPCを同時に三人出現させられるという秘技『グレーの多重影分身』バグは、多くの人の変な笑いを誘った。

 その程度ならまだ笑うだけで済むのだが、序盤の何てことなさそうなクエストアイテムを手放すともう二度と手に入らずゲームクリアが不可能になったり、同じNPCに二つのイベントが重なると、もう一つのイベントの進行状況が消去されてやはりクリア不可能になるなど、ゲームが進行不能になるバグも大量に発見された。

 また、ひどいのはストーリーやイベント関連だけではない。
 無数のスキルによる爽快な戦闘が売り文句だったのだが、戦闘周りのシステムもひどいものだった。

 一番不評だったのはモンスターの死亡時の演出だ。
 死ぬと光の粒子になって消え去るのだが、その演出が凝り過ぎで消える速度が異様に遅いため、死んだはずのモンスターに攻撃されたりするのだ。
 いや、流石に死んだモンスターは新たに行動はしないのだが、死ぬ直前に攻撃モーションに入っていると死んだ後でも攻撃をやりきる。
 結果、HPが0のモンスターに殺されるプレイヤーが後を絶たず、『New Communicate Online』不人気の一因となった。

 まだまだある。
 武器熟練度が戦闘の要のはずが、剣を使っているのに斧の熟練度が上がったり、槍で斧スキルが使えたり、逆に弓を持っているのに弓スキルが使えなかったり、トドメとして、そもそも武器スキルの威力に武器の熟練度が関係しないということが分かった時なんかは、真剣にゲームをやっていた何人ものプレイヤーが発狂した。

 戦闘バランスもめちゃくちゃで、はぐれたメタル的な位置づけの敵を苦労して倒したのに雑魚モンスターと同じ経験値しかくれなかったり、逆になんてことない雑魚がそのダンジョンのボスより高経験値だったり、段差に落ちてモンスターが勝手に死ぬおかげで敵がほとんどいないダンジョンがあったり、ひどい所ではなんらかの設定ミスで難関ダンジョンのボスがなぜかフィールドを普通にうろついていて即死祭り、なんてこともあった。

 事前のデモ映像でユーザーたちを大いに期待させた、美麗でド派手なエフェクトを持つと喧伝されたスキルたちも、当然のように裏目に出る。
 スキル関連でもっとも有名なバグは俗に言う『花金スカイウォーカー事件』で、いくつかの条件を満たすと空中ジャンプの後で空を歩けるようになってしまい、状況によっては自殺する以外に地上に戻る方法がなくなるという不具合だが、それ以外にも星の数ほどのスキルのバグが見つかった。

 単なるスキルの演出効果のはずの光に実体があるとか、スキルの効果と動作、演出と範囲があっていないとかは当たり前。
 その中でも特にユニークなバグはネット上で存分にネタにされ、更には一部の人間が面白がって名前を付け始める始末だった。

 有名な物を挙げると、エフェクトが激しいある二つの魔法を同時に視界内に収めると、あまりの音と光量にサイバーテロ以降追加された安全装置が起動、強制ログアウトされるという通称『合成禁術デスフラッシュ』。
 エフェクト的には5メートルくらいの範囲を攻撃しているように見えるのに、実際の攻撃判定は2メートルもないというがっかり技『虚ろなるワイドスラッシュ』。
 スキルの攻撃判定のある場所と自キャラの当たり判定がある場所がなぜか重なって、使った瞬間高確率で死んでしまうという『一撃自殺ブラッディスタッブ』。
 数値入力のミスか、ダメージ倍率がマイナスになっていて攻撃すると相手を回復してしまうスキル『活人剣アサシンレイジ』などなど、意図しない数多くの珍スキルが生まれた。

 ある意味ネタとして楽しめるそれらのバグはともかくとしても、それ以外の部分でもかゆい所に手が届かない仕様が多く、多くのプレイヤーをイラつかせた。

 以前にも少しだけ触れたが、例えばキャラクターの外見データで変えられるのは髪の色と肌の色、それに頭につけられるアクセサリだけで、それ以外は本人の肉体のデータをそのまま使うしかないというていたらく。
 しかも髪と肌の色も配色のパターンが三種類しかない癖に、アクセサリとして頭につけられる猫耳のデザインだけは8種類もあり、「力の入れどころが間違いすぎてる」「どんだけ猫耳好きなんだ」と某匿名掲示板は悪い意味で沸いた。

 『New Communicate Online』をもじった『Necomimi Cat Offline』という呼び名がネット上に飛び交うようになったのは確かその時だった。
 その一連の騒動が尾を引いて、『New Communicate Online』は今では親しみを込めて『猫耳猫オフライン』、あるいは単に『猫耳猫』、もしくは『猫耳猫w』や『猫耳猫ェ』などと呼ばれることが多い。
 本当に親しみがこもっているかは神のみぞ知る。


 ゲーム自体がそんな出来だったので、当然ながら開発会社には「金返せ!」「オンラインって嘘じゃねえか!」「バグ何とかしろ!」「きゅうにまっくらになってうごけなくなりました。どおすればなおりますか?」「ごらんの有様だよ!!!」などの抗議や苦情、質問等が殺到した。
 その炎上っぷりは凄まじく、テレビのニュースで取り上げられるほどだったらしい。
 そして皮肉にも、結果的にその騒動が『猫耳猫』を真の意味でオンラインにした。

 バグを修正したパッチがネット経由で配信。
 それによって『猫耳猫』はついにオンライン(環境がないとバグの修正が不可能なのでまともにプレイ出来ない)ゲームとなったのだ。

 次々に配信される新しいパッチとそれを越える勢いで発見されるバグ。
 パッチの数が30を超えた辺りでほとんどのプレイヤーはこのゲームを見限った。
 ある意味このゲームの一番のファンだった、バグを騒ぎ立ててお祭り騒ぎをしていたネットの連中も、時間が経って目新しさがなくなるに従って、他のクソゲーを探して叩くようになった。

 ……もう、祭りは終わったのだ。




 だが、それでも俺はこのゲームをプレイし続けた。
 一人用のファンタジー系のVRゲームは他にあまりなかったし、なんだかんだで俺は『猫耳猫』が好きになっていたのだ。
 発売から一年経ってもやっぱり『猫耳猫』は欠陥品で、バージョンは1.37で止まり、かろうじてゲーム進行不能バグの粗方は修正されたが、重要度が低いと判断された、例えばスキル関連のバグなんかはほとんどが手つかずだった。

 しかし、考えようによってはそれがこのゲームの『味』だ。
 バグも楽しめば個性になる。
 スキルも武器も敵も、質はともかく数だけはたくさんあったし、そこから便利な物や、愉快な物を見つける作業は思いのほか面白かった。

 とはいえ、俺だって別に、この『猫耳猫』が最高のゲームだなんて思わない。
 実際にプレイしてみれば、これよりももっと楽しめるゲームが見つかるかもしれないとさえ思う。
 だけど――

 ……いや。
 とにかく俺は、ネットの海をさすらって誰よりも多くの情報を集め、大学で授業に出る以外のほとんどの時間をこの『猫耳猫』に注ぎ込んだ。
 俺の大学生活の思い出の8割くらいはこの『猫耳猫』にあると言っても過言ではない。



 まあ、もっとも……。



「まさか、本当の意味でこのゲームの世界で生きてくことになるなんて、思わなかったけどな」


 そこで、俺はようやくつぶっていた目を見開いた。
 開いた目に映るのは、散々に見慣れた、けれど初めて見る部屋の光景。
 ゲーム時代に数え切れないほどの夜を過ごした、ラムリックの町の宿屋の一室だ。

 ゆっくりと手をかざす。
 その指には、この世界にやってきた時にはなかった指輪が二つ、はまっている。
 『盗賊メリペの遺産』にあった、スタミナの最大値を上げる指輪とスタミナの回復速度を上げる指輪だ。

 遺産の中にあった他のアイテムは思い出せなかったが、これだけはよく覚えていた。
 スタミナの値というのはキャラクターの強化で上げられない要素の一つで、上げようと思うなら装備品で補うしかない。
 スタミナに補正がかかる装備はただでさえ少ないのに、中盤で入手できる割には効果の高いこの指輪は俺もゲームでずいぶんとお世話になった。

「綺麗、だな」

 現実では絶対にはめることのないような、美しい光を放つ指輪を眺める。
 装備者の指に合わせて自在に大きさを変えるその魔法の指輪は、俺の指にもぴったりと収まっていた。

 それをぼんやりと眺めながら、思う。
 元の世界に未練がないなんて、言わない。
 だけど――

「エナジーアロー」

 小さく詠唱して、基本の魔法スキルであるエナジーアローを放つ。
 俺の指先から生まれた小さな魔法の矢は、俺に目標として指定された空間へと向かい大きく旋回、しかし曲がりきれずに通り過ぎて、行き過ぎたが故に今度は逆方向に曲がって……結局、自分の尻尾を追いかける犬のように、くるくると回り続ける。

 誘導性のあるスキルの目標地点を、スキルの旋回半径よりも内側に設定した場合に起きる現象。
 俗に『ねずみ花火』と呼ばれる、バグとも言えないちょっとした小技。
 敵と戦うのに使える訳ではないし、特に何かに害を及ぼす訳でもない、毒にも薬にもならない、他愛のない小ネタだ。
 ただ……。

「やっぱ綺麗、だよな」

 そう感じてしまう。
 この光景を、仮想世界以外で目にすることがあるなんて、思わなかった。
 それだけでもここに来た価値があると、そう考えてしまう。

「……ぁ」

 やがて光の矢は消える。
 それでも目に残る残像をしまい込むように、俺はもう一度目を閉じた。

 ああ、うん。
 やっぱり、そうだ。

 元の世界に未練がないなんて、言わない。
 だけど――


「――この世界だって、悪くない」
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