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この世界がゲームだと俺だけが知っている 作者:ウスバー
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第五十八章 最悪の一手

 ギルドの中は、完全アウェイ状態だった。
 しかし、なぜこんなことになってしまったのか。

(もしかすると、だが……)

 推測になるが、ゲームシステム的にこの職員たちに賞金の支払いを拒否することは出来ない。
 ゲームでは、賞金の支払いがなされないなんてことは起こらなかったからだ。
 指輪を3個以上つけようとした時のイーナと同じ。
 何かしらの精神面への制限から、面と向かって賞金を要求された場合、その要求を断ることが出来ないのではないかと思われる。

 それをギルド員たちが本能的に理解しているとして、その上でどういった手を取るか。
 言われたらおしまいであるなら、それを言わせなければいいのだ。
 ゲームでもプレイヤーが報酬の受け取りをうっかり忘れてしまったなんてことはままある。
 少し変則的ではあるが、俺たちが「報酬は要らない」と言えば、それを受け入れる程度の自由はあるのではないだろうか。

(とはいえ、どうするかな)

 こういう状況は当然ながら想定していなかった。
 これが単に大金を払いたくないというだけなら無理矢理押し通してもいいのだが、実際に支払い能力の限界ギリギリの所を突いているようにも見える。
 ゲームで支払えるならこっちでも可能なはず、という論法を通してきたが、ゴールデンのような高額モンスターが大量発生したという報告はゲーム時代になかったし、あるいは誰も知らないだけで、9999万Eくらいで賞金額はカンストする仕様だったのかもしれない。

 俺たちの獲得報酬額は827万だったので、1位のボーナスで10倍になって、8270万E。
 9999万Eにも結構近いのだ。
 ここで無理にお金をもらってギルドが潰れてしまったり、そのせいで恨みを買っても面白くない。
 かと言って、8000万なんて大金をあきらめるのも論外ではあるし……。

 俺が考え込んでいると、

「……しょうきん、ください」

 しびれを切らしたのか、あるいは俺が困っているのを見かねたのか。
 いつの間にかリンゴが前に出て、そう言っていた。

(おお、凄いぞ、リンゴ!)

 この場合、空気が読めないというのは最強だ。
 その言葉にギルド内の空気は固まり、カウンターの爺さんが、

「さ、最近、耳が遠くてのぅ」

 と何とか逃れようともがくものの、その額に浮かんだ汗の量を見るに、それも長続きしそうになかった。

 そしてそれに対して、次にリンゴが取った行動もまた、秀逸だった。
 明白な言い逃れに対して、激怒するでも痛罵するでもなく、ただ一言。

「…やくそく、やぶるの?」

 と首をひねりながら尋ねたのだ。
 これはキツイ。

 向こうも子供や赤ん坊を持ち出してきたが、無垢な言葉というのは時に全てに勝る精神攻撃となる。
 ギルドの中にはバツの悪い空気が広がって、爺さんの額からはとうとう滝のような汗が流れ出す。
 これはもうギルド側がギブアップするのは時間の問題だと俺は思った。

 それは決して的外れな予想ではなかったが、しかしカウンターの奥で一番初めに動き出したのは、俺が予想もしていない人物だった。

「わたしもききたいな、ギルドちょうさん。
 どうしておかねをはらってあげないの?」

 そう言って受付にいた耳の遠い爺さんの肩を叩いたのは、職場見学に来ていた女の子だった。
 カウンターの爺さんがギルド長だったのにも驚いたが、改めてその女の子を眺めてその正体に気付いた時の驚きは、その比ではなかった。

(あの子、よく見たらポイズンたんじゃないか!!)

 本名不明、年齢不詳、戦闘力底なしの毒舌少女、ポイズンたん。
 街でよく見かけるような女の子、と思っていたが、本当によく見かける少女だったとは。
 しかし、街で歩いている以外に姿を見せないはずの彼女が、なぜこんな所にいるのか。
 まさか本当にあそこに見える中年職員が父親で、その人に会いに来ただけなのか?

 俺は不思議に思ったが、その答えは次の彼女の言葉から知れた。

「おかしいなー。
 こまってるからたすけてっていわれててつだったのに、どうしてわるいことのおてつだいをさせられてるのかなー」

 それを聞いて、俺は内心、なるほどとうなずいた。
 存在感と個性の塊のような彼女だが、外見だけで言えば普通の街の子供に見える。
 おそらくだが、街で歩いている所をエキストラとしてスカウトでもされたのだろう。

(かわいそうに……)

 事情を知って、俺は深く同情した。
 それはもちろん、適当なことを言われて連れて来られたポイズンたんにではない。
 切羽詰まって最悪の人材を発掘してしまった、バウンティハンターギルドの皆さんに、である。

「し、しかしな。ここで賞金を持っていかれては、明日からのギルドの運営が……」

 ギルド長だという爺さんは、状況が分からないなりに反論して、

(ああ、口応えしちゃったよ)

 その様子を見た俺は、思わず天を仰いだ。
 それはこの状況の対応として考えられるものの中で、およそ最悪の選択だった。

「へぇー。そうなんだー」

 その証拠に、ほら。
 まるで獲物を見つけた狩人のように、ポイズンたんの口が笑みの形に釣り上がる。
 一体そこから、どんな毒舌の矢が放たれるのか。
 それは、俺の頭なんかでは到底推測出来ない。

 ただ、もはやギルド長に賞金を払う以外の選択肢がなくなったことだけは、確定的に明らかだった。




「お待たせ、しました。
 これが、賞金の、8270万Eです」

 そして10分後。
 ポイズンたんによって心をバキバキに折られたギルド長が、息も絶え絶えになって賞金の入ったクリスタルを差し出した。

「ありがとうございます」

 俺はそう言ってクリスタルを受け取りながら、もう一度ギルド長を観察した。

 この10分足らずで一気に老け込んだ様子の彼の目に、もはや光はない。
 そこには理性の輝きの代わりに大いなる虚無が広がっていた。
 また、ストレスのせいだろうか。
 ただでさえ薄くなっていたギルド長の頭頂部の髪が、何だか一層存在感をなくしてしまっているような気までした。

「あの、ちょっと相談したいことがあるんですけど……」

 だから、という訳でもないが、俺はそこで話を終わりにせず、彼に声をかけた。
 光を失った彼の目が、俺をどんよりと見据える。

「俺もいきなり大金をもらっちゃって、使い道に困ってるんです。
 だから、いい使い方を教えてもらえないかなって思ってるんですけど」

 そこまで言っても、ギルド長の反応はない。
 察しの悪い人だ。
 だが、次の言葉を言えば、流石に食いついてくるだろう。

「例えば、必ず返してくれるお金の貸付先とか」

 想像した通り、反応は劇的だった。
 しおしおに干からびていたギルド長の目に、光が戻る。

「そ、それは、もしかすると……」
「ええ。このギルドに、少しお金を貸そうかと思って」

 俺がそう口にした途端、ギルド長のみならず、ギルド中から「おおぉ!」という歓声が上がる。

「で、では、是非それをお願いして……」

 今にも俺につかみかからんばかりの様子のギルド長に、俺は笑顔で応えた。

「まあ落ち着いて下さい。
 とりあえず、貸すのは賞金の半額の4000万くらいでどうですか?
 大丈夫、利息はトイチでいいですよ」

 ギルド長は卒倒した。




「ただの冗談だったんだけどなぁ……」

 一応説明すると、トイチというのは闇金なんかで使われると言われる『10日ごとに1割利息がつく』という借金の利率のことである。
 1割くらい大したことないや、と高をくくって放置していると、数学マジックで3カ月後には2倍以上の額に膨れ上がるというやばいモノなので、当然日本では禁止されている。

 今回の場合、元本を4000万とすると、最初の利息は400万E。
 宿泊費にして4000回分のお金を10日ごとに返さないと借金がどんどん増えていく訳だから、文字通りかなりの暴利と言える。

 もちろん俺に、そんなあこぎな商売をするつもりはない。
 というか、別に金貸しで儲けようなんて思っていないので、あれは緊張したギルド長を和ませるための単なるジョークだったのだ。
 むしろそれを真に受けられてしまうなんて、ちょっとショックである。

 まああの後、復活したギルド長とポイズンたんを交えて話し合って、賞金の約半分、4000万Eをとりあえずバウンティハンターギルドに貸し付けることで双方合意した。
 一応当座を乗り切れば資金繰りは何とかなるらしく、あの気合の入れようからすると、9日以内に残りの金額も支払ってくれる可能性すらある。

 ただ、ギルドからの報酬ではなく個人の借金みたいな形になる以上、ゲームシステム的な保障は期待出来ず、必ずもらえるという保証がない。
 踏み倒されたりしらばっくれられたりする危険はあるということだ。

 本来なら気をもむべき所だが、間にポイズンたんが入ってくれたので、あまり心配はしていない。
 ポイズンたんがしっかりと見届け人を務めてくれた以上、もしギルドが下手なことをしたら、今度こそギルド長の頭髪の命はないだろう。

 まあ最悪の場合、残りの半分は手に入らなくても構わないと思っている。
 手持ちの4270万Eをリンゴと山分けしたとして、俺の手元に2000万Eちょっと入る。
 それだけあれば、俺がやりたいと思っていたことは大体全部出来るだろう。
 もちろんお金はあればあるだけいいが、ここまでの大金を手に入れた以上、少しは大らかになろうというものである。


 とりあえず、今はめんどくさいことは忘れてお金の心配がなくなったことを喜ぼう。
 そんな風に思い直したのだが、『猫耳猫』なこの世界は、俺にそんな安息すら許さないらしい。

「また、あんたか……」

 俺たちの前に、ふたたび彼女、ミツキ・ヒサメが立ち塞がる。

「もし、決闘の申し込みだとか、さっきの討伐大会の文句とかだったら……」

 先回りして言葉を潰しにかかったが、ヒサメは首を振った。

「違います。貴方に、頼みたい事があって来ました」
「……へぇ?」

 いつもと違うトーンに、俺も対応を変える。
 身構える俺に、ヒサメはいつも通りの無表情に加え、猫耳もしゅっと立て、こんな提案をしてきた。

「既存の如何なる職も及ばないような、最大限の厚遇を約束します。
 私の道場に来て、貴方の力を役立ててみる気はありませんか?」

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